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DOLL's SMOKE  作者: 蜻蛉織
8/14

ep.07 明日


 病室の窓から、冷たい風が吹き込んでくる。少し寒いけど、今はこれが心地良い。

 終戦を迎えて約1ヶ月、私は軍の管轄にある病院に入院していた。別に身体のどこかが悪いと言う訳ではない。検査入院と言う方が合ってるだろう。

 そして今日、葵から私の耳に聞きたくなかった情報が届いた。

 

「────紫野と黒葉が、行方不明?」

 

「茜には暴走のことがあったから黙ってたんだけど、そろそろ言っておかないとって思って。────黙っててごめん」

 最初は、葵が何を言っているのか分からなかった。黒葉は基本的に後方への配置だったけど、決して弱い子じゃなかった。況してや紫野は、私達の中では飛び抜けて強かったんだから、帰ってこないなんて────。

「黒葉とは、エボルヴの基地に入った時に別行動になったの。その途中で、通信ができなくなって」

「そんな────」

 2人とも、所持品も何も見つからなかった。スキャナーの部品だったり、使っている武器だったり、何も見つからないと言う。

「今も捜索は続いてるけれど、見つかる見込みは、無いも同然だって」

「嘘──だよね、葵。───紫野も黒葉も、強い子だったじゃん」

 葵は口をキュッと締めて、首を横に振った。

「紫野は、本当に手がかりが無いの。───黒葉の方は、敵基地の爆発に巻き込まれたんだろうって」

 

 何も、言葉が出てこなかった。

 5人、皆一緒に帰ってくるのが当たり前だって思ってたから。今までだってそうだったから、突然の出来事に、脳内での処理が追い付かなかった。

 ギュッと掛け布団を握る手に、汗が滲む。

「────ごめん、葵。ちょっと1人にしてくれない?」

「ええ」

 そう返事をして、葵はドアの方へと歩いていく。

 病室のドアに手を伸ばしたところで、葵は再び口を開けた。

「そう言えば医務室の玲さん、病院に来てるって。多分検査の件だろうから、昼食の後で良いから待合室に行ってね」

「──────」

 私は無言で頷いた。

 ドアの閉まる音が鳴ると、私の視界が急に歪んだ。その次に手に何かがポタポタと落ちてきて、それが涙だということを理解するのに、それほど時間は要らなかった。

 

 ────これが最後の作戦の結果だなんて。

 

 

 昼になって、昼食が運ばれてきたけど、食欲なんて無かった。まだ暴走のことだって心の整理がついてないのに、紫野と黒葉のことを聞かされたら────。

 

 

 ▲▼

 

 トッ、トッ、とスリッパが床を叩く音がリズム良く廊下に鳴る。

 待合室に居た玲さんと合流して、1つの診療室へ入る。そこは、私だけの為と言っても過言ではない、特殊な装置を置いた場所だった。

「さ、そこに座って」

 用意された椅子に、玲さんと向かい合わせになるように座る。

 葵が言ったように、玲さんが会いに来たのは検査の件だろう。ハザードの暴走が実際にあったのか、カードの使用ログを調べると言っていた。ログを調べれば、私の報告通りに暴走があったことが明らかになる。

 

「結論から言うとね、ハザードのカードのログからは暴走は確認されなかったわ」

「────え?」

 一瞬だけ、私の頭は思考を停止した。衝撃の一言とは、この事を言うのだろう。全く予想してなかった言葉が私の耳に飛び込んできた。

 ────暴走の記録が残ってない?そんなことは有り得ない。だって、私がこの身で体験したんだから。無惨な光景をこの目で見たんだから。

「そんなの有り得ません!何かの間違いじゃ────」

「いいえ、何度も調べたわ。でもね、暴走したらログに出る筈のエラー表示がどこにも無かった。つまり、暴走なんて起きてなかったの」

 ────じゃあ、アカリは一体何なの?暴走じゃなきゃ、あの頭痛は、言うことを聞かない身体は、何だったのよ。

「茜、貴女は戦いが終わった時に気を失ってたらしいわね。恐らく、ハザードの影響で夢でも見てたんじゃないかしら」

「でも、私は確かにこの目で───」

「混同してるんじゃない?カードの中でもハザードは分からないことが多いから、茜の言うことが真実かどうかは、調べようが無いの」

 

