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DOLL's SMOKE  作者: 蜻蛉織
10/14

ep.09 昔の日常は突然に


 ジェネレイトスキャナー。

 私達《人型人形》が戦闘時にカードと共に使用していた武具製造装置。カードを入れると、それに描かれている武器が現れる仕組みで、基本的に1枚に1つの武器だ。

 

「教官、1つ聞いてもいいですか?」

「なんだい、茜?」

 訓練後に私は、教官の部屋を訪れた。先程の訓練結果をデータ入力をしている教官は作業の傍ら、私の話に耳を傾ける。

「さっきハンドガン使ったんですけど、2枚目の《Barred》のカードを入れた時────い、『いんとろでゅーす』?って言ってたのは何なんですか?」

「────あぁ、〔introduce〕のことか。それは『取り込む』って意味だよ」

 そのシステムは、この日初めて聞いたモノで訓練中に変な声を出して皆に笑われてしまった。

「簡単に言い換えると、この場合は『中身』ってこと。ハンドガンの場合だと、中に弾を入れるってことになるね」

「なるほど。中身────か」

 

 

 ***

 

 

 燃えるような紅い目の私の妹。素直で、可愛くて、この前私の家族になった毛先の赤い、白い髪の女の子。

 そんな印象しかなかった。この子を大好きになる前も、今も、可愛いだけの妹だと思ってた。


 〔Crossbow---loading────〕

 

 機械音声と共に彼女の髪が揺れて、目がはっきりと見えた。

 

 私の知らない、茜ちゃん────。

 

 

 ***

 

 

「一旦じゃあね、後で部屋で話そ」

「はい。じゃあまた後で、悠莉さん」

 茜と遊莉はお互いに手を振り、2人それぞれの家の玄関へ向かう。開いたその玄関に、彩芽の靴が無いことに茜は気付く。

「あら、おかえり、茜ちゃん」

「ただいま、圭子さん。───彩芽さんは?」

「今日はバイトが入ってから、遅くなるんだって」

「あ、8時までって言ってましたね。忘れてました」

 靴を脱ぎ、廊下と階段を通り、茜は自分の部屋へ。その途中、階段を上がってすぐの場所に彩芽の部屋がある。普段は茜の部屋に忍び込む彩芽だが、彩芽自身の部屋には人を簡単に入れないという。

 

 ────私が忍び込まれてばかりだし、1度くらい良いでしょ。

 

 茜は自分の部屋に鞄を置き、そろりそろり、と足音をなるべく立てないように彩芽の部屋に突入する。

 大袈裟かもしれないが、撮った茜の写真で壁が埋め尽くされているという最悪の想像をしてしまっていた茜。しかし、そんな心配をする必要は無く、彩芽の部屋は漫画や小説が並んだ本棚、熊のぬいぐるみが置かれたベッド、勉強道具が綺麗に並べられている机、という茜の部屋と変わらない部屋だった。

 

 ────失礼な想像をしてしまったなぁ。

 

 別段変な物を置いている様子も無くて、人を招き入れない理由が見つからない。

 バトル漫画、恋愛漫画、推理小説、ファッション雑誌。本棚に置いてある物だって普通そのものだ。

「ん?」

 並んでいる本をなぞる茜の手が、ふと止まる。手の止まった場所にはファッション雑誌に混じって違う分類の本があった。

 

 ─妹に好かれるための本─

 

 何このピンポイントな本は。と思う茜。

 木を隠すなら森の中、と言うように、彩芽もそんな風に隠したのだろうが、読み込まれた量が多いためか少し痛みがある。

 栞代わりに使っているレシートから、買ったのが約1か月前だということが分かる。この手の本ならすぐさま読み終えそうな彩芽だが、ビッシリと貼られた付箋の日付はつい昨日のことまで書かれていて。

 

 ────ここまでしなくても、私は彩芽さんのこと好きですよ。──節度はもっと、って思いますけど。

 

 そっと静かに本を戻す。

 ベッドに置かれたぬいぐるみを思う存分モフモフした茜は、次に机に向かった。大学の勉強に使う本やノート達が並んだ、真面目とも言える机。

「これは───日記?」

 彩芽のものと思われる字で「diary」と書かれている。ピンク色の表紙が金色で縁取られた可愛らしい日記帳がそこにあった。

 

