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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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22/49

*11* 懲りるということをしない性分。



 男を撃退したのち泣きじゃくっていた子供の背を撫でて宥め、何とか家の場所を聞き出し背負って送り届けてやった。


 けれど背負った拍子に被っていたフードが少しだけずれて、中に隠してあった赤毛が一房零れたのを見た子供は、驚いたのか耳許で少しだけ息を飲んだ。しかしその気配に『ここまでの赤毛は気味が悪いか?』と訊ねると、背中に背負っていることも忘れそうになる軽さの子供は、何度も首を横に振る。


 たどり着いた場所は家と呼ぶには質素な廃墟だったが、私に出来ることといえば“偽善”と思われようが、手持ちの金を半分置いていってやることだけで。僅か四日目にして旅の元手が半分になってしまったことは痛かったが、あの場ではそうしないと寝覚めが悪かったのだから仕方がないのだ。


 最悪街に滞在出来なくなったら街の外で野宿をして、日中に街中をオズヴァルトの追跡に割けばいい。そう思って翌日向かいの宿屋から出てきたオズヴァルトの後を追おうと外に出た私を出迎えたのは――……。


「昨日、助けて、お金、くれた。ボク今日、お礼にはたらく、する」


 ――と。


 昨日は殴られた直後の心因性のものかと思われた、たどたどしい話し方をするあの子供の姿だった。咄嗟にどういう状況になっているのか分からず「いや、間に合ってる。オマエは昨日の今日なのだから帰って寝ていろ」と答えた私は悪くないはずだ。


 しかし子供の方は断られるとは思っていなかったのか呆然としている。脊髄反射で答えただけの言葉に驚くその様子は、同じ年頃の甥っ子がいる立場としては多少気の毒になってしまう。


 それに礼をする為に来たとの言葉通り、昨日よりもマシな身形になっている。襟首が垢で汚れた生成のシャツはやや汚れていないものになり、痩せて膝の目立つ足が隠れるように長めのズボンを履いていた。ただ靴までは間に合わせることが出来なかったらしく、足の大きさに合わない爪先の開いたボロ靴のままだ。


 鳥の巣のようだった黒い髪は、何で梳かしたのか分からないがぴっちりと真ん中で分け目を作られ、その間から見えなかった焦げ茶色のつり目を覗かせる。


 ……その瞳も、今は涙で滲んでいるが……。


 本人も涙を零すまいと汚いシャツでゴシゴシと顔を擦るものだから、思わず歩み寄って、その細い手首を掴む。擦りすぎて赤くなった目蓋が痛々しい。そこで海底で甥っ子や姪っ子達にするように――……弟妹達にもそうしたように、視線を合わせる為に膝を折った。


「オマエの心がけはとても立派だが、汚れた服で目を擦るのは良くない。目の病気は恐ろしいと聞くからな。それに……案内人が目をやられては、オレの今日の行動に支障が出てしまう」


 子供というのは海底であろうが地上であろうが現金なもので。諦めと共に口にした私の言葉に表情を輝かせた。昨日の礼と言うからには今日半日も付き合わせれば満足するだろう。


 そう思ったので「まずは、安くて旨い飯を食える店を教えてくれ」と苦笑混じりに伝えることにしたのだが、すぐにそれも過ちであったことに気付く。それというのもペコ、ポコ、と底の抜けかけた靴が、一歩ずつ歩くたびに奇妙な音を立てるからだ。必然、足の裏で必死に靴底を掴まえて歩こうとするから歩みも遅くなる。


 内心でうっすらと“もしや一日仕事になるのか?”と思いもしたが、それでも最初のうちは歩幅を合わせて歩いていた。しかし思いのほか人の注目を集めることに気付いたのと、だんだんゆっくり歩くことに苛立っていたのも相まって背負って移動することに。


 これで移動速度は格段に上がった。代わりに背中で「一人で、歩ける」と抗議の声が上がったがまるっと無視する。途中でフードを引っ張ったり、足をぶらつかせたりと小さな抵抗はあったものの、何とか無事に裏通りにある安くて旨い飯屋で朝食を共に食べ、ついでに名前を訊ねてみた。


 けれど自分の名前を知らないという子供に僅かに苦い気分になった私は、ひとまず“ルカ”という呼び名をつけることにして、その後は古着屋、履き物屋、食料品店と順番に街の中をルカに案内してもらいながら、明日からのことを考える。


 しかしこちらがただでさえ苦手な考え事をしようというたびに「あの、これ、オレのは、いらない」と思考を遮るルカが若干煩わしかった。なので「オレが勝手に購入しているだけだ。オマエの格好では目立ちすぎる」とあしらうこと数回。


