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◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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13/49

*3* 何だか楽しんでないか?



『“ホントのほんとの本っ当に、今日も何も連絡がきてないんスか?”』


『“ええ……本当の本当に、今日もこちらにはアルバさんからの連絡は入っていないんです”』


『“絶対にここにくらいは何か連絡を寄越してると思ったのに……。付き合ってた彼女にまで何の連絡もなしとか、ヒドいッスよアルバさん……”』


 店の表から聞こえてくるやり取りに耳を傾けながら、二十二個目のジャガ芋の皮を剥き終えて水のはられたバケツの中に落とす。ポチャンという間の抜けた水音と、静かに広がっていく波紋。


 さらに二十三個目のジャガ芋を手にした私は、小さなペティナイフでその皮をショリショリと剥いていく。茶色い皮に覆われたその下に、白くしっとりとした本体が隠れているのは何度見ても不思議だ。


『“いいえ、元よりわたしとアルバさんはそんな関係ではありませんでしたし、彼にもきっと何か理由があったのでしょう。もしもこちらに連絡が入りましたら、必ず騎士団の方にお知らせに参ります”』


『“……本当にお願いしますッス。そうでないと、最後にアルバさんの姿を見た副団長の落ち込みようが見ていられないんスよ。他の団員はあんま気付いてないみたいなんスけど……僕はあの二人は親友だったと思ってるんで”』

 

『“ええ……分かりました”』


 そのやり取りを最後の合図にするかのように、底の固い軍靴が踵を返す音がする。しばらく店の表でその姿を見送っているのか、もう一つの足音はまだ聞こえてこない。


 耳を澄ませて表の音を拾いながら、二十三個目のジャガ芋もバケツに落とす。その余韻が収まる頃に、店のドアにかかっている営業中の札をひっくり返す音が聞こえた。――これで今日の昼の営業は終了だな、と。


 そう思ってジャガ芋を剥く手を一旦止めて、カウンターの中からドアの方へと顔を向ける。


「……今の声、またファビオの奴か?」


「ふふ、そうですよ。ジェルミーナさんが匿ってくれとここにいらっしゃってから、毎日誰かしら騎士団の方がみえるの。それにあの副団長さんと親友だなんて……騎士団の皆さんに慕われていたんですね」


「いや? 単に身体ばかりでかくなった連中相手に子守りの真似事をしていただけで、実質そんなに大したことはしていない。第一、親友云々はファビオの勘違いだ。その証拠に、私を探しにあいつがここを訊ねてきたことはないだろう?」


 何だかエレオノーラにとんでもない過大評価をされている気がしてそう言ったものの、時すでに遅しというやつか「ジェルミーナさんは謙虚だから」と笑われてしまった。海龍との殴り合いのあと、さらに鱗まで毟るのにそんなわけがあるか。


 陸に上がって“色眼鏡をかける”という言葉を初めて知ったが、こういうことを言うのだろうな……。


 遡ること三週間前、私は騎士団で団長を任されているというカルロ・バティスタに正体がバレてしまった。当然一目で私の正体が分かるということは、相手も同種族であるということで――……悔しいかな、あの男の腕は今の私よりも確実に上だ。


 しかも同種族で性別が違うとはいえども、あの男から漂ってきた気配は並のサメ族のものではない。恐らく奴は古代サメの一族だろう。


 ホオジロよりも格段に巨大で、他の種族の者達よりも深海に潜るメガロドンの一族。通常かの種は他の種族との交流を一切しない上に、元の数が少ない。


 その為に番を得られず、私達の間では絶滅したと思われていたのだが……まさか伝説級の一族に陸で会うとは思ってもみなかった。


 そんなこともあり、焦って騎士団を抜け出したあの日。


 最初はファビオの言うようにここへ別れを告げに来ただけで、こうして匿ってもらうつもりはなかったし、申し出も五回は断ったものの――。



『では、他にどこかに当てがあるのですか? 宿にその大きな武器を所有したまま泊まらせてくれるところはありませんし、もしも泊めてくれる宿屋があったとしても、まず間違いなく騎士団に連絡が行きます。そうなればあっという間に連れ戻されて、何もしていないのにあらぬ嫌疑をかけられて、妹さんを裏切った相手に会うことも出来なくなりますよ?』



 ……六歳も年下であるエレオノーラからの容赦ない正論に引いた。


 結局その後どう言い訳を重ねても彼女は納得せず、こうして今日まで世話になっている。しかしただ世話になりっぱなしなのも嫌だ。けれど追われている身ではそう表立って出来る仕事はない。


