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DOLL's SMOKE  作者: 蜻蛉織
6/14

ep.05 アカリ


 窓から差し込む薄い朱色を滲ませた光が、今、夕方であることを知らせる。そして、その光が茜の部屋を、話に似合わない暖かい色で染めている。

 部屋で聞こえるのは茜の声。自分の過去を話す、その声だけだ。話を聞いている4人は、無理に話そうとはしない。途中で気になったことを聞き返す程度で。

 

 そしてまだ、話は続いている。

 

「私達がその基地に配属になって、1年近くが過ぎた頃でした。戦闘の途中で、《それ》は突然、やって来たんです」

「────それ?」

 その単語の説明を求めるように、悠莉は軽く首をかしげる。

 茜はそれを見て、息を1度吸って口を開けた。

 

「────《別の私》です」

 

 

 ***

 

 

 砂塵の舞う戦場に来るのは、もう何度目か。人を殺すことに、私はまだ慣れてはいない。いつもいつも、心の奥で、何かが苦しんでいる。

 そう。私達は何度も戦場に来ている。ということは、相手側も対策を採ってくるのも当然のことだった。

 

「これだけの人数なら楽勝だろ!」

「この人数に1人は無理だぜ、嬢ちゃん!」

 私の周りで飛び交う、下品さが混じった声。

 私は部隊と上手く引き剥がされてしまった。私1人に対して、テロリスト達は40人。それも恐らく主力となるメンバーだけで構成された部隊だろう。攻撃の重みが違う。

「サブドライバ展開!」

 スキャナーにカードを入れる暇も無いため、刀武器のサブドライバを使わざるを得ない。こんな至近距離では、大型武器であるハザードドライバは使えそうになかった。

 

 ────ハザードを使い始めて、何分経った?

 

 初めからセーブモードを使わずにフルで使用している。1年前のように、残存使用可能時間を気にする余裕など、今は無いのだ。

 鞘のロックを解除して、プシッと蒸気が漏れる。

 

 ────《それ》は、まるで、その音を合図にしたかのように突然やってきた。

 

「いっ────!」

 いきなり、まるで殴られたような激しい痛みが、私の頭を突き刺す。それは今まで経験したことの無いような痛みで、その場に踞ってしまう程。

 突然私が倒れたことに驚いたのか、テロリストからの攻撃が止んだ。

 

 どうした。

 何が起こったんだ。

 

 そんな言葉達が、やっと聞こえる程度で、私の意識は飛んでいきそうだった。

「ああっ、ふっ───ぐぅ、あああっうっ」

 やっと出すことができた言葉も、ただの嗚咽にしかならない。痛みは止むどころか、激しさを増す一方だった。

 

 ───まさか、ハザードの副作用が───!?使いすぎたの?

 

 ドッ。

 ドンッ。

 ドンっ!

 ドンっ!!

 殴られる強さは次第に大きくなって、周りの声も聞こえなくなった。

 歯を食い縛っても、身体の何処かを暴れさせても、痛みは紛れない。初めてのことで何をどうすれば良いかも分からず、痛みに弄ばれるような感覚だけが続く。

 

 そして、痛みはピークに達した。

 

「────────────っ!!」

 

 裂ける程大きく口を開き、声にならない叫び声をあげて、私の意識は、ここで1回途切れるのだった。

 

 *──────*

 

「アハハッ」

 

 目を覚ましたときに聞いたのは、この笑い声だった。どこかで聞いたことのあるこの声は、私の知らない笑い声。

 

 ────あれ?私、立ってる?

 

 倒れていた筈の私の身体は、いつの間にか立っていた。───いや、それだけじゃない。手も、脚も、勝手に動く。思い通りには動かない。

 ───どうして。意識は、ちゃんとあるのに。

 

 そして、その声は唐突に聞こえてくる。

 

「ヤッホ~ぉ♪アカリだよ~ん」

 歪んだ笑顔。相手を嘲笑うかのような口元。

 ───アカリ?違う。私は、私は茜なのに。

「んひひっ。敵さんがいっぱいだぁ」

 異変を察知したテロリストは言葉をかけてきた。

「なんか、キャラ変わってない?嬢ちゃん」

 と言いながら、男は肩に手を伸ばしてくる。その手に目をやるアカリを名乗る人物。

 次の瞬間、その手は宙に舞っていた。

 気づかぬ内に、サブドライバは鞘から抜かれていて、刀身には男のものと見られる血が付着していた。

 吹き出る血。後退りながら叫ぶ男。飛んだ腕は、ドチャッ、と音を立てて落ちた。

「汚い血だなぁ。キミの身体、腐ってるんじゃないのかい?」

 切断面から覗く筋肉、骨。何度も見てきたそれは、何故か今までとは違うように見えた。

 