 私は、誰にも責められない。責められるべきなのに。ずっと、自分1人で抱えて生きていく。───誰かに責められた方が、気持ちが楽なのかもしれない。

 

 私の言うことを信じてくれたのは葵だけだった。

 葵と同じように、黄乃もお見舞いに来てくれた。その都度、話そうと思ったけど、毎回思い留まる。暴走のことを黄乃に話したら、私の気持ちは多少は楽になるかもしれない。でも、黄乃に余計な心配をかけてしまうと思うと話そうにも話せなかった。

 

 検査入院はその日で終わり、私は、すぐに軍の上層部に私自ら暴走の件を伝えた。しかし、真面目に取り合ってはくれなかった。人型人形は軍を勝利に導いた立役者だと言って、私に懲罰を与えなかった。

 

 ────私の言うことを真実と認めてもらっても、結局は何も変わらない────。

 

 苦しかった。軍での生活に戻っても周りの人達は、私を責めるどころか、称賛の声を私に送ってきた。

 

 そして、それは嫌なタイミングでまた現れたのだ。

 

 

 ***

 

 

 真っ白な空間。1ヶ月前の最悪な日の朝に見たこの光景。

 アカリが、私の視線の先に居る。相変わらずあの笑顔で立っていた。

「久しぶりだね、茜」

 私と変わらないアカリの声を聞いた時、身体の底から脳天まで熱が私を包み込んだ。

「────アカリっ!」

 足音を立てながらアカリの前まで足を運んで行き、込み上げてきた怒りに任せてアカリの着ている服の襟を掴んで押し倒す。

「茜とお揃いの服が傷むじゃないか。────まぁ、こういうのも悪くないかもね。積極的なのは好きだよ?ボクは」

「ふざけないでっ!貴女、何をしたのか分かってるの!?」

「勿論分かってるさ。あれは全部茜のためにしたことだよ?」

 ────何故そんな戯言が言えるのだろうか。

 アカリは笑顔をずっと、こちらに向けている。余裕を醸し出すような、そんな雰囲気と一緒に。その顔を両手で掴んで、私はまた大声を出した。

「何が私のためよ、私の仲間を殺しておいて!殺人狂の貴女が善人気取ったりしないで!」

「────────」

 私が揺するアカリの顔には、驚きとも言える表情が浮かんでいた。それが意外で、私は思わずアカリの顔から手を離す。どことなく、目が潤んでいる気がしたから────。

 

「─────。とにかく、もう私の前に現れないで」

「は───ははっ」

 悲しさが滲む表情で、アカリは笑った。

 

「それは出来ないな。ボクは『ハザードの意思』なんだ。また茜に会いに来るよ」

 

 そう言って、アカリは姿を消した。

 

 

 ***

 

 

 基地内の廊下を1人で歩きながら、朝見た夢を思い返す。

 ────『ハザードの意思』とアカリは言った。もしそれが本当なら、アカリはハザードそのものってことになる。────やっぱり、暴走はあったんだ。でも、何故ログにはそれが無かったの?

 

 進んでいると、T字路になっている廊下で2人の人影が私の前に現れた。

「葵、黄乃」

「お、茜。丁度良いや、一緒に教官の部屋行くぞ」

「うん」

 私達3人は、伝えたいことがあるから、ということで教官に呼ばれた。

 2人と談笑しながら、廊下を歩く。でも2人とも無理に笑顔を作っているように見えた。実際に、私もそうだった。

 

「教官、来たぞ~」

「あぁ、急に呼び出してごめんね」

 教官は背もたれに背中をくっつけて、少しくつろいでいる。でも、教官も作っている笑顔だった。

「突然だけど、君達は俗に言う『普通の暮らし』ってのに興味あるかい?」

 本当に突然な質問だな。

「まぁ、全然ありますね。資料読んでたら興味湧きますよ」

 普通の暮らし、と言うものを私は詳しくは知らない。個人にも依るけど、孤児院での暮らしは何かこう、普通の暮らしとは違う気がする。私はそうだ。

「私もあります。軍での生活しか経験してませんから」

「うん、アタシも」

 なんと、3人共同じ意見だった。

「そっか、分かったよ」

 私達の意見を聞くなり、教官は机に置いてあるパソコンに体を向けて何やら作業を始めた。

「え、あの、教官?何してるんです?」

「ん?折角なら君達には一般の家庭で暮らしてもらおうかなって」

 向きを変えることなく、作業を続ける教官。

 でも、普通の暮らしに行くってことは────

 