 仕方なく夜からの営業に使用する野菜の皮剥きという、かなり地味な作業が割り振られた。野菜の皮剥きに使うナイフはかなり小さく、未だかつてこんなに小さな刃物を持ったことがない私は、最初の頃は戸惑ったりもしたものだ。


 そんなことを思い出して苦笑する私を見たエレオノーラは、満足そうに頷くと、不意に私の上から下までをじっくり眺めてからぽつりと「足りない」と呟いた。この三週間、毎日私の服装について試行錯誤してくれているエレオノーラの口から出たその言葉に、思わず一歩後ずさる。


「――……やっぱりもう少し着飾らせたい……」


 思わずスッとカウンターから出ようとしていた身体を、再びカウンター内に戻す。何やら両手を宙に彷徨わせてわきわきとさせながら近付いてくるエレオノーラ相手に、一歩、さらにもう一歩と下がるも……すぐに背後にあった作業台に突き当たってしまう。


 こういうことはしょっちゅうではないが海底でもたまにあり、そのたびに私は妹達の着せかえごっこに付き合わされた。


 下手に抵抗しても妹達のように泣かれそうなので、溜息をついて「あまり動きにくいものは嫌だぞ?」と妥協すれば、エレオノーラは「はいっ!」と元気の良い返事をする。


 エレオノーラいわく、騎士団を逃げ出した人間が、まさか女物を着て食堂の下働きをしているとは誰も思わないだろうということだったのだが……何だか上手く言いくるめられた気がしないでもない。


 かといって一理ない訳でもないという絶妙な説得力に、こちらも早々に考えることを諦めた。


 死に体となった私を見たエレオノーラは、翌日には市場で古着を購入してきてくれたが――……足を得てから初めてスカートと呼ばれるものを身に着けたものの、これがまたとても動きにくい。


 初日にエレオノーラにそう告げた時は『すぐに慣れますよ』という答えが返ってきたのに、一向に慣れる気配がないばかりか、太腿が直に擦れ合うのが何とも居心地が悪い。これではグングニルを振るうどころか、素手での格闘も難しいだろう。


 けれどそれを口にしたところで、妹達と同様に“そんなことはしなくても良いのです!”と怒られてしまうから黙っておくが……困ったことはもう一つある。


「なあ、エレオノーラ。せっかく匿ってもらっておいて言うのも心苦しいんだが……このカツラ、もう少し地味な感じのものはないだろうか? これではかえって目立つと思うぞ?」


 地毛が赤毛のやつが何を言うのかと思われても仕方がないが、流石に金髪系統を買ってくるとは思わなかった。若干暗めの金なのはありがたいが、それでもやはり目立つ。


 そもそも染めようとしても上手く染まらない我の強い髪色だった私は、エレオノーラに知恵を貸して欲しいと頼み、彼女がカツラを使ってみてはどうかと提案してくれたのだが……せめて色の相談くらいすれば良かったかもしれない。元来あまり着飾ることに興味がないせいで、全てエレオノーラ任せにしたことが仇になった。


「いいえ、そんなことはありません。せっかく紅い綺麗な瞳をなさっているのですから、地味なカツラを選んではかえって浮いてしまいます。強い瞳に見覚えのある方は、騎士団にもいらっしゃいますもの。逃亡した人間は地味に徹するでしょうから、そこを踏まえて敢えての作戦です!」


 ……絶対に嘘だ。


 何故ならこのカツラの前髪部分はかなり長くて、こちらから外界を窺うことは出来るものの、その逆は難しいと言える。


 しかし絶対に嘘だと言い切ってしまうには、私の感覚は一般の女性とはズレている自覚があるから強くも言えない。したがって、ここで私がこれ以上口を挟むことが出来ないのは辛いところだ。


「さ、そんなことよりもジェルミーナさん、わたし最近寝る前に良いものを作っていたんです。きっと背の高いジェルミーナさんなら似合うと思います」


 言うが早いか早速カウンターの下から取り出してきた包みの中は、食堂の下働きが身につけるようなものではないということしか分からなかった。


 ――要するに、だ。


「あのな、エレオノーラ。出来ればこの前に不自然に入っている、この膝下までの切れ目を縫い止めて欲しいんだが?」


「うふふ、嫌です。ご注文通り動きやすいものにしましたし、せっかく綺麗な脚なんだから、もっと見せていかないと!」


 “ふんすっ!”と今度こそ訳の分からないことを力説するエレオノーラを止めることは出来ず……結局今日も今日とて、前髪で隠れてほとんど見えない顔にまで化粧を施して遊ばれた。


 ……自分から逃げ出したはずにもかかわらず、砂浜でのあの鍛錬の時間が非常に恋しくなるのは何故だろうな……。

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