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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*10* ジョーズに割れました。



 目深に被ったフードの隙間から伏し目がちに、通りを行き交う人間達を観察する。もっと言うのなら観察対象はかなり前方にいる見慣れた背中の男だが、奴は勘が良いので気取られないようにと思うと自然距離が離れるのだ。


 歩き慣れない土地の人混みの中でも頭一つ分抜きん出たオズヴァルトは、こういう時には見失いにくいので助かる。


 視線をあまり集中させすぎず、かといって逸らすことも出来ない緊張感を持ちながら歩く市場も、実はいつもと勝手が違う。私の視界に広がるのは陸に上がって見慣た街の風景ではなく、見知った顔の人間がいない場所だ。


 ――……あれは今から四日前のこと。


 私が甥っ子達に贈られた首飾りをつけて、それをオズヴァルトが目敏く褒めてきた日。奴を席に案内し、首飾りを褒めてくれたことに対して身振り手振りで礼を述べると、オズヴァルトは『いや、思ったことを言っただけだ。礼を言われることではない。むしろ女性の身なりに本来口を挟むのは無礼だ』と真面目な顔で答えた。


 これがクソ親父だったなら……と、考えた時点で頭痛がしたので止めたが、性別が同じでも種族が違えばこうまで変わるのだろうかと感心したものだ。


 注文をとろうとしていたら、オズヴァルトの来店に気付いたエレオノーラが席の方までやってきて『こんにちは、オズヴァルト様。今日は珍しいお時間においでですのね。何か妹さんのお話に進展が?』と話かけた。


 少なくとも“いつもより来店時間が少し早いな”くらいの感想しか抱かなかった私よりも、エレオノーラの方が圧倒的に冴えていると思う。この頭の血の巡りの鈍さが種族の特色であって欲しいと切に願ったくらいだ。


 直接口には出さなかったものの『ああ、そうだ』と応じ、込み入った話をすると踏んだエレオノーラが、店の一番端の一人席に案内した。席につくと奴は私に気難しげな視線を向け、一瞬だけ何か悩むような素振りを見せる。しかしエレオノーラが視線で促すと奴は口を開き、こう言った。



『――まだ不確かな情報ではあるのだが……現・国王であるドラーギ家の近衛達が、フォンタナ家の長子の足取りらしきものを見つけたそうだ。これまで醜聞だからと他家の介入を拒んでいたフォンタナ家の方も、ついにその情報を頼りに近々捜索の手を広げるらしい』


 

 流石にあの場で“誰が醜聞だ”と叫ぶほど馬鹿ではなかったものの、言葉を発するわけにもいかず、口を引き結んでいた私に代わりエレオノーラが『それが本当であれば興味深いですわ』と代弁してくれた。


 内容的にはかなり割愛されていたが、どうやら妹を死なせた“王子様”は小癪にも潜伏先を漏らさない細工をする仲間を有していたらしい。オズヴァルトはその真相を確かめる為に、あまり仲の良くない近衛長から騎士団の方へ出された捜索要請に志願してくれたそうだ。


 もっとも私と同族のあの騎士団長は渋ったようだったが、そこは“王家からの要請”ということを楯にとってごり押し。近衛長からも追跡者が多くては気取られるということで、腕利きのオズヴァルトの志願を後押しした。


 そんな訳で近々クズ王子を見かけたという土地に経つという。わざわざ昼間に来店したのは、そうした経緯からしばらく店には来られないという報告だったのだ。


 当然同行させてくれと申し出たものの『仕事の一環である以上、危険を伴うこともあるかもしれない。そんな旅に貴女を同行させる訳にはいかない』と諭されてしまった。


 いつもダボッとした身体の線が分かりづらい服を着ていたことが仇になったのだろうか? だがまさか目の前でクルミを砕いて見せる訳にもいかない。そんなことをすれば速攻で怪しまれること請け合いだ。しかしだからといって、では大人しく帰りを待って――……いられるか!!


 もしもその情報が本当だったとしたら、先回りしてオズヴァルトが発見する前に葬らなければならない。相手をぶん殴ることを最終目的だと思っている二人には悪いが、必ず仕留めなければならない相手だ。


 その場ではしおらしく引き下がる風を装ったけれど、こちらの内情を汲んでくれた雇用主(エレオノーラ)の好意でその後の二日間は仕事を休み、騎士団の兵舎の周りをうろついて奴の動向を探った。そうしてついに三日目の昼に出立するオズヴァルトの後をつけて街を出たのだが――。


「くそ、埃っぽいな……」


 陸に上がっての生活も結構になるものの、初めて上陸した街が海に近かったせいか、思わずそんな愚痴が漏れた。内陸に面して潮の香りも音もないこの街にはあまり馴染めそうにない。埃っぽいのもそうだが、元いた街よりもどこか人間達が閉鎖的に感じる。


