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DOLL's SMOKE  作者: 蜻蛉織
13/14

ep.12 始まりの予兆


 アカリが出てきた時は、暴走状態だと思ってた。身体も思うように動かない上に、別人格みたいなものまであるのだから。

 

 ────ハザードのカードのログからは、暴走は確認されなかったわ。

 

 あの日、玲さんに言われた一言が、浮かんでは沈む。そんなことないと思いたいけど、実際には暴走は検知されなかった。その謎が、ずっと離れない。

 

 

 ***

 

 

「うっ、俺、もう晩飯食べれねぇわ」

「男だろ?もっと食えって」

「恵美が無理矢理食べさせたんだろ。─────うぇっ」

 買い食い祭りからの帰り道、バス停までの道を7人というまぁまぁな大所帯で歩く。

 葵と黄乃は、貸し出し用ロッカーに預けていた大きなバッグを片手にしており、中には着替えやら何やらが入っているのだろう。

「こっち来るのにさ、どうして宿とらなかったの?」

「いやぁ、予約はしたんだけどな、向こうの機械トラブルみたいなヤツでさぁ────」

「まぁ、圭子さんは大丈夫って言ってくれたけど、別の宿探そうとか思わなかったわけ?」

 圭子からのメールを閉じて、茜はため息の混ざった言葉を葵と黄乃に投げかける。

「「そこに船があるなら乗らない手はない────」」

「だろ?」

「でしょ?」

 2人揃って同じことを言う。

「何よそれぇ────」

「なんか敬語じゃない茜ちゃんって新鮮だなぁ」

「あぁ、たしかに。さっきから何か違うなぁって思ってたんだよ」

 さっき会ったばかりなのに、葵と黄乃は巧達と和んでいる。そのことは茜にとって嬉しいことでもあった。

「葵達は、その、何て言うか、小さい頃から一緒に暮らしてたから────」

「ん~、家族みたいな感じ?」

 恵美の言った言葉に、茜達3人はお互いを見合って少々時間を費やした。

「家族かな?」

「どうかしら」

「違うだろ」

 ち、違うのかよ。と恵美らは内心困る。思ったよりも軽い感じでテンポ良く否定されたので、トホホと口に出そうなくらいに恵美はショックを受けていた。

「あ!私らみたいな幼なじみとかは?」

「あー」

「それなら」

「それですね」

 ドンマイと言うようにして、智が恵美の肩に手を置く。ちょっと良いことを言おうとして失敗するのが、恵美である。その後の恥ずかしさと言ったら、例えようのないものなのだ。

 そんなこんなやっていると、茜の携帯が鳴った。画面に映し出された発信者は圭子だ。

「もしもし圭子さん?」

 ─『あ、茜ちゃん?さっきのお泊まりの事なんだけど、確認したら布団が1人分しかなくて────』─

「あーっと、ちょっと待ってください」

 保留のボタンを押して耳から端末を離すと、葵と黄乃の方を少し申し訳なさそうな顔で見る。

「葵、黄乃。布団が1人分しかなくてさ、どっちかしか泊まれないらしいんだけど────どうしよ」

「あ~マジか」

「どうしようかしら」

 当然、皆困る─────

「ふっふっふっ」

 ────と思っていた茜だが、1人だけ困っていない人が居たようで。

「ウチに来なよ!今日さ、親ウチに居ないから自由だよ~?茜ちゃん家とお隣だし!」

「まっマジか!助け船だ!」

 黄乃の目がキラッキラに光る。

 遠慮というものを知らない黄乃も相当だが、初めて出会った人を家に泊めようと考える悠莉も同様ではないだろうか。

「良いの?今日初めて会って、お互いもよく知らないでしょうに────」

「全然っ。茜ちゃんのぉ────なんだ────顔馴染み?──なら大丈夫だよ」

「まぁ、貴女が良いなら、こっちも嬉しいんだけれど────」

 一旦、話が纏まったところで茜が保留を解除して圭子に旨を伝えると、彼女からの了承が返ってきた。

「圭子さんからオッケーもらいました。ありがとうございます、悠莉さんっ」

「いいってことよ!」

 

