ep.10 可愛いだけじゃない
カードの能力。
──人の動きを封じる能力
──物理法則を越えた現象を起こす能力
──人の身体に異物を作り出す能力
──自分の身体を何か化かせる能力
私の能力は、一体何なのだろう。身体強化の二乗だけで、能力って言えるの?確かに、身体の動きが素早くなるのは戦闘にとって有利だ。
ただ、ウィザード同様、副作用が大きすぎる。
***
よそよそしい態度。家族として迎え入れたんだから遠慮なんかせずに暮らせば良いのに───。
「そんな、悪いですよ。服は必要な分持ってきてるのに」
この前ウチにやって来た茜という子はすぐに遠慮する。服の2つや3つ、ねだれば良い。買ってもらえば良い。
「買ってもらえば良いでしょ?お母さんも言ってるんだから」
「────彩芽さん」
そこに沢山可愛い服があるでしょ?可愛い顔してるんだし何着ても似合うんだから、いっぱい試着して気に入ったものを買ってもらったら良いのに。
────あぁ、なんでこんなに気が荒立つんだろう。
***
息の切れる音を立てながら、茜は一心不乱に目的の場所を目指して走り続けた。4丁目の工業団地に入り、誰も使わなくなった工場を見つけて───
「金城────。ここか」
すきま風が吹き、ジャージの短パンがなびいた。
カードホルダーを右脚に装着し、スキャナーをバッグのように肩に掛けた茜はその工場の入り口へと足を運んでいく。
「ちゃんと1人で来た!早く出てきて!」
工場全体に聞こえるように大きな声をあげる。すると、廃材が置かれた陰から2人の人影が現れて、
「待ってたよ」
と、男の声が。しかし、電話で茜が聞いた声とは別の人物だった。
割れた窓から入ってくる街灯と月の明かりに照らされて、その顔がはっきりとしてきた。
「────っ!どうしてっ」
茜が驚きを示したのは犯人の男ではなく、その男に腕を掴まれている人質────。
「た、珠岩──さん───?」
「穂原さん────」
茜のいるクラスをまとめる委員長の珠岩楓だった。茜は何がどうなっているのか、すぐに理解できず困惑するばかりだ。
「話が違うじゃない!彩芽さんは!?それに、どうして珠岩さんが───っ!」
「一緒に居たんだよ。────さて、ここで新しい要求だ。お前の姉を返して欲しけりゃもう100万持ってこい、こっちは現金でな。それで本当に返してやる」
無茶な要求だった。そんな大金が払えるわけがない。しかも現金だなんてこのご時世、希少価値が高いため富裕層しか持っていないものだ。
「安いもんだろ?金払ったら命が助かるんだ。親にねだれば良いだろう、何とかしてくれるさ」
「───────」
ヘラヘラとしたその笑顔を見て、茜の中で、何かがプツリと切れる音がした。似たような感覚を、数ヵ月前まで沢山経験していたことを思い出す。
目を大きく見開いた後、深いため息のようなものを吐いて、茜は顔を下げる。そして片手で顔を押さえて、髪を巻き込みながら揺らした。
「私が言えたことじゃ無いかもしれないけどさぁ────」
「あ?」
茜の上げた顔を見て、楓は身体をビクつかせる。その茜の顔は、怒りに満ちていた。
「人の命を何だと思ってるのよ───!」
「その年で命を語んなよ。そら、金出せよ、持ってきたやつ」
茜はその男の声を聞き終えることをせずに、右脚にあるものに手を伸ばす。茜はただ無言で、ジッと男を見つめたままで。
「────ん?何だこの音、携帯の着メロか?嬢ちゃんだろ、今すぐ切っ────」
〔Gun---introduce--Barred---loading────〕
機械音声と共に、男が気にしていた音が消えた。その音は、スキャナーにカードを挿入した後に鳴る待機音だった。
「え?」
犯人グループの男は聞きなれない音を耳にして、短い声をあげることしか出来ずに───。
