ep.11 最悪と再会と
────ハザードの意思。
以前アカリはそう言っていた。おそらくハザードそのもの、だということだって想像した。
私とは違う考えをもって、違う行動をして、言葉も発する。ごく普通の人間と変わらない行動をする彼女を見て思った。
意思って造れるものなの────?
***
昨日の夜、家に帰ってきたのは午前0時前だった。家に入って何とか目を覚ました私は、汚れた服を脱いで身体を拭いてベッドに向かった。さすがに夜ご飯を食べる気力なんて無くて、そのままベッドにダイブ。
「茜ちゃん?」
ダイブして間もなく、ノックの音と共に彩芽さんの声が扉の向こうからやって来た。
ドアを開けるとそこにはパジャマ姿の彩芽さんが。
「彩芽さん、どうしたんです?枕持って────」
「────ちょっと寝れなくて。一緒に、寝てもいいかな?」
また。と言おうとして私はやめる。彩芽さんの手が震えているのが目に入って、言葉が胃の中に引っ込んだ。
────そっか、そんなに怖かったんだ。
そう、私と彩芽さんは育ってきた環境が違う。考え方も違う。彩芽さんにしたら、あの出来事は─────。
***
朝早くから奏でられる小さな鼻唄。彼女が奏でる唄はいつも同じお気に入りの曲だ。スキップをしては疲れ、歩き、またスキップをする。そんな彼女の目に映ったのは────
「あはっ、燗林市に入った────!」
燗林市に入ったことを知らせる電光掲示板だった。
「もうちょっとだ、もうちょっとだ!あはっ!!」
喜びの混じる甲高い笑い声を短くあげる少女の足取りは、段々と早くなる。走り気味のスキップで、彼女は身体を運んで行って、
「待っててねぇ!もうすぐだから────穂原茜!」
何度、彼女はその名前を口にしたのだろうか。青い空の下、月明かりの下、何度も呼んだ。
すれ違う人達の目を気にすることなく、彼女は笑顔を浮かべて足を運ぶ。
彼女は会いたくて会いたくて仕方がない。────壊したくて、滅茶苦茶にしたくて、仕方がない。
***
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてね」
玄関先で圭子に見送られながら、茜と彩芽は外へ出る。いつもより早い朝だが、今日は外せない用事が。
「バスを乗り継いで1時間弱ですね。けっこう遠いなぁ」
「仕方ないよ。言っちゃ悪いけど、ここは田舎だからね」
これから2人が行く先は政府軍燗林基地。昨日の夜に起きた事件の事情聴取をするために長時間かけてその場所へ向かう。
「昨日は寝れました?」
「うん、おかげでぐっすりだよ。────そうだ、学校の公欠って取れたの?」
「はい。午前だけ休むって伝えました。巧さん達には悠莉さんが話してくれるそうです」
その言葉を聞いて、何だか微笑ましくなる彩芽。学校に通う前は不安だと言っていたが、早くも友達を見つけた茜を見て嬉しくなる。
「いよぉぅしっ!今日は彩芽お姉ちゃんがアイス奢ったる!」
彩芽は鞄を持っていない左拳を空に向かって大きく上げる。
「えっ!そんな、悪いですよ!」
「遠慮しないの!」
そんなこんなで歩いていき、バス停に着くと丁度、目的地に行くバスがやって来た。
「いつもより早いだけあって空いてますね」
「そっか、茜ちゃんはこの時間のバス使わないもんねぇ」
そんなことを話ながら後ろから2番目にある2人掛けの席に座る。茜がいつも利用するバスは、通勤時間と被っているために座れた試しがない。まだ2回しか使ってないとは言え、それが分かる程の人の多さなのだ。
「はぁ~。バスの座席って良いですねぇ」
座ったことのないバスの座席に、茜は思わず顔が緩み────。
カシャッ。
「えへへ、とろけ顔だぁ」
よくよく考えてみれば顔を撮られる2日連続である。昨日は巧達の居る前で撮られ、恥ずかしい思いをしたことを茜ははっきりと覚えている。
しかし、恐らく彩芽はいつも通りの自分を演じているのかもしれない。襲われたのは昨日のことだ。そんな大事を簡単には忘れられないから。