 ───見たい。

 

 そう、人の本能と言っても過言ではない、人の秘密を知りたいという衝動が茜を包み込んだのだった。───誰だって他人の携帯の中身を覗きたくなるでしょう。それです。

 日記なんてものは正にその人についてのことが書いてあって、読むな。なんて言う方が無理である。

 

「・・・・・・」

 

 ────いや、やめよう。

 彩芽さんだって私のことは詮索しないでいてくれるし、私がこれを覗くなんてことは出来る筈もない。そんなことをしたら、彩芽さんが嫌な気持ちになるだろうから。

 

 茜は日記に伸ばした手をスッと下ろし、最後に彩芽の部屋全体を見回した。

「さ、宿題でもやろっかな」

 茜は彩芽の部屋を後にして、本日出された茜が苦手とする現代文の読解問題に挑戦するのだった。

 

 

 ***

 

 

「いらっしゃいませぇ」

 入店を知らせるチャイムと共に、若い女性の甘い声がコンビニ内に響く。品出しをしている最中でも客に声をかけることを忘れない真面目な性格だ。

「手伝いますよ、彩芽さん」

「ありがと、楓ちゃん」

 この2人────穂原彩芽と珠岩楓はバイト仲間である。年が近いこともあり、親しい仲のこの2人。

「この品出しやったら今日はもう終了ですよね。私も時間なんで、一緒に帰りません?」

「良いね~。じゃ、とっとと終わらせよっか」

 慣れた手付きで綺麗に品物を並べていく彩芽を片目に、楓は何やら考え事をしながら作業しているようだ。

 あと数個でかごの中が空になるときに、楓は口を開いた。

「彩芽さんて、妹います?」

「ん?どうしたの、急に」

 ピタッ、と商品を持つ手を止めて、彩芽は楓の方に目をやる。

「あ、いえ。その、昨日私の居るクラスに転校生が来て、名字が彩芽さんと同じ穂原だったので、もしかして、なんて────」

 それを聞いた後、再び作業を始める彩芽。

「彩芽さん?」

「さ、終わったから帰ろっ」

 

 ▲▼

 

 人通りの少ない一本道を歩く2人の影。メイン道路から1つ外れると、明るさまでも違う。

「ほらぁ、これねぇ今朝撮った茜ちゃんの照れ顔だよ~!可愛いでしょ~?」

「そ、そですね───」

 普段は静かなこの夜道も、茜の話をする彩芽が通るだけで明るい音で飾られる。

 楓の予想通り、転校してきた茜が彩芽の妹だと分かると、彩芽が茜の写真をこれでもかと言う程見せてきて、反応に困る楓である。あの真面目で自分の憧れでもある彩芽は目の前には居ない。

「その、好きなんですね。妹さんのこと───」

「うん!そりゃもう抱き枕にして一日中抱いてたいくらいにねっ!」

 ノリノリな様子でスキップをしながら、振り返り様にまた別の茜ヶ写った写真を楓に見せびらかす。───え、茜本人の許可?勿論貰ってないですよ、何せ彩芽ですからね。

 

「───でもね、茜ちゃんが家に来た時、実を言うとあまり好きじゃなかったんだ」

「────?」

 逸らしていた目を彩芽の方に戻すと、先程までのテンションゲージ最高潮の彩芽は居らず、楓が知っている、いつもの穏やかな女子大生の姿があった。

「可愛い顔してるとは最初から思ってたんだけど、やっぱり私も《人型人形》って固定概念みたいなものが頭にあったからね。よそよそしい態度にイライラしたり、人形のくせにって思ったり、ちょっとしたことで気を荒くしてた」

「でも今は────」

「うん。そんなこと、全く無いよ」

 楓にとっては意外だった。今の自分と同じ気持ちで最初は茜と距離を置いていたのに、今ではその距離を無くしていることに驚きを隠せない。

「どうして、ですか?」

 

「────茜ちゃんの寝顔を見たからだよ」

 

