米騒動
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
その伝説の米の品種は、かつて天皇陛下御用達として大切に育てられてきたが、度重なる戦争と品種改良による価格競争によって、いつしか姿を消してしまった。
俺はなんとしてもその品種を現代に蘇らせないとと思い、こうして農学研究科の大学院生として日々白衣に袖を通し、研究に没頭している。
俺は数種類の既存の米を配合するなど、様々な方法で復活させようと試みてきた。ある程度その伝説の米がどのような形態でどのような味でどのような方法で栽培されていたのかは既存の研究でわかっていた。しかし、それを現代によみがえらせることは出来ずにいた。俺は遺伝子操作のプロと相談し、特殊な方法でその米を復活させようと思った。
しかし何度やっても失敗続き。莫大な研究費がかかり、予算がどんどん減っていく。もうダメかもしれない、そう思ったときに、一本の電話が研究科の事務所にかかってきた。
それは皇室、厳密に言うと宮内庁からの連絡だった。研究科長が取次ぎ、急いでそれをメモして俺たちのチームに伝えに来てくれた。
「宮内庁経由で、皇室から応援のコメントが届いている。読むぞ! 『いくつかの研究論文を拝読させていただきました。非常に興味深く、かつ応援したくなるような素晴らしい研究ですね。実は蔵に当時の古い米俵がございます。その中にあなた方の研究で言及されている米の存在を確認することが出来ました。もしかしたら研究に役立てられるかもしれません。よければ送らせていただきますが、いかがいたしますか?』だそうだ! やったなお前ら!」
そう、天上の白き宝玉と呼ばれる米は一般人の前から姿を消しただけで、皇室専用の蔵には残っていたのである。
研究テーマがガラッと変わった。これまでは復活させる研究だったが、これからはその詳細の解明、そして市場に出回るよう量産化することにつながるような研究となったのである。
皇室の蔵から天上の白き宝玉が届く日、俺らの研究科ではものすごい騒動になった。マスコミも各社駆け付け、大騒ぎとなった。なんと皇族の方々もおいでになり、学長とあいさつをしてうちの研究室を訪問することとなった。
まさに平成の米騒動。
その後俺は大学院を卒業しポスドクとなり、研究を続けた結果、研究チームは味はそのままに、病気に強い苗を作り出すことに成功した。数年後には安価で天上の宝玉を量産化することに成功した。
研究チーム一丸となって作り上げた新・天上の宝玉。量産化に成功して米俵となったそれを1合だけ炊き、研究室のみんなで頬張ってみた。
品種改良の末に生まれた抜群にうまい米。それはとても米とは思えない、深みのある甘い味わい。それは甘ったるくなく、おはぎにしたらよく合いそうな、上品な甘さ。一粒噛むたびにどんどん口の中に広がっていく旨味成分。砂糖も塩も醤油も不要。米だけで平らげられる。しかも炊いた炊飯器は市販の普通のものだ。特別なお高い炊飯器で炊いたわけではない。それなのにここまで美味いものになってしまうとは。さすが皇室御用達。これがこれから市場に出回るのだと考えると、なんだか少しだけこの世界を動かせたような気がした。
新しいその米の名前は、『天下の白き宝玉』と名付けた。
そして皇室からコメントが届いた。
『あなた達の白衣姿こそが、真の白き宝玉たちですね』