────昨日みたいには怒れないな。
しかし、そんな茜にも思うことはある。それは──────
「それも、あの本に書いてあるんですか?」
「ん?」
「え?」
「あの本?」
「あっ」
やってしまった、と思った茜の顔は軽く青ざめていて。ちなみに、あの本というのは彩芽の部屋にあった「妹に好かれるための本」。
嘘が苦手なのは茜自身が一番分かっているため、ここは諦めて昨日彩芽の部屋に入ったことを素直に打ち明けた。
「は、入ったの?私の部屋────」
「はい。───彩芽さん、私の部屋に何回も忍び込んでくるので私も1回くらい良いかなっと────つい」
彩芽が驚きを隠せないのは当然で、まさか茜が入るとは思っていなかったのだ。
「は、恥ずかしい────」
「え、別に変なものとかは無かったですよ?私と同じような部屋で────さっきみたいな本があるとは思いませんでしたけど」
「に、日記は!?昨日は確か家に忘れて机の上に置いたままだったんだけど───っ」
茜が彩芽の方に目を向けると、そこには顔を真っ赤に染めた彩芽の顔がある。少し目が潤んでいて、泣き出しそうな顔。
「に、日記は読んでません。さすがにそういうことは出来ませんから」
「そ、そっか。よかった────」
「あ、でも────」
「なっ何!?」
「ベッドにあった熊のぬいぐるみを少しモフモフしました」
彩芽が何か言うかと思っていたが、その声は聞こえてこず。
「彩芽さん?」
「も、モフったの?」
「は、はい」
茜の返事を受け取った彩芽は赤い顔のまま、ニヤッと口角を上げた。
「わ、私の部屋に、茜ちゃん成分が────」
────ダメだこりゃ。ま、お咎めは無しかな。
指をモニモキ動かす彩芽を見て、茜は呆れる反面安心する。いつも通りの彩芽を見ることができて、心にあったモヤモヤも少し軽くなったようだ。
ほんわかとした空気を漏らす彩芽から目を離し、茜は窓の外に目を向ける。そして、昨晩のことを頭に浮かべて考える。
「なんで、彩芽さんを襲わなかったの?」
答える筈のない相手に、彩芽に聞こえない声で問いを投げる。
「─────すいません、少し寝ますね」
「いつもより朝早いもんね。うん、いいよ。着いたら起こしてあげるから」
「ありがとうございます」
茜自身、眠気があったのは事実で、彩芽の横で寝るのは忍びなかったが、「彼女」と会うにはその方法が最も可能性が高いというのも1つの理由だった。
***
「珍しいね。茜からボクに会いたいって思うなんて」
「アカリ────だよね────?」
茜が首を左右に動かし周りを確認すると、あの何もない白い空間に茜と同じ格好をしたアカリが立っている。茜がこの空間に来るのは数ヵ月ぶりで、軍の病院に入院している時期に会ったが最後だったのだが、アカリの顔がどことなく以前と違う顔に見えた。
「用は何?」
「昨日、どうして彩芽さんを襲わなかったの?」
「─────襲ってほしかった?そんな風にも聞き取れるけど」
「────! そんなつもりじゃ────」
「分かってるさ。茜はそんなことはしないからね」
前に話した時とは雰囲気が違っていても、話す口調や言い回しはアカリ本人のもの。しかし、妙に落ち着いた顔に、言うなればどこか「大人」になったアカリの雰囲気。それが茜の感じている違和感の正体なのだろう。
「あの人は茜のお姉ちゃんなんだろ?ボクが手を出すわけないじゃないか」
「─────っ。あの時は皆をこ、殺したじゃな─────」
「そんなことより、茜────」
茜の声をより大きな声で上書きをして、アカリは横目で茜を見る。
「昨日の事件は予兆だよ。気をつけてね」
「よ、予兆って────?」
「キミもどこかで気になってる筈だよ。昨日お姉ちゃんを襲った奴らは持ってた武器を 『奉納品』って言ったんだ。それはつまり、その団体に入るためにあんな強力な奉納品が必要な程の、大きな集団があるってことだ。そして武器を持って集まるってことは────」
「────分かってる」