「アタシ達は、もう用済みってことかよ、教官」

 

 黄乃も、私と同じことを思ったらしい。

 テロリストが出にくい国だからと言って、必ず出ないと言う訳じゃない。もしかしたら、またエボルヴみたいなテロリストが出てくるかもしれない。

 それなのに、私達を軍から離すってことは、用済みってこと以外考えられない。

「あぁ、いや違うんだ。ごめんごめん、言い方が悪かったね」

「と言うと?」

 葵が問うと、教官は再びこちらに体を向けた。

「君達は、今までと変わらず軍に所属するんだ。ただ、基本的な生活は一般の家庭で送る。そして有事の際になると、君達には軍に来てもらう。こんな感じだ。─────まぁ、大体は君達の力を借りずに対処は出来るだろうから、ジェネレイトスキャナーを使うことは無いと思うよ」

 ────なるほど。何か事が起こらない限り私達は普通の人として生活を送るのか。

「世の中に出れば君達は、歩く軍の機密情報みたいな感じだけど、そう簡単に君達は捕まらないだろう、ってことで上の了承も得たから安心して」

「まぁ、腕には自信あるよね」

「そだな」

 頼もしい限りだよ。と笑う教官を見て、部屋の空気が少し明るくなる。

 その途中、私はふと思ったことを口にした。

 

「あの、私達を引き取ってくれる人って居るんですか?」

 

 ラジオを聞いてたから知ってる。世の中の人は、私達《人型人形》を人として見てくれないことを。嫌っていることを。

 果たしてそんな人達が、私達を引き取ってくれるのだろうか。

「そうね、ラジオからは私達への批判の声しか出ていません。言い方はアレですけど、無理なんじゃ────」

 私と葵が教官へ質問をする中、1人だけ違う顔をする黄乃。

 え?何、そんなことになってるの?──って顔をして、こちらを見る。そう言えば、黄乃がメディア関連の物に触れてるとこ見たことないな。

 

「そうとも限らないよ。ラジオの意見は100%じゃないからね。飽くまで大多数の意見でしかない」

「つまり、少数派も居ると?」

 相変わらず頭の回転が速い葵だ。

 ラジオが全部だと思ってたから、そんな考えに辿り着かなかった。

「そういうこと。───都市圏は知っての通りだけど、地方の方だと戦争の影響もほとんど無いし、安全に暮らせるよ」

 そう言うと、教官はまたパソコンでの作業に戻った。

 

  その教官の姿を見て3人、顔を見る。その時は、屈託の無い笑顔だったと思う。

 教官は、いつも私達のことを考えてくれている。育ての親って言うのは、こういう人のことを言うのだろうか。

 

 

 ***

 

 

「そして、私を引き取ってくれたのが圭子さん達でした」

 クーラーの風の音が茜の部屋に鳴る。今の時刻は午後6時半過ぎ。いつの間にか、カップに注いであった紅茶が無くなっていた。

 戦争と離れた暮らしを送っていた巧達にとって、茜の話は衝撃的なものだっただろう。自分達と同い年の少女が戦場を駆け抜け、多くの人の死に直面してきたのだから。

「────ちょっと、ビックリしちゃった」

「無理もないですよ、栗山さん。こんな話、驚くなって言う方が無理です」

 

「ずっと、辛かったんだね」

 少し俯いて、恵美は言う。

 茜は心のどのかで恵美の言ったような言葉を欲していたのかもしれない。胸の辺りにあるのは、少しだけ締め付けるような感覚。そこに手を当て、喋る。

「辛くないって言ったら、嘘になります」

 手を当てた場所に、シワが出来る。ギュッと手を握り、茜は話を続けた。

 