ドンッ!と、突如大きな音が工場内を包み込んだ。
「なっ!?」
男の足元に銃弾が1発撃たれていて、予期しない出来事に身体をもたつかせる。
────そして、茜はその一瞬を見逃さない。相手が身体のバランスを崩している内に詰め寄り、楓の服を掴んで、その男に蹴りを入れた。相手は自分の身体のバランスを取り戻すのに精一杯で、楓を掴むことは出来ないわけで───。
「くっそ!」
地べたに倒れる男が起き上がる前に銃口を額につける。その状態でも茜はしっかりと楓を抱き寄せ、傷付けないようにした。
「女1人だからと貴方1人で来るなんて、ナめ過ぎですよ」
「お前、何なんだ。どっから銃なんて出し────っ!」
突然茜の後方が光に包まれ、犯人の男は目を覆うしかなく。
逆光となって、犯人は茜の顔を上手く見ることが出来ない状態となる。その光の中から武装した集団が現れて、茜の後ろで銃を構えた。
「私は軍人です。それ以外の返答をする必要は私にはありません。────さ、次は私の質問に答えてください」
その光景を、一瞬で終わったその出来事を、楓はただ呆然と見ることしか出来ずにいた。
***
工業団地にある廃工場。所々に使われていたであろう木材や道具が倒れている。
「茜ちゃん───。本当にごめんね」
罪悪感からか、それとも自分の不甲斐なさからか、茜を危険な目に遭わせてしまうことを彩芽は悔やんでいる。
「安心しろよ、金さえ払ってもらえば返してやるからさ」
彩芽の顔の横には、残りの犯人の顔がある。連れ去られた先から、また今居る場所に目を隠された状態で彩芽は連れてこられた。
「何のために、こんなこと────」
彩芽の言葉を遮るようにして、工場の扉をノックする音が聞こえた。
「やっと来たようだな。おい、開けてこい」
主犯の男が仲間の1人に扉を開けるように指示をすると、指示を受けた男は走って扉の方へと向かっていく。
「ま、そう簡単には返さねぇけどな」
彩芽の耳元で、望んでいなかった言葉が言い放たれた。目を見開いて首を主犯の方へ向けると、目の前には歪んだ笑顔が。
「うっ!」
と、先程ノックされた扉から短く鈍い声が鳴った。その声のした方へ彩芽と残り2人の犯人は顔を向ける。扉の近くには開けに行った男が倒れていた。
「見つけた」
白い髪に赤い瞳。美しさのある異質さを漂わせている少女がそこに居た。
「─────あ、茜ちゃん」
「助けに来ましたよ、彩芽さん」
彩芽に向けて優しい笑顔を浮かべる茜。砂汚れが服に付着していないため、茜が呼び出された場所で傷付けられることは無かったと心の中で小さく安心する。
それと裏腹に犯人は、茜が来たことに驚きを隠せず、声を震わせて叫んだ。
「ど、どういうことだ!この場所にはあっちの嬢ちゃんの親が来る筈だ!」
「珠岩さん達は警察隊に保護してもらいました。さすがにあの人達を危ない場所に連れては行けませんから」
「政府軍がそんな早く動くわけがないだろ!」
ガコッ、と音を出してスキャナーの挿入口が現れる。そしてカードを1枚、その中へ。
「そう、普通なら────ね」
〔Crossbow---loading────〕
「あまりこの武器は得意じゃないんですけど、あの時に比べたら────」
そう言い放つ茜の掌に機械のボウガン、腰にボウガン用の予備の矢が出現する。
────あんな茜ちゃん、知らない。なんだか──────
「彩芽さんを返してもらいますよ」
「くそっ!────おい、行け!」
照準を合わせるために両手で構えるが、命令を受けた男がその間に詰め寄ってくる。それを避けるために茜は後ろに身体を運ぼうとするが、
「────っ!」
やっぱり遠距離攻撃の武器は扱いづらい!こんな狭い工場だと尚更───!
