表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/49

*幕間*リバーシブル。



「あの退屈嫌いのクラゲ女め……よくも、よくもまぁ、人の留守中に面倒な仕事を増やしてくれたもんだ! いったい誰からの仕事依頼を受けたって言うんだい!!」


 紫煙漂う店内でそう大声を上げて荒ぶっているのは、この店の店主である美幼女であり、海底に棲む七魔女のうちの一柱でもある。手にした便せんらしき物はすでにビリビリに引き裂かれたあとで、もうそれが一枚の紙であったことすら分からないほどだ。


 しかしその手紙の内容を読めば、幼女の荒ぶりようも無理からぬことだと少しくらい同情してくれる者もいるかもしれない。


 ――が、現在そんな荒ぶる幼女の傍らで腹を抱えて笑っている人物には到底期待できないことだろう。


「アッハッハッハ! あのクラゲは相変わらず痛快な呪いを使うもんだ! 数百年生きてきたがここまで愉快な(のろ)いを見たのは久し振りだぞ」


 案の定というか、この店では本来の性格の悪さを隠しもしない幼女の悪友は、さも愉しげにそう声を上げて眦に浮かんだ涙を拭った。そんな悪友を憎々しげに睨みつけながら水煙草を一口吸い、溜息と共に紫煙を吐き出す幼女は相変わらず浮かない表情だ。


 思案気な幼女と水煙草の取り合わせは実に浮き世離れをしていて、会話の内容からもこれが夢の世界で行われている珍事のように感じられる。しかし当の本人達……少なくとも幼女の方は、真剣に気が滅入っている様子だった。


「はあぁ……これが笑い事で済むようななものか、あのクラゲ女……まさか今さら売名目当てじゃないだろうから、本人はきっと暇潰し程度だと思っているんだろうけどね。あれはかけた術者でなけりゃ解けない面倒な代物なんだよ」


 言葉にしていくうちに幾分落ち着きを取り戻したのか、イライラとしながらも感情のまま破り捨てた手紙を小さな掌に並べ直す幼女。そうしてそれにもう一口含んだ紫煙を吹きかけると、それは直ちに元の姿を取り戻し、一枚の紙に姿を変えた。



 “ハーイ、お久しぶりね、青海の魔女。緑海(こっち)はそっちほど刺激的なことがなくって退屈なのよね。だから、この間貴女のところの困った王様に呪いをかけてって依頼が入ったんで、若い娘に変化して近付いてちょちょっとかけといたわ! 依頼主が飽きたら解いてあげるから安心してね?”


 

 ――と、あまり内容からしても同情の余地がなさそうな手紙を見て、幼女は再び深い溜息をついた。 


「すまんすまん、そうカッカするな。面倒なのは分かっているがな、もう海底に戻る身でないわたしとしては知ったことではないさ」


 そう言い、浮かない表情で手紙に視線を落とす幼女の手から水煙草の吸い口を奪った男は、それを一口深く吸い込んで紫煙を宙に放つ。


 まるで“諦めろ”とでも言うような仕草に、幼女は「あーそうだろうよ、そうだろうよ。アンタは海底にいた頃から面倒なことからは全部逃げ回っていたからね」と顔をしかめた。


 けれど男は涼しい顔で「それにあの王は色々な海域の女に恨まれていそうだからなぁ。案外良い薬になるんじゃないのか?」とのたまう。


 確かに男の言うことはもっともであり、幼女からしても自業自得でしかないので同情心など全くない。むしろ恨みを持つ誰かにもがれる前に綺麗さっぱりナニがなくなって、良かったのではないかとすら思えるほどだ。


 とはいえやはり、それはそれ。これはこれである。


「……他人事だと思ってアンタまで馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。アタシがあの海域にある自分の家に、どれだけ貴重なものを置いてきたと思ってるんだい? 前回は急いでいたから本当に貴重な物だけ呪文書(スクロール)にして飛び出したけど、あそこにはまだ呪文書にしていない呪いもわんさとあったんだ。ほとぼりが冷めたら戻るつもりでいたってのに――」


 数百年の時間をかけて集めた貴重な呪いや使い慣れた道具を、馬鹿な雇い主の為に失うのは腹立たしい。幼女がさらに「あれをご覧」と、怖々と指差す先には、赤く短い感覚で明滅を繰り返す水晶玉。あの光り方は青海領王家からの緊急召喚命令である。


