怖いことが起きる
カズマサが拳を振りかぶる。
なんの構えもない素人のそれだ。
(これで手打ちというわけか。)
白い化身を待機させ、それを受ける。
ーーゴンッ
硬い拳に、重い一撃。成人に満たない少女が繰り出す威力ではない。
声すら出せず意識は暗転した。
気づくとそこは知らない場所だった。
切り出した跡の見受けられない、一面の石壁に仄かに灯す松明がかけてある。
鉄臭い匂いが鼻腔を刺激し、鼻をつまもうとして腕が動かないことに気づいた。
いや、腕だけではない。全身が糸の切れた人形のようにピクリともいうことを効かないのだ。
「ゥァ、ァァ……」
叫び声を上げるがまるで声にならず、とてつもない喉の渇きを感じた。
(み、水……)
視線を動かし周囲を探る。すると、声が掛かった。
「チッやっと目を覚ましたか。」
苛立ちを含んだ低い男の声。
視線を動かすが、腰のあたりまでしか映らない。
(まぁいい。先ずはこの状況を把握しなければ。)
「ァ、ァァ…き様、は…誰…だ、」
掠れ掠れの声を紡ぎ、言葉を繋げた。
「3日目にして第一声がそれか?」
やはり高圧的な言葉を浴びせる男に沸々と怒りの感情を宿らせながら、『3日』その言葉は興味を惹いた。
(3日…飲まず食わずでいたのか…確かに、この異常なまでの渇きは長い間断食していたとしか考えられない。)
「マァ…イィ、水ヲ……ミズ…よコせ」
「ふざけるな!」
その瞬間、腹部に衝撃が走り視界はぐるりと上を向く。
「ナ、ギザマ……ッゥ⁉︎」
意味が分からず目だけを動かして男を見る。
そこに映り込んだ男は、年の割に老け顔で煌びやかな宝石の衣装を身にまとうーー
「私に水を注いで来いだと?無礼な!私はゼイ・ドウラク!この街の領主にして伯爵家次期当主であるぞッ!」
…………は?