アカリと同様に、茜も何かしらの武装集団が存在していることに感付いていたらしい。茜の口からその言葉を聞くと、アカリは「さすが」と言うように顔に笑みを作った。
「あぁ、あとこれも茜に話しておこうかな」
何かを思い出したような顔をして、アカリは再び茜と目を合わせる。
「居なくなった筈の『ウィザード』が動いてる。どうやら近くみたいだ」
「ウィザードって────まさか紫野!?生きてるの!?」
「それは分からない。ボクが感じ取れるのは、同じエフェクティブの気配だけだからね」
「───紫野が、生きてる─────」
そんな希望を茜は浮かべる。茜にしてみれば、その希望はどれだけ嬉しいことだろう。
「ただ、最悪の想定もしないとね」
「さい────あく?」
「あの戦いで居なくなった筈のウィザード、そして昨日起こった事件で奴らが持ってた奉納品。材料は少ないけど、これから想定できるのは────」
「────あ、あり得ない。そんなこと」
茜も、アカリの言葉から同じ想定を頭に思ったらしく、顔色が良いと呼べないものになる。しかし────
「でも可能性はゼロじゃない。ボクが他のエフェクティブを感じたんだ。近々、キミの近くで何か起こるかもしれない」
信じられないと言うように、茜は首を小さく横に振り続ける。しかし、アカリの言葉通り、可能性はゼロではないため完全に否定はできないのが現実である。それは茜も分かっていた。
────確かに、こんな偶然は────。でも────。
「今日はここまでだ。そろそろキミは起きなきゃいけないからね」
▲──────────▼
「───アカリ!」
「うわぁっ!びっくりしたぁ」
アカリの名前を叫ぶ茜の目には真っ白な空間ではなく、並んだ青い座席が映っていた。
「あ、茜ちゃん、びっくりさせないでよ────耳元───」
「あ、彩芽さん、ごめんなさい」
いきなりの茜の大声に驚いた彩芽は座席にうなだれている。茜を起こそうとした矢先に、茜の声が耳に飛び込んできたため心臓の運動が激しい彩芽であった。
他にも乗客が居て、数人がジッと2人を見つめている状況に少し茜の顔が赤くなる。
─『次は、終点、燗林バスロータリー。燗林バスロータリーです』─
「終点って、私40分も寝てたんですか?」
「ふふっ。フォルダに40枚新しい写真追加しちゃった」
携帯を手に持ち、フリフリと振って茜に見せる。───1分に1枚のペース。もう何を言ってもダメと茜は諦めるしかなかった。
***
バスを乗り換えて約20分。茜と彩芽は目的地の最寄り停留所でバスを降り、5分程歩いて政府軍基地にたどり着いた。
以前茜が所属していた軍本部とは、やはり大きさも施設も断然違う。初めて来る基地に戸惑いながらも2人は入り口へ足を進めていく。
「ほ、穂原さん────?」
目を向けた先には、つい昨日の夜見た顔が。
「珠岩さん」
「楓ちゃん────」
楓と、その母親とみられる女性がそこに居た。2人も茜達と同じくたった今着いたようだ。
「おはようございます、珠岩さん。夜は寝れました?」
「あ、うん。大丈夫だったよ」
茜が朝の挨拶を終えると、楓の横に居た彼女の母親が口を開いた。
「昨日は本当にありがとうございました。何とお礼をしたら────」
「い、いえっ。当たり前のことをしただけですから。────と、取り敢えず入りましょう。待たせたらアレですし───」
数段ある階段を上がり、茜達は入り口にある自動ドアをくぐる。その先には昨日茜達を保護した警察隊の隊員である牧田が居た。
「お待ちしてました────」
▲▼
部屋にある1つだけの大きな窓。その向こう側は何も見えない。
「では聴取を始めます、穂原茜さん」
「はい」
茜が聴取を受ける相手は、変わらず牧田だった。
1人ずつ話を聞く、ということで最初に茜が部屋に呼ばれた。どのような経緯であの場所に居たのか。犯人グループと話した内容は何か。など、彩芽から借りた推理小説に書かれていたことと同じようなことを聞かれ、答え続ける。
