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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*6* どうしてこうなるんだ?



 遡ること一ヶ月前にまたも懲りずにオズヴァルトの誘導に乗っかった結果、もう絶対に砂浜を一人でふらふら散歩したりしないから、あいつの記憶からあの日の出来事を一掃できないものだろうか? と思ったりもした。


 しかし意外なことに、あの思いがけない砂浜での再会と別れからその後再会することもなく、順調に何事もないまま昨日で一ヶ月が過ぎたのだ。


 季節はこちらで言うところの秋となり、夏の日射しとは違った肌触りになり、日中のジリジリとした日射しは変わらないものの、何というか朝と夕のサラサラとした日射しは穏やかで気持ちがいい。海底とは違い、そんな季節の移り変わりが感じられる陸を初めて良いものだと感じた。


 だからこそやはりどうしても砂浜を歩いてみたいという欲求に抗えず、早朝は諦めて夜の営業が終わって、エレオノーラを家まで送り届けてから砂浜に向かうことにしたのだ。


 騎士団は規律が厳しかったから夜間の無用な外出は御法度だった。それに夜の巡回もあるにはあるが、確か砂浜は範囲外だったはず。とはいえ流石に私も砂浜で再会してから半月は我慢した。


 そして半月を何事もなく過ごせた自分へのご褒美として、今の私がやりたいことといったら一つ。深夜に街が眠りについた頃に人目を盗み、魔槍(グングニル)と妹の形見である忌々しい短剣を手に砂浜に向かって、存分に鍛錬をすることだった。


 月明かりだけでもすぐ傍にある故郷が、その淡い光を受けて優しく周囲を照らしてくれる。心強いとは程遠い光ではあるものの、私にとってはかけがえのない時間に思えた。


 それにここのところエレオノーラの店を訪ねてくるファビオの目的が、どうやら少しずつ変わってきているらしいことに気がついてからは、以前のようにカウンター内で聞き流したりせず、自然と聞き耳を立てることが多くなっている。


 海底から上がってきて以来会えていない、可愛い弟妹のことを思い出させる二人だ。聞き耳を立てて得た会話の内容から、脈があるのはまだファビオだけなのだろうが、エレオノーラの受け答えも以前よりも柔らかさがあり、ファビオの努力次第では……といったところだ。


 弟妹達の伴侶探しの時に散々目にしてきた光景なので、こちらも内心での応援に思わず熱が入る。緊張に上擦った声で会話を続けるファビオは微笑ましいし、苦労人なエレオノーラもまんざらでもないようだ。


 このまま緩やかに戴冠式までの期間を消費していけるのではと……一瞬でもそう思った私が馬鹿だったと気付いたのは、無事に一ヶ月が過ぎてから、さらに一週間後のことだった。



***



「今日は何か変わったことはなかったか?」


 人で賑わう夜の食堂に現れた面倒見の良い男は、今日も酒も飲まずに店の一番端の席に陣取って、簡単な食事を注文しながらそう言った。その問いかけに胸の前に抱えたトレイをギュッと抱きしめたまま、無言で頷く。


「そうか、それは良かった。何か困ったことがあれば、遠慮なく言っ――いや、メモでも寄越してくれればいい」


 一ヶ月と十日も前についたこちらの嘘を真に受けて、不用意な発言をしたと思ったのか、一瞬口ごもって言い直す辺りにこいつの生真面目さを感じる。感じはするが……こっちはボロを出さないようにだんまりを通すのが辛いぞ。


 そもそも、この男は初めて会った時から面倒見が良すぎて面倒くさい。誰かの面倒を見ていないと死ぬのか? 私達人魚は上半身こそ人型だが、子育てに関して言えばそれなりにドライだ。自力で泳げるようになればあまり面倒を見なくなる傾向にある。


 だからこそ私は海底でも奇妙な人魚として有名であり、弟妹達もそのせいで最初のうちは伴侶達に奇妙がられていた。まあ、慣れればその方が良いと思ってくれているようなので、離縁された弟妹がいないことはありがたいが。


 店のカウンター内で調理をしているエレオノーラと、おばさん達の好奇の視線が背に痛い。しかし言い訳をするならば、あの日は何事もなく市場の辺りで別れたのだ。お互いにこの先に会うこともないと信じて。


