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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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★5★ 他人の空似。



「打ち込みの速度は悪くないが、その後の上半身の捌き方が雑だ。もっと腋をたたんで隙を少なくしろ。――次!」


 昼から夕方までの僅かな時間を使って団員達の鍛錬をする最中が、この役を引き受けてくれていた人物の不在を一番強く感じる。とはいえ、元より戦闘狂のきらいがあったあいつは喜んで打ち合っていた風があった。


 事実あいつがいなくなった後に、この鍛錬を再び受け持つ身になって驚くのは、どの団員達の腕も以前よりも格段に上がっているということだ。注意をした翌日にはその意味をしっかり理解して前日とは全く違った動きを見せた。


 それが楽しくもある反面、どの団員達もどこかにあいつの動きに似た動作を持っているせいで、もうここにはいない人物の影に不意に息を飲む瞬間がある。その時の気まずさと、憤りにも似た感情の波に渇きを憶える弱い自分も嫌だった。


 以前通りにこなそうとすればするほど、心の中の渇きと波は大きくなっていく。元から浅かった睡眠はより浅くなったせいで就寝前の寝酒が増え、寝覚めの悪い思いをする羽目になった。


「あの……副団長、僕なんかが口を出すのはあれなんで、スけど……アルバさんがいなくなってから、ちょっと調子が悪そうで、スよ」


 アルバが姿を消して一週間が経った頃、不意にあいつと同室で弟分のように可愛がっていたファビオ・アネーリオがそう恐る恐る声をかけてきた。直接巡回を共にしたことがないアネーリオにしてみれば、鍛錬の厳しさから“鬼”呼ばわりされている俺に、声をかけることすら気を使うようだ。

 

 砂浜での手合わせの最中に、アルバがよく『鍛錬場でも今みたいな顔で教えてやれば良いんじゃないのか?』と言っていたが……あの時の自分はどんな表情をしていたのだろうか。


 ふとアネーリオがいることも忘れて考え込んでいたが、視線を感じて顔を上げると、そこには居心地悪そうに答えを待つアネーリオの姿があった。


「……すまん、少し考えごとをしていた。だが、体調の方は大丈夫だ」


 大嘘だ。下位の騎士見習いに見破られる程度には弱っている。しかしそれを認めたところで、心の空洞が大きくなるだけなのも分かっているから。あいつに出逢う前の自分に戻るまで目を逸らし続けるだけだ。


 確かにアネーリオの指摘するような調子の悪さを感じはするが、しかし、だからといって自ら姿を消した人間相手にどうしてやれば良かったのかを、今更考えたところで無駄だ。


「もしも調子が悪く見えるのであれば、最近とにかく暑いので少し寝付きが悪いせいだろう。俺を心配してくれるのはありがたいが、お前も自分の体調管理はしっかりやれ」


 そんな当たり障りのない“上司”らしい言葉を口にすること以外に、俺に出来ることなどなかった。案の定はぐらかされたと感じたのか、アネーリオは素直に「はい」と返事はしたものの、その表情は浮かない。


『上司のお前がそんな風だと部下に示しがつかんぞ?』


 不意に思い出したその言葉を呈してくれた友人は、今頃この空の下で、何をしているのだろうか?



***



 アネーリオと以前やりとりをしてからさらに二週間が経った。騎士団のほとんどの団員がアルバの捜索を続けているが、未だ何の手がかりもないことを鑑みると、もう国内にいないと考えた方が妥当だろう。


 どうして他の団員達に混ざって捜索に加わらなかったのか、自分でも分からない。ただ最後の晩酌に自分を選んでくれたことが、アルバなりの別れの筋の通し方なのだとすれば、自分はもうアルバにとって過去の人物となったはずだ。


 だから、もしも捜して見つけ出してしまったら。そうしてまた逃げられてしまったらと考えると……一度目の比ではなく落ち込むであろう自分が容易に想像出来た。


 だがこのままいつまでも引きずっていては職務に支障をきたす。そこで立ち止まるのは最後にしようと、アルバがいなくなってから遠ざかっていた砂浜へと足を運んだのだが――……誰もいないだろうと思っていた砂浜に人影を見つけ、我知らず駆けだしていた。


 運良く人影が何かを落とすのが見えたから、それを拾って届けよう。そう頭の中で言い訳を考えながらあとを追いかけるも、一向に距離が縮まらない。それでなくとも細かな海砂に足を取られて歩きにくいうえに、体重が徒となっている。


