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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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★3★ 傍迷惑なお伽話。



 俺がずっとアルバだと思って接していた人物が、長年想い続けていた【人魚】であると知った時、気付けば微熱で茹だる頭で、その場にいた全員に事情聴取のようなことをしていた。


 特にアルバ……いや、ジェルミーナの妹であるラフィアナ嬢と、フォンタナ家の長子であるダリオには、申し訳ないとは言え、ことのほか語気を強めてしまった自覚がある。しかし二人はやや感情的になった俺に臆することなく、今回の経緯を語ってくれた。


 それが《人魚達の暮らす海底には、数百年以上も前から存在する(いわ)く付きの短剣というものがあるのだと言う。その曰くというのが【愛した人間を殺さなければ、自らが泡になる】という呪いだ》というものなのだが――……。


 本当は陸の人間に恋をした人魚達の駆け落ちの言い訳のために作製されたアイテム……いや……厳密に言うとアイテムですらなく、ただの装飾過多な短剣にどんなに海が荒れていようが自動で海底まで帰還する魔法をかけ、それっぽく脚本をつけただけの噂話だ。


 結果としてこの噂が出回ったことにより、青海と近接している緑海から人魚の若い衆が陸地に上がる事件が相次ぎ、元来少なかった人魚口が減少。そのために今となっては、使用も作製も禁止されているご禁制なのだそうだ。


 ダリオとラフィアナ嬢の二人は、この話を利用して今回の計画を思いついたのだと言う。如何にも若さ故の短絡的な行動ではあるが、話の進行を妨げないように口を挟まず視線で先を促すと、二人の話を引き継ぐ形で横から幼女が手を挙げて二人を制した。


「初めはそういった依頼を持ってくる若い人魚達の話を元に、暇潰しに作った脚本と代物だったのさ。それがいざ、そういう悩み事を相談しにくる子達に面白半分で持ちかけててみたら、馬鹿みたいにウケてね」


 そしてそれを製作したのが偶然というべきか、必然というべきか迷う出会い方をしたのが、今目の前で紫煙をくゆらせる赤髪の幼女だった。余談だが当時は足を手に入れて陸に上がった人魚も、戻って来ようと思えば普通に戻って来られる措置をとっていたのだと言う。


 しかし恋が失敗に終わったとしても、大抵の人魚は退屈な海底に戻っては来ず、陸に定着する者が殆どだったのだそうだ。若者が都会に出ると、田舎に帰りたくなくなる心理に似ているのかもしれない。


 ジェルミーナ達がこの国の言葉が分かるのは、かつてこの短剣を使って陸に上がった人魚達の末裔であるからであって、本来人間と人魚は言語が違うらしい。実際に歴史と伝統を重んじる黒海の人魚とは、話が通じない者もいるのだとか。


 当然のことながら陸地が近い海域の人魚の方が、圧倒的に陸の文化に憧れる。そうなるとあとは想像に難くない。結果的に自分の上司までもがそうであったことは意外だったものの、子供の頃から感じていた違和感の正体が分かったので、むしろホッとしている。


 魔女を名乗る幼女はその見返りとして、姿を消す者達から美しい容姿を拝借し、その時々で肉体を自分の好みの形に変えては、陸に構えたあの路地裏の店で暇潰しに占い師の真似事をしているそうだ。


「こう言っちゃあ何だがね、ただの姫様の勘違いさ。アタシは別にこの短剣が海底に戻ってきたからといって、泡になるとは言っても、死んだなんて明言しちゃいない。こっちも商売だからね。後々揉めないように、受け取り方は個人の采配に任せてるんだ」


 そうあっけらかんと言い放ち紫煙をくゆらせる姿は、彼女を思わせる赤髪をした幼女でありながら、毎回摘発する際に手間取らされる怪しい店の店主達同様、老獪な商売人の匂いがした。


 おまけに横からバティスタ団長が「私は妻と陸で添い遂げるために、この業突く張りに向こう数百年分の寿命をやって、ついでに非合法な人間に恋をした連中の地上行きを手伝いを申し出たのさ。アルバを兵舎に居辛くさせたのも私だぞ」と悪びれずに言う。


 これでは素直と紙一重なジェルミーナでは相手にもならないだろう。簡単に言いくるめられて報酬を巻き上げられただけでなく、大きな勘違いをしたまま陸に上がってくるという取り越し苦労ぶりにかなり同情した。


「何よりも本来人魚という生き物は、アンタ達人間が思うよりも情が薄いんだ。だから今回みたいに身内が陸に上がってくるだなんて事案は初めてで、こっちが驚いたくらいだよ。諦めてくれればいいのに……あの姫様はどんな手を使っても、必ずもう一度陸に上がってくるだろうね」


