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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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43/49

*2* 戴冠式まで……。


 

 ――前回の報告から二日後。


 きちんと期日を守ったカモメ達によって新たにもたらされた情報は、弟達の協力によって迅速に私の元へと下りてくる。無論その際も私の自室で漂っていた緑海の魔女は、共にその報告を聞くなり不意に思案顔になった。


 情報を持ってきてくれた弟達は魔女のそんな姿に気配を尖らせたので、悪いと思いつつも、彼女を快く思っていない二人には早々に席を外してもらう。二人がいなくなった室内をフワフワと漂っていた緑海の魔女は、彼女にしては珍しく真面目な表情をしていた。


 声をかけても邪魔になるだけだろうと踏んだ私は、彼女の考えが纏まるまでの間、ベッドに腰かけて日課である妹の遺した短剣の手入れをする。装飾品としての価値の方が高そうな短剣は、武器として肝心な刃にはそこまで手が込んでいない。


 刃渡りも短いため、致命傷を一発で与えようと思ったら肋の隙間を狙うしかないが……上手く肋の隙間を狙ったとしても、よくて二回。しくじれば一回で折れそうな脆い刀身だ。その場合は中に差し込んだ後に捻って、血管をズタズタに引き千切るほかないだろう。


 相手は普通に刺されるよりも圧倒的に苦痛を伴うだろうが……まぁ、そこは復讐なのだし別に構わんか。頭の中では先に邪魔な近衛兵を蹴散らして、獲物までの道を作る想像を固める。


 ――しばし沈黙の流れた室内で、先に口を開いたのは魔女だった。


「えぇと……それじゃあ、ジェルミーナ姫の弟ちゃん達が持って帰ってきてくれた情報が確かなら、二週間は敵の本拠地に潜伏して、当日の式典内容を憶えておいた方が良いわねぇ?」


 愉快犯の印象が強い魔女から出た、思いもよらない慎重な発言内容にムッとする。まさかせっかく有力な情報を得たというのに、今になって怖じ気づいたか? 


 そう思ったら腹が立って、私は脅すように魔女の前に回り込んで磨き上げた短剣の背で思案気に俯く魔女の顎を持ち上げた。


「うちの弟達の情報に誤りなどない。それに……式典内容を憶える? 二週間の潜伏期間? そんなもの時間の無駄だろう。どうせ妹の代わりに短剣を胸にプレゼントしに行くだけなのだ。わざわざ潜伏などせずとも、当日直接城に潜り込んで戴冠式を強襲すれば良いのではないか?」


「まぁ……ウフフ、姫さまは七海に轟く噂通りのお方で頼もしいわぁ。そういう思い切りの良いところもステキよ」


 流石の私もそれが世辞ですらないことくらいは分かった。暗に“もっと考えろ馬鹿”と挑発されている。溜息をついて短剣の背をその細い顎から離し「何か考えがあるのか」と訊ねれば、魔女は“良く出来ました”とばかりに微笑んだ。


「さっきの弟ちゃん達の情報が本当だとしたら、それはこのお祭りがもっと面白くなるってことよ? それなのにあっさり終わらせてしまうなんて勿体ないわぁ。だから、ね――?」


 その瞳が“散々暴れて引っ掻き回したい”と言っている。内容自体は醜いのに、浮かべる微笑みのせいで美しいとすら思わせてしまう魔女に向かって、私は「この魔女めが」と。呆れと若干の愉悦を交えてそう口走っていた。


 ……あの子を死に追いやった国など、滅茶苦茶になってしまえば良い。


 そう思いはするのに、心を通わせた諸々の人間達の顔が幾人も頭を過ぎって。最後にフッと浮かんだ面影と口内に広がる架空の鉄の味に。あの傷は癒えたのだろうかと、場違いなことを思う自分がいるのだ。



***



 現在私は与えられた持ち場を警備するフリをしながら、城内の廊下や身を潜めやすそうな場所の下見をしている。無論、私の本意では全くない。


 それというのもあの後すぐに『それじゃ、前に陸に上がったことがあるんだから、集団に潜り込むのはもう出来るわよね? ってことで、脚をあげるから行ってらっしゃーい!』と。


 何の説明も心構えもない私を魔法で深夜の砂浜に飛ばしやがったのだ。もしも無事にことが終わって生きていたら、あいつだけは絶対に許さん。だがまぁ……衣類の上下と短剣を持たせてくれただけまだマシか。


 残念ながら咄嗟のことでグングニルを持ち出せなかったのは手痛いが……と。


《あー、あー、姫さま、聞こえます~?》


 耳に装備した珊瑚のイヤーカフから、ここへ飛ばしてくれた諸悪の根元の声がしたので、短く「何だ?」と応じる。すると今度は《今ねぇ、そっちに怖そうな同僚が向かってるわよ》と楽しげな声が返ってきた。


 その声に「了解だ」と返し、廊下の角へと視線をやる。数秒後には足音が聞こえ、角から今の私と同じ制服に身を包んだ【衛兵擬き】が姿を現した。現れた“同僚”相手に軽く片手を挙げると、相手もそれにならって手を挙げてこちらへ近付いてくる。