「────でも、私の犯した罪は、私1人が背負うしかないん、で──す──」

 茜が言葉を言い終わる前に、悠莉が茜に抱きついていた。深く、包み込むようにして。

「櫛永さん?」

 茜は驚いた表情を浮かべ、悠莉の肩に手を置く。

「────1人じゃない」

「え?」

 茜の顔の横で、悠莉が短く、はっきりと言った。暖かさの込められた声に、茜の気持ちが微かに震える。

 悠莉が顔を茜の目の前に持ってきて、ゆっくりと口にする。

 

「私達がいるよ、穂原さん」

 

 悠莉のその言葉を聞いて、他の3人を見る。また、優しい笑顔だった。今日の昼、学校の屋上で見たあの笑顔。

「───えへ。まぁ、そんなこと言っときながら何が出来るか分かんないんだけど」

 頭をポリポリ軽く掻きながら少しだけ照れる様子を見せる悠莉に、巧らは少し笑いを起こす。

「確かに何でも一緒に、って言うのは簡単だけど、それだけ力になりたいってことなんだ。一緒に背負えるものは、背負わせてほしい」

 巧の口から出てきた言葉に、目の奥がぼんやりと熱くなる。

 

 ────いけない。また、泣いてしまいそう。私、こんな泣き虫だったっけ。

 

 茜は溢れそうになるのを抑えながら言葉を紡ぎ出そうとして、

「ど、どうして、皆さんそんな優、し─────ぅう~~~~~っ」

 

 ────結局、途中で泣いた。

 

「も~、また泣いてる。はい、ハンカチ」

「泣き虫だなぁ、穂原っちは」

 仕方ないなぁ、と言う風に悠莉と恵美は茜の背中をさする。以前は、人の前では泣かないようにしていたが、茜自身の気付かない内に涙脆くなっていたようで。

「すいません、1日に、二度もな、泣いちゃって────」

 悠莉から差し出されたハンカチを借り、茜は目から溢れて頬を流れる涙を拭う。

「まぁ、良いってことよ」

 ニタッと笑顔を見せる悠莉の顔を見て安心する茜。続いて恵美が茜に声をかける。

「泣き顔見せてくれるくらいに信用してくれるなんて、穂原っち良い子すぎだよ。────ほら、智も何か言いなって。ずっと黙ってるじゃん」

 話が終わってから何も喋らない智の方に、恵美は振り返る。そんな智は、何かを真剣に考えてる様子で───。

「あのさ、穂原さん────」

 智は少し緊張気味な表情で、茜に質問を送った。

「俺らに軍の情報とかって教えても大丈夫だった?」

 と言った。

 悠莉達は智の言葉でシーンと静まる。確かに、と思っているように見える顔が、そこに3つ並んでいた。

「────だ、大丈夫でしょ。だって穂原さんが話したってことは、大丈夫だってことでしょ?」

 そう言って悠莉が茜を見ると、そこにはギャグマンガに侵食されたんじゃって言うくらいに、何とも言えない表情を浮かべる茜が居た。涙も血の気も引いていて、

「────え、穂原さん?」


「もっ、申し訳ございませんんんん!!」

 

 全人類もビックリな、超絶素早い土下座でした。

「うそぉぉぉぉぉ!?」

「ごめんなさいぃっ!完全に忘れてました!」

 さすがの4人も、まさかの出来事に言葉が出ない。物語だと、秘密を知った者は排除する的なことがよくある。そんなことを4人も考えていて。

「穂原っち、私達は殺されるの?」

 何の感情も込められていない言葉だ。血の気の引いた顔が、床を向いている茜にも分かるくらいに。

「滅相もない!殺しなんてしませんけど、監視対象と言うものになりまして普段の生活が脅かされるのです!」

 土下座をしたまま叫ぶ。もう茜は焦ってるせいで言葉使いが滅茶苦茶、支離滅裂である。漫画で例えるなら、汗のエフェクトがいっぱい出てるアレに近い。

 茜は額の赤くなった顔をゆっくりと上げると、

「えっと、関係者に会うことなんて無いと思いますが、もしその時があれば知らぬ存ぜぬを貫いていただけると、皆さんの暮らしは守られますので」

「こ、この部屋、盗聴とか監視されたりは───?」

 巧が立ち上がって部屋を見渡す。何から何まで、嫌なことを思い浮かべてしまう4人。

「無いです無いです。本当です」

 茜はブンブン頭を横に振る。とにかく巧達を落ち着かせようと必死な様子だ。

 