 話が落ち着きを見せたため、止めていた足を再び動かし始める一行。

 人通りは多いとも少ないとも言えないような道、バス停まであと数百メートルに差し掛かった辺りで、茜の耳に声が届く。

 

「────また明日ね」

 

 えっ、と茜は小さく声を漏らす。一緒に歩いている友人達の声ではないことは、すぐに分かった。艶やかさの中に垣間見えた毒気に、振り向かずにはいられない。

 声は、横から後ろへと流れていった。追うようにして顔を向けた先には、小柄な少女が1人で歩いていた。────薄汚れた大きめのコート、こんな残暑のある季節に着るものじゃない。そして、茜が最も目を引き付けられたのは黒い髪の毛だった。黒い髪の毛先には、緑色のグラデーションが施されている。《人型人形》と結びつけてしまう程に、綺麗なグラデーション。

 

「───茜?」

 葵の声に反応することもなく、茜はずっと、少女の後ろ姿に目を奪われ続けている。あんな子は《人型人形》じゃないことは分かっている。見たこともないのだから。────大体、あんな染め方をする人は、世の中にいくらでも居る。

 ────目を離そうとした刹那、今度は少女が、茜の方へと振り向いた。携えていたサイドテールが揺れ、ふわりと浮かぶ。

 

「にひっ」

 

 少女の細めた目が、茜の目と合った。整った顔立ち。緑色の目。前髪にも施された、緑色のグラデーション。

 茜が何も声を出せずにいるが、そんなこと関係なく、少女は再び茜達と反対方向へ進み始める。

「────おい茜!」

「あっ」

 黄乃の強めな呼び掛けに、茜はようやく反応を示した。振り向くと黄乃が肩を掴んでおり、その後ろには葵達が少し離れたところで茜を見つめている。

「今の女の子────」

「あ?女の子がどうした?」

「────ううん、なんでもない」

「──?まぁ、とにかく行くぞ。皆待ってんだ」

 目が合ったのも、聞こえたあの声も、茜に対してのものではなく別の人に向けたものだと考え直して、黄乃に手を引かれて歩き始める。

 

 ────アカリが変なこと言うから────。

 

 

 ***

 

 

「それじゃあ皆さん、また明日。────智さんは、その、お気をつけて」

「じゃあね茜っち。明日金曜だから、頑張れば休みだよ」

 悠莉と2人で恵美らに手を振る茜。最寄りのバス停で下車し、ここで別れる今まで、ずっと智が苦しそうにしていて心配せずにいられないのである。

 3人と別れ、畑や田んぼが辺り一面に広がる道を歩いていく。まさにザ・田舎というような道。

「そだ、葵と黄乃、どっちが悠莉さんちに泊まるの?」

「ん?そうだなぁ、アタシが悠莉んち泊まろうか?葵は茜んち泊まれよ」

「そうね。じゃあ今夜よろしく、茜」

「うんっ」

 茜と悠莉の家の前に着くと、悠莉と黄乃は悠莉の家に、茜と葵は茜の家にそれぞれ入っていった。

「ただいま」

「失礼します」

 茜達が玄関に入ると、置かれている靴が2つしかないことが見てとれた。

 

 ────彩芽さん、まだ帰ってないんだ。

 

「あら、お帰り茜ちゃん。────と────」

「あ、初めまして。紀伊国キノクニ葵です。今日は急なのに、ありがとうございます」

「あぁ、貴女が。どうぞどうぞ上がって」

 いつになく嬉しそうな顔を浮かべている圭子を不思議そうに茜は見る。迷惑をかけていると思っていたから、圭子のその反応は予想外だった。

「取り敢えず、私の部屋行く?」

「じゃあ、上がらせてもらおうかな」

 例のごとく、彩芽の部屋の前を通り、自分の部屋へと向かう。

「まぁ、何もない部屋だけど、くつろいでよ。荷物は空いてるとこに適当に投げといて」

「ありがと」

 葵にそう言って、茜は脱衣場に服を着替えに行く。スカートを脱ぎ、そこに置いてある洗濯機にシャツを入れると、動きやすそうなTシャツと短パンに着替えた。

 