「そうだ、リーダーみたいな人が持っていた変な武器をその人、『奉納品』だって言ってました」
「奉納品─────。それならこちらにも覚えがあります。昨日の簡単な取り調べでしたけど、『革命の兵達の復活だ』と彼は言っていました。恐らく、そのグループのことでしょう」
────革命の兵達。その言葉を聞いた茜の脳裏に浮かんだのは自分達が倒した筈の────。夢の中でアカリが言っていた、最悪の想定。真っ先にそれが浮かんできた。
「────エボ、ルヴ───」
それは茜にとって、二度と口に出したくない名前だった。
詰まりながらも絞り出されたその名前に、牧田は言葉を返す。
「あり得ませんよ。それは貴女が最も分かってる筈です。だって貴女達が────」
「そう───ですよね──」
そう言う茜の顔は、まだ納得していない様子だ。
────そうだ、よく考えてみればウィザードが居なくなったのは基地の近く。いや、でもエフェクティブを使えるのは人型人形だけ────。
茜の考え込む姿を見た牧田が、聴取の内容を書き留めたファイルを閉じて言った。
「これはこちらでも調査しましょう。貴女のおっしゃるようにエボルヴであっても、そうでなくても、国の危険を放ってはいられませんから」
「あ、じゃあ私もその調査に────」
「それは出来ません。───なるべく貴女を一般の生活から遠ざけないようにと、貴女方の指揮官から言われていますので」
────教官──。
「────でも、知ってるのに何もしないだなんて─────」
茜の顔を見た牧田は1つ間をおいて口を開いた。
「貴女は自分自身のことを守ってください。家族や周りの大事な人を。我々は何かが起こってからではないと動けませんが、貴女は違う。今回がそうだったように、そうでしょう?」
その言葉を聞いた茜は少し目を開き、小さく頷いた。腿の上に置いた拳を強く握る。
「────分かりました」
「良かった。──────聴取は以上です、ご協力に感謝します」
***
茜の聴取が終わった後は、彩芽、楓の順で2人も聴取を受けた。襲われた時の状況や犯人達との会話等、同じ内容を質問された。現場に途中から来た、楓の母親も同様に聴取を行われた。
「お母さん達の聴取ってないの?」
基地の出口へ向かう中、彩芽が茜に聞いた。
「圭子さん達は昨日の内に済ませてあるみたいですよ。家に居る間に」
「そっか────」
茜は、彩芽とそう話しながら基地内を見渡してみると、チラホラと自分に向けられている視線に気付く。入った時も少し感じていたが、数日前に味わったような感覚にどことなく似ている。
「今日は遠いところにわざわざありがとうございました。お気をつけて」
「はい────」
正面玄関から外へ出て、茜と彩芽が最寄りのバス停へ向かおうとしたその時、楓が声をかけてきた。
「あの、もしよかったら、車乗っていきませんか?」
2人を呼び止めた楓が指差す先には、母親と乗ってきたであろう車が1台停められていた。
「どうしますか、彩芽さん」
「ん~?人の好意には甘えるもんだよ~」
────あ、面倒なだけなんですね───。
▲▼
「じゃあ彩芽さん、お先に」
「うん、行ってらっしゃい茜ちゃん、楓ちゃん」
学校の正門前で車を降り、茜と楓は下足場へ。靴を脱ぎ換え、教室へ向かう途中に楓は茜に口を開いた。
「ごめんね、穂原さん」
「え────あぁ、昨日のことでしたら大丈夫ですよ」
「ううん、そうじゃなくてね────」
楓はそこで言うのを止め、俯き気味だった顔をあげた。
「やっぱ何でもな~い!」
「え!なんなんですかぁ!?ちょっと珠岩さん!?」
先程と違い、笑顔を見せる楓と、楓に対して焦る茜が廊下を歩いていると、
「うるさい!授業中だぞ!」
「「あ、すいません────」」
当然、怒られるわけで。
背中の方から飛んできた怒号に振り返り、2人は同時に謝る。怒鳴り声をあげた男性教師が教室の戻ったのを確認すると、2人は顔を見合わせて
「ふふっ」
「ははっ」
と、お互いに笑い合って、足を前へ進める。
