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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*4* そんな偶然はいらん。



 エレオノーラは店で寝泊まりをせずに毎日実家の方へと帰っているので、今の私は店の上に休憩室として造られた小さな住居スペースを借りて生活していた。


 一応海底から持ってきた物の中で換金出来そうな品は、全てエレオノーラに教えてもらった質屋で換金し、その中からこの住居スペースの借り賃を支払っている。


 エレオノーラはいらないと言って突き返そうとしてきたが、そこは流石に年上の矜持を汲んでくれと言って無理矢理受け取らせた。ただ食事は下が店ということもあり、三食とも食堂の賄いを食べさせてもらっている。


 おかげで人の目を気にしないで寝起きが出来、暑いからと下着姿でうろついても良い上に、翌日に酒の匂いが残らない程度なら飲酒も好きに認められていて、さらには同室の連中がいないから筋トレもし放題。


 グングニルを振り回すような広さはないものの、腕立てや腹筋を存分にしても暑苦しいとの苦情が出ない。そして何よりも性別を偽る必要がないから開放感が半端ではないのだ。


 実際問題としてかなり過ごしやすく、思わず以前よりも気を抜いてしまう場面が多い気がしないでもない。エレオノーラと一緒に店の買い出しに出る街での情報収集中に、ボロを出したりしないように気を引き締めないといかんな。


 戴冠式まで一年半を切った。直前までここを拠点にして、時期を見てここも出なければエレオノーラに迷惑がかかってしまう。問題は騎士団を抜けてしまった手前、どうやって戴冠式に潜り込むかということだが……こちらはもう少ししてから考えても遅くはない。


 むしろあまり早くから考えていると、煮詰まってろくでもない結果を生み出す自信がある。何とかの考え休むに似たり、といったやつだ。


 しかし現状この何の不安要素もなさそうな生活で、唯一ある困りごとを挙げるとするならば……それは間違いなく“装い”に関することだろう。


「うう……エレオノーラめ、今日のもまた妙なものを……」


 下着姿のままベッドから起き出して、昨日着せられたスカートとはまた別に押しつけられた包みを開けてみたのだが……思わず見なかったことにしてそっとベッドの下に隠したくなった。


「いくらなんでも……胸元が深くまで開きすぎじゃないのか?」


 戦士として筋肉を重視するあまり歳の割に慎ましい胸部の私が着ても、この服のデザインを活かすことは難しいのでは――と。思いはしたものの一応私の為にエレオノーラが用意してくれたのだから、袖を通すだけ通してみることにする。


 ――しかし悲しいかな、着る前に感じた予想は当たり、ぎりぎり寄せれば谷間が出来る程度の胸では、隙間が気になって屈めなさそうな仕上がりになってしまった。まあ、こうなるだろうとは思っていたが。


 けれど幸いにも今日は店の定休日だ。騎士団の巡回ルートは把握しているし、午後にならない限りはオズヴァルトに出くわす心配もない。資金も多少はあるし、簡単な物価計算も出来るようになったから、たまには一人で街に買い物に行っても平気だろう。


 何より、オズヴァルトにおいてはこの店に探しに来たこともないのだから、そう心配はないような気もする。


「よし、そうと決まればエレオノーラに書き置きでもして、さっさと出かけるか。でないとまた苦手な装いをさせられそうだしな……」


 下着の上から一番地味そうな白いシャツと、深緑のロングスカートという非常に動き辛いものを着用して、金色のカツラを被る。腰の辺りで髪が揺れる感覚はこの三週間でようやく慣れた。


 しかしよくよく考えてみれば慣れも何も、元はこの長さだったはずなのにおかしなものだ。どこかに引っかけたりしないように手早く髪を束ねて、胸の前に持ってくれば身支度の完成。


 全身を確認しようと覗いた古い姿見には、背がデカいだけの冴えない女が映っている。確かにこれならどこからどう見ても、以前の私を知る人間には分からないだろう。けれど姿勢と身長でバレる可能性を考えて、一応少しだけ肩を落として猫背になる。


