カターヌの少女
ハルはココローヌに言われた通りに小道を麓の方へと歩いていた。
舗装などもなされていない悪路。
今時こんな道があるんだなぁ、と思いながら歩みを進める。
すると、道の先に街が見えてきた。
「あれが姫様が言ってたカターヌの街かぁ……」
ハルは思わずそうつぶやく。
その街の見た目はヨーロッパの街並みそのものであった。日本人のハルにとってその光景は心踊らされるものがあり、一体どんな街なのか早く見てみたいという気持ちになった。
そして、しばらく歩くとハルはカターヌの市街地へと入った。
そこにあったのは、石造りの赤い屋根の家々、広場、そして一際目立つ教会の塔。
その美しさと珍しさに、ハルは思わず辺りをキョロキョロしてしまう。
そして、そんな様子で街を見物している時だった。
「お、お兄様…………?」
突然、背後からハルを呼ぶ声がした。
声の主は少女であった。
彼女は桃色の髪、青色の瞳をしていて、年は十五といったところだろうか。
ハルにとって異国の地で突然話しかけられたことも驚きなのだが、それ以上に彼は彼女の容姿に驚いた。
なんと、その少女はハルの妹、ユキにそっくりだったのだ。
「ユ、ユキ…………?」
ハルは思わずそう返す。
しかし、彼女はハルの問いかけにただただ不思議そうな顔をして、まじまじと見つめるだけであった。
「黒い…………ごめんなさい…………人違いだったみたいです…………」
彼女はそう言って頭を下げた。
「い、いえ……こちらこそ」
ハルも彼女をユキと間違えてしまったことを詫びた。
すると、彼女はハルにくるりと背を向けると元来た道を歩き始めた。
しかし、彼女は歩き始めた途端その場に倒れてしまった。
ハルはその様子を見てすぐさま駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ…………お気になさらず…………」
彼女は気丈にそう言ってみせるが、とても大丈夫なようには見えない。
実際、彼女の顔は青ざめていて、額からも汗が出ており、とても苦しそうだった。
ハルには苦しそうにする彼女の姿がユキと重なって見えてしまった。
そうなってしまうと、実の妹が苦しんでいるようにしか思えなくなってしまい、いよいよ見て見ぬふりなどできなくなってしまった。
「どう見たって大丈夫じゃないよ…………医者のところに行こう」
ハルはそう言うと、うつ伏せのまま苦しむ彼女を抱き抱えた。
一方、彼女は突然のことに驚きを隠せないでいた。
「はぁ……はぁ……な、なんの…………つもりですか?」
彼女は苦しそうに尋ねる。
「君を医者のところに連れていくだけだよ」
ハルは彼女の問いにそう答えた。
しかし、彼女は「医者」という言葉を聞くと抵抗し始めた。
「やめて……ください」
彼女は弱々しい声で言った。
「でも……苦しそうじゃないか」
「いいんです……行ったって……きっと嫌な思いをするだけですし…………それにそんなお金も」
ハルは彼女のその言葉に憐れみの感情を抱いた。
どうにかならないものか…………
しかし、ハルはこの世界に疎い上に、お金なんてものは持ち合わせてなどいなかった。
ハルは自分の無力さに苛立ちを覚えた。
目の前にいる憐れな少女を見るたびに目頭が熱くなる。
すると、そんなハルの苦しそうな様子に気がついたのか、少女はとある願いを口にした。
「それでは……私を家まで連れていっていただけますか」
ハルは少女の思わぬ言葉に少々驚いたが、小さく頷くと彼女の家を目指して歩き始めた。