「怒られちゃった」
「そうですね」
自分達の教室へ向かう今は4時限目の終わり頃。本当に午前丸々学校を休んでしまった茜だが、どこか楽しいと感じていた。
***
「茜っち~!!」
昼休憩に入った途端に、恵美は茜に飛び付いてきた。茜の制服に顔を埋め、
「うぅ~~」
と、うなり声のようなものを恵美は口から吐き出す。その後ろから、悠莉と智もやって来た。
「はいはい、取り敢えず茜ちゃんから離れる!」
悠莉に引っ張られ茜から顔を離すも、彼女の顔に一同、驚きを隠せない。
「ちょっ!恵美さん!?」
「うおっ!恵美どうしたその顔!」
「み、見んなよ~~っ」
ボロボロの泣き顔だった。大粒の涙を流しながら顔を真っ赤に染めている恵美を見て、茜は声をかける。
「心配───してくれたんですか?」
「あっ、当たり前!悠莉から話聞いたけど、顔見るまで安心できないよ!」
目を潤ませてジッと見つめる恵美に、茜の中には申し訳なさがいっぱいになり、
「ごめんなさい、恵美さん」
謝らずにはいられなかった。
「罰として、放課後は付き合ってもらうからね!」
茜の目の前に人差し指を持っていき、恵美は言った。顔を赤く染め涙を残しながらも、どこか笑みのようなものを浮かべている感じがする、そんな顔で。
「つ、付き合うって─────」
▲──────────▼
「買い食いするよ!」
「買い食い!?」
学校から茜達の家の方とは反対方向に少し行った場所にある、小さな通り。小さなと言っても、この地域にしたら大きい方で、地方にしては賑わいがある方だ。
「今日は甘いもの食べまくるからね!」
「なんで俺達まで────」
智が愚痴を溢したように、他の3人も恵美に付き合わされるはめに────。
「いやぁ、茜ちゃん連れ回すのはじめてじゃん!────ところで茜ちゃんお金あるの?」
「カードはこの前チャージしたばかりなので、ある程度は────」
茜、ほぼ苦笑い。
遊びに出ることなんて無かった茜だが、巧達を家に連れていった日の夜に、圭子からお小遣いなるものを初めて貰った。
────圭子さん、このお金使って良いんでしょうか───!
遊びに行くこともあるから。と圭子が茜に渡してくれたのだが、人のお金を使うことをしたことがないために、少し困惑する茜である。
通りにある様々なスイーツを食べ、ドリンクも飲んで、歩き回った。
「す、すごい勢いでお金が無くなってく」
大きな公園の中心にある、噴水近くのベンチで茜がボソリと呟いた。右手には先程買ったメロンパンが握られている。
「恵美、思った以上に店回ったね。はい、お茶で良かった?」
「巧さん、ありがとうございます」
2人並んで、公園のベンチに腰をかけ、巧から差し出された緑茶のキャップを開ける。まだ強さのある日差しも、噴水の近くであるため涼しさで和らぐというもの。
悠莉と恵美は、まだ食べ足りないのか、公園に居た移動販売車で売っているクレープを買うために並んでいる最中。
「そういえば、智さんが見えませんけど────」
「あぁ、アイツは甘いもん食い過ぎてトイレに直行」
気の毒に、と心の中で言うしかない。
「なんだか、楽しいです」
「そう?振り回されっぱなしで疲れない?」
「疲れは少しありますけど、これは気持ちいい疲れです」
「そっか」
悠莉達を見つめながら、やわらかい笑顔を茜は浮かべる。罰として、なんて恵美は言っていたが、茜に元気を出してほしかったという思いもあったのだろう。
あっちぃ、と言いながら汗を拭う巧に目をやり、彼らの過ごす日常に自分が居ることを嬉しく思う茜。
「茜ちゃーん!こっち来なよ~!」
「あのぉ私あんまりお金ないんですけどぉ!」
「いいからカモンカモン!」
笑顔で呼び掛けられては、茜も断れない。クレープを口いっぱいに頬張って目を輝かせる恵美に、クリームを口の端に付けたまま眩い程の笑顔を送る悠莉。
「すいません、行ってきますね」
「うん」
軽い駆け足で2人の元へ行くと、悠莉と恵美がそれぞれ持っていたクレープを差し出して、
