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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第三章◆

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*7* 覚悟はいいか、お父様?



 久し振りに得た尾ヒレで思い切り水を切るのは、正直恐ろしくも感じていた。それというのも二本脚生活に若干違和感を憶えなくなっていたので、すっかり訛ってしまっているのではないかと思っていたからだ。


 しかし、たった一蹴りしただけでそれが杞憂だったのだと分かってからは、調子に乗ってぐんぐんと海底に向かって加速をかけた。人間の身体では到底感じることの出来なかった速度が、私を人魚に戻していく。


 グングニルを持つ手が潜水する際の抵抗に持って行かれそうになるが、それすらも懐かしくて心地良い。唯一の難点はエラがあるにも関わらずしばらくは鼻と口に頼って呼吸をしそうになったところだろうか。溺れて死ぬ人魚など前代未聞だ。


 そこで脳裏に以前溺れそうになっていたオズヴァルトの姿を思い出して少しだけ笑うと、空気を含んだ気泡が開いたエラからポコポコと躍り出る。


 愉快な気分と殺意が同居する心境で実家である城を目指したはいいものの、門には当然のことながら施錠とそれを強化する魔法が施されていた。ここは人間の世界のように戦が始まる前に先触れがあることは稀で、そこまでしておかないといけないのが人魚の流儀だ。


 そんな訳で私が弟妹達に一番最初に教えた心得は【常在戦場】である。見た目が人間に似通っていようとも、我等は海の生き物。ここでは野生の流儀が罷り通るのだから。


 とはいえ勿論魔力を操るなどという小難しいことが出来ない私は、自分なりの開錠魔法(物理)で木っ端微塵に門を吹き飛ばし、他勢力からの襲撃かと慌てて泳ぎつけた衛兵達に「皆、遅くまで警備ご苦労。ジェルミーナの帰還である」と鷹揚に告げる。すると衛兵達はそれまでの困惑した表情を即座に消し、門の両側に一列に並んで敬礼を取った。


 軽く頷き返して城に入った私は派手に吹き飛ばした門を越え、グングニルの柄を握り締めたままとある一室を目指してひた泳ぐ。そうして一際豪奢な螺鈿細工が施された装飾過多で悪趣味な扉にも、グングニルで城門に放った開錠魔法(物理)をぶちかましてやる。


 賊のように乗り込んだ室内は、この部屋全体がベッドだと言わんばかりの大きさを誇るシェルベッドが鎮座ましましていた。


 部屋の主は唐突に押し入ってきた深夜の賊に驚いたようで、モゾモゾと動いていた寝具の下からは歳若い三人の美女と、妙齢でどこか見覚えのある顔立ちをした美女が現れる。


 私はその中にいた妙齢の美女の髪をむんずと掴み、あとの三人には今夜は与えられた自分の部屋に帰ってくれるように頼んだ。髪を捕まれた女は「お、おぉ、よくぞ戻った我が娘よ」とふざけた口上を口にする。


 やっぱりその垂れ目はお前だったか。流石にここでしらばっくれていては、事態が悪化しかしないと分かっているらしいな。どの道そんな姑息なことを考えている時点で駄目なのだが。


「再び(まみ)えることが適って嬉しいぞ、父上? しばらく留守にした間に随分見違えてしまったではないか。ん?」


 昔から弟妹達に言い含められすぎたせいで、私には妙な癖が幾つかある。その一つが“姉上。本気で怒りを堪えている時にこそ、丁寧語で冷静沈着を装うのです”という助言の元に生まれたこの口調だ。


 実際に過去に何度もこの口調になった私にボコボコにされた経験のあるクソ親父は、頬をひくつかせながら「ま、まぁ、確かにそうだな。しかしお前がここにおるということは、あれの仇は討てたのか?」とのたまう。


 言うに事欠いて“あれ”呼ばわりときたか。どうやら自分の末娘の名前を憶えていないらしい。


 もう当の昔に期待することなどなくなったが、これは期待云々以前の問題のようだ。人魚的には情が薄いのはそうおかしなことではないが、それでもやはり“親”として、度し難い。