 なので私を探しに市場を歩き回っていたエレオノーラにも、オズヴァルトとのことは言わなかった。というよりも……言ったら絶対に年下のしっかり者である彼女に怒られるだろうからという、情けない自己保身の為に。


 では何故こんなことになっているのかと言えば、今ここには同席していないものの、全てファビオの馬鹿者のせいだ。あいつは三日と空けずにエレオノーラに会いに来る割に、私との思い出話以外の新しい話題を持ってこない。


 あんまりその話題ばかりではエレオノーラに飽きられるだろうと、気を揉んでカウンター内から店の方を覗いたのが良くなかった。好奇心が往々にして良くない結果を引き出すのは、末妹で実証済だったはずなのに……。


 見つかってしまっては、もうなし崩し的に新しい従業員として紹介されるしかない。人懐っこいファビオが自己紹介をしてきたのを見た私が慌てると、賢いエレオノーラは私が口がきけないという設定を、それらしく用意してくれた。


 そこで話が終結するかと思いきや、ファビオがうっかり兵舎で、あまり接点がないはずのオズヴァルト相手に、この店のことで口を滑らせてしまったのだ。敢えて何故その人選で口を滑らせるのかと訊いてやりたいが、あの間の悪さは私にも憶えがあるので突っ込めない。


 オズヴァルトはファビオの会話の内容から、私が砂浜で会った口のきけない女だと気付いてしまったらしい。それをわざわざ確認するためなのか、三日前にファビオと昼飯を食いに来た時は驚いた。


 もう二度と……いや、次があるとすれば仇を討つ時だと思っていたのだ。それが店の方からファビオの声がして顔を覗かせた瞬間『やはり君だったか』とくれば、危うく声を上げかけたぞ。


 しかもこの二日は一人で夕飯を食べに来ているのだから、もう何が目的なのか――……もしやすでに正体がバレているのではないかと気が気でない。


 あいつの前ではまだボロを出していないと思うが、そのことに関して自信がないのも情けなかった。


 オズヴァルトの注文を取ってからカウンター内に戻って、注文された紙を見せる。するとおばさんは「あんたの良い人なんだろう? オマケしといてあげるよ。あの人の胃袋を押さえて、他の店に行けないようにね!」と盛り上がってくれるのは……ありがた迷惑以外の何ものでもない。


 疲れきって溜息をつく私に向かい、エレオノーラが「ジェルミーナさん」と厨房の奥の方へと手招く。


 素直に食器棚の陰になっている場所へ身を隠すと、彼女は苦笑しながら「オズヴァルトさんが帰られるまで、上で休憩して下さって良いですよ」と言ってくれたが、それは出来ない。


「いや、ありがたい申し出だが大丈夫だ。忙しい時間帯に休んでいてはただの無駄飯ぐらいと変わらんだろう?」


 私が肩を竦めてそう言うと、エレオノーラはさらに苦笑する。十九歳という年頃にしては大人びたその表情に、この娘の甘えられない性格が見て取れる。


 亜麻色の髪を一本に束ねただけでも美しいこの娘見たさに来る、若い男の常連客も多い。そんな中で酒が入って気が大きくなった男が暴れて、初めて会った時のようなことになっては一大事だ。


「しっかり者のエレオノーラにしてみれば、今度はいつボロを出すか心配だろうが、それでも店の営業時間が終わるまではここにいさせてくれ」


 情けなかろうが私は大人だ。妹達の歳であるエレオノーラにこれ以上みっともない姿は見せられない。そんな思いを込めてエレオノーラの頭を軽く撫でると、エレオノーラは「誰かに撫でられるのは久し振りです」と、少しだけ気恥ずかしそうに微笑んだ。


 そんな私とエレオノーラのやり取りを「ほらほら、注文品が上がったよ! 早くあの人のところに持って行ってあげな」とおばさんの声が遮る。その声にうんざりとした気分で料理を受け取り、嫌々配膳に向かう私を見たエレオノーラが「頑張って下さい!」と励ましてくれるが、さっきの今で出来れば配膳の方を代わってくれとは言い出せまい。