「セット!」
茜の声に応えるようにして、ボウガンにセットされた矢を挟む機械が、音を立て始める。それは、勢いをつけて矢を放つための機械動作。
「さっきの威勢があっという間に消えたぞ?ハッタリかよ!」
一瞬の内に茜の目前に迫ってきた男は、茜の首を掴んで茜を逃がさないようにして、持っていたナイフを振り上げるが、
「どうでしょうね。────足元、留守ですよ」
顔を動かさず目だけを動かし、相手の足の位置を確認して、茜はボウガンのトリガーを名一杯に引く。その後、先程よりも大きな音を一瞬だけ鳴らした後に矢が勢い良く放たれ、男の足を貫通し、地面に刺さった。
「い─────っ!!」
足に刺さった衝撃で、その男は叫び声をあげる。その隙に茜は腹部に拳をぶつけることで相手の気絶を狙った。
ガクッ、と頭を垂らしたのを見て、気を失ったことを確認すると
「これで残りは────」
彩芽の横に居る犯人達のリーダーと思われる人物に、茜は目を向ける。
「諦めてください。あっちの用事が済み次第、警察隊がここに来ます」
「────ひっ、ははっ」
茜の言葉が終わると男は突然笑い始め、茜の方へゆっくりと歩み寄る。茜はその行動に違和感を覚え、警戒を示す体勢をとる。
────何がおかしいの。何か、策でもある?
「仕方ねぇ、これは『奉納品』だったんだけどなぁ」
男はそう呟くと、持っていたアタッシュケースの取っ手に取り付けてあったスイッチのようなものを押した。白い煙幕がケースの中から噴き出し、茜の視界を完全に奪ってしまう。
「やられた────っ!」
────ボウガンは捨てるか──。こんな煙幕じゃ下手に撃つと彩芽さんに当たる可能性がある。ここは────
〔Sword---loading─────〕
「近接戦闘───かな」
その声が終わるのを見計らったかのようにして茜の横に漂っていた煙が突如として円形に歪む。
「────っ!」
その歪みの中心から曲線を描きながら顔面に飛んでくる、鋭く尖った金属の物体を茜はギリギリに剣で弾くが、バランスを崩してその場に倒れてしまった。
「一体何の武器!?」
「バケモンにはバケモンだよ。こいつぁ外国製の武器さ、見たことねぇだろ」
「この国は武器本体の輸入なんてしてない筈────まさか、密輸品!?」
姿を現したその武器の形に茜は驚愕する。蛇腹状に刃が幾つも並んでおり、鞭のように動かすことで広範囲に渡って人を殺傷できる武器がそこにあった。
「ははっ、見たことない武器にどう対処するかな」
「奉納品って言ってたけど、それってどういう───」
「勝ったら教えてやるよ。────そらっ!」
茜に向かって一直線に伸びてくる連なる刃を左に避けるも、男が操るのとタイムラグ無しに動きが変わるため、一瞬にして追い付かれてしまう。
「うっそ!」
キィン、と音を鳴らし、茜は向かってくる刃の軌道を剣で逸らす。
────避けるだけじゃダメか──。どうする、あんな機動性の高い武器に対抗できるカードは───。
『ボクを使いなよ─────』
不意に頭に響いた声。それは、印象に残っている喋り方だった。茜と同じ声色、ボクと自分を呼ぶこの声は間違いなくそれだった。
「アカ、リ─────どうして」
あの日から、アカリはずっと私に話をしてこなかった。夢でもそうだ。忘れた頃に、いきなり声がするなんて。
「ボーッとしてんじゃねぇよ!」
茜はその声でハッと我に返り、絶えず飛んでくる相手の猛攻に対処し続ける。いくら弾いても、その攻撃は止めることを知らないように茜に反撃の隙を与えない。
────そうだよね、怪我をせずになんて事が最初から無理なんだ!飛んでくる攻撃で一番弱い威力のを────!
