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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第三章◆

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★2★ 家名の重み。



 グラグラと細い腕に不安定に抱えられた書類束を、少し持ちやすいように上から整え直す。張り切るのは良いことだが、転んで混ざったりすると後々面倒だ。


「これは図書館で、これは他の書類と一緒に近衛長に、えっと、その帰りに新しい報告書をもらって、メイドさんにお茶を頼む――……で、良かったですか?」


 口調自体はまだ拙いが、頼んだ仕事の内容をメモを取ることもなくスラスラとそらんじるルカに「ああ、間違いない。頼んだぞ」と声を返せば、ルカは嬉しそうに頷いて部屋を飛び出して行く。


 閉じたドアの向こう側からルカに声をかける城勤めの者達の声が聞こえ、短期間で仕事を覚えた彼が、路上で生活をしていた子供だと疑う人間がいないことに安堵した。


 正直ルカは彼をここへ寄越した人物よりも格段に物覚えが良い。文字も最低限読める程度で、最初のうちは全く書けなかった。だというのに毎日俺が暇な時間にあの年頃の男児が好みそうな、簡単な物語を読んでやっていただけだというのに……今では簡単な文章を書けるまでになっている。


 乾いた砂が水を吸うように貪欲に知識を吸収していく様は、大人子供に関わらず見ていて面白い。少なくとも『今は平和だからわたしがずっとここにいなくても良いんじゃないのか?』などとのたまって、最近たびたび執務室を抜け出す上司より余程真っ当な大人になるだろう。


 とはいえ戻ればきちんと仕事をする人ではあるので、残りの資料と報告書を纏めておこうと目を通していると執務室のドアが開き、俺が頭を悩ませる現況になっている人物が戻ってきた。


「今そこでルカに会ったぞ。あのくらいの年頃の子供は、大人と違ってどんどん賢くなっていくもんだが……お前さん、今年になってからよく人間を拾ってくるようになったなぁ」


「バティスタ団長、またそうやって人を犬猫のように言わないで下さい。それにルカは生まれた環境は厳しいですが、元の地頭は悪くないかと。手が空いた時に物を教えているとはいえ、自分も甘やかしている気はありません。恐らく今からでもきちんとした教育を受けさせれば、将来有望な子供です」


 口にしてから、ふとそれがアルバの請け売りであることを思い出す。別れる直前まで『出来る限りで構わん。ルカは賢いから仕事があれば、後は自分でどうにか出来るだろう。だが口利きだけは面倒をみてやってくれ』と。


 これから先の人生で会うことが出来るかどうかも分からない友人は、馬車に乗り込もうとする俺を捕まえてそう言った。だからかもしれないが、ルカがアルバの言葉通りの成長を見せることは嬉しいことだ。賞賛が他者からの言葉であればより誇らしい。


 登城させる際、ルカにはアルバと行動したことを伏せるように口止めしてあった。理由はどうであれアルバの取った行動は、騎士団預かりであったが故に脱走兵という扱いになるからだ。


 ルカが口を滑らせるとは思えなかったものの、もしもうっかりアルバとの接点を語ってしまうようなことがあっては、あいつを慕う部下が探しに行くと言い出すかもしれない。他国の間者と疑っている一部の人間から、追っ手をかけられる可能性もある。


 結局あの街でもこちらの仕事に付き合わせてしまっただけだったのだ。これ以上、失った記憶を探すアルバに余計なものを背負わせたくなかった。


 我知らず少し思案顔になっていたのか、バティスタ団長は「はいはい、お前さんの子育て方針には頭が下がるよ」と苦笑する。そのからかい半分呆れ半分といった様子を見て、この話題で会話を続けた場合に及ぶかもしれない精神的被害に思い至り、話題を逸らそうとした直後――。


「まぁ、これでお前さんも子育て体験出来たんじゃないか? とは言ってもルカほど聞き分けが良い子供だと、子育ての練習にもならんだろうがな。しかしそこでという訳でもないんだが……そろそろ一度ディアーナに顔を見せに帰ってやったらどうだ。もう十年近く顔を合わせていないだろ?」


 先程までのからかいを含まない穏やかな声音が、この人なりにこちらを気遣ってのことだとは理解が出来た。しかし今のザヴィニアの後継者問題を考えると、素直にその言葉に頷くことは出来ない。


 今は亡き父と親友だったというバティスタ団長は、こうして時折あまり上手く行っていない俺と母の関係を気にして下さるのだが、これについては以前から正直面倒なものを感じていた。


 父亡き後も家名にこだわり、その家名を息子に背負わせたがる母を煩わしいと感じてしまう。背負えば記憶の底に沈めた過去が追いかけて来るような気がして、息が詰まる。


 何故ただ父の大切にしていた領地を継ぐだけではいけないのか。そうまでして家名にしがみつく理由はあるのか。二十八歳にもなってそんな反抗心を持つ己の未熟さもまた、煩わしいのだ。


「母から何を吹き込まれたのかは大凡の予想がつきますが……陛下はそれほど体調が優れないのですか?」


 思わず上司に対してやや尖った反応になってしまった意識はありつつも、あまり触れて欲しくない話題であることも事実なので取り繕う気はない。如何に部下と上司と言えどもそこは個人の問題だ。


「ああ、まぁな。季節の変わり目というのもあるだろうが、なんと言ってももうお歳だ。ドラーギ家の奴らは隠したがっているがもう充分だろうに。人間の寿命を考えれば、良く持ちこたえて下さっていると思うぞ」


 ここ最近陛下の体調が優れないのは、城内で中枢に近い仕事を請け負っていれば何となく分かる。


 ドラーギ領から付き従っている近衛兵達は皆どこか緊張しているし、文官達に陛下が公の場に姿を現す式典以外の仕事を減らすように手配していた。しかしそんな内情を差し引いたとしても、バティスタ団長の独特な言い回しには少し引っかかりを感じる。


 けれどその引っかかりに言及しようと口を開きかけたこちらの出鼻を挫くように、バティスタ団長は珍しく普段の飄々とした掴み所のない笑みを消し、年相応の苦い笑みを浮かべて言った。


「なぁ、オズ。あの船でエドモンドとお前さんの身にあったことは不幸な事故だ。全ては嵐のせいで、お前さんが疑うようなことがあったのかどうかなど誰にも分からん。ただ一つだけはっきりと言えるのはな、話し合いが出来るのは相手が生きている間だけだってことだ」


 いつもは人を食った笑みを浮かべる瞳は底の知れない思慮深さを持ち、その瞳を向けられると、即座に反論しようと思っていた言葉が喉の奥に張り付く。一瞬だけその言葉に当時を思い出そうとするも、それは途中で水面に映る景色のように不明瞭で形を成さない。


 船、嵐、炎、夜、水――――彼女。


 しかし、何年経っても思い出せるのはそこまでだ。


 こめかみがジクジクと痛み出したことで結局思い出すことを早々に放棄した俺は、残っている書類を集めて簡単に内容の確認をしてから「これは本日中に提出する案件です」と、バティスタ団長の回想を終わらせるために突き出した。


 俺の強引な会話の打ち切り方に苦笑したバティスタ団長は、けれど。


「やれやれ……フォンタナ家の小僧はまだ見つからず、コルティ家は今回も擁立出来る男児は不在。スカリア家は不参加の表明をしていて、ドラーギ家は今後三代は玉座に座れん。このままだとザヴィニアの玉座は空になってしまうが……ベルティーニの若様は我が騎士団に家出中だからなぁ」


 歌うようにそう言葉を連ねて「困った困った」と笑いながら、くしゃりと俺の頭を撫でる手は、昔と変わらず温かかった。

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