 渋々カウンター内から湯気の上がる魚貝のパスタを受け取って、客で賑わう店のホールへと向かったのだが、テーブル席の間をすり抜けていたら突然「おっと、姉ちゃん、良いお尻してんな~!」という発言と共に、尻を掴まれた。しかしすぐに「思ったより、固いな?」と笑うが、鍛えているのだから当然だろう。


 そんな様子をカウンター内から見て表情を固くしたエレオノーラと、フライパンを片手に飛び出してこようとするおばさんを視線で“大丈夫だ”と押し留め、まだ尻を触っている手をチラリと見やる。


 手近なテーブルに空きがなかったので、パスタを載せたトレイの置き場がない。仕方がないので酒ですっかり赤ら顔になっている下種の顔を憶えておいて、後からぶん殴ろうと心に決めて無視を決め込む。


 ――が、しかし。


 視線を下種からオズヴァルトの席に移したはずが、そこにオズヴァルトの姿がない。食事も待たずにどこに行ったのかと周囲を見回していたら、急に背後で「イデデデ!?」と尻を撫でた酔っ払いの声が聞こえて振り向くと、険しい表情をしたオズヴァルトが酔っ払い客の手を捻り上げていたのだ。


 驚く私と周囲をよそに、酔っ払いを捻り上げたオズヴァルトは、こちらが制止する間もなく、そのまま男を連れて一旦店から出て行ってしまった。


 私は周囲の客に無言で頭を下げ、エレオノーラは「お騒がせしてすみません! 今から一杯ずつエールを奢らせて頂きますね!」と声を上げ、おばさんは「次に騒いだ奴はあたしがフライパンをお見舞いするよ!」と豪快に笑う。


 程なくして店内に戻ってきたオズヴァルトは、周囲から「アイツはよく他の店でも大人しそうな子の尻を触るんだよ」「たまには良い薬だ」と声をかけられて戸惑っていた私の手から、パスタの載ったトレイを取り上げると、視線でさっきまで座っていた席について来るように促す。


 他の客もオズヴァルトの正体に気付かない様子で「よう、この色男!」「後でそっちの席に飲みに行くぜ!」と声をかけられて苦笑している。私達二人を通すためにすり抜けるのも大変だった席が、両側に少しずつずらされて割れていく。


 その間を歩いてオズヴァルトのいた席に辿り着くと、左右に割れて出来た道が元の通りに閉じていくのは何となく面白かった。けれどそれを見終えてからオズヴァルトの方へと視線を向ければ、眉間に深く皺を刻んで唇を引き結んでいる。


 何事かと思って首を傾げて見せると、オズヴァルトはパスタをテーブルに置いて座り、私にも身振りで座るように促してきた。仕事中なので首を横に振ると、オズヴァルトはほんの少しだけ眉間の皺を緩めて笑う。


 しかし次にはその笑みを引っ込め、また難しい顔に戻ってから口を開いてこう言った。


「むざむざ触らせてしまってすまない。あの男の動きがおかしいとは思っていたんだが……現行犯でないと取り押さえられなくてな。言い返せない君には怖くて不快な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」


 人前でガバッと頭を下げる姿に一瞬だけ戸惑うが、私は慌てて周囲からそんなオズヴァルトの姿が見えないように身体で隠す。身分が割れていないとはいえ、騎士団の副団長が簡単に市民に頭を下げるのは頂けない。


 そんなことを考えつかないほどに、目の前のこの男は生真面目で、四角四面で、馬鹿正直だ。弟達以外でこんな男を、私は知らない。


 何よりもこの私を女扱いする奴は海底にもいなかった。そんなことをしようものなら、たちどころに勝負を挑んで叩きのめしてきたからだ。だからむしろさっきの酔っ払いは、こいつに取り押さえられて良かったと言えるだろう。


 それにこんな姿を見せられては、腕の一本へし折ってやろうかと思っていた気分も削がれてしまった。視界の端には、すでに湯気を上げなくなってしまったパスタの皿。


 私は溜息を一つ吐き、頭を上げないオズヴァルトの肩を叩いて、顔を上げたオズヴァルトの手を取り、上向けた掌に指先を走らせる。


 ああ、思えば【ありがとう】が口から出せないことが不便だと、今夜ほど感じたこともないな。

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