 見た目こそ幼い魔女の口から零れたその言葉で、彼女が同僚や俺に見せていた顔が本当の姿だったのだろうことを知れて嬉しかった。だが……だからこそ彼女は無謀にも単身戴冠式に乗り込み、そこで妹を死に追いやったと信じる王位継承者を相手に復讐を遂げるつもりなのだ。


 本当は起こってもいないことのために命を張ろうとする姿は滑稽で、同時にとても高潔で好ましい。そんな彼女に、ずっと伝えたかった言葉と、新たに伝えたいと思った言葉が胸にある。


 そのことを現在唯一陸で会える彼女の家族であるラフィアナ嬢に告げたところ、ラフィアナ嬢は「応援したいのですけれど……お姉さまは我が父のせいで、極度の男性不信ですの」と難しい顔をされてしまった。その答えに店の奥でバティスタ団長が肩を震わせて笑っているが、すっぱり無視する。


 さらに「どうしてお姉さまなのですか?」と問うてくるラフィアナ嬢に、幼い頃に助けられた経緯と、同僚として接する時間を過ごす間にその存在が大きくなっていったことを伝えると、彼女はハッとして「幼い頃お姉さまに海の上のお話をねだったのですけれど……あなたのお話も少しだけ」と教えてくれた。


 少なくとも当時のことをジェルミーナは忘れていなかった。ならば今はその言葉だけで良い。


 視線をラフィアナ嬢の隣に座るダリオに向けると、彼は深く一度頷いて「ラフィアナから魔女殿の持つ短剣の話を聞いた時、今回のことを実行しようと彼女を唆したのはボクです。魔女殿はボク達のために禁を破った。気が済むまで逃げ回った今、彼女の姉上の怒りを受ける覚悟は出来ています」と気を吐く。


 その言葉にひとまず浮ついた話はそこまでに、俺達は戴冠式当日のジェルミーナの行動予測と、その場合優先されるダリオの安全、式典の最中に入るであろう隣国からの横槍など、諸々についての対応策を練ることに知恵を出し合ったのだった。



***



 前回傍迷惑なお伽話を聞かされてから、今日で一ヶ月と六日目。


 俺は戴冠式当日の騎士団の警備ルートと式典の流れを確認しつつ、現在玉座にあるドラーギ家の近衛兵達を、次期国主となるベルティーニ(・・・・・・)家の近衛兵に置き換える準備に追われていた。


 今もバティスタ団長の書類を抱えて、慌ただしく執務室を飛び出してきたルカとすれ違ったが、相手は俺に気づかなかったようだ。しかしこちらにとっては好都合なのでルカに代わって執務室に向かい、ドアをノックしたあとに続く『ほいほい、どうぞ~』という締まりのない返事を聞いてドアを開ける。


 入室してすぐ視界に入ったのは、革張りの椅子の背だ。正面から見ずとも分かるくらいだらしなく脚を投げ出して座っている団長は、窓の方を向いたまま書類を読んでいる。それにも関わらず「おぉ、オズか。式典内容の暗記と近衛兵の置き換えはどんな調子だ?」と、こちらの正体を把握して話題を振ってきた上司に、思わず苦笑が漏れた。


 待つこと数分、書類をめくる手を止めてこちらに向き直ったバティスタ団長は、人の顔を見るや「ま、お前さんのことだ。頭のお堅い年寄り連中相手に上手くやっちゃいるだろうがな」と笑うが、無論そんなことはない。


 そこで「いえ、何ぶん急な申し入れで、今までに前例もありません。あちら側にも言い分があるでしょう」と答えたのだが、団長は面白くなさそうに目を眇め「これまた良い子ちゃんの模範解答だ。まだ若いのに、お前さんまで連中みたいに頭の堅いことを言いなさんな」と鼻を鳴らした。


「そう言われましても……。ここへ来ていきなり失踪していたフォンタナ家の長子が戻ったと思ったら、その後に王位継承権を投げたと思っていたベルティーニ家の長子として俺が名乗りを上げたのです。我が家を除いた四家の混乱も尤もかと」


「はん、お前さんがそんなことを気にする必要はないさ。元々全部揃っての【五王家制度】だ。本来なら欠けていた一家が戻るのは喜ばしいことだろうに。それを素直に喜べない連中は……案外、お前さんの仇かもしれんぞ?」


 こちらの発言が終わると、即座に痛いところをついてくる。昔からそういうところがあった人だが、その瞳にうっすらと赤い輝きを灯す姿を見て、ふと人魚に情がないというのが嘘ではないのかと思う。


 愛情深い海底の戦士。怒りと憎しみで玉座を赤く染めようとするのなら、俺はそこでお前を待とう。


 ――……戴冠式まであと八日。


 ――……早く来てくれ、人魚姫(ジェルミーナ)

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