「お待たせ、葵」

「涼しそうな格好ね。────さっきも思ったけど、茜が足を出してるのって少し新鮮かも」

「あ~、まぁね。軍の時はズボンだったから、最初は私も慣れなかったよ」

 葵も見ない服だね、と言おうとした茜だが、どこをどう見ても軍に居た頃の葵のままで、適当にいうものじゃないなと1人で勝手に納得する。長めのスカートに落ち着いた雰囲気の服、あの時のままだ。

 ベッドの上に座った茜は、こっちに来なよ、と葵を隣に呼ぶ。一瞬だけ不思議そうな顔を葵は浮かべるが、何も言わず茜の隣へ。───そうしたかと思うと茜はベッドのすぐ近くにある窓を開け、

「悠莉さーん!」

 と1つ声を出す。

「ほいよー!」

 と、すぐに元気の良い応答が返ってきた。

 葵が茜の横から窓を覗くと、そこに見えていた窓が急に開いて、

「おっすー」

「はっ!マジかよ!」

 笑顔の悠莉と驚いた顔の黄乃が、葵の視界に入った。

「すごいでしょ。いつでも話せるんだよ」

「家が隣なのは聞いたけど、ここまで隣じゃなくても良いでしょうに─────」

 嬉しそうな顔の茜の顔を見て、葵の顔は呆れ半分、驚き半分の表情に変わっていた。

 

 ▲▼

 

 窓から流れ込む涼しい風に、茜達の髪がゆっくりと揺れる。9月の昼間は若干の暑さが残っているものの、夜となれば涼しさが垣間見えるというもの。

「それでさ~、抱きしめてきた雪がホントに可愛くてよぉ」

「ずっとその話じゃん、黄乃」

「いや、妹を持ってみたら分かるから!可愛いんだぜ?」

 目を輝かせながら、引き取られた先で出来た「雪」という名前の妹の話を先程から延々と語っている。

 

 ────なんだろう、この家にも似たような人が───。

 

 そのタイミングを狙ってきたかのように茜の部屋のドアが開けられ、明るい声が舞い込んできた。

「あっかねちゃーん!疲れた私を癒しておくれ~!」

 彩芽だった。

 

 ────このタイミングじゃなくてもよくない!?

 

