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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第一章◆

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★5★ 不思議な部下。

今回はオズヴァルト視点です\(´ω`*)



 提出する書類の不備がないか最終チェックをする視界の端で、壁の時計がそろそろ昼を指そうとしている。


「ああ、そうそう、オズヴァルト。お前さんが引き入れた新しい隊員はその後どんな感じだ? うちの騎士団で上手くやっていけてるか」


 一瞬、誰のことかと自分の上司から告げられた言葉に首を傾げると「あの記憶喪失の拾いもんだよ」と付け加えられ、ようやくそれが数日前から街の巡回を共にしているアルバのことだと気付く。


 咄嗟に「犬猫のように言うものでは……」と言ったものの、上司は俺のその答えに苦笑した。


「私はここに居ずっぱりでまだ直接会ったことがないが……生真面目で用心深いお前さんにしては、珍しくあっさり信用して、その日のうちに兵舎で保護したいって言いにきたような逸材だ。犬猫だって兵舎で飼うことを嫌がる野郎が、人間を拾ってきたんだ。気にならん奴はいないだろうよ」


 確かに平時はあまり兵舎に戻ることのない団長は、アルバのことを俺の会話でしか聞いたことがない。……さて、どう説明したものか。


 最初に通報を受けて急行した現場で一目見た時は、正気を失いかけた浮浪者だと思った。だが言葉を交わしてみればそこには騎士道に……いや、人間のありようとして好ましく、知らず知らずのうちに見かけで人品をはかるようになっていた自分を浅ましく感じたほどだ。


 しかし巡回といっても、大抵昼まではこの王城にある一室で、今まさに目の前で問いかけてきた騎士団の長であるカルロ・バティスタに報告をしたり、書類の内容を確認したりといった業務があるので、そこまで兵舎でのアルバの動向を知っているわけではない。その点でいえばむしろ同室の部下達の方が詳しいだろう。


 記憶喪失のあいつを受け入れた当初は、目を離せば何をしでかすか分からない危うさがあったため、早朝に砂浜で行う鍛錬に付き合い、一日のほとんどを共に過ごした。


 しかしそれも一週間だけのことで、それ以上は本業を疎かにすることも出来ず、途中からはあいつに懐いているファビオ・アネーリオに任せたままになっている。


 それにしても一瞬でも“新しい隊員”という言葉にピンとこないほどに、あの赤髪の戦闘狂は騎士団に馴染んでいると思える。特に意識して考えたことはなかったが、兵舎に帰れば何となくあの燃えるような髪色を探している自分がいた。


 副団長という立場上仕方がないが、部下達とは馴れ合いすぎないように気を払っている。ただアルバは自分で勧誘したことと、部下というよりは食客という立場に近いせいもあり、砕けた関係性といえなくもない。


 部下達もアルバのさばけた性格を気に入っているのか、各々が旧知の仲のような気安さで接している。特に年下で下級貴族や下級騎士の部下達からは、まるで兄のように慕われていた。


 あまり物事を深く考えないきらいはあるものの、その実、人の機微には敏いのか、下級貴族や下級騎士出身の部下達はアルバのおかげで個人差はあるが、以前よりかなり角が取れた者や、自信を持つ者が多くなったように見受けられる。


 以下のことから割り出せた結果は自ずと当たり障りのないものになった。


「は、現状では上手く……やれていると思えます。まだ隊員同士で試合わせたことはありませんが、自分が手合わせをしたところでは力量、技量ともに申し分がありません。それにこれは自分の個人的意見ですが……人格的にも問題のない男かと」


 そう告げればバティスタ団長は「そうかそうか、うちの連中と仲良しなようで結構結構」と大口を開けて笑ったのち、ふと声を落として「記憶喪失の件については何か分かったのか」と笑みを深くして問いかけ直してきた。


