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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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26/49

*14* 光と陰のあるところ。



 ――オズヴァルトに力業で協力を申し出てから今日で二週間が経つ。


 あの日の朝は宿屋にルカを預け、目が覚めたらそのまま部屋で待つようにと言伝をして、向かいの宿屋から出かけていくオズヴァルトの後を半日近くつけ回した。


 奴が長く足を止めて話を聞き込んでいた人物に話を訊き、必要な情報を可能な限り精査して“ジェルミーナ”の意識で散策をし、宿に戻ってルカに翌日からの案内を頼み、ついでに宿に一緒に泊まるように勧めた。


 二人分の出費は痛いが、あの捕り物を誰かに見られていないとも限らない。だとしたらあの場にいなかっただけで、他に取り逃がした連中がいたら逆恨みして面倒が起きないとも限らない。


 実際捕り物の後にあの治安の悪そうな場所にあるルカの寝床に送るのは、弟妹がいる身としては気が引けたのだ。


 そうして夜には約束通り待ち合わせ場所で何食わぬ顔をして落ち合い、酒を飲ませてやや判断力の鈍ったオズヴァルトを丸め込んで、人捜しの手伝いをするところまで持ち込んだ。


 しかし意外と辛かったのは、奴の口から聞かされた“ジェルミーナ”の人物像だっただろうか。他人から見た人物像にしてもなさすぎる。あの場で“誰だそれは!”と叫ばなかっただけでも偉かっただろう。


 オズヴァルトにとっての“ジェルミーナ”は、奥ゆかしくて儚い印象のする女性だそうだ。スカートをはいて俯きがちで無口であればそうなるのなら、オズヴァルトの女を見る目は節穴に違いない。


 いつかとんでもない毒婦に捕まるのではないかと、一瞬姉の気分になって『そういう女が好みなのか?』と訊ねたところ『忘れられない女性はいるが、会話をしたこともないから……女性の好みだとかは考えたこともないな』という、かなり謎な返答をされた。


 しかも『そう言うお前こそどうなんだ?』と訊ね返されて、何故か『随分昔にお前と同じようなことを感じた相手がいた気がする』と答えてしまったが……結局あの問答はそれきりだ。


 翌日からの人捜しの滑り出しは悪くなく、むしろ前日までにオズヴァルトが結構調べ回ってくれていたお陰で、割と調査自体はサクサクと進んでいたのだ。しかし物事はそうそう上手く回り続けることもなく、そんな快進撃も最初の一週間で翳りを見せた。


「うぅ……今日も、あんまり、情報なかった、です」


「すまんな、ルカ。お前には本当に世話になっているのに、未だ結果が出せん」


 今日こそはと張り切って街の案内をかって出てくれたルカは、しょんぼりとした表情で夕食のパンをちぎっては口にするでもなく皿の上に並べ、その隣では苦々しい表情でゴブレットの酒を見下ろすオズヴァルトが呻くようにそう言った。


 二人が並んで溜息を吐く姿は、まるで小さいのがそのまま隣の大きいのに横滑りで成長したかのようだ。元々の責任感が強すぎる性格も似ているのか、こうしていると何となく兄弟のようにも見える。


 まぁ実質的な手詰まりの状態が一週間も続けば腐るのも仕方がないが、本来この場で一番落ち込みたいのは私である。長女として、戦士として、一刻も早く仇の所在を突き止め、その胸に妹の無念を叩き込んでやりたいのに。現実にはここまで来ておきながら人間一人見つけることもままならない。


 おまけにオズヴァルトが王都に帰る日が近付く毎に気が急くせいか、それとも日に日に蓄積される郷愁がそうさせるのか、神経質になった私は街中で何度か薄い魔力の気配に振り回された。振り返ったところでそこに見知った影が見えるわけでもないのに、我ながら呆れたものだ。


 目の前で肩を落とす男二人に対し、私怨に突き合わせてしまっていることを心の中で申し訳なく思う――……と、言いきりたいところだが、出来ない。小さな肩を震わせるルカのせいではなく、これに関してはオズヴァルトの方に問題があった。


「あのなぁ、二人とも……気持ちは分かるが、男のくせに毎日毎日同じことで落ち込むな。今日が駄目なら明日も捜すだけだろう。そもそもオズヴァルト、お前どれだけここの連中に良いように手柄を取られてるんだ? 職場の事情でお前が殴れないようだったら、オレがアイツ等を殴ってやっても良いんだぞ?」


 滞在を始めて十九日間。その多くはない時間の半分を、この町で起こる諍いごとの仲裁に割いた。そしてその騒ぎが収まる頃になって、ようやくこの土地にいる治安を維持する兵が到着する。疑いようもなく見計らってだ。


 こうなってくると、もう今回のオズヴァルトの立場は体の良いお使いのような気がしてきた。近衛長からの捜索依頼もだが、このやる気のない領地の治安維持をさせられているようにしか感じられない。


 私の不満と不穏な空気を感じ取ったオズヴァルトが「ありがたいが、止めてくれよ? お前はもう騎士団預かりでないから庇えんぞ」と笑う。


 その暢気さにまたイラッとしたが、ルカがこちらの顔色を窺っているので表面上は笑顔を保ちつつ、テーブルの下のオズヴァルトのスネを蹴る。


 コイツがお人好しなせいで色々と仕事が増えて、肝心な妹の仇の情報が思うように集められない。日中の時間は使える限り使っているが、情報は重複するだけで加算されることがない。