 茜、頭の中で床ドンする。

 彩芽は茜に飛び付きそうな勢いだったが、見慣れない2人が彼女の視界に飛び込んできた。そのために、ピタリと動きがその場で止まってしまう。

「え、誰」

 黄乃の小さな声が、茜の耳になんとか届くと、

「───か」

「か?」

 プルプル震え始めた彩芽の口から、一文字だけの声が漏れた。茜の気のせいか、少しだけ頬が赤くなっているような─────。

「可愛い子が増えてる~~~っ!」

 ハートが顔の周りに浮かんでいそうな程の笑顔を浮かべると、彩芽は早足で近付いたベッドに座り、葵と黄乃に話しかけた。

「名前、なんていうの?」

「き、紀伊国──葵です」

宮西ミヤニシ黄乃っす」

「ほっほぉ、葵ちゃんはロングヘアなんだね。黄乃ちゃんはボブカットかぁ」

「ちょちょちょっ、彩芽さんストップです!葵達がびっくりしてます」

 葵と近すぎる彩芽の前に茜が割って入ると、彩芽はふと我に帰ったようで────。

「あ、そだね、ごめんごめん。─────えっと、私は穂原彩芽って名前ね。そうだなぁ、茜ちゃんの姉をやってます」

「へぇ!すっげぇ美人だなっ、茜の姉ちゃん!」

「黄乃ちゃんありがと~っ、毎日茜ちゃんから言われてるんだぁ」

「いや言ってませんから」

 相変わらずの彩芽に、いつものように塩対応で返す茜。この2人を見て葵が、仲が悪いのかと悠莉に尋ねると、その逆だよとニヤニヤな顔とセットで答えが来た。

「今日だけとは言わずにさ、何日か泊まっていきなよ」

「えっちょっ、彩芽さん、それは圭子さんと武志さんに悪いですよ」

 茜は今日1日だけ泊めるつもりだったらしく、彩芽の言葉に驚きを隠せない。しかし、彩芽の口からは茜が想像もしていなかった言葉が飛び出してきて。

「何言ってるの。これはお母さんも言ってたんだよ?学校に行き始めてから、わがままが増えて嬉しいんだってさ」

「ま、茜の性格だと遠慮の塊になるわよね」

「そうだぞ茜。家族なんだ、わがまま言った方が良いぞ。アタシなんてしょっちゅう言ってるから」

「黄乃は逆に遠慮を知った方が良いわね」

「ひっでぇ!」

 笑いが生まれ、空間が一層暖かくなる。久々に聞く、2人の懐かしい笑い声。まだ2ヶ月程度しか時間が経っていないのに、何年も離れていたような感覚が茜の中にある。

 

「────ねぇ、1つ聞いても良いかな。その、《人型人形》について聞きたいことあってさ」

 彩芽が躊躇い気味に3人に向かって問いを投げた。集まった人型人形を見て、何か気になることが浮かんだのだろう。勿論、断る理由がないため茜達も、答えられる範囲なら、ということで了承した。

「かなりぶっちゃけた質問なんだけど、人型人形はどうして一般の家に来たのかなって。─────詳しくは分からないけど、茜ちゃん達って重要機密みたいな扱いなんじゃないの?」

「まぁそうですね、扱いはそんな感じです。なんで来たかってのは、上司の提案を受け入れてって感じ?──ですかね」

「でも、どこの家に引き取られたかとかは軍も情報公開してないし、出来るだけ家の人には迷惑をかけないような措置はしてるらしいけどな」

「そういえば学校はその辺どうなのよ茜?自分が人型人形だって言ってるんでしょ?」

 急に茜に質問が送られてきた。確かに、学校で教師や生徒に自分が人型人形だということを言ってしまえば、情報がどこからか漏れだしてしまうことは充分に考えられる。葵が気にするのも当然と言えるだろう。

「それは大丈夫だと思うよ。私の個人情報は軍が管理してるし、編入前にそこら辺は軍と話し合ったから。教師や生徒には『言ったら罰則』みたいな内容のメールが来たって」

「私のクラスにも来た~」

「学校巻き込まれてんじゃねぇか」

「だって学校側から言えって連絡が来たんだもん。理由は分かんないけど」

「変わった学校だな────」

 ほんとにね、と茜も少し呆れた様子で返す。

 

「あ、私も聞いていいかな?」

 手を挙げたのは悠莉だった。

「茜ちゃんて孤児院出身なんでしょ?お2人はどうなのかなって」

「───ハッキリとしたことは分からないけど、でも、私は茜みたいに孤児院じゃなかったわ。軍管轄の施設なのは多分間違いないと思うけど」

「アタシもだな」

 悠莉のふった話題に何の疑問もなく応えていく2人だが、彩芽は何のことか分からずに首をあっちこっちに振るばかり。

「名前も無かったって聞いたんだけど、何て呼ばれてたの?」

「─────あまり覚えてないけど、名前じゃないことは確かよ。部屋に1人、たまに入ってくる大人とも話さない。大体そういうものよ、そんな大人に興味はないし、興味がないものは覚えてないわ」

