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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*9* 三滴の内訳と新たな問題。



 ついに、妹の死を知る手がかりを得る上で有力な人材を確保出来た。


 そう思ったら両目から一滴ずつの涙と、戴冠式を待たずして、あの男の息の根を止められるかもしれないという興奮から吹き出した汗が一滴、額から顎先へと流れ落ちることが止められなかった。


 テーブルの上で交わることなく落ちた水滴は、ここまでの長い道のりを思わせたが、ようやくこれで妹を誑かして裏切り、挙げ句死に追いやった憎き男をこの手にかけられる目処が立ったのだ! 海底で待つ弟妹達よ、目標達成も最早決まったようなもの。姉さんが必ず仇を取ってみせるからな!


 ――と、そう息巻いてから早一週間。


 すでに日課となっている深夜の砂浜での筋トレに加え、店が終わってから二階で片手の指三本での腕立てを五十ずつこなし、人差し指での懸垂を三十ずつと、片足スクワットを五十行うようになった。我ながら張り切りすぎかとも思うものの、目標が近付けばやる気も増すというものだ。


 この頃クルミを二、三個一緒に手に握ってゴリゴリやれば、素手で割れるようになった。クルミ割りが必要なくなったと笑って言ったら、何故かエレオノーラが微妙な微笑みを浮かべて『クルミ割りの仕事を奪っては可哀想ですよ』と言っていたが……まさかクルミ割りの気持ちまで慮ろうとするとは。


 正直に言うと少し引いたが、それもあの娘なりの優しさなのだろうと納得することにした。


 私としては無機物にまで心があると感じていたら、生命体だらけの海底では生きていけないので目を瞑ることにする。そうでなければ暴れる海龍をぶん殴って凹ませた挙げ句、その鱗を数枚剥ぎ取ってガントレットを新調している身として辛いからだ。


「さて、と。今晩もそろそろ行くか」


 部屋で先に挙げた運動を終えて身体を温めた後、カーテンの隙間から窓の外を窺う。周辺の家の窓はあらかた明かりを落とされて、家人が寝静まったことを表していた。元々サメだけでなく、海の魚というものがあまり睡眠を必要としない性質の身体なので、こういう時は便利なものだ。


 寝静まった通りを抜けて向かった砂浜から眺める海は、今夜も美しく月光に照らし出され、その海面を白く輝かせていた。街中だと暗いと思われがちな夜だが、建物のない開けた場所に出れば、月が意外に明るいことに気付く。太陽と違ってささやかな淡い光が真っ黒な夜の世界を優しく照らす。


 一瞬だけその優しい輝きと、郷愁を感じさせる潮の香りと波の音に身体が支配される。以前なら多少感傷的になったこの時間も、獲物(おうじ)との顔合わせまでの準備期間だと思えば心地良い。まぁ、顔合わせの直後に死んでもらうことにはなるが、それでも妹の愛した男の顔というものを見てみたい複雑な気持ちもある。


 しかし恐らく見たところで、今更妹の好みが分かったとしても次に活かすことも、姉妹でも顔の好みは違うのだなと笑い合うことも出来ない。そんなことを考えていたら、忘れかけていた喪失感にジクジクと胸の奥が痛んだものの――……ふと懐かしい魔力を肌に感じて周囲に視線を走らせた。


 陸に上がって季節を跨ぎもしたが、今まで魔力の気配を感じたことはない。そもそも海底では浸されるままに感じていた魔力も、陸だと少しも感じることが出来ないはずだ。しかもこれは……私の感覚が鈍ったのでなければ、身内のものに違いない。


 半信半疑で気配のする方角に向かうと、岩場の隙間で月光を弾いて輝くものを見つけた。歩み寄ってその輝きの正体を持ち上げてみるが――。


「ふふ、あの子らも粋なことをしてくれるようになったものだな」


 持ち上げたものは両手で覆える程度の球形をしたガラス瓶で、手にしてみるとやはり近しい魔力を感じる。不完全ではあるものの、(まじな)いがかけられているようだ。


 弟妹達のものであればもっと完璧に施されているだろうから、これはもっと年少者の……甥っ子や姪っ子達の仕業だろう。辛うじて人や獣の目に付かない呪いと、水に濡れない呪いがかけられているせいで、濡れもしなければカモメに持ち去られることもなかったようだ。


 ちなみに私はこういった細かい作業に魔力を注ぐことが出来ない。大雑把な性格と、つい腕力で片が付くことならそうしようという短絡的な思考の為か、私の魔力発動はグングニルに魔力を注いで一瞬だけ海を割ったり、海龍を凹ませたりするだけが関の山だ。


 思いがけない故郷からの便りに笑みを浮かべ、そのまま岩場に腰を下ろし、コルク栓を抜いて瓶をひっくり返す。中からは文字の読み書きを覚えたばかりの甥っ子と姪っ子達からの寄せ書き紛いの手紙と、形の不揃いな真珠や珊瑚、小さな宝貝を繋いで作った首飾りが出てきた。


