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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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★8★ 願いの模様。



 いつの間にか二日に一度は来店するようになった食堂で、いつものように変わったことがなかったか様子を訊ね、注文した品物を待つ。夜警のある人間も多い騎士団の兵舎と違い、仕事上がりの酔客が多いので騒がしいが、活気があると言い換えれば気にならない。


 兵舎の食堂で食事をあまり摂らなくなった理由は自分でも薄々分かっているが、敢えて直視するようなことでもないと、食事を運んでくる彼女に視線を投げながら思った。


 前回の一件で客達も度を越した酔い方をするものは出ず、今夜も彼女やこの店の年若い店主に不埒な行いを働く者が出なかったことに、自分が一定の抑止力にはなっていることを確認出来て安心する。


 まぁ、二日に一度は外に食事に出かける俺を訝しむ部下達に、巡回と称して食事を摂りに来ている手前そうでなくては困るのだが――……。


 アネーリオなどはまた別の心配をしているようで、勘違いされる前に訂正を入れておいたが、信じたかどうかは定かでない。少しでも店主の記憶に単体で残れるように時間をずらして来店しているらしく、その努力が実っているのか、最近では店主も『今日はご一緒ではないのですか?』と訊いてくることもある。


 その状況に内心微笑ましいものを感じているせいか、ここへ来店することに後ろめたい気持ちが以前よりも少なくなった――と、ふと気付けば店内が混み始めて席が減ってきたようだ。


 すでに食事は終えている。さっさと帰った方が良いだろうと思い、会計をテーブルに置いて席を立った俺を慌てた様子で店主が呼び止めた。


 その後ろで店主よりもかなり背の高い彼女が隠れようとしている様が、何となく微笑ましい光景だ。しかし問題は、背後に立つ彼女は明らかに店主を止めようとしていることだろうか?


 平均的な女性の身長をした店主が後ろを振り向き見上げる先で、平均的な女性の身長よりも頭半分は確実に高い彼女が、覗き込むように身体を屈めて首を横に振っている。


 その無言の攻防はカウンター内にいた年嵩の従業員の「何をやってんだい、二人して。料理はとっくに出来上がってるよ!」という声と共に中断され、代わりに帰る時間を逸した俺は、元の席に戻って店が落ち着く時間になるまで大人しく待つしかなかった。



***

 


 結局あの後店はさらに忙しくなり、閉店時刻まで待ってくれと店主に頭を下げられたので、一度兵舎に戻って門限を過ぎることを伝えてから再び店に戻ってくると、店の奥にある従業員の休憩する場所なのか、少し入り込んだ席に案内された。


 ――そして閉店後。


 テキパキと働く年嵩の従業員が帰ってしまうと、さっきまでの騒がしさから一転、よそよそしい静けさが店内を包み込み、店主、彼女、俺と三人だけになった人物が座る椅子の軋む音がやけに大きく感じた。


 円陣を組むように並べられた椅子に座り「では、そろそろ用件を訊かせてもらっても構わないか?」と切り出すと、二人はお互いの顔を見合わせて頷き合う。


 用件があるのは店主ではなく声が出せない彼女の方なようだ。店主はそんな彼女の手許にメモ用紙とペンを置いた。


 しばらく逡巡するように筆記用具と店主を見比べていた彼女は腹を決めたのか、ペンを握って薄茶色のメモ用紙の上に滑らせていく。


 やがて書き上がったメモ用紙を読みやすいように俺の方に向けてくれる。


 だからこちらもメモを見ようとやや身を乗り出して顔を近付けたのだが、人見知りな彼女にしてみると急に俺が近づいたことに驚いたのか、椅子ごと後ろに飛び退いてしまった。


 その時に手からメモ用紙が落ち、そんな姿に苦笑しつつ拾い上げた店主の手から手渡された紙に踊る、(つたな)い彼女の文字を視線で追いかけた。そこに書かれた内容に、思わず眉根を寄せる。


「ここにある内容をそのまま読むと……騎士団の人間である俺に、君の妹さんを自殺に追いやった犯人捜しに協力しろと受け取れるのだが?」


 探るようにそう問いかけると、人見知りな彼女は俯きながらも小さく頷いた。そうしてそこからしばらくは、彼女がどのような経緯を経て単身この国に赴いたのか。どれほど妹を亡くしたことで深い哀しみを味わったのかを、震える文字で綴ってくれた。