「─────とった!」
目前に飛んできた刃を顔の位置をずらして避けた茜は、避けた刃を左腕で掴み取る。刃を掴んでいるため、掌からは血がポタポタと垂れてきていた。それを目撃した彩芽は────
「茜ちゃん!」
「なっ!」
予想外の茜の行動に狼狽えた相手を見て、茜は一瞬の内に掴んでいる刃を力一杯に左に向けて引っ張る。その反動で、武器を持っている男は振られてその場に倒れた。
「彩芽さん────目、瞑っててください」
深呼吸をしながら、右手にカードを1枚持つ。そのカードには〔HAZARD〕の文字が表記されていた。
〔Hazard sets.---Standing by─────〕
────相手は1人だけ。武器は奉納品って言っていた密輸品と拳銃一丁。アカリを出さずに行けるか─────。
例の如く、光の輪に包まれた茜の身体は、暗闇に侵食されたような色の服装へと変わっていく。ガラスの割れた窓からその光が漏れ、月の光る夜を数秒の間だけ異様な程の光が照らす。
〔─────Be over.〕
「予想はしてたがお前、《人型人形》か───!」
「ハザードドライバ展開」
これが答え。と言うようにしてハザードドライバを右手に出現させるも、その右手に現れた重みに、瞬間的に思考が止まる。多くの人の命を奪ってきたこの武器は、味方の命までをも奪ってきた物でもあると、フラッシュバックが起こったのだ。
────違う。彩芽さんを助けるためにドライバを使うんだ。殺すためじゃない、殺すためじゃない。
***
彩芽さんは、無事だろうか。穂原さんは、絶対に助けるって言ってたけど少し不安もある。
何かの事件に巻き込まれるなんて、今まで考えてこなかった。ドラマの中での出来事、ニュースで流れる自分とは関係のない出来事だと思って過ごしてきた。
私を助けてくれたのは、ニュースで聞いて私が嫌悪し続けてきた《人型人形》のクラスメイト。
「無事で良かったです」
彼女は笑顔でそう言った。
私は陰でずっと貴女を否定していたのに、そんなの関係ないって言われた気がした。─────そう。道具なんかじゃない、彼女は人間なんだ。
ニュースで聞いただけで知った気になって、彼女のことを勝手に嫌った。
──楓ちゃんも、何か些細なきっかけで変わると思うよ──
────彩芽さん、貴女みたいに小さなきっかけじゃないけど、私も─────。
***
────ハザードでも、ここまでやるのか。
ハザードドライバと刃の連なる武器との攻防は未だに続いている。刃の部分は一般の兵士が使っている武器よりも頑丈で、茜の思うように破壊できない。
「い、意外とカテぇだろ!?いい加減諦めたらどうだ!?」
「確かに硬いですね、でも────っ!」
相手の攻撃を上向きに弾くと、ドライバの刃の向きを下に変え、地面に向かって勢いをつけて振り下ろした。振り下ろした刃に巻き込まれた蛇腹状の武器は、ドライバの刃と共に地面にめり込む。
「動か───っ!」
茜は、相手が武器を使えなくなったことを確認すると素早くドライバから手を離し、足をスライドさせ、流れるような動きで低い姿勢のまま男の懐まで近付いて。
「これで終わりです」
右手に握り拳を作り思い切りその拳を振り上げる。
「ぶっ──────!」
茜の振り上げた拳は男の顎に、これまでに味わったことのない程の衝撃を与えた。男は宙に舞い、砂ぼこりを起こしながら倒れる。脳震盪を起こしたのか、立ち上がる気配は無いようだ。
「────彩芽さん!」
男が倒れて動かなくなった後、すぐに茜は彩芽の元に走っていった。
「怪我は?どこにもないですか?すぐ縄を解きますから」
「私なんかより茜ちゃんの方が────」
「このくらい大丈夫ですよ」