「────は?」

 何かを予想していた訳ではないが、思いもよらぬ返答に楓は間抜けな声を漏らした。

「あ、今、それだけのことで?って思ったでしょ?────ふふっ、それだけのことでも変わるんだよ」

 言い当てられて、再び彩芽から目を逸らす楓の頬に薄い桃色が滲む。

 そして、彩芽は柔らかい笑顔で話を続ける。

「茜ちゃんが来てから2週間くらい経ってからかな。夜にたまたま茜ちゃんの部屋が開いてて、カーテンと窓を開けっぱなしで寝てるのが見えたから部屋に入った。布団を直すときに月の光が当たった茜ちゃんの顔が目の前にあって────」

 その時の光景を思い出して、彩芽が月を見上げると、雲で顔を隠したおぼろ月が浮かんでいて。

「息をしてたの。静かな寝息をスーッスーッて。それを見て、この子は生きてるんだ、って思った。あのよそよそしい態度も、茜ちゃんの性格なんだ、って。────そんな当たり前のことをそれまで気付かなかった自分が、なんだか恥ずかしくなっちゃって」

「──────」

 楓は何も言わない。それは彩芽が好い人で、私とは違う人の物語だから。自分には関係ない。と思いながら。

「そしたら茜ちゃんがうぶな子供みたいにすごい可愛く見えて。────楓ちゃんも、何か些細なきっかけで変わると思うよ」

 楽しそうに話す彩芽に申し訳ないと思いながらも、楓は胸の中の思いを口に────

「私は彩芽さんみたいに小さなき───」


「動くなよ」

 

 突如、楓の言葉は誰かの声に遮られた。

 2人が声のする方へ目をやると、そこには全身黒に近い服で統一された3、4人の男の集まりが彩芽の頭に銃を突き付けていた。

 楓は彩芽が銃を突き付けられている姿に動揺して、動くことも、声を出すことも出来ない。

「今夜はツいてる。2人も餌がいるなんてな」

「────だ、誰?」

 平静を装うつもりで彩芽は声を出したが、恐怖で震える。

「俗に言う誘拐犯てやつよ。君達には金を届けてもらおうと思ってね。───おとなしくしてな」

 

「やっ!────んぅ──!」

 突然現れた男達に布で口を塞がれ、手足の自由をも奪われた彩芽と楓は、そのままさらに暗い道へと消えていった。

 

 

 ***

 

 

「彩芽さん遅いなぁ───」

「え?彩芽お姉まだ帰ってこないの?もう9時前なのに」

 お互いに自分の部屋の窓を開けて話しているのは茜と悠莉。茜はいつもなら帰っている筈の8時半を過ぎても帰ってこない彩芽を心配していて。

 

 ────節度がない、って文句言ってても、やっぱり心配なんだね。朝のを見てたら茜ちゃん、仲良い感じだったし。

 

「ちょっと電話してきます」

「行ってらっしゃ~い」

 

 悠莉に送られ部屋を出て、階段を降りてリビングへ向かう。

 圭子は台所で食器を洗っており、武志はリビングでテレビを視聴中である。そしてリビングの奥にある食卓には、まだ帰ってきてない彩芽の晩御飯と、それを待っている茜の晩御飯。

 リビングのテーブルの上に置いてある携帯に手を伸ばし、彩芽の連絡先をタップしてコール音を鳴らす。

 ガチャ、と相手が電話に出る音が鳴り、

「あ、もしもし彩芽さん?今どこですか?夜ご飯冷めちゃ───」

 

『茜ちゃん!たっ──助けてっ!』

 

「え?」

 突如、茜の声を遮る形で彩芽の声が勢い良く耳に飛び込んできた。その声は震えていて、聞いたことの無いものだった。

「彩芽さんっ!?どっどうしたんですか、彩芽さん!?」

 茜はただ事ではないとすぐに判断し、声量を上げて彩芽に声をかける。

 茜の様子の変化に気付き、圭子と武志がやって来た。

「茜ちゃん?彩芽、どうかしたの?」

 詳しいことは茜もまだ分からず、首を横に振るしかない。耳元から離した携帯を戻すと、聞き慣れない男の声が聞こえた。

 

『よぉ、この嬢ちゃんの家族かい?』

 