「そーそー」

 先程から黄乃が相槌をうつことしかしていないが、そんなことは無視して悠莉は葵の話を聞いた。

「────あのぉ、お姉ちゃん皆の話してること分かんないな~」

「あ、えっとですね────。何て言えばいいのかな───」

 そうこう話していると、部屋のドアをノックする音が鳴った。はぁい、と茜が少し伸ばした返事をすると、開いたドアから顔を覗かせたのは武志だった。

「なんだ、彩芽も居たのか」

「お父さん」

 葵と黄乃は初めて武志と顔を合わせたため、簡単な挨拶を済ませた。農作業の後なのか、少しだけ土の臭いが茜の鼻を通り抜ける。

「そろそろ晩御飯だって母さんが」

「あ、はい。すぐ降ります」

「そっか。じゃあ、晩飯の後もまた話そ、茜ちゃん」

「あ、そうそう。悠莉達も一緒に晩御飯どうかって。今日は家に誰も居ないんだろ?」

「え、良いの!?武志さん!」

 実はコンビニかスーパーの弁当で晩御飯を済ませようと考えていた悠莉。思ってもいなかった提案に、悠莉の目の輝きは眩しい程に。

「今すぐ行きます!ほらっ、黄乃も早く行こっ!」

「うぉっ、悠莉!あんま引っ張んなって!」

 黄乃の着ていた服の襟を掴んで、目の前の窓から2人分のシルエットが一瞬にして消えてしまった。そして、悠莉宅の玄関が閉まる音がした直後、すぐにインターホンが鳴る。

 初めて会った時にも感じた悠莉の嵐っぷりを、また思い知らされた茜であった。

 

 

 ***

 

 

「おあよおございまふ」

「おはよ葵。やっぱ朝は苦手なんだね」

 階段を降りた場所にあるリビングのドアからちょうど茜が出てきた。葵の目は半開きで寝起きそのものな顔だ。

 昨日は整った流れるような長髪だったのだが、寝起きはありとあらゆる方向に髪の毛がハねている姿である。

「茜は早いのね────」

「今日は種まきがあるからね。その準備を手伝ってたの。────あ、玉ねぎの種ね」


 ちょっと待ってて。と言って、茜がリビングに入って戻ってくるなり

「はいこれ。髪整えなね」

 と、櫛を持ってきた。

「ありがと。茜はこれから学校?」

「うん。葵は今日どうするの?」

「黄乃とそこらへんブラブラするわ」

 いってらっしゃい。と葵に見送られ茜は玄関を出る。

 彩芽はもうすでに大学に行っているようで、たいていある騒がしいお見送りが今日はない。圭子と武志は今、畑で作業中だ。

「────あれ?」

 外に出た茜は、間の抜けた短い声を出した。

 

 悠莉がまだ家から出てこない。いつもなら、だいたい同じか悠莉が少し遅れて出てくる筈なのに出てくる様子がないのだ。

 どうしたんだろう。と気になった茜は悠莉の家に向かい、インターホンを押した。

「──────────」

 応答がない。先に行ったのかと考えたが、悠莉の性格だと、茜を待っていてくれそうな気もする。試しにもう一度インターホンを押してみると、少し間を置いて

「ばぁぁぁああああぁぁぁあっ!」

 と、今まで聞いたことのない悠莉の叫び声が茜の鼓膜を振動させた。────ただの寝坊だったのだ。

 黄乃のうるせぇ!という声が微かに聞こえ、その後はドタバタと例えられるような音だけが鳴り響く。

 

 ────おお、準備してる。

 

 5分程の時間が経って

「おはふぁへ!」

 多分おまたせ、と言っている悠莉がパンを咥えて玄関の戸を開けた。ネクタイはずれていて、ボタンも上の2つを間違えて留めている。

「い、行きます?」

 何故か茜は疑問系で言葉を出してしまった。あまりにも凄い勢いで悠莉が迫ってきたもので、ひきつった笑顔しか浮かべることしかできなくて。

「おん!」

 大きく首を縦に振り、悠莉はまるで急いで行こうと言っているようだった。

 

 ▲▼

 