彩芽を心配させまいと、茜は顔に笑みを浮かべながら腕と足首に結ばれた縄を解く。1人では解けないと考えたのか、簡単な方法で結ばれていて簡単に解くことができた。
「────さっきの茜ちゃん、見たことない顔してたね」
彩芽の口から出た言葉に、茜は思わず顔を下に向けた。
「怖い────ですよね。こんな私が近くに居るなんて」
「ううん、カッコいい」
予想していなかった言葉に、茜は顔を上げる。彩芽の顔は、笑顔だった。
「勝手にだけど、私が茜ちゃん守らなきゃって思ってた。でも、実際には守られちゃって。────でも、私を守ってくれる茜ちゃん、カッコ良かった」
「彩芽さん────」
「────ってヤダ!なに恥ずかしいこと言ってるんだろ──!」
急に彩芽の顔は赤く染まり、熱くなった顔を手で扇ぐ。その様子が何だかおかしくて、茜も思わず笑ってしまう。
「ふふっ────いえ、嬉しいです」
───────────
「これで良し」
この工場に居た3人の犯人を、目が覚めても逃げないように柱に縛り付ける。3人とも、頭を垂らしてまだ意識を失っている状態だ。
「すいませんが、警察隊が来るまでここに居ましょう」
茜は作業を終えると立ち上がり、彩芽の方へと向かう。その最中にいきなり────
「いっ!」
茜の頭に、激痛が走る。ズシャッ、と砂の音を立てながら茜はその場に頭を押さえて姿勢を低くした。
────しまったっ!彩芽さんにばかり気をとられて!
「茜ちゃん!?」
様子の変わった茜に気付き、彩芽は急いで茜の方へ走っていく。
────早く、カードを抜かなきゃ!彩芽さんが危ない───!
スキャナーに手を伸ばし、スリットを出すボタンに届くまであと少し、と言ったところで茜の意識はブツッと切れた。
「あ、茜ちゃん!?」
動かなくなった茜の身体を手で少し揺らしながら茜に声をかける。
2、3度程だけ茜に呼び掛けた時、茜の身体はピクッと反応する。その後、ゆっくりと顔を上げると彩芽の顔を見つめるままで。
「あ─────」
茜の名前を呼ぼうとするも、今彩芽に向けられている顔は知らない人物のようで、言葉が出てこなかった。
遠くを見るような虚ろな目で彩芽を見る彼女は、アカリ。しかし、そこに猟奇的な目を持つ少女の顔は無かった。
「────お姉、ちゃん────」
「え?」
茜の口からは聞いたことのない、姉を呼ぶ声が彩芽の耳に届いた。幼い子供のような表情を浮かべ、どこか寂しさを感じる。アカリはゆっくりと彩芽の頬へ右手を添えようと────。
「茜ちゃん、だよね────?」
その声に、アカリの手が止まる。彩芽の頬に触れようとしたその手を止め、スキャナーにあるボタンへ方向を変えた。俯いているためその表情は前髪で隠れて、彩芽からは上手く見ることができない。
スリットからハザードのカードを抜いた途端、黒く染められていた服は消え、元々着ていた部屋着に戻る。アカリの意識を失ったその身体は、茜がまだ目を覚ましていなかったのか、再び地面に身体をぶつけた。
「えっ、ちょっとどうしたの!?」
***
「ん────」
「茜ちゃん!気付いた?」
ハザードの状態を切ってから10分ほどして、茜は目を覚ました。
周りには犯人達を連行するための車と、それに乗ってきたと思われる警察隊の隊員達が到着していた。
「─────!彩芽さん怪我!怪我ないですか!?」
アカリが出てきたことを思い出した茜は、傷付けられていないか彩芽の身体を確認する。あの戦場で敵味方関係無く死体を積み重ねたアカリが、彩芽に手を出さないとは考えられなかった。
「え、大丈夫だよ?さっき確認してくれたじゃない」
「そ、そうですか────」
何故アカリは彩芽を傷付けなかったのか疑問に思ったが、無事であることに一安心する。