 気取った美しさはないが、奔放で楽しげな首飾りに思わず口許が緩む。髪に絡ませないように注意しながら頭からかぶり、胸元に垂らす。好き勝手に月光を弾き返す様があの子達にそっくりだ。寄せ書きの中身は“早く帰ってきて遊ぼう”や“槍の稽古をつけて”といった内容で、実に伯母心をくすぐるものだった。


 弟妹達には里心がつくから便りを出さないように言っておいたから、これはあの子達の独断だろう。成長が嬉しい反面、してやられた気分になる。もしも運良く海底に帰ることが出来たなら、何か陸の土産でも買って戻ってやれるのに……などと、一瞬でもそんな愚にも付かないことを考えた自分に嗤ってしまう。


 帰れるあてのない一方通行な呪いを得てまで、妹の無念を晴らしたかった。それでこの身が泡と消えても、海底には出来の良い弟妹達がいるから困ることなどないだろう――と。


 終わりの辺りまで読み進めた手紙の内容に内容に思わず「はあ?」と間抜けな声が出る。


 続く内容を読み進めるうちにこめかみがひくつき、ジワジワと腹の底から殺意がこみ上げてきた。勿論それは可愛い甥っ子や姪っ子達に向けてのものではない。


 気に食わない内容の書かれた手紙を力任せに引き裂くのは容易いが、幼い甥っ子や姪っ子達の思いが詰まったそれを引き裂いてしまうことは、如何に海底で海龍相手にグングニルを振るった私でも出来なかった。


 だから、私にしては珍しく手紙の四隅をきっちりと合わせてたたみ、さらにそれをクルクルと巻いて、元のようにガラス瓶の中に納める。細かい作業をすることで少しでもこの荒ぶる心を鎮めたかった。


 手紙にはクソ親父が先日新しい“家族”と称して、泡と消えた末の妹と同じ歳の娘を連れ帰ってきたこと。


 いなくなった私の代わりに新しい“お姉ちゃん”が出来たと喜ぶ自分達とは違い、弟妹達(おや)がピリピリしていたこと。


 そのただならない雰囲気に賢いと有名な魔女に相談しようと、常なら近づいてはいけないと散々言われている魔女の住処に皆で向かったものの、そこにはすでに誰もいなかったこと等々。


 やはり弟達や甥っ子達以外の男は駄目だ。特にあのクソ親父だけは何があっても許容出来ない。そんなことを考えながら、唯一の例外と称しても良いある人物の姿が脳裏を過ぎる。


「アイツの爪の垢を煎じて飲ませたらあるいは……いや、駄目か。心根が違いすぎてクソ親父の方が消滅し……ても良いのか。むしろ弟妹達のこれからの気苦労を考えればその方が良いな」


 そう口にしてしまったら、一瞬だけ本気で爪の入手法を考えそうになったものの、手紙の内容で最も重要なのはそこではない。


「チッ……魔女め、逃げたか」


 しかも唯一己の存在を血祭りに上げそうな私が陸に上がった今になって、あの岩場の住処から逃げる必要がどこにあるのだ? 


 近海に魔女はまだあと二人いたと思うが、甥っ子達が訪ねたその日に偶然そちらに出向いて留守にしただけなのだろうか?

 

 ――それとも、これはただの野生の勘でしかないが。


「……アイツめ、まさか何かまたろくでもないことを企んで、その準備の為にどこぞに姿を隠したか?」


 何故だか拭いきれない可能性と胸騒ぎに眉根を寄せた私の耳に、寄せては返す波の音だけが穏やかに響いた。



***



 翌日、昨夜の甥っ子達からの贈り物を早速身につけて仕事に出たところ、エレオノーラと店員のおばさんには目を丸くされ、客達からは「へ~、あんた、そんなに地味ななりなのに、どっかの金持ちの愛人だったのかい?」とからかわれる。


 相手が客でなければ、それに口がきけない設定でなければぶん殴っているところだ。純真無垢な甥っ子達が拾い集めた宝物を繋いで作っただけだぞ?


 そんな可愛らしいアイテムに何という邪推をするんだコイツ等は……と、呆れ半分、諦め半分にあしらっていく。特に昼の営業時間には、朝の漁を終えた漁師が多いせいで明るいうちから酒の入っている者も多い。


 どうせ夜になれば生真面目が服を着たような男が来るのだ。そう思いながら忙しい昼間の店内を動き回っていたら、入口のベルが新たな来客を知らせて鳴った。


 配膳で手一杯のエレオノーラに、調理場から出られないおばさん。であれば、口がきけない縛りがあろうが二人に代わって客を案内せねば。ごった返す店内できちんと椅子を前に引いていない客の脚を蹴り払いながら入口に向かうと、そこには昼間には珍しい生真面目男(オズヴァルト)が立っていた。


 軽く会釈をしてからトレイを抱え直し、空いている席を探し出して案内する私の背後から「そういう飾り物をしているところは初めて見たが、良く似合うな」と。


 結局のところ、そんな率直で簡単な感想が、一番私を驚かせた。

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