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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第三章◆

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29/49

*幕間*始まりは、おそろいかしら?

今回は困った妹人魚姫、ラフィアナ視点でお送りしますσ(´ω`*)



 ――世界に七つの海あれど、青海の人魚は武門の誉れ。

 

 人魚という生き物は気位が高く、一度自分で決めた物事は力を行使してもやり遂げてみせるという闘争心過多な者ばかり。そんな種族なものだから、物心ついた頃には大抵の人魚が槍や戟を持つ人魚(わたくし)たち。


 生存環境が厳しいからそれが決して悪いとは言い切れませんけれど、わたくしは昔から他の方たちよりも今一つ鈍くて、大勢いる兄姉の一番末に生まれということを差し引いても人魚らしくなかったかもしれません。


 八男七女という大人数な兄姉たちは全員お母さまが違うので、誰一人としてお父さまから受け継いだ部分以外に似ているところはない。女の子は父親に似る部分が多いと言うことで、お姉さま方とは毎日“お父さまに似ている部分などない”と復唱しているわ。


 でも愛情の薄い人魚としては珍しく、それぞれがそれなりに末の(わたくし)に優しくしてくれた。お父さまは人魚の鑑ともいえる自由恋愛思想を謳歌する性格のおかげで、兄姉と言えども歳が二ヶ月しか変わらない兄姉も多いのに、喧嘩をした記憶はほとんどない。


 普通に考えれば年子ですらない兄姉間なのだから、上下関係が希薄なのも頷けます。だけどそんな愛情に頓着しない種族にありながら、長姉であるジェルミーナお姉さまは、特にわたしを含む兄姉たちに平等に愛情を注いでくれる稀有な方。


 他の兄姉たちは勿論、わたくしもジェルミーナお姉さまが大好きで、兄姉たちはお姉さまに褒めて欲しくて切磋琢磨するくらい。いつもどんな些細なことでも大袈裟なほど嬉しそうに褒めてくれるから、兄姉たちの子どもたちまで熱心に特技を見せていたけれど……。


 わたくしは何をやっても兄姉たちには敵わない。お姉さまがお使いになる武具の手入れも、お姉さまが装備される武器の鍛造も、お姉さまが海龍ちゃんの鱗を剥いで持ち帰って来ても、他のお姉さまたちのように魔力を込めた縫い物が巧くないわたくしは、手甲(ガントレット)一つ作れない。


 兄姉たちの子どもたちでさえ珊瑚や真珠を使って、お姉さまの愛用している無骨な手鏡を飾ったり出来るのに、美的感覚が常人のそれとは少し違っていたわたくしには、それすら満足に出来なかった。


 ――わたくしだけ、誰かに褒めてもらえるようなことが何もない。


 時々他海からやってきた使者の方々が見目を褒めて下さることはあったけれど、他の兄姉たちはもっとずっと美しかったから、そんな上辺の言葉は“今日の潮目は穏やかで泳ぎやすいですね”という、当たり障りのない会話をするための常套句と変わらなかった。


 わたくしや他のお姉さまたちがそんな風に声をかけられると、決まってジェルミーナお姉さまは『うちの妹達は美しいだろう。しかしな、だからといって邪な気を抱くなよ? 抱けば……分かるな?』と言って、親指で首を切る仕草をしたわ。


 何をしても半人前なみそっかす。だというのに、そんなみそっかすのわたくしにも、ジェルミーナお姉さまは褒めるところを見つけて下さった。



『ラフィアナの声はただ話をしているだけでも歌うようだな。可愛らしくて美しい声だ。そうだ、今度何か歌ってみてくれないか? そして上手に歌えたら、姉様に何かご褒美を用意させてくれ』


 

 そんな風に真っ赤な髪を潮に遊ばせながら微笑むお姉さまは、どこまでも気高く美しかった。兄姉たちもその言葉に“ジェルミーナ姉上がそう言うなら”と、わたくしの歌を所望して。数日の間、猛特訓をしてからお披露目した歌に、ジェルミーナお姉さまは『素晴らしい歌声だなラフィアナ! お前の声はセイレーンの連中にも勝るぞ』と。


 興奮して頬を染めたお姉さまの言葉に、わたくしは初めて自分に誇れるものを見出せたの。


 そうして約束通りにご褒美をねだったわたくしに、ジェルミーナお姉さまは『そんなことで良いのか? ラフィアナは無欲だな』とルビーの瞳を瞬かせた。


 当時わたくしを“無欲”と称したジェルミーナお姉さまに対して、他の兄姉たちは少しだけ不満そうな表情をした。それもそのはずで、わたくしがねだったのはご褒美の中でもとびきり貴重なものだったから。



『ジェルミーナお姉さま、またあの“秘密”のお話を聞かせて下さいませ!』


『ふふ、それは構わないがラフィアナ。いつも同じお話で飽きないのか? 私はこう見えて他の話もたくさん知っているのだぞ』


『飽きるだなんてあり得ません。わたくしはジェルミーナお姉さまが幼い頃に見たと言う、海の上に浮かぶ人間の造った船のお話が聞きたいの。だって他のお話は、みんなも知っているのでしょう?』


『……そうか。まぁ、お前がそれで楽しいのなら私も嬉しいよ』


 

 その頃にはすでに海面に顔を出すことを兄姉たちに禁じていたジェルミーナお姉さまも、まだ十歳前後の頃にはよく海面に顔を出して、人間の世界を覗き見ては胸を躍らせたと言っていたから。


 歳の近い兄姉たちにもほとんど聞かせることのなかった“秘密”のお話を、歌のご褒美にもらったわたくしはそれこそ毎日のようにねだった。


 お姉さまの口から聞くたびにどんどん憧れが募り、その憧れが膨らめば膨らむほど、お姉さまが最後に必ず口にする『可愛いラフィアナ。海の上は危険がいっぱいだからね。絶対に行ってはならないよ』と。髪を優しく梳いてくれるお姉さまに頷くことが日に日に後ろめたくなるほどだったわ。


 ――そうしてある夜。


 ついにわたくしは憧れの景色を見たくなり、禁じられていた海面まで泳いでいって顔を出した。お姉さまが“空”と呼んでいた天井は真っ黒なのに、そこには数多の宝石を散りばめたような輝きがあって。遠くに見える“陸”には珊瑚礁のように色とりどりの明かりが零れていた。


 その光景に一目で心を奪われたわたくしが、お姉さまが夜警にお出かけになる時間を見計らって海面に出るようになるのだけれど……。そのうちに遠くから“陸”を眺めることだけでは物足りなくなって、波の具合で姿を現す岩の上で歌を歌うようになった。


 あの当時わたくしは、十一歳。それは初めてジェルミーナお姉さまが人間の男の子に触れた歳と同じ歳で――。


「さっきからずっと星を見つめて黙っているけど……どうしたの、ラフィ?」 


 そう心配そうに背後からかけられた声は、一時間前の高くて澄んだ女の子の声から低い青年のものになった。耳にしただけで心が震えるような、そんな不思議な心地になる声の持ち主を振り返って「何でもないの」と微笑んでみせる。



『毎夜ここで綺麗な声で歌っていたのは君だったのか。もしかしてお伽噺の中に出てくるセイレーンかい? もしもそうなのだとしたらお願いだ。意気地なしで能力もないこのボクを、海に攫ってくれないか?』



 初めて出逢った時に、そう困ったような泣き笑いを浮かべて声をかけてきた人間の男の子。まるで二枚貝の片割れを見つけた気分になったの。


 ……ごめんなさい、ジェルミーナお姉さま。


 わたくしはこの人間とこの陸で、一緒に生きて逝きたいのです。

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