「───まぁ、穂原さんは嘘つく子じゃないしね」

「櫛永さん───」

 安心して、茜はホッと息を漏らして胸を撫で下ろす。

 そして、恵美が思い出したように言った。

「穂原っちの髪は茶髪だけど、染めてるの?」

「あ、言われてみれば確かに」

 手術を受けた際に茜達《人型人形》は、髪の毛の色が変色した。しかし、今、恵美達の前に居る茜は茶髪だ。手術を受ける前の、茜にとって懐かしい髪色。

「あの、教室で浮くかなって思って。先生には、そのままで良いって言われたんですけど」

 髪を手でくるくると弄りながら茜は言う。

「折角なら見てみたいけど、穂原さんが決めることだからねぇ」

 どこか残念そうに、悠莉と恵美が顔を合わせて言った。

 すると、茜の部屋に置いてある時計からチャイムが鳴り響いた。確認すると、それは7時を告げるチャイムで。

「え、もう7時!?」

「嘘っ、ごめんなさい!私が長々と話したせいで!」

 茜は慌てて食器を集めて、巧達は荷物を片付ける。

 そんな5人の慌てる足音を、下の階で緑茶を飲みながらホッコリする圭子なのであった。

 

 

 ────────

 

 

「じゃあ、穂原さん。また明日ね」

「はい」

 手を振る4人に、茜も手を振り返す。

 背中を見せて歩いていく巧達を見ながら、「また明日」という言葉に高揚する茜。

 

 ─────明日がこんなに楽しみになるなんて。学校、行って良かった。

 

 茜は部屋に戻り、ベッドに腰を掛けて一息つく。本を読もうと、本棚に手を伸ばしたその時。

「おーい!」

 と、外から声がした。どこかで聞いたことのある声に、茜の手が止まる。

「ん?」

 窓に近づき、恐る恐る開ける。

「ヤッホー!」

「くっ、しなが、さん────?」

 驚きのあまり、茜の声がつっかえる。

 窓から悠莉が顔を覗かせていた。お互いの家が少し離れているとは言え、声の届かない距離ではない。それは茜も分かっていたが、悠莉の部屋と茜の部屋がこんな近くだなんて思っていなかった。

「これ、いつでも話せるね!」

「そうですね」

 まぁ、悪くはない。逆に嬉しいくらいで。茜の頬は少し赤くなって、顔に満面の笑顔が咲く。

 

 騒がしく、充実した楽しい茜の新しい学校生活が、これから始まる。

 

 

 ***

 


 月明かりが照らす暗い夜道に、1曲の鼻唄が流れる。楽しそうに唄う少女はスキップをしながら前へ前へと進んでいく。そのスキップで飛び跳ねる度に、サイドテールの髪が揺れる。

「う~ん、お腹すいたなぁ。さすがに基地一つ壊したら疲れるよぉ。何円残ってたっけ」

 財布から小銭のぶつかり合う音が鳴る。そして大きな溜め息をして。

「それにしてもなぁ、遠いんだよな~。あと何日かかるんだぁ?楽をしたいだけでウィザードは使っちゃダメだし」

 大きな独り言を呟きながら、財布にある所持金の額を確認する少女。文句を言いながらも、顔には普通でない笑顔が浮かぶ。

 そして少女は、コンビニをその目で捉えた。

 見つけるなり、幼い少女のように喜びながら走っていく。先程まで心の内から垂れ流していた文句の羅列はそこには無くて、空腹を満たせる喜びと、見たことも会ったこともない相手に近づいているという興奮が全身を包んで、少女は叫ぶ。

 

「会いに行くから待っててねぇ!穂原茜ぇ!」


 月明かりに照らされて叫び、喜び、飛ぶ少女の出現は、茜の日常を呼び戻す破滅の前兆。────否、破滅そのものかもしれない。



─to be continued─

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