「はいどーぞ!」
「いっぱい連れ回しちゃったからね。お詫び」
「あ、ありがとうございます────」
差し出されていた恵美のクレープを先に食べ、茜はバッと顔をあげると
「お、おいひいれふ!わらひふれーふはひへへはへまひた!」
「ん~、何言ってるか分かんないけど幸せそうで何よりだよ。あ~クリーム付いてるよ、ほら、顔こっち貸して」
「ん、ふいまへん」
顔を悠莉の方へ向けようとした時、突如として茜の視界が黒くなった。そしてすぐに飛び込んできたのは────
「だ~れだ」
「んぶっ!?」
視界が真っ黒になったのは誰かに手で覆われたためであるのはすぐに理解できた茜だが、そんなことよりも急に起こった出来事に驚いていた。そして、聞こえてきた声はおとなしめな女性の声。
────この声って
そう思うや否や、口に残っていたクレープを飲み込み、声のする方へ勢い良く振り向く。────そこに居たのは、白く毛先の青い長髪の少女で。
「やっぱり!」
「久しぶりね、茜」
「葵!」
「よ!アタシも居るぞ!」
「黄乃も!え、どうして!?」
葵の背後から顔を出してきたのは黄乃だった。久しぶりに見る2人の姿はほぼ変わっていなかったが、軍服ではなく私服であったために、どこか新鮮さが混じっていた。フード付きの半袖上着を羽織ってロングスカートを携えている葵に、Tシャツの上に薄い上着を重ね着し半ズボンを履いた黄乃。おしとやかさとスポーティーな感じ、それぞれのイメージに合っている服装だった。
「関西の方でたまたま葵に会ってさ、こっち来ようって話になったんだよ」
「そんな軽いノリで────」
「何だか懐かしいわね、この感じ」
ワイワイ盛り上がる3人を見ながら、完全に置いてきぼりの恵美と悠莉は小さな声で話を始める。
「え、待って。誰あれ」
「アオイとキノってさ、茜っちの話に出てこなかったっけ」
「たしかに、2人とも白い髪の毛だね」
ひそひそ話をする悠莉と恵美がチラリと茜達の方を見ると、葵の隣に立っていた黄乃と目が合った。
「あ?何見てんだよ」
「ひっ!」
目が合ったと言うより、一方的に睨まれた。
「だぁっと!睨んじゃダメだよ黄乃」
「た、巧ぃ~!ちょっと来てぇ!」
悠莉、我慢できずに巧に応援要請。
▲▼
巧と、トイレから生還した智も交えて、幼なじみ4人組が集合する。先程黄乃に睨まれた2人はひきつった笑顔を見せていた。
「紹介するね。学校で仲良くしてもらってる巧さん、智さん、悠莉さん、恵美さん」
「なぁんだよ、茜の友達なら友達って言ってくれたら良いのになぁ!───そっか、茜と仲良くしてくれてんのか。ありがとな!」
ニカッと心地好い程の笑顔を浮かべる黄乃を見て、男2人は笑顔で返すも、悠莉と恵美は違った。
「え、一方的にさ」
「恵美ウェイト」
「いやさ、ごめんて。そんなビビんないで」
もう引く引く。黄乃に対する第一印象はマイナスイメージ強である。
「黄乃のそういう癖、直した方が良さそうね」
「よし!お詫びとしてアタシがそこのクレープ奢ってやる!」
「ホントっすか!」
「おいおい、恵美お前食べすぎだぞ」
「わ、私はいいや」
「どっちにしろ食い過ぎだって」
智には考えられない程の甘いものを飲み食いしている時点で、彼は呆れ果てていた。恵美はウッキウキな様子で黄乃と共に再度クレープ屋へ。
「ごめん葵、ちょっとこれ持ってて。トイレ行ってくる。あ、食べちゃダメだからね」
「え、えぇ────」
メロンパンと緑茶を葵に渡すと、茜は駆け足気味で公衆トイレへ向かっていく。
「────なんだか、少し変わったわね」
「そうなんですか?」
先程茜が座っていたベンチに向かい、葵を挟むようにして座る巧と悠莉。
「まぁ、あの頃と比べたら少しね。───って同い年なんだからそんな固くならないでよ」
「あ、そっか」
そう返事をした悠莉の方に顔を向けて葵が言った。
「私と茜が同い年って知ってるの?そんな感じに聞こえたよ?」
「────!!」
────や、やってしまったよ茜氏ぃぃ!