「ほんっと!黄乃のせいなんだって!寝ようと思ってるのに妹ちゃんの話ばっかりだよ!」

 ざわめく学校の廊下で、一際目立った悠莉の声。通り過ぎていく他の生徒達がチラチラと悠莉達に視線を向ける。

「そ、それはお疲れ様です────」

「早く寝てもたまに寝坊してくるのに、そんな遅く寝たらなぁ」

 智も、しょうがないな。みたいな顔をして言った。昨日は死にそうな顔をしていたが、一晩明けるとスッキリした顔に。しかし、昨晩は地獄だったに違いない、と茜は勝手に想像する。

「じゃ」

 巧と茜は1組に、悠莉、恵美、智は2組にそれぞれ入っていった。茜も、教室に入るのも多少は慣れたもので、集まってくる目線をあまり気にしなくなっていた。────しかし、今日はいつもと少し違って、

「あ、おはよう穂原さん」

「おはようございます、珠岩さん」

 楓が、挨拶をしてきた。そして、それを見た他の生徒達がまた違う声色で話を始める。茜が楓と話している光景に驚きを隠せていない様子だった。

「はーい皆座ってーっ」

 その声と共に、担任の河島が教室に入ってきた。ホームルームが始まり、そのまま河島が受け持つ現代文の授業へ。

 

 ▲▼

 

「─────で、この作者はここで───」

 この日の現代文は小説作品だった。評論の問題に取り組むよりかは、まだ茜にとって物語の方が楽だ。基地に居た頃は様々な資料に混ぜて、たまに小説を読んでいた時もあったそうだ。

 

 ────難しいなぁ。

 

 昔の著名人が紡いだ物語だが、表現と言うか、どの言葉をとっても難しいもので、あまり内容が理解できない。以前茜が読んでいたと言っても、言葉の言い回しも読みやすいものだったから。

 

 コンコン。

 と2つの短い音が突如として鳴った。ドアがノックされた音だ。

「ごめん、ちょっと待ってね」

 河島がドアの方へ行き、開けると若い女性の教師がそこに立っていた。

「河島先生、穂原茜さんいますか?」

「ちょっと待ってください。────穂原さん!」

「はい────」

 突然呼ばれた茜は、少し戸惑いながらも返事をする。立ち上がった瞬間に呼びに来た教師と目が合って

「ごめん!すぐ職員室に来てだって!」

 女性教師は少し慌てた様子で茜を呼んだ。


 教室を出た茜は呼びに来た教師の後ろについて行く。

「あの───何かあったんですか?私だけ呼ぶなんて────」

「軍の人が来てるの。多分、《人型人形》も一緒に居た」

 

 ────軍?他の人型人形ってまさか────。

 

「入ります」

 開かれた戸の先には葵と黄乃、2人の軍人、そして────

「教──官────?」

「急にごめん、茜」

 茜達、人型人形のまとめ役を担っていた教官、榊冬馬さかきとうまが、接待室の中央に設置されたソファに腰を下ろしていた。

「葵と黄乃も、どうしたの?」

「私達も急に呼ばれたの」

「なぁ、茜も来たんだから早く話してくれよ、教官」

 窓際に2人が立ち並び、腕を組んでいる。

「これを見て欲しい」

 榊から差し出されたタブレット端末の画面には、ノイズだらけの映像データが映し出されていた。

『────弱─よ─わいよ!も─と強───ないの!?───ウ───ドた──たい──からさ!』

 監視カメラの損傷が激しいのか、映像も音声もロクに拾えていなかった。ただ、言葉は聞こえにくくても、鳴り続ける酷く鈍い音が耳に届く。爆発音、瓦礫の崩れる音、叫び声のようなもの。あの時、茜達が聞いてきた音だった。

「────こ、これは───」

「賀田宮基地だよ。まあまあ大きな基地なんだけど、たった一晩で破壊された」

「────!一晩!?」

「おい!それいつの話だよ!」

「そんなのニュースでもやってないですよ」

 ここ数日のニュース番組でも、軍の施設が破壊されたと言った報道は一切出ていない。台風接近を知らせるニュース、芸能人結婚のニュース、プロ野球リーグの優勝のニュース等、一般的な内容ばがりだった。