「うむ、こんなものだろう」


 姿見の中の女はさらに垢抜けない地味な雰囲気を得ることが出来た。これならば誰にも見咎められることもないだろう。


 顔の三分の二ほどを前髪で覆っている為に、にんまりと弧を描く口元しか見えない姿を見て、私は手早く書いた書き置きを手に意気揚々と店に降りた。



***



 出て来た時間帯から常よりも人の数が少ないかと思われたものの、活動時間がずれるだけで、商売をする人間の数はいつもより多いくらいだった。最初の頃は街に出て行き交う人間の多さに驚いたのに、今ではそんなこともなく、スルスルと人を避けて流れと逆方向に歩くことすら出来る。


 以前エレオノーラと朝市に来た時に、この時間帯に開いている商店は商売人をあてにして向けているのだと言っていた。


 であれば、服を取り扱っている店もそうだろうと当たりをつけ、そう多くはないものの、開いている服屋を一店ずつ覗いていく。三店舗ほど覗いたところで、運良く私でも着られそうな機能性の高い服を購入すことが出来た。


 一見すればワンピースと呼ばれるスカートの亜種に見えるが、下の部分がゆったりとした筒型に分かれていて、ズボンのようになっている。若干丈が足りないせいでふくらはぎが半分ほど出ているものの、この季節なら涼しいから構わない。


 色も濃紺に白の細い縦縞が入っていて、これならエレオノーラの言うところの“可愛い”要素も取り入れられているだろう。汚れとほつれにも強い素材ということで少し値は張ったが、良い買い物が出来た。


 ここまでずっとスカートで気力を削がれていたので、購入してすぐに店の中で着替え、はいてきたスカートはついでに購入した新しい白シャツと一緒に包んでもらった。これでエレオノーラにおかしな服を押しつけられる回数が減るものだと信じたい。


 店の女主人に礼を述べて買い物袋を手に表通りに出たが、このままただエレオノーラの店まで帰るのもつまらない。しかしそう思ったところでこの時間帯にふと足を向けたくなるような場所は……一つだけあった。


 ――……この三週間、オズヴァルトと鉢合わせをする危険性を考えて一度も訪れなかった砂浜は、警戒して訪れなかったことがおかしくなるくらいに人気がない。もう四時には明るいこの季節、すでに六時になった砂浜は日の光が反射して真っ白に見えた。


「む、久々だと眩しいな……」


 大きく息を吸って潮の香りを感じると、波の音も相まってひどく郷愁を掻き立てる。少なくともあと一年半は戻れない故郷は、けれど。目の前一面に広がって私を手招いているようだ。


 ここへ来て良かった反面、騒がしい騎士団では感じることのなかった孤独感が疼く。早く弟妹達のいる騒がしい海底に帰りたい。


 甥や姪も大きくなっているだろうし、あのクソ親父はどうでも良いにしても、海龍の奴が不在中に暴れ出したら面倒だ。


 そんなことを考えながら砂浜に降りずに堤防沿いを歩いていたはずが、いつの間にか靴を脱いで砂浜に降りてしまっていた。足の指の間から入ってくる砂の温度はすでに割と熱く、慌てて波打ち際まで駆けて足の裏を冷やす。


 砂に少し沈んだ足を、波が浸しては、足裏の砂ごと引いていく。その繰り返しで感傷的になる暇を与えないように、初めてこの砂浜に上がってきたところまで歩を進めるが……。


 軽鎧を埋めた岩影まであと少しというところで「待ってくれ!」と背後から声をかけられた。その聞き覚えがある声に、咄嗟に動揺して走り出さなかった自分を褒めてやりたい。


 近付いてくる気配を背中で感じながら、カツラがズレていないことを確認してそうっと振り返った先にいたのは――。


「急に呼び止めてしまってすまなかった。靴を片方落としたのが見えたので追いかけたのだが、君が歩くのが早くてつい。驚かせてしまったな」


 そう言って、相も変わらず四角四面で真面目の権化のような男が、私の落とした靴を仏頂面のまま差し出した。

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