 財布がだいぶ軽くなった頃には、ルカの格好も街中にいる同年代の子供達と変わらない程度にはなっていた。相手は何の縁も縁もない人間の子供だというのに……何をやっているんだとは思う。


 それでも中古品とはいえ少しばかり綺麗になった服と靴に加え、古着屋でオマケにもらったポシェットの中に干し肉やドライフルーツを目一杯に詰めたルカは、子供らしくて微笑ましい。


 周囲から偽善だと言われようが子供にはいつでも笑っていて欲しいものだ。あんなどうしようもない(クズ)を持つと、特に強くそう思う。……まぁ、単にここ最近甥っ子や姪っ子達を構っていなかったから、子供を構いたい欲求があっただけなのかもしれない。


 確かにその欲求は満たされたが、ここは潤沢な資金のある海底(いえ)でもなければ、頼れる人間(エレオノーラ)もいない土地だ。昨日に引き続いての出費で財布の重さはすでに瀕死と評して間違いない――が、まだ奥の手があるにはある。


 ただこれは昨日のような輩を寄せ付けることにもなりかねない。そんなあまり良い手と言えない策ではあるが、背に腹は変えられないだろう。少し悩んだ末、結局他に考えつくような手もなかった私は服の裏地の一部を引き裂き、中から親指の爪ほどの大きさをした紅珊瑚を一欠片取り出した。


 それをルカの鼻先まで持って行き「次の案内で最後だ。これを金に換えられる場所は分かるか?」と訊ねる私に大きく頷いて見せる。全く曇りも迷いもないその満面の笑みを信じて向かった先が、まさか……。


 ――まさか、闇賭博場の隣にある換金所だとは思いもよらなかった。


 荒廃した空気に「本当にここなのか?」と訊ねれば「うん。オレも、たまに、良いもの入ったら、ここ来る、よ。色んな情報も、お金次第」と自信満々な答えが返ってくる。いよいよ心配な生活をしているらしいルカは、こちらの心中など知りもしないで勝手知ったる気軽さで中へと進む。


 どうせ今日限りの付き合いだからと頭を切り替え、小さな背中について薄暗く人が一人ずつ通れる程度の幅の狭い階段を降りていく。


 しかし目の前に鋲を打った物々しいドアが現れたと思うと、中から何か数名の怒声のようなものが聞こえてきて、私は咄嗟にルカに股下を潜るように指示し、背後に庇った。


 その直後に物々しいドアは内側から蹴破られ、中から何者かに散々に痛めつけられたらしい小悪党共が飛び出してくる。小悪党共は私とルカを視界に入れるなり、問答無用で襲いかかってきた。


 恐らくは人質か何かにしようとの魂胆だったのだろうが、生憎こちらにそんな気はない。ここは下手に背中を向けて階段を駆け上がるよりも、正面から各個撃破した方が良いだろう。


 戦闘時にのみすっきりと考えの纏まる頭でそう割り出した後は、掴みかかろうと伸ばされた腕をクルミ割の要領で思い切り握り潰してやった。


 先頭の一人がもんどり打って倒れ込むと同時に次の馬鹿が新たに腕を伸ばし、それも同じく握り潰す。己よりも強い生き物を見分けられない野生のない動物に慈悲など不要だ。


 背後でルカが気絶する気配がしたものの、今はそんなことを気にしていられない。時々腕を伸ばすことをせずに前蹴りを見舞おうとしてくる輩もいたが、むしろ足首を粉砕される方が後々困るとは思わないのだろうか?


 ともあれ、一匹ずつ戦力を失わせていく間に室内でも同じ様な行為が行われているのは、中から漏れ聞こえる悲鳴で分かる。少なくとも室内にいる人物は外にいる私と同類か、騎士団の連中のように治安を守る役職なのかもしれない。


 しかしだとしたら、この惨劇の後には即・後ろで気絶したルカを抱えて逃げるべきなのか? それともこの場所に来たのは偶然で、生活に困っているから助けてやって欲しいと引き渡す? 


 いやいや待てよ。今朝のルカの服装ならいざ知らず、今のルカはそれなりに普通の服装をしているのだから、それはそれで不自然なのか――?


 ベキボキとゴキバキと骨を粉砕していく最中にそんなことを考えていたものだから、ついに最後の一人の膝を砕いたことにも気付いていなかった。


 従って次に感じた気配を自動追跡さながらに追いかけてへし折ろうとした私の手を、相手が払って技を返されるとは考えておらず、慌ててさらに技を返して意識を目の前にいる人物に戻した……の、だが……。


「今の動き――……お前、まさかアルバなのか!?」


 追いかけていたはずの相手と対面するつもりなど微塵もなかった私は、よもやここまでなのかと盛大に己の馬鹿さ加減に、ひいては鮫族という直情径行蛮族思考の性を大いに、大いに、大いに、呪った。

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