 向こうから問いかけをされるとボロが出ることを、以前の失敗から学んでいたのでこちらから「何かアイツ等に動きはあったか?」と問えば、相手はニヤニヤとしながら首を横に振った。


「いいや、特に何も変わったことはなかったぜ。相変わらず戴冠式まで悠長に残りの日数を数えていやがる。暢気なもんだよ」


 近衛兵にしては不敬な発言に合わせるように、私も「浮ついた連中で助かるじゃないか。これで給金が良いんだから、真面目に仕事につくのが馬鹿馬鹿しく感じるくらいだ」と応じる。


 するとこちらの軽口で自分の発言の危うさに気付いたのだろう。相手の男は急に辺りを伺うように見回してから私に向き直ると「おいおい……お前も大概口が軽い奴だな。誰かに聞かれてたらどうするんだよ。ちゃんとそれらしく見えるように巡回しとけよ?」と釘を刺してきた。


 その発言に苦笑しつつ「ああ、分かってるさ」と頷いて見せた後、適当な世間話を少し交わして持ち場に戻っていく背中を見送る。男の背中が廊下の角を曲がって消えた途端、耳許で《やるじゃない、姫さま》と嬉しそうな魔女の声がした。


 この微妙に居心地の悪い通信手段は、緑海の魔女が『どうせなら生中継を楽しみたいじゃない?』とのたまって、私が大切にしている甥っ子達から贈られた首飾りの中から、取り分け粒の大きい珊瑚を加工して作った魔道具で……いわば覗き用だ。


 思い入れの強いものを加工して作ると感度が良いらしく、ここへ潜入してから四日目になるが、魔女もおおむね満足している。


《それにしても……本当にここまであっさり潜り込めちゃうだなんて、ちょっとだけつまらないわねぇ》


「あのなぁ……馬鹿を言うな。そうそうお前が面白いことばかり起きては、私がおちおち動き回れんだろうが」


《ウフフ、それはそうだけど。でも人間って聞きしに勝る愚か者が多くて楽しいわ。まさか自国の王様として選ばれる立場にある家の人間が、自己保身のために敵国に自国を売り渡そうとしてるだなんて》


 耳許で囁かれる魔女の言葉に同意出来る部分は多い。それに戴冠式の直前にもかかわらずこうも簡単に潜り込めたのは、彼女の言うように自分達のことを軽んじたドラーギ家、フォンタナ家、ベルギーニ家を、コルティ家とスカリア家が共謀して、近隣国に母国(ザヴィニア)を売ったからだ。


 おそらく戴冠式当日に、玉座の間では多くの血が流れる。その中には私の見知った者もいるかもしれないし、手向かいして来るのであれば屠るより他に道はない。そうなった場合、すでに次の玉座にはスカリア家の人間が新しい王として座る手筈になっている。


 城内には数年間に渡って、コルティ家とスカリア家の手引きで引き込まれた隣国の兵士が、来るべき時のために衛兵のような顔で彷徨いていた。戴冠式を前に人員が足りていないせいで、腕に覚えがある場合傭兵崩れも投入している。さっきの男や、私のような手合いがこれに割り振られていた。


 隣国の助けを得て悲願を達成するつもりらしいが……当然あまり褒められた行為ではない。結局のところザヴィニアは隣国の属国扱いになり、下手をすれば政治にも口出しをされる傀儡国家になるはずだ。


 しかしドラーギ家とフォンタナ家は分かるとして、不思議と残る一家であるベルギーニ家の話をここまでほとんど聞かない。前当主が不慮の事故で亡くなってから、跡取りである人間が出奔したのだということ以外、その跡取りが現在どこでどうしているのか分からないのだそうだ。


 ただ、それはそれとして――……。


「確かにかなり愚かしくはあるが、私は特段奴等ばかりが悪い訳ではないと思う」


 妹の情報を探すためとはいえ、陸に上がって色々なものを見聞きする度にずっと思っていたことが、ポロリと口から零れた。そんな私の言葉に《あら、王家の人魚たるアナタがそんなことを言うなんて意外ね?》と、魔女が面白がる響きの声音で囁くが……。


「いくら努力しようがどうしようもないことを望まれたり、認められようとする努力を認められないことは……人でも人魚でも膿ませるものだ。この国の国主を決める制度は、かなり歪で一方だけに分が悪い。もっと早くこうなっていたところで、何らおかしくはなかったさ」


 考えてみればこれは、きっとこの国への罰なのだろう。見て見ぬフリをし続けたことへの。声を上げることをしなかったことへの。そして……もしもそうであったとしても、私が成すべきことは最初から何も変わりはしない。


「ならば私はその騒動を利用して罰そう。可愛い私の末妹(ラフィアナ)を死に追いやった【王子様】を、な」


 覚悟していろ王子様。


 私が死ぬか、お前が死ぬか、泣いても笑っても……あと十日だ。

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