一瞬にして顔が青ざめてしまう巧と悠莉。汗がダラッダラで目がよく泳ぐ。
「あいや、あのね、そ、そんな感じし、してるなぁって!」
「ふふっ、茜みたいに正直ね。───心配しないで、どうこう言うつもりはないから」
「え、監視対象?ってやつには────」
茜に持たされた緑茶を一口飲み、茜には内緒で。と言うようにウィンクを送り、葵は言う。
「まぁ、本来はね。────これは私の勝手だけど、茜が話したのなら問題ないわ。それ程あの子は貴方達を信頼してるんじゃないかしら」
「え~、あれは単に忘れてたっぽいけど」
「悠莉、それは黙っとこう。せっかく勘違いしてくれてるんだ」
ふぅ、と一息ついて、葵は空を見上げる。
「そっか、じゃあ貴方達は全部知ってるのね」
「うん。茜ちゃんのことは、全部聞いた」
雀が5匹、葵の見上げる空を横切っていった。それを追いかける、もう1匹の少し小さい雀。葵はそれを見つめながら────
「あの子ね、ホントに凄かったのよ。茜の考えた作戦は、どれも犠牲が少なかった」
「えっと、孔明だっけ」
「え、そんな細かいことも話したの?────まぁ、あながち間違ってないと思うの。戦地の地形も、部隊それぞれの特性も、あの子は全部把握して作戦を組み立ててた」
「よく分かんないけどすごいね」
「確かに茜頭良いな。この前教えて貰った数学超分かりやすかった。────ってあそこ何やってんだ」
巧の見ている方向には、クレープ屋に並んでいた黄乃と恵美に、無理矢理付き合わされていた智が居た。
「いらないって!もう腹限界!」
「なんだよ、食えって!」
「そうだよ智!黄乃が買ってくれたんだぞ!」
口にクレープを突っ込もうとする黄乃といつの間にか恵美が仲良しとなっていた。智の味方は、そこに居ない。かわいそう。
「ただいまぁ。ってなんか仲良い感じだね、葵」
「黄乃のああいう性格も、こういう時は良いものね」
「た、巧、俺死ぬ」
智、生還と言いづらいが生還。よしよし、と巧が智の腹を撫でるも、我慢できなくなったのか再びトイレへ。
「っと、そうだ、茜」
「どしたの?黄乃」
「今日、お前んち泊めてくれよ」
「────────はい?」
「私からもお願い」
「─────────へぇぇぁ」
何の意味も持たない言葉のような息のようなものを口から漏らしながら、茜は遠くの方を見つめる。急すぎる再開に、急すぎる申し出。処理がうまく追い付かない茜。
宿は予約してないの?もしかして荷物失くしたの?等々、聞きたいことが頭に浮かび上がってはシャボン玉のように消え、茜は何も言えないのであった。
──to be continued──