 いつもは飄々とつかみ所のない団長ではあるが、こうして時折見せる威圧感は流石に長年その地位に就いているだけのことはあると思わせる。


 金の中に銀が混じり始めた髪を後ろで短く束ね、秀でた額から通る太い鼻筋。彫りの深い顔立ちのせいで少し読みにくい赤みのある茶の瞳は、俺が見習いである時からその鋭さを失わない。


 齢五十になるとは思えない鍛え抜かれた身体は、未だに二十代の現役隊員達と訓練を共にすれば子供のようにあしらう。そんな食えない御仁だ。この人の前で下手な嘘をつこうものなら、副団長である俺も明日には見習いに逆戻りだろう。


「記憶喪失の件をお疑いのようですが、そのことでしたらまず本当に記憶を喪っているかと思われます」


「――その根拠は何だ、副団長?」


「あの男にはこの国の一般教養を憶え込ませようと思い、ザヴィニアの歴史書を読ませていたのですが……先日分からない部分があると訊ねられました」


「ほう、それはどのような?」


「“王家の記述が薄いが、それは何故か”と。王族を輩出するのは王族のみだと考えている様子でした。その点では微かに他国の常識を残しているとも言えますが、この国の常識ではありません。おそらく出身がこの国ではないのでしょう。試しに本人が持っていたコインや装飾品、通貨の単位も訊いてみましたが、一人で買い物が出来るとは思えない金銭感覚でした」


 そこまで説明すると、バティスタ団長は「ふむ、成程……」と短く呟き、僅かに考え込む素振りを見せた。その間にこちらも“次”の発言を考える時間が出来たのだが――……ふと、自分が何故ここまでアルバを庇い立てしようとしているのかと不思議に思う。


 ――そして。


「ま、今の情報だけでは記憶喪失が騙りなのか、本当なのか。極悪非道の賊か、他国からの刺客なのかも分からん。だがお前さんが認めるほどの武芸達者なら、刺客の線を消すのは早計だろう。しばらくはこれまで通り監視を続けつつ、記憶が戻りそうな素振りを見逃すな。私も部下達のお気に入りを近衛の連中に差し出すのは気が進まん」


 再び苦笑を浮かべつつ、こめかみを掻いたバティスタ団長の言葉に「感謝します」と腰を折れば、不意に「お前さん、今年でいくつになった?」と今までの話題とは全く関係のない質問を投げかけられる。


 何の意味があるのか分からないものの「二十八です」と答えた俺に、バティスタ団長はさらに苦笑を深くした。そうして「親父さんを亡くしてから、もうそんなに経つか」と。


 どこか懐かしむように記憶の中にあるかつての親友の顔を、息子の俺に重ね合わせて像を結ぼうとする視線。――その視線を人から向けられることが、昔から俺はあまり好きではなかった。


「……どうやら本日提出する書類に不備はないようなので、自分はもう兵舎に戻ります。午後からの巡回の準備もありますので」


 引き留められる前に踵を鳴らして退室の礼を取り、バティスタ団長の言葉を待たずに部屋を出る。本来なら褒められた行為ではないが、あの視線から逃れたかった。


 苦い記憶を胸に足早に戻った兵舎の食堂に顔を出せば、珍しく昼食時に戻った俺を見た団員達が「あれっ、今日は戻りが早いですね?」「たまには団長も一人で書類仕事させた方が良いですよ」「おーい、副団長の分の席空けろ」と騒ぎ出す。何に気落ちしているのか、自分でも分からない。ただ今はその騒がしさに救われる気がした。


 そして、その中に一際目立つ赤髪の頭を見つけて近付くよりも早く――。


「何をボーッと突っ立ってるんだオズヴァルト。皆がお前のために席を空けてくれてるんだから、早くこっちに来て座れよ?」


 その無遠慮だが、ほんの少しだけ労るような声音に、不思議と身体から今までの強ばりが抜けていく。


「……俺の分の食事も残っているんだろうな?」


 普段は口にしない下手な冗談混じりの俺の軽口に、食堂中から食事の残った皿が掲げられ、それを見渡したアルバが「だってよ副団長?」とどこか自慢気に笑う。

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