 人影が落として行ったものは、女性の靴だった。スルスルと砂浜を歩いていく人影に誰の姿を重ねているのか、分からないふりをして追いかけた。そもそもいなくなったあいつの性別にすら確証が持てないのに、だ。


 しかし当然ながら、現実はそう甘くない。


 近付くにつれ体格は良く似ているが、あの燃えるような赤毛とは似ても似つかない金色の髪を持つ背中に「待ってくれ!」と声をかければ、追いかけていた相手は素直に止まってくれた。


 これがアルバなら絶対に走って逃げられていたことだろう。


 相手のせいではないのに落胆を隠しきれず、然りとてここで何もないと引き返すことも出来ない。知らない男に呼び止められたことに怯えるように振り返った“女性”に、手にしていた靴を見せる。


 振り向いた女性の前髪はかなり長く、しっかりと目許を覆い隠すせいで目を合わすことが出来ない。オドオドと差し出された靴を受け取る姿からも、人見知りなのだろうか。


「急に呼び止めてしまってすまなかった。靴を片方落としたのが見えたので追いかけたのだが、君が歩くのが早くてつい。驚かせてしまったな」


 思いのほか硬質な声が出てしまったことに申し訳ない気持ちでいると、女性は小さく頷いて次いでモゴモゴと口を動かした。礼を述べてくれているのだろうが、その唇から声が零れることはない。


 すると女性は急に波打ち際に歩いて行ったかと思うと、その場にしゃがんでこちらを手招いた。首を傾げつつも手招かれるままに波打ち際にしゃがみこむ女性の傍らに立つと、彼女は指先で波に洗われた砂の上に【ありがとう】と書き込んだ。


 それを見た途端、普通に考えればただの人見知りの口下手だと思いそうなものなのに、俺は何故だか「君は、声が?」と訊ねていた。違えばかなり無礼な言葉だ。暗に“声が出ないのか?”と訊いた俺の言葉に、彼女の動きが止まった。


 その一瞬の間に【ありがとう】は波にかき消され、そこにはただののっぺりとした粒子の細かな海砂があるだけだ。自分でも初対面の人間相手に突飛な発想だったと分かっている。


 ただ、あいつとの記憶が他の何かで上書き出来れば良いと。そう小狡い考えが頭をもたげたのだ。ここで彼女が頷いてくれれば、少なくともこの砂浜は“声をなくした女性と出会った”場所へと上書き出来る。


 本当に、騎士の風上にも置けないような、どうしようもなく浅ましい考えに自分でも嫌気がさす。自分で訊いておきながら、今にも彼女が怒って立ち去ってくれれば良いとすら思った。


 ――けれど、やや間を置いてからコクリと。


 彼女が僅かに頷いて【声が、出せない】とその指先で砂に書いた。


 その答えに自分の中で張り詰めていたものが緩んだと同時に、今度はそんな彼女が少し心配になる。


 彼女にその気はなくとも、たった今、俺はその答えに救われた。この砂浜は“声をなくした女性と出会った”場所へと上書き変換されたことで、ここに戻らないアルバのことを少しでも諦められるきがしたからだ。


 しかしその恩人は、声をなくした大人しい女性で。周囲には彼女の付き添いらしき人影もない。この辺りは比較的治安が良いものの、それでも何かあった時に助けを呼ぶことが出来ない彼女が一人で出歩くことは、あまり良いことのようには思えなかった。


 そこで俺は一度彼女から少し離れたところにしゃがみ込んで、怯えさせないように、なるべく声音を穏やかなものにしようと努めて提案する。


「ここは比較的治安が良いが、君のように年若い女性が一人で出歩くことはあまり推奨しない。それに俺は一応騎士団に籍を置く者だ。出来れば人気のある場所まで君を送らせて欲しいのだが、どうだろうか?」


 怯えさせないようになるべく言葉をゆっくりと紡ぐと、彼女は少しの逡巡の後【分かった】と砂に指先を滑らせた。その答えに礼を述べて俺が立ち上がると、彼女も服の裾を叩いて立ち上がる。


 金色の髪が海風に靡いて、あの赤色の髪とは似ても似つかないにも関わらず、似た背丈の彼女を見て心が騒ぐが、それもきっと今日限りだと自分に言い聞かせた。

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