「――いいえ、それはまだこれからなしてくれましょう。そんなことよりもこのジェルミーナ。父上の御身にかけられた呪いを解くために、急ぎ帰還したのです。これが片付けば、またすぐに陸に上がりましょう」


「ほ、ほう、ならば早ようその解呪とやらを試してくれぬか!」


 ひくついた表情から一転、喜色を滲ませる妙齢の美女。いかん、吐き気と一緒に殺意がこみ上げてくる……。


 あれだけ女の身体でも夜の生活を満喫しておきながら、男の身体で遊び足りていないらしい。弟妹達の手紙がなければこの男が負けて、今まで自分が女達にしてきたことをその身で味合わせてやりたいところだ。


 しかし、それでも妹達や弟達の妻が酷い目に合う可能性が高いのであれば、捨て置くことなど出来ない。お前のために戻ってきた訳ではないと、この愚物に知らしめてやらねば。


「流石は父上、話が早くて助かりますな。それでは早速――……誰ぞ、罪人魚にもちいる極刑用の【鱗剥ぎ】をここへ!!」


 そう部屋の入口を振り返り、そこに控えていた衛兵達に命じる。海底にいる間は私が自ら稽古をつけていた衛兵達は、瞬時に意図を汲んだ様子で泳ぎ去った。


 良く出来た部下達から自分の不出来なクソ親父に視線を戻す。何を言われたのか理解していなかったその表情が、見る見るうちに憤怒の形相に変わる。


 だが今や威厳も何もなくなった美しい顔を歪ませて「なっ……ま、待たぬかジェルミーナ、貴様気でも狂うたか!?」と喚く姿はあまりにも滑稽で、抱いた感想は【ザマヲミロ】だった。


 【鱗剥ぎ】はその名の通り、尾ヒレにある鱗を全て削ぎ落とすための道具だ。プライドが恐ろしく高い人魚達は、自らの美を追求することにとても熱心であり、中でも尾ヒレの鱗は大きさを揃えるために日頃から小さいものや、欠けたものを取り除くほど大切にしている。


 そんな人魚にとって命のような鱗を、厳つい金属製の突起がついた【鱗剥ぎ】で剥ぎ落とされると、次から再生する鱗は二度と美しい形を取り戻すことはない。


 この刑はその野蛮さと、一生罪の傷跡をさらし続ける羽目になる恐怖が相まって、一部では海域からの追放よりも重い刑だとされている。


「私は正気だクソ親……おっと、父上。なればこそ、この可愛い長女が責任を持ってその呪いを解くと言っておるのです。貴様……いえ、父上が長年患っているその“多淫”という呪いをなぁ?」


「ぐっ、貴様……嫁ぎ先の見つからん醜いお前を、誰がここに置いてやっていたと思っておるのだ、この親不孝者めが! 衛兵、衛兵!! 何をしている、早くこの気狂いの謀反人魚を捕らえよ!!」


 醜いという単語に特に強く感情を込めたクソ親父に、私の中にまだ僅かばかりにあった“何か”もついに壊れた。


「く、ふふふ……おや、可笑しいですなぁ、父上。私の注文した【鱗剥ぎ】が到着してしまったようだ。皆、誰がこの場で一番の気狂いか――……よぅく理解しておるようですぞ?」


 歪な笑みを浮かべながら、届いた【鱗剥ぎ】を横目に私は目を見開くクソ親父に、静かに語りかけた。


「貴様には今夜を限りにその位から退いてもらい、後任には一番上の息子を座らせる。私はしばらくの間、貴様の髪でカツラを作って成り代わり、貴様が蒔いた不手際を回収し終えた後は……二度と、海底(ここ)へは戻らない」


 クソ親父は憎々しげにこちらを睨み付け、私がほんの少しだけ欲してしまう美しい姿で「この化け物めが!!」と叫んだ。その言葉にまた。心の中で“何か”が砕ける音がする。


「これより海底の戦士ジェルミーナは民を省みようとしない父王に対し、謀叛を起こす! 愚王は今夜ここにて倒れ、新たに崇める玉座の主は長男である我が弟のものと心得よ!!」


 私はそれが何であるか知ってしまう前に、後ろの衛兵達だけでなく、今この城で起きている者達全員に届きそうな声で宣言したのだ。

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