「そんなことはニュースには流せないよ。基地が潰れたなんて流したら大混乱だから────」

 榊は顔を下に向け、口から少し息を漏らした。

「ごめん、言おうかどうか悩んだんだ。君達の手はなるべく借りないと言っておいて、こんなに早く頼むのは────」

「何言ってるんですか、教官」

「茜の言う通りだよ、教官。頼ってくれなきゃアタシらが軍にまだ所属してる意味がねぇじゃん。だろ?」

 黄乃がウィンクを送ると、榊も少し安心したような表情を浮かべた。そして、寄りかかっていた身体を壁から離した葵が口を開いた。

「教官、メールでのやり取りじゃなくて直接ここに来たってことは────」

「うん、葵の思ってる通りだと思う」

 黄乃も茜も何も言わず、ただ会話を聞くだけ。恐らく2人も、これから何が話されるのか分かっているのだろう。

 

「────その実行犯が、この地域に居る」

 部屋は一瞬、静まり返った。分かってはいたことだが、改めて人の口から聞くと違って聞こえてくる。

「───この地域の住民が、その犯人って言うんですか?」

「いや、そういう訳じゃないんだ。────実を言うと、君達《人型人形》のデータが盗まれた」

 人型人形のデータは機密中の機密であり、盗まれるなど本来は有り得ないことだ。第一盗むにしても、基地内に入り、幾重にも用意されたパスワードロックを解除しなければならない。データは一般の兵では見られないようになっており、盗むのはほぼ不可能とされていた。

「────軍の関係者って、ことですか?」

「その線も調べてる。────ただ、一晩で基地を破壊できるなんて一般の兵には無理だ。それこそ、戦車でも持ってこない限りね」

 

「────それで、結局アタシ達に注意してくれってか?」

「そうだね。それもあるけど、この地域に犯人が潜伏してるから、見つけ次第対処を頼みたいんだ」

「見つけ次第って────。私達は犯人の顔も何も知らないんですよ?」

 葵の言う通りである。見たことも会ったこともない相手をどう見つけ出せと言うのだろうか。

「────さっきも言っただろう?実行犯は君達のデータを盗み出したって。なら、君達を狙ってくる筈だ」

「アタシらは餌ってことか。ま、やるだけやったるよ!」

「こんな形になって、申し訳ないけど────」

「気にすんなって!な?」

 

 ▲──────────▼

 

 今後はジェネレイトスキャナーを肌身離さず持ち歩き、いついかなる時にも対応できるようにするようにと、話で決まった。

 2人の軍人と榊は先に応接室を後にし、茜達3人はその場に残った。

「私達を狙ってくるとなると、茜は特に気を付けないと」

「────うん。当分は、家には帰れないかもしれないね」

「それは───家の人に心配かけるんじゃないのか?」

「怖い思い、させたく──ないからさ────」

 先日、彩芽の命が危険にさらされたことを思い出した茜は、自分のせいで危ない目に合わせたくないという思いが一層強くなる。

 実行犯が単独であっても複数であっても、危険度高いだろう。

「まぁ、とにかく茜は授業に戻れよ」

「そうね、この話しは学校が終わってからにしましょ。────昨日会った場所、来れる?」

「分かった。じゃあ終わったら連絡して行くね」

 そう言って応接室を出たところで、茜は葵達と別れた。

 昨日、アカリが口にしていた言葉が脳裏に浮かぶ。────ウィザードが近くに居るという言葉をアカリが口にしていた。基地を一晩で破壊した実行犯がこの地域に潜伏していると聞いて、茜は真っ先にそれを思い出した。タイミングが合い過ぎで、笑えない。心臓が静かに激しく動くばかりで何も口に出せない。

 

 ────違う。そんなことは絶対に有り得ない。紫野はそんなこと、絶対しない。

 

 

 ──to be continued──

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