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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*12* 四角四面のお人好し。



 すっかり室内の連中を戦闘意欲が零になるまで追い込んでから十分後。まるで制圧を見計らったかのように現れた応援が簡単な事情聴取をしただけで、あっという間に手柄の横取りだけ済ませて私達を現場から追い出した。


 こちらとしては過剰防衛を見逃されたのだから構わないものの、オズヴァルトの方は一応調査協力という肩書きで派遣されて来たのだから、普通なら腹を立ててもよさそうな場面だというのに……。


 相変わらずオズヴァルトの奴は人が良すぎるのか、貧乏くじを引きがちだ。しかしそんなことをこちらが内心思ったところで、当の本人が気にしていないならこの先も変わらないだろう。


 一瞬だけ調書を受けていたオズヴァルトを置いて、気絶したままのルカを負ぶって逃走しようかと思ったけれど、何となくその方が後々面倒そうなので止めた。


 ――だが、今はそうしておいた方が良かったかもしれないと、気絶から睡眠の状態に入ってしまったルカを背負って歩きながら考え始めている。隣を歩くオズヴァルトは時折こちらを気にしては歩む速度を合わせていた。


「……ではお前の今までの発言を纏めてみると“急にこの街に関する記憶が呼び起こされて居てもたってもいられなくなったが、騎士団で過ごしてきた日々を思うとなかなか言い出せず、結局何も言付けを残さず出てきてしまった”と。そう言うのだな?」


 出立前にエレオノーラが“もしもの時に”と考えておいてくれた嘘を、しどろもどろになりながら憶えている部分をそらんじると、スラスラ出なかったことがかえって功を奏したのか、妙な信憑性が生まれたらしい。


 現に確認のために内容を口にしたオズヴァルトには、こちらを疑う様子もない。むしろ素直すぎて怖いくらいだ。


 しかし誤算としては、コイツが想像の斜め上に面倒くさい性格だったことだろうか。騎士団に在籍していた頃にも思ったが、コイツは世話を焼きすぎる。そのせいで余計な責任や仕事を背負わされているのが分からないのか。


 事情聴取の時に脱ぐように言われたフードを再び被り治そうと伸ばしたら、不意に手首を掴まれた。片腕で背中のルカを支えている今の姿勢では振り払うことも出来ない。


「……おい、邪魔をするな。オレはこの馬鹿みたいに目立つ髪を、一刻も早く隠したいんだ。それに男に腕を掴まれる趣味はないぞ?」


 本来ならまだ性に目覚めていない年頃の子供か、弟達や甥っ子達以外の男に触られることは心底嫌いだ。真面目な二番目の弟を彷彿とさせるこの男に対しては、つい反応が甘くなる気がする。ファビオとコイツはその点で言えば例外中の例外だろうし、陸に上がるまでは人間の男は皆があの子の仇だと思っていた。


 クソ親父のように相手が自分に振り向くまでは、恋だの愛だのという単語を口から垂れ流しておきながら、手には入った瞬間次の娘にうつつを抜かすような奴ばかりなのだろうと思っていたのだが……なぁ。


 こちらの指摘で「あぁ、すまん。無意識だった」とあっさり非を認めて手を離すあたり、何となく本来の育ちの良さが見え隠れする。背中ではこのやり取りの最中も爆睡している、ある意味肝の据わったルカがグリグリと首筋に頭を擦り付けてくるせいで、髪の感触がこそばゆい。


「別に腹を立てた訳じゃない。簡単に謝るな。そんなことでは――、」


「俺を信じてついてくる部下に示しがつかない、だろう? 分かっている」


 騎士団に在籍中にも幾度となく交わされた軽口の内容と、寸分違わない押収の気安さに懐かしさを感じて笑ってしまった。そのせいか「だったら何を笑っているんだ。人がせっかく忠告してやっているのに」と非難を込めたはずの言葉にも苦笑が混じる。


 そんな声音に気づいてか、オズヴァルトの方も「いや、その台詞も久々に聞いたと思ってな。そう長く離れたわけでもないのに懐かしく感じたのだ」と笑う。その一瞬だけは背中で眠るルカの重さも忘れるほど、かつての日常を思わせる感覚に引っ張られた。


「わざわざ叱られたいなどとは物好きなことだ。ま、オマエのように肩書きがつくと叱られるよりも先に始末書だものな?」


「そう言うことだ。だがな、今になるから言わせてもらうが、お前が騎士団にいた時は、お前が壊した備品関連の始末書が一番多かったんだぞ?」


 次々と他愛のない言葉が唇から零れ、私が食堂で働く前の“男”であった頃の隙間の時間を埋めていく。けれどここに来た目的が目的であるだけに、このままオズヴァルトと連んではいられない。


「そういえば俺はつい五日前に任務でこの街についたところだが、お前はどれくらい前にこの街にいるのだ? もし道や店を知っているのなら、教えてくれると助かるのだが」


 しかもこの男はこちらがそんなことを考え始めた矢先、本当に鏡のように同じタイミングで素面に戻る。それも大抵こちらが答えに窮する内容のことが多い。本人に悪意がない分、純粋に質が悪い。


 ……(まず)いぞ……流石にそこまで突っ込まれるとは考えていなかった。足りない頭で今までエレオノーラに任せきりだった言い訳を必死に考えようかと思ったが、上手くいく想像が微塵もつかない。となれば、下手に嘘を吐くよりも目くらましに他の質問で上書きをした方が無難だろう。


 これまで腕力にものを言わせられない、面倒な腹の探り合いを避け続けてきた人魚生の中で、恐らくこの瞬間が一番頭を働かせている自覚がある。


 過回転を起こして茹だりそうになる頭を奮い立たせ、エレオノーラに教わった話のはぐらかし方の一つにあった“相手の訊かれたくなさそうな話題に触れる”ことにした。


「ええと……その、実はな、この後用事があるのでそうゆっくりも出来んのだ。道案内や旨い店を教えるのはまた次に会った時にな。それよりも副団長ともあろうオマエが、ここに何の用事で出向いたんだ?」


 口にしながら、今度などという失態はもう侵さないがなと内心で考えていると、オズヴァルトは全く自然体に「ではその説明がてら明日の夜にでも、もう一度ここで会わないか? 背中で眠っている子供にも、今日の聴取をもう一度したいし、何より久々にお前と酒を飲みたい」と言い出した。


 冗談だろう、コイツ……どこまで後ろ暗いことがないんだ? 私が同じ立場ならまず間違いなくこの話題で引き下がる。


 むしろ何で一度自分の前から姿を眩ました奴相手に、ここまで無防備でいられるのか。ここが縄張り争いの激しい海底でコイツが人魚なら二、三度死んでるぞ。


 そのうえさらに「良ければその時にお前のこれまでの話も聞かせてくれ。何かしら記憶を取り戻す手がかりになりそうな物を、道中俺も見たかもしれんからな」と情報提供まで申し出てくれた。


 こちらとしてはありもしない記憶喪失の手がかりよりも、是非この街でオズヴァルトが聞き取り調査をしたクズ王子関連の情報内容を知りたい。


 そんな打算的な考えから、結局、悩んでいる間にずり落ちてきたルカを背負い直して私が口にしたのは……。


「ふん、オマエがそうまでオレと飲みに行きたいと言うなら仕方がないな。では、明日またここで今ぐらいの時間に会おう」


 出来るだけ恩着せがましくそう言ってやったというのに、直後に「楽しみにしている」と返されて。咄嗟とはいえ思わず「オレもだ」と素直に返事をしてしまった自分の迂闊さと、まんざらでもない心中に苦笑混じりの溜息を吐いた。

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