「もしもノコノコとこんな呼び出しに馳せ参じたら……」


「まぁ、素直に顔を出せばまず間違いなく首が飛ぶだろうなぁ。あれだ、もういっそのことお前さん、その姿でうちの養子になるのはどうだ? 妻とわたしの間には子供がおらんから、ちょうど良い。きっと喜ぶぞ」


 震えながら首を竦める幼女に対し、流石に気の毒になったのか、はたまたただの思いつきか。たぶん後者の方に違いないが、そう男が助けにもならない言葉を口にした。この男にとって大切なのは“妻が喜ぶか否か”だけなのである。


 しかし幼女が悪友である男のふざけた案に反論するよりも早く――。


 突如紫煙が揺らめく店内に“ウオォン”と空気を揺らすようなくぐもった音がしたかと思うと、今まで赤く明滅していた水晶の中に、いつぞやの美しい少女の顔が浮かび上がる。


「オバ――……魔女様! これはどういうことですの? お姉様がわたし達の足取りを掴んで追跡を始めたと、知り合いのカモメさんに聞きましたわ。もしや前回の彼の寿命十年では、報酬が足りなかったとでも仰るのですか?」


 開口一番の苦情である。ただ少女は一応前回寄せられた、呼びかけに関しての苦情という名の脅迫内容を憶えていたのか、見た目を評する言葉に敏感な赤毛の幼女に向かいそう声をかけた。


 その声を耳にした赤毛の幼女は、小さな鼻の頭に皺を寄せ「取り込み中だよ」と不満気な声を上げるも、美少女の後ろから新たに顔を覗かせた肩までの黒髪を簡単に結わえた気弱そうな青年が「こんにちは魔女様、バティスタ殿」と、水晶越しに礼儀正しく会釈をすると、ぎこちなく会釈を返す。


 それに「おぉ、お元気そうですなフォンタナ殿。そちらの生活に不便は御座いませんかな?」と、余所行きの笑みで男が答えた。青年は水晶越しに睨み合う幼女と駆け落ち中の恋人を気にしながらも、会話を続けようと試みることにしたようだ。


「ええ、バティスタ殿の奥方様には本当に良くして頂いてます。ですがお聞きの通り、この間はボク達の居場所のすぐ近くまでかなり的確に追ってこられました。尤もあれは彼女の姉上ではなく、現・国王派から差し向けられた追っ手ではありましたが……それでもその動きを姉上が察知されているのは確かです」


 感情的な女性二人に比べて冷静な判断を下す青年に向かい男が鷹揚に頷く隣では、徐々に美少女との会話に熱が入って「百歳から十年寿命を引いたところで大差ないわ!」と暴論を吐く幼女と、その言に「人間の寿命から十年引くのは大事です!」と真っ向から反論する美少女の攻防が繰り広げられる。


 要約すれば百歳まで生きられる青年から十年分の寿命を得る代わりに、見つかりにくくなる呪いを上乗せした上で、あまり馴染みのない土地へ隠してやるという取引だったのだが――。


 そんな風にしばし混沌とした会話と建設的な会話が賑やかに行われたものの、二十分もすれば正気を取り戻した幼女がバツ悪そうに「そっちの言い分は大体分かったよ」と口にした。


「だがね、駆け落ち娘や、よくお聞き。現在アタシがこんなに取り乱してるのは、偏にあんたの家の人間がひっきりなしに起こす問題についてだ」


 むしろ今回の一件よりも先に、わざわざ問題を作ったのが自分だということなどもうすっかり記憶の彼方に追いやった幼女は、水晶の向こうに映る儚げな美少女に対して勿体ぶった調子で今回の騒動を語って聞かせた。


 そうして驚きつつも「お父様の自業自得ですわね」と微笑む美少女に、幼女はその上で新たにこう契約を持ちかける。


「元はと言えばアタシの同業者が悪ふざけでかけた呪いだがね、これは案外目くらましになるんじゃないかと思うんだよ。追っ手がその地を離れるまで、アンタの王子様にも同じ呪いをかけてみようじゃないか。流石にずっとは可哀想だから、夜の九時から明けの五時までは男のままでいさせてやろう」


 ついでに「見つかったのは手違いだから、今回のお代はいらないよ」と親切ぶってそう言ったものの、正直見つかりにくくする呪いをかけるよりは格段に楽で良さそうだ――というのが幼女の内心だった。


 かくて幼女の知り合いの悪ふざけの犠牲になった末姫の王子様は、お姫様として日中を過ごす羽目になったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