「おっ、お前ぇっ!」

 片腕を失ったテロリストは、残った腕でマシンガンを撃ちまくる。片腕では制御が難しく、照準はブレてしまい、逆に危ないのだが────。

 急に、私の身体は動く。いとも容易く乱暴に撃たれる弾を避け、その首を胴体から斬り離す。───その光景を見て、すぐさま他のテロリスト達は私の身体に銃口と刃を向けた。

「あはっ」

 何が楽しいのか、面白いのか。また、口の端がつり上がる。

 瞬間、両足のアクセラレータが少しずつ蒸気を漏らし始めた。熱を持ち、キィィン、と聞いたことのない音を出し始める。

「んひっ。ボクに勝てるなんて思わないでよ?」

 そう言うと、私の身体は飛んだ。そして、手にはハザードドライバが。

 

 ────いつの間に。何も言葉を発していないのに。

 

 落下と共に、ハザードドライバを振り下ろす。これまでにない地響きが耳を震わせるが、そんなことは関係なくアカリはドライバを振り回しながら戦場を駆け、着実に1人1人を殺していく。バックパックもアクセラレータも依然、熱を発していて、異常とも言えるスピードで身体を運んでいく。

「コイツっ!さっきと比べモンになんねぇくらい速いぞ!」

 翻弄されるテロリスト達。アカリの動きを目で追っている内に、その命はもう落ちている。

「アッハハハハハッ!遅いよ遅いよ!もっと頑張ってぇ!」

 アカリの動きに、躊躇なんて言葉は似合わない。私の今までの行動とは、全く違った。

 ハザードを使いこなすアカリは、まるでカードの性能を全て熟知しているようだった。

「せーのっ!」

 アカリのその声の終わりとほぼ同時に、ハザードドライバをテロリスト達目掛けて、ブーメランのように投げる。

 ───メチャッ。ぐちゃっ。と肉の粘着質な音が聞こえた。一瞬の出来事であったが、その一瞬の間に十数人を殺していた。

 アカリは、その光景を見終わることなく振り向き、スキャナーに手を伸ばしていた。1度スリットを出し、上面にあるボタンを押して、またスリットを収納する。一瞬とも言える時間にその行動を終わらせると────。

 

 〔Hazard--Finish drive.〕

 

 右腕に握り拳を作り、そこに黒い靄が出現する。

「んひひっ」

 残り数人となったテロリストに向かって不気味な笑顔を浮かべると、先程よりもアクセラレータが熱を持ち、漏れる蒸気の量が増した。

 そして次の瞬間には、もうテロリストの顔面に、拳がめり込んでいた。しかも1人だけでなく、そのままもう1人、また1人へと、パンチや蹴りを入れていく。────そして、動かない。

 

「─────終わった」

 そう言うとアカリは、スキャナーからハザードのカードを取り出した。

 40人いたテロリスト達をたったの5、6分程で全滅させてしまったアカリに、密かに私は恐怖する。

 

 

 瞼を閉じて開くと、私は元に戻っていた。

「────え?」

 少しの間固まって、顔を動かす。

 周りを見回しても、死体、死体、死体。見るも無惨な死体しかない。

 何も言えず、私はその場に尻餅をつく。

 

 ────アカリと名乗る私。嗤いながら人を殺す私。制御できない私。

 

 ふと、カードについて教官から聞いたことを思い出した。

 

 

 ─────これって、暴走?

 

 両手は血にまみれ、鉄臭いニオイが鼻を刺す。

 味方までも殺してしまいそうな勢いに、震えるしかない。いや、確実に敵味方関係無く殺してしまう。たまたま今回は、味方が居なかっただけ。そんな予感が頭の中で止まない。

 

 ────ただただ、怖い。

 

 

 ***

 

 

 ──政府軍基地内──

 

 キュッ、と靴の紐を結ぶ音が、誰も居ない部屋に鳴る。

 そこにドアの開く音がした。

「茜、ちょっといい?」

「葵────」

 1人、ベッドに座る私に話しかけてきた葵。その顔は真剣そのものだった。

「カードのことで話があるの」

 そう言われて、ハッとする。

「茜。最近ハザードを使ってないみたいだけど、何かあったの?」

 ────やっぱり。

 《あれ》が出て来て約2ヶ月。私はハザードを1回も使っていない。

 勿論、作戦にだって支障は出た。対処できる範囲でだけど、支障は支障だ。


「2ヶ月くらい前なんだけどね。私、ハザードを使用限界時間を越えて使ったの」

「─────っ」

 その瞬間、葵の顔の血の気が引くのが見えた。

「身体は!?どこか痛むところはないの!?」

 葵は私に駆け寄り身体をペタペタ触る。葵も私と紫野の使うカードの副作用を知っているから、その怖さを分かっている。

「ううん、大丈夫。身体はどこも異常ないよ」

「じゃあ、どうして───」

 葵はそこから先の言葉を出さなかったけど、恐らく、どうして使わないの。と続くのだろう。

「────その時の戦闘でね、《別の私》が出てきたの」

「別の───茜?」

 分からない、といった顔。当然の反応だった。私だって、そんな事を急に言われたらそうなるよ。

 ───でもね、本当なんだよ、葵。

「うん。別の私はアカリって名乗ってた」

「アカリ────」

「身体が言うことを聞かなくて、勝手に動いたんだ。嗤って、楽しんでテロリストを殺してた」

 私のその言葉を聞いて、少しずつ理解してく様子の葵を目の端でとらえる。葵は口を開いた。

「それはテロリストだけなんだよね?味方までは手を出して────」

「たまたま────偶然だよ」

 葵の顔が、曇る。

「偶然、私が部隊の皆と離されてたから傷付けずに済んだ────ううん、殺さずに済んだの。きっとそう。アカリは関係無く殺してくよ」

 私の手を握る葵の手が、震えているのが伝わってくる。

 