「!貴方、誰ですか?」

『敬語だなんて律儀だねぇ。まぁ、その方が話しやすくて良い』

「誰だって聞いてるのっ!聞いてることに答えて!」

 茜の出した大声に、圭子はビクッ、と驚きを見せる。

 呑気な喋り方をする相手に苛立ちを覚える茜。その茜の表情は、この家族にはまだ見せたことの無い顔だった。

『おっと、こっちはアンタの家族を人質にしてんだ。口の聞き方には気を付けた方が良い』

「─────っ」

『よぅし、良い子だ。────アンタはこの女の妹ってとこだろ。親がいる筈だ、聞こえるようにスピーカーに切り替えろ』

 圭子と武志の方を1度見た茜は、躊躇いながらも耳から携帯を離して電話の声の主に言われた通りに、2人にも聞こえるように、スピーカーに切り替えてテーブルに置いた。そして、圭子と武志を呼んで口を開く。

「彩芽さんは、無事なの────?」

『あぁ、勿論さ。大事な人質に何かあったら、こっちも商売上がったりなんでね』

「────人質って!ど、どうしたら彩芽を返してくれるの!?」

 圭子が携帯に顔を近づけて、叫びに近い声をあげる。顔は青くなっていて、恐らく立っているのもやっとだろう。

『ん?母親か。────大体分かってるだろう?200万の金だ。1時間以内に持ってこい』

「そっ、そんな馬鹿みたいな金額────!」

『無いならここに居るお嬢ちゃんは用済みだな』

「まっ─────」

「分かった。どこに持っていけば良いの?」

 待って、と言う圭子の声を遮り、茜が質問する。そんな茜に圭子も武志も驚きを隠せる筈もなく────。

「おい、茜──」

「シッ。────すいません、ここは取り敢えず私にやらせてください」

 口の前に人差し指を置いて、小声で声を送る。その顔は真剣なもので、圭子達に茜が軍人であることを思い出させるものだった。

『聞き分けが良いなぁ、好きだぞ、そういうの。4丁目の工業団地の外れにある金城かなきって看板のある廃工場がある。────そうだなぁ、妹1人が誰にも連絡せずに持ってこい。そっちの方が安心できる』

 

 ────狙い通り。

 

「今すぐ行く」

『ああ、待ってるぞ』

 茜は電話を切り、携帯をポケットにしまうと、圭子の方を向いて───。

「ごめんなさい。これが最善だと考えました」

「最善って───。本当に行くのか?」

 若い少女に危険な場所に行かせることは出来ない、と武志が止めようとするも────。

「私が行って、彩芽さんを助けてきます。お金は要りませんし、何しろ────私は軍人ですから」

 茜の口から出た《軍人》という言葉には重みがあった。どれだけ危険を冒しても、人を助けなければならないと。

 圭子は茜に何も言えず、ただ頷くだけだ。

「ありがとうございます───。念のために家にも軍の人を何人か呼ぶので、何かあれば連絡ください。それでは────」

 そう言うと、走って自分の部屋に向かう。階段を音を立てて上がって、彩芽の部屋を通りすぎてドアを開ける。

「お、茜ちゃん。彩芽お姉どうだったの?」

 窓を開けっぱなしで茜を待っていた悠莉が茜に声をかけると、

「ごめんなさい、悠莉さん。急用が出来たのでちょっと出てきます」

 そう言いながら茜が手を伸ばした先にあるのは───ジェネレイトスキャナーと、カードホルダーだった。

「ちょっと、茜ちゃん!?」

 当然、悠莉もその機械がどのような物なのか分かっているため、思わず声をあげる。しかし、茜は悠莉の声には反応するをせずに、玄関への階段を駆け降りていく。

 

 玄関を抜けると、走りながらフィンガーレスグローブを両手にはめ、携帯をポケットから取り出した。

─『はい。こちら政府軍 燗林かんばやし基地です』─

「政府軍中央基地の《人型人形104部隊》所属の穂原茜ですっ!警察隊に繋いでください!」

 茜が電話を掛けたのは政府軍だった。茜の居る地域を管理する燗林基地の受付からは女性の声が聞こえる。

─『音声サンプルとの照合、確認出来ました。用件をお願いします』─

「現在、1名の女性が複数人グループに人質にとられています!今から指定する場所に人員を送ってください!」

 

 街灯に照らされても尚暗い夜道を1人の少女の声が駆け抜ける。髪の毛の乱れも、ラフな格好の服も気にする余裕は無く、必死に体を運び続け、

 

 ────彩芽さんっ!絶対に助けるから!

 

 

 ──to be continued──

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