 仇が夜間に出歩くような身分とも思えないものの、それでも諦めきれずにルカが眠ってから宿屋を出ることもしばしばだ。


 ――とはいえ、このことでコイツを責める気持ちが間違えていることも分かっている。


 オズヴァルトは一応仕事ではあるものの、次の王になる候補者が別にいる以上、そこまで真剣にバカ王子を捜さなくても良いのだ。それを知り合いである“ジェルミーナ”の我儘に付き合い、わざわざ手を挙げなくてもいい捜索依頼にかり出され、多忙な中で時間をやりくりしてくれているのだから。


「はぁ……馬鹿にされても調和を重んじるのがお前の騎士道なら構わんがな、違うのならガツンとやるのも大切だぞ?」


 こうして“アルバ”として行動を共に出来るのもあと三日だ。そんな内心の苛立ちを紛らわすために皿の上にあるソーセージを乱暴にフォークで刺し、齧りつきながらあーだこーだと助言をしてやる私を見ても、オズヴァルトは「度を過ぎればガツンとやるさ」と苦笑しながらゴブレットの酒を煽るだけだった。


 食事を兼ねた反省会を終えお互いの宿へと引き上げてから、眠くてムズかるルカを寝かしつけた深夜。ここ最近私の隣であどけない顔で眠るルカを見ていると、人間に構っている暇などないのに、ふとこの子供をここに置いて行っても良いものだろうかと悩む。


 感情移入など馬鹿げている。この子供は人魚族ではない。仇と同じ人間だ。それにルカは歳の割にしっかり者だし、私達がこの街を離れてもまた一人で生きていけるだろう。


 ――けれど……。


 何となくそれ以上安心しきった寝顔を見ていられなくなり、ベッドを抜け出して街の酒場に向かうことにした。オズヴァルトに頼れないなら、少しでも自分で新しい目撃情報を仕入れようと――……そう思って。


 だがまだ開いている酒場の中でも比較的大きな店の前で立ち止まった私の耳に、賑やかな店内の人間達の声とは別に、聞き慣れた声が聞こえてきた。



『最近この辺りで人目を気にしているような若い男女を見かけなかったか? ああ、駆け落ちした娘と息子を捜して欲しいと依頼を受けたのだ。もしもそれらしい人物を見つけたら――、』



 ――それは、最近苛つかされっぱなしの馬鹿みたいなお人好しの声だった。


 情報を得る代償として酒を奢っているのか、クダを巻く男の声や、呂律の回っていない女の声がチラホラと聞き覚えのある内容を語っている。そんなすでに知っている情報を持ってくる輩にすら奢っているらしく、情報を聞かせようとする客が寄ってくるようだった。


 金が幾らあっても足りなさそうな効率の悪い聞き込み方に、とって付けたかのような適当な嘘。それでも明るい時間よりも格段に多く話しかけてくる人間がいるのは、深夜の酒場などという場所柄が“駆け落ち”という単語に適した舞台だからだろうか?


 中には昼間と違い、明らかに真っ当でない職の人間もいる。だが聞き耳を立てていると、そんな脛に傷を持っている人間ですら、どこか悲壮な恋人達の話には同情的になるようだった。



 正しいだけでは手に入れられない。


 綺麗なだけでは聞くことも叶わない。


 深夜の灯りに寄ってくる人間達には、どこか。


 かつて海面に夢を見た私と同じ匂いがした。



 しばらく外で店の壁にもたれて店内に新しい情報がないかと聞き耳を立てていたものの、目新しい情報もないので違う店に出向こうと壁から背を離した私の耳に、少し酒が入って普段より深みのあるオズヴァルトの声が届く。



『それから、この街で成人男性の失踪事件はなかったか? 燃えるような赤毛で、相当な武術の腕前の……恐らく領主家の近衛か衛兵、もしくはその縁者筋か何かだと思うんだが。誰か心当たりはないだろうか?』



 その言葉には今まで情報を提供して酒を奢ってもらっていた人間達も、口々に“知らない”と難色を示す。てっきり嘘をついてでも酒を奢らせようとする輩が出るだろうと思っていたのに、意外にも誰もオズヴァルトに情報を提供する人間は現れないようだった。


「……睡眠時間を削ってまでどこまでもお人好しだな、馬鹿め。この陸に存在もしない“アルバ”の情報など、どこにもないぞ」


 そうぽつりと零した言葉にほんの少しだけ胸の奥が痛むのは、酒場の内外を総じて本当の意味での嘘吐きが自分しかいないことへの呵責だろうか。


「――これだから、嘘を吐くのは苦手なんだ」 


 苦い言葉を舌の上で転がしながらふと。三日後に“アルバ”として今度こそ別れを告げる際に、ルカのことも一緒に王都に連れ帰ってくれないかと頼んでみようとぼんやりと思う。


 そうしてしばし、海のない土地で壁越しに伝わる、砂浜に散る波の音のような笑い声に、目蓋を閉ざして聴き入った。

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