 ――両親を早くになくした二人姉妹。妹は都会の男に憧れた挙げ句、反対する姉の目を盗んで男と駆け落ちした後……ようやく姉が居場所を突き止めた時には、男に裏切られて死んでいたのだ。


 彼女は何度も紙に“許せない”と書き殴り、温厚な彼女が見せたその怒りの深さに俺も同情した。しかし確かに閉店後にわざわざ留め置かれた理由には充分だが、持ちかけられたこの内容にはいくつか問題がある。


「その、この状況で実に言いづらいのだが……まず一つに、人探しのような業務は騎士団の管轄外だ。俺達は平治には一般業務として街の巡回をしたりもするが、それは陛下からの命を受けて行われている。二つに、騎士団は国の持ち物ではあるが、実際の雇い主は王家だ。だから王家以外の任務を勝手に受けることは出来ない」


 国民の為にと言いつつもそれは建前……といっては語弊があるが、偽らざる事実ではある。いくら回り持ちの玉座とはいえ、そこだけは他国と変わりない統治だ。一個人の為に騎士団の人材を使っての人捜しなど――。


「いえ、何もわたし達は騎士団の方々の手をお借りしたいのではありません。流石に一個人の為にそこまで大規模なことをして頂けると思うほど、世間知らずではないつもりですわ」


 断ろうと言葉を繋げようとしていた最中、それまでのこちらの言い分を斬り伏せるようにして、おっとりとした口調でありながら、妙な威圧を感じさせる声で店主が口を挟んできた。その隣では彼女がコクコクと頷いて同意の意を示している。


「そうか。こちらとしては、決して君を侮ったつもりではないのだが、気分を害してしまったのであれば申し訳ない。分かってくれているのであれば助かる。だが……それだと俺に手伝えることは、妹さんが亡くなった時に残した相手の身元が分かるような物と、姉である君の証言を頼りに被害届を提出するくらいのことだ」


 実のところ、自分の抱える仕事量を鑑みれば、この提案でもかなり譲歩した部分はある。ただそれでも、目の前で俯く言葉を発せない彼女が、妹の死に泣き寝入りすることが出来ずにここまでやって来たというのなら、出来る限り協力してやりたいと思うのは、職業柄だけではないはずだ。


 すると店主は本当に一瞬のことだったが、俺の出した提案に“ニヤリ”としか評せないような笑みを浮かべた。その笑みを自分が浮かべていることには気付いていない辺りに、多少の世間知らずぶりを感じたものの、最初に会った時の気弱そうな姿よりはこちらの方が安心できる。


 隣に座る彼女に向き直った店主は「では、ジェルミーナさん、どうしますか? 助力をしてもらえるように頼もうと言ったのはわたしですけど、最後まで人の手を煩わせるのは嫌だと仰ってましたから……どうするかは、あなたが決めて下さい」と優しく答えを委ねた。


 こうして見ると、いささか店主の彼女に対しての肩入れは、雇い主と店員と言うには行き過ぎにも思える。けれどもしかするとこの店主も、ここにはいない人物と目の前で妹の仇討ちに燃える彼女を重ねているのだろうか?


 どうにも似通った部分のなさそうな人物だというのに、ふとした瞬間に似ているような気がしてしまうのは、きっといなくなった時期と現れた時期が近いからだ。誰か親しい人物の不在を埋めるように、誰かを当てはめることは往々にして起こり得る。


 俺と店主が見守る前で、深く。


 深く深く、彼女が頭を下げた。


 失ったものの為に頭を下げるその姿に、さっきまでの自分の言葉に僅かに綻びが出来るのを感じる。その隙間を補うように「俺個人で付き合えることなら、言ってくれ」と言葉を埋め込むと、店主がパッと表情を輝かせた。


 その反応に少しだけ早まったかと思ったが、店主の次に発した言葉に思わず強かなものだと苦笑してしまう。


「それでしたら、本当に助かります。だって彼女が追いかける仇は、むしろそちらの方々が真剣に捜しておられる人物の傍にいる方だそうですから」


 騎士団(こちら)が捜している人物は現在一人しかいない。一応市井には伏せてあるはずの情報を何故彼女達が知っているのかは分からないが……。


 けれど安請け合いをしてしまったという後悔がないのは、恐らく。俯く彼女の下に出来た、三滴の水玉模様のせいだろう。

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