 ザヴィニア国は昔から五王家の中でも力の強い家が海側に領地を、やや弱い家は内陸に領地を持つのだと出立前にエレオノーラが教えてくれた。だからこそ五王家の中でも比較的力の弱い、ここコルティ家の領地は内陸にあるのだろう。


 そもそも女系のコルティ家では、この国での決めごとは一方的に不利な気がするんだがな……。人間達のいうところの公平性を人魚である私が推し量ることは出来ないが、女王も認める方向でいかなければいつか王家の制度が行き詰まりそうだ。


 しかしそんなことは大した問題ではない。今の私が気にかけるべきことなど、馬鹿王子の断罪以外に何もないのだから。


 それに実質的にはまだこの街についてから二日しか経っていないうえに、奴が街の人間達に聞き込みをするというよりも、奴自身“慣れる為に歩いている”といった様子だ。


 こちらも同じ宿屋を取るわけにもいかないので、監視がしやすいようすぐ近くにある宿屋を取ったり、路銀を節約する為に食事のつかない宿屋を選んだので安い食事どころを探したりと忙しい。


 昨日は賑わいのある華やかな大通りを歩いて道を憶えていたが、今日は裏路地の方も回るつもりなのか先程からどんどんうらぶれた道に入っていく。


 しかし奴を追う私の視界の中で、甥っ子達ほどの年頃の男児がまだ日の高いうちから酔い潰れ、壁に背を預けて眠りこけている男の方へと近づいてしゃがみ込んだ。最初は酔い潰れている男の子供かと思ったが、それにしてはどうにも動きがおかしい。


 キョロキョロと周囲を気にするその様子には、騎士団で見回りをしていた時に見覚えがあった。そして予感は直後に的中。男の懐に手を突っ込んで財布を抜き取った男児は、そのままそっと男から離れた。


 不慣れな感じがするのは恐らくこれが初犯であるか、まだ始めて日が浅いせいなのだろう。だが、ここで見逃しても良いものか多少なりとも騎士団に籍を置いたものとしては悩む。背格好からして歳の頃は七歳から十歳くらいだろうか? 


 こんなことをするからには喰うに困っての犯行だろうし、帰りを待つ家族もいるに違いない。それに下手にここであの子供を捕まえて騒がれでもしたら、真面目が服を着て歩いているようなオズヴァルトのことだ。職務に忠実なあの男はこちらにやってくる可能性がとても高い。


 そんなことを考えて躊躇していたら、何故か子供がうずくまっていた。けれど少し考え事をしている間に何があったのかと訝しむ私の目の前で、つい今し方まで酔い潰れていた男が、子供の頭を蹴りつけながら懐を漁るのを目にして合点がいく。


 ――この場合悪いのは間違いなく子供の方だ。


 しかしまだ幼い相手は子供で、男が手にしている財布は一つではない。こうなってくると、どちらが悪いかの立場が逆転する。何のことはない。男は酔い潰れたふりをして、同業の者達からあがりを巻き上げるクソ野郎だった。

 

 オズヴァルトの歩いて行った方角に視界をやるも、すでにその姿は路地裏に消えて。残念ながら本日の追跡は失敗したことになるが……まぁ、良い。


 可愛い甥っ子達と近い年頃の子供がすすり泣く声に酷く胸がざわめき、目の前でまだ子供から一日の収穫を巻き上げようとしているクソ野郎の背中を見つめながら、ポケットに入れた三個のクルミをゴリゴリと手の中で擦り合わせた。


 まだ声を荒げてクズを殴り飛ばすには、裏路地に消えたオズヴァルトの存在が気にかかる。だとしたら、言葉をかけるには静かに、恐怖を刻みつける必要があるだろう。


 だから私はクズ野郎の背後からクルミを握り込んだ右手を顔の横に伸ばし、いっとう優しく言葉をかけた。


「子供相手に何をしている? 役人に突き出されたくなければ自分の財布だけ持って今すぐ失せろ。このクズが」


 クズ野郎は突然の第三者の出現に「あぁん?」と威勢良く振り向いたものの、私は握り込んだ手を目の前で開き、三個のクルミをよく見せつけてから、再びグッと力を込めてクルミを握り込む。


 “ゴキャッ”とも“バキャッ”とも聞こえる音と共に開いた掌に、粉々に砕けたクルミが載っている。


 その殻の残骸の中からクルミの実を取りだし、呆然とする男の口にそれをねじ込んでから、私よりも頭の血の巡りが悪い相手にもう一度だけ優しく「こうなりたくなかったら、分かるな?」と諭してやった。


 かくしてこちらの懇切丁寧な説明のお陰で男が物分かりよく走り去った後には、身体を丸めて泣きじゃくりながら、新たに現れた私に怯えて震える子供が残されることになる。

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