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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第三章◆

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*幕間*招かれざるご新規さん。



 【悪人】というのは細かく分ければ多種多様に生き方があるのだろうが、大まかに分けると石の下にて蠢く虫のように人目を避けて生きている者と、割と大手を振って堂々と日の下で“悪事”を商品として扱う者の二者に分かれる。


 前者には正義の名の下に摘発される覚悟が足りず、後者には夏の日差しや冬の寒風を感じるための面の皮が足りない。そしてそのどちらもを人生のエッセンス程度に持ち合わせている人種を、ざっくりと【一般人】として一括りにするのがこの世の常だ。


 そしてつい先ほどその【悪人】の中でも亜種である“取り締まる側に籍を置く悪人”の前に、これまた亜種である“その右腕である善人”が姿を現した。


 ――……と、ここまでの説明だけで終わっていたとしたならば、これからその場は大荒れに荒れることだけが予想されることなのだが、実際はそうはならなかった。


 それは【善人】がやや私欲に走って【悪人】よりな思想になっていたからかもしれないし、もっと言うのならば比較的緩く【一般人】に分類された残りの二人がやや私欲に走って【悪人】よりになっていたからかもしれない。


 何より店内に集った年齢も立場もバラバラな五人は、その実バラバラなようでいて意外と根は一つに纏まっている。その根とはすなわち“海の狂戦士の処遇”だ。


 ……ともあれ――。


「それでは君が本当にアルバ……いや、ジェルミーナの妹だというのなら、何故こんな馬鹿げたことをしたんだ? あいつの情の深さからしてこうなることくらい、少しは予測出来ただろう?」


「それは……そうですが……。けれどお姉さまは人種を問わず男性というものを毛嫌いしておりますもの。人間の男性と恋に落ちたから陸に行きたいなどと言えば、どの道彼の命が危のうございましたわ」


 早速自分の姉の知人を名乗る男にお小言を浴びせられた美少女は、困った様子で眉根を寄せて物騒なことを口にする。しかも困ったことにこの美少女の言葉には誇張は一切含まれておらず、彼女の愛が深海の水圧くらい重く苛烈な性格の姉であれば間違いなく命を刈り取るくらいはするだろう。


「では君はそう“思った”だけで、実際に相談するという行動には出なかった訳だな? 若いから仕方がないとはいえ……あまり褒められた行動ではない。アル……いや、ジェルミーナのことも考えてやってくれ」


「先程からお姉さまを呼び捨てになされるほど親しいあなたであれば、お姉さまがどれくらい愛情深くて、一途で、向こう見ずで、思い込みが激しいかご存じでしょう? 相談したところできっと反対されてしまいますわ」


「だからと言って駆け落ちとは短絡的に過ぎるだろう。こちらもあまり責めるような物言いはしたくはないが、それでももう少しやりようがあったのではないか?」


 段々と不穏な空気になってきた二人の間に挟まったこの騒動の渦中にいるもう一方の青年は「ボクが不甲斐ないせいで、彼女にこんな選択をさせてしまったんです。それに五王家の問題に巻き込んでしまった」と美少女に対する擁護の姿勢を崩さない。


 そのことに若干苛立ちを隠しきれないのか、美少女に対して苦言を呈していた男性が「君とは後で別に話の席を設けたい」と、暗に“今は邪魔だ”という姿勢を見せている。


 元よりこの場の中にいる人物達の唯一の共通点を上げるとするのなら、どの人物も皆が何かしらから逃げ出した“逃亡者”であることくらいで。それ以外に関係があるのは出身地くらいのものだった。


 論争賑わう店内に【善人】が加わったことは悪いかと言えばそんなこともなく、初めての顔合わせがこの後の運命共同体と評しても過言でない現状では、渡りに船であったと言える。


 そんな見た目と会話の内容が釣り合っている若々しい一角を、後から乱入してきた【善人】に“貴方方には後で話を訊かせてもらう”と釘を刺された飄々とした男と、赤い髪の幼女は生暖かい視線で見つめていた。


 けれど何にせよ一つだけ確かであったのは、この中にいる幼女を除いた四人全ての願いを叶えることになるのが、一番歳若く見える幼女だということだろう。それが分かっているからなのか、幼女はさっきからずっと溜息を吐き続けている。


「いやぁ、まさかここがこんなに早くバレちまうとはなぁ。本来ならこんな胡散臭い場所は、あいつのように前途有望な若者が来るところじゃないんだが……私の騎士団での教育が悪かったのかねぇ?」


 “胡散臭い場所”と評されたこの店内では、飄々とした男が一番の年長者に見える。実際はその隣で「誰が胡散臭い場所だい。好き勝手言ってんじゃないよ」とぶつくさ言う幼女も、飄々とした男と似たような年頃である。


 今となってはこの店内の誰とも時間の流れが違う生き物である幼女の目は、次の瞬間どこか遠くを眺めるように眇められた。


 そうして最後の悪足掻きに飛び入り参加を決め込んだ男性に放った紫煙は、見えない壁に邪魔されるように霧散していく。


 それを見ながら「……本当に忌々しいことになったもんだよ」と悪態を吐く幼女に、飄々とした男が「まったくだ。まさか自分と同じサメ族の女が陸に上がってきて、オマケにそれが亡き親友の息子の想い人だったとはなぁ」と、珍しく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 その言葉に鼻を鳴らした幼女が「ふん、良かったじゃないか。あの脳筋な姫様が無意識でかけた呪いとはいえ、アタシの忘却の呪いをはねのける程度には想われてるようじゃないか」と意地悪く笑う。


 呆れたように視線を投げた先には、男性の左手の甲に残った傷跡と、そこにうっすらと絡みつく常人には見えない赤珊瑚の色をした靄がある。


「今まで全く女っ気がない真面目な奴だと思っていたんだが……女の趣味がちょーっと斜め上だったんだな」


「はん、数十年前にいきなり『人間の女に一目惚れしたから、数百年分の寿命をやるかわりに人間にしてくれ』とか言って乗り込んで来た奴に、人の好み云々を言う資格はないね」


「私の妻はお淑やかで気が長い美人だぞ。あの嬢ちゃんにはどっちもなさそうじゃないか」


「ま、確かにジェルミーナ姫とは真逆だね。しかし結局のところ恋なんてものは、大方自分が持っていない部分に惚れるもんなんだろうさ」


 そうやれやれと紫煙を吐き出す幼女の横顔をジト目で睨む男の視線をサラリと無視して、三人の若人達を眺める幼女はけれど。良いように片付けようとしているものの、人の弱味に付け込んで自分の美容と暇潰しを兼ねた“お遊び”に力を入れる、まごうことなき【悪人】なのだった。

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