「ビックリしたんだから。急に倒れたと思ったら起き上がって、またすぐに倒れて。────覚えてないの?」
「は、はい」
────すぐに?アカリは本当に何もしなかったんだ。
「穂原茜さんですね?警察隊の牧田惇中佐です」
「あ、お疲れ様です」
今回の事件の指揮を任されたと見られる男性の隊員が茜に声をかけてきて、茜は急いで立ち上がる。
「事情聴取の件でお話があるんですが────」
「あの、事情聴取は明日にしてもらえませんか?今日はもう、彩芽さんも珠岩さんも疲れてるでしょうし」
「そうですね、分かりました。明日の午前は大丈夫ですか?9時半頃から出来れば良いのですが」
茜は、明日の予定は空いてる?という目で彩芽を見る。それを察した彩芽は、
「あ、大丈夫です。大学の講義も午後からですし」
「高校の方も事情を話せば公欠は取れるので大丈夫です」
「分かりました。それで手続きをします。────家まで送りましょう、車に乗ってください」
──────────
揺れる護送車で、彩芽と茜は並んで座る。彩芽に怪我は無かったが、茜は犯人グループとの戦闘で傷を負い、救護班に手当てはされたが、疲労が重なったのか眠ってしまった。
────私のために、こんなボロボロに────。
車体が大きく揺れ、2人の身体が揺れた拍子に茜の頭が彩芽の肩に乗る。
「んぅん──。彩芽さん────」
寝言を言う茜を見て、彩芽の顔には自然と笑みが現れた。
「お疲れ様。ありがとね、茜ちゃん」
茜の頭を軽く自分の方へ寄せて、彩芽は寄せた額に軽く口をつける。
「家、着きましたよ」
運転をしていた隊員から声をかけられ、思わず彩芽は頭に触れていた手を慌てて離した。
「あ、茜ちゃん。ウチ着いたよ」
「────へ?あっ!すいません寝てました!」
ほんの少し口から垂れていた涎を茜は手で拭って、姿勢を正す。
護送車の扉が開き、真っ先に飛び込んできたのは────
「彩芽!」
圭子と武志の彩芽を心配する声だった。武志の身体は震え、圭子の目は涙で溢れていた。
「2人とも、心配かけてごめん────」
家に帰ってきたことで緊張感から解放された彩芽も、瞳から涙を溢す。
その光景を見ていた茜の耳に、圭子達とは別の声が届いた。
「茜ちゃん!」
「────悠莉さん?」
隣に建つ家の玄関から悠莉が走ってきていた。
悠莉の話を聞いてみるに、スキャナーを手に取って走っていった茜を見て、圭子達に事情を聞いてずっと心配していたらしい。
「ホントに心配したんだからね!────ってどうしたの、なんか力入ってないよ?」
「いえ、何だかいつもより疲れちゃって。前はこのくらいじゃ何とも無かったんですけど」
フラフラとしている茜は、いつもシャキッとしている茜とは違うように見えた。その様子を見て何かを察したように悠莉はハハッ、と短い笑い声を出して、茜に言う。
「それはね茜ちゃん、大切な人が出来たんだよ」
「へ?それってどういう────」
「っとぉ!?」
喋っている最中に茜は電池が切れたかの如く動かなくなり、悠莉の方に身体を倒してきた。それを悠莉が見事なナイスキャッチ。しかし、力の抜けた人の身体、なんて重いのか。
────ま、一件落着ってとこかな。
しかし、今回の件でまだ謎となっていることがある。
奉納品とは誰に渡す物なのか。奉納品ということは、どこかにテロリストのような集団や人物が存在するということではないのか。
もしかすると、今回手に入れようとした身代金は、それらに与えられる物ではないのか。と言った推測も可能だ。
──この事件をきっかけに、更なる事件に巻き込まれていくことになることを、茜達はまだ知らなかった──
──to be continued──