「あれは多分、暴走だと思う。教官が言ってたでしょ?カードの副作用のこと」

「教官には言ったの?」

 ギュッと手を強く握り、私は首を左右に振る。

「そんなこと、言え────」

 言えないよ。と言おうとした刹那、再びドアが開いた。

「お、いたいた」

「3人揃って。どうしたの?」

 ドアから現れたのは黄乃、紫野、黒葉だった。

「いや、久々にさ皆で食べてぇなって思って探してたんだよ」

「────茜?どうしたの?」

 黄乃の横から黒葉が顔を出した。

 私の顔に沈んだ様子が出ていたのか、どうしたの?と聞かれて少しだけ焦る。急に答えは出てこない。

「なんでもないわ黒葉。作戦の話をしてただけだから」

「そう。なら良いんだけど」

 内心でアタフタしてる間に葵が代わりに答えた。

 黒葉は何かと私を心配してくれてるというか、気に掛けてくれてるみたいで。半年くらい前からだけど、今までより話すようになった。

 

 

 開きっぱなしの自動ドアを通り、5人で食堂へと向かう。

「ふわぁ」

 道中、大きくあくびをする黄乃。

「黄乃ちゃん寝てないの?」

「ん?いや、寝てはいるんだけどな。最近ひどくて。────医務室の玲さんにはエフェクティブの使いすぎだって言われた」

「ふぅん。気を付けなよ?」

 エフェクティブカードの副作用。私と紫野だけかと思ってたけど、一様に皆あるようだ。私と紫野は危険なレベルであったから言われたらしい。

 眠気、頭痛、腹痛。みたいなことが起こるけど、起こるのは使いすぎた時だけで、症状も深刻な程ではなく軽かった。

「大丈夫だって紫野。作戦の時にゃバッチリ目ぇ覚めてるから!」

 作戦、という言葉に私は反応する。今さらだけど、他の皆に聞いてみようか。

 

「皆はさ、人を殺すことに慣れた?」

 

 4人が一斉に私の方に振り向いた。

「────私さ、今でも心のどこかで悩んでるんだ。勿論、テロリストは許せないけど、人は人だからさ───」

 私のその言葉に最初に返答したのは黄乃だった。

 

「茜の言うことも分かるよ。でも慣れちゃいけないんだろうけど、アタシは慣れてきた」

 ────慣れちゃいけない。

 その感覚は同じだった。

「最初は躊躇ったよ。キャンサー使ったら、相手が身体の中に出来た異物に苦しみながら死んでいくんだ」

 でもそれに快楽を覚えた訳じゃない。と黄乃は言った。加えて、葵と黒葉も慣れてきたと言う。

 廊下を歩く私達に、暗く、重たい雰囲気が流れる。私の中に、聞かなきゃ良かったと思う自分と、聞いて良かったと思う自分がいるのはどうしてだろう。

 私のそんなモヤモヤを遮るように黒葉が言った。

「でも、それも次の作戦で終わりだよ」

「来週───。最後の作戦か」

 

 最後の作戦。

 相手の本拠地まであと一歩。作戦の要となる私達に失敗は許されない。後方に構えていた黄乃と黒葉も前線への配置となり、全戦力をぶつけるという賭けのような作戦。テロリスト達は必ず戦闘員総出で私達、政府軍に抵抗してくるだろう。なら、ハザードを使う場面は確実にやって来る。

 そうなったら──────。

 

「茜ちゃん。早く行こ?」

「─────。うん」

 紫野に手を引かれ、足を前へ。

 

 絶対に、皆で─────。

 

 

 ***

 

 

「今でも、夢に見るんです。あの時のことを」

「────戦争のこと?」

 巧の言葉に茜は静かに頷く。

 外の烏の鳴き声や夕方のチャイムが部屋に鳴り響く。茜が話せば話すほど内容は重くなっていき、部屋に漂う空気も一層重くなっていた。

「暴走した時の光景だったり、居なくなった2人のことだったり───」

「居なくなった2人?」

「────はい」

 2人の《人型人形》が行方不明となったのは今から茜が話す、最後の作戦の時。今でも捜索活動は続いているのだが、見つかる気配は微塵も無いと言う。

「最後の戦闘の時に、私はハザードを使いました。アカリが出ないように気を付けて使えばいいんだって思いながら」

 部屋の外で風が吹き、窓ガラスが音を立てて震える。極々普通のことなのに、それにさえ何か嫌な空気を感じてしまう。

 

「でも、私は─────」



─to be continued─

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