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一滴の波紋【原文】2巻の1  作者: 藤田ユキト
一滴の波紋【原文】2の2
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ある日の日記25回

二十五回



「あの人はまったく人のことも思いやらないような、自分本意な人なのよ」


「あんたがそんなにコロッとまいったってゆうのは、あの人に『女殺しの名人』だってゆう悪名高い実績があるからなのよ。本当にあの人っていう人は、女を見ればすぐおべっかい使って引っ掛けようとするのよ」


「そうかしら、そう言われてみれば、そのような気もするわね。とにかく可愛くて、可愛くて、どうしようもなかったの。

それに気持ちも優しそうだったし、結構、面白い人のように感じたのよ」


「それがあの人の付け目なのよ。自分の良い男だってことを傘にかけて、上手いように女心をクスグルような喋り方をするのよ」


「そうね! ウチもあの人が喋るとクスグッたくて、クスグッたくて、しょうがなかったのよ。でもあの人がそんなにイヤらしい人だったら諦めるわ。学会の中にも、まだあの人のことを好きな子もいるのよ。最初、あった時にピ~ンと感じるものがあって、この人と一緒になるべきじゃないかしらってゆうほど思っている子もいるんですよ。

 しかしそれも諦めさせなければいけないわね。

 まさかそんな人だとは思わなかったんだもん! 他の子にも言っておくわ。あの人には気をつけなさいって……」


――こりゃ~どうゆうことですかね。

 まさか彼女が電話をかけてくるなんて、思いもよらなかったし、それでもただのそれだけで、君達が彼女のことをシラミ潰しに調べて、そのように口説き落としたことには敬服しますよ。


 まったくもう僕には手も足も(真ん中の足じゃありませんよ)出ませんよ。

 それだけならまだ良いのですが、その上、会社の娘にも、僕のことをそのような『女ったらし』『女殺しの名人』というふうに説き伏せた為に、その後はさんざん他の娘達から、冷たい視線を受け、罵られ、けなされっぱなしでした。


「あんなに会社の中では、とぼけた顔をしていて、一歩会社を出たら女をまさぐり歩いているのよ。男の飢えた代表者みたいな人なのよ」


「本当に女のことなんか、何にも知らない人かと思っていたわ。ウチはそう思ってあの人のことを好きで好きでしょうがなかったの。 でもそんな話を聞いたら、いっぺんにあの人が嫌いになったわ。

 本当にイヤらしいったらありゃしないんだから! あんな人、ウチの会社に居なくても良いわ!」


――それだけの恥をかかされては、自分の気持ちもしょげずにはいられませんでした。

 本気になって、ジッとその屈辱に耐えていたのです。


 誰がこんな根も葉もない噂を飛ばしているのか?

 とても耐えられるもんじゃない……

――と、その辛さに顔も上げられず、うずくまっていると……

 いよいよそれをやっている張本人とやらの人物が浮かび上がってきたのです。


「あの二人は好きあってるんじゃないんだってよ。憎みあっているんだって……」


 それはどういうことかと、その後、耳をすまして聞いていると、それがとんでもない人物が浮かび上がってきたのです。



「川口のママさんは、あの人のことを憎んでるのよ。あの人が店に来たお陰で、ウチで働く子は皆、辞めていっちゃうのよ。イエね、あの人を好きになってそれが辛くて辞めていくのよ。

 それをあの子は、チッとも気にも止めないで、自分勝手なことばかりしてるのよ。それが頭にきて、ウチがあの子から味あわされてきた苦しみを、あの子にも味あわせてやろうと、今は彼に取り付いて来る子を皆、引きづりおとしてるのよ! あの子にもそれぐらい味あわせなければ、あの子はいつまで経ってものぼせ上がって、次から次えと女の心をキズつけていくのよ。これで少しは彼もその苦しみが、嫌という程分かったでしょう……」


 まさか川口のママさんがそこまで僕のことを憎んでいるとは思いもよらなかったのです。

 会社の人達と連絡し合って、僕のことを心配してくれているものとばかり思っていたのにーー

 まさかそのような企みをしていたとは、本当に嘆かわしいやら、情けないやらで、もう僕には、はむかう気力すら湧いてきませんでした。


 それほどママさんが僕のことを憎んでいるんだったら、もう行けやしないし、これでお別れになるんだったらこのままにしていてもどうってことはない……

 それを見るに見兼ねて、あるオジサンなんかは


「とてもそんや苦しみに耐えられるはずがないよ。もしその苦しみに耐えられることが出来たら俺はカブトを脱ぐよ! 奴の下につくよ……」


 などとも言っていましたね。


 僕は確かに一時、ものすごく思いつめ、つぶれんばかりになりました。

 しかしそれでも持って生まれた根性によって、からくも難をのがれることが出来たのです。


「へん。奴等がそのような汚い手を使うんだったら、俺だって不貞腐れてやるさ。もう奴等のことなんか気遣わないよ。たかが田舎の出来損ないカボチャ娘ばかりしかいない、ウチの会社の娘に嫌われたって、どうってことないんだよ。俺はいい男なんだ。たとえ彼女達の力を借りなくとも、自分一人の力で立派に彼女を作ってみせるさ。そして彼女達の鼻っ先に突きつけて見せびらかしてやる」


 などと、そんな度胸もないくせに、不貞腐れてしまったのです。

 そうなってみれば、後は何を言われようが、どうされようが、知らん! 知らん! 知らんの一点張り。

 平然として居られたのです。

 内心ではものすごく寂しく思いながらもね。

 そこまで痛めつけられていながらも、俺は負けてはなるものかと、フンドシの紐をしっかりとしめなおして、気負って残業をやったのです。

 本当は残業をする根気など全くなかったのですが、それでも……

 それでも僕はしゃにむに辛抱したのです。


 コーヒーを買いに七階に上がると、あるオッチャンが


「今日は随分痛めつけられたね!」などと、嘆きの言葉をくれているようでした。


 やはり自分が感じていることは、実際現実に起こっていることなのか? と、その時も半信半疑だったのです。


 しかし実に痛かったなぁ。

 モタイ殿の後釜だといって、チヨッピリ好意を抱いていた娘から冷たい目で


「あんな人、ウチの会社に居なくても良いわ! 本当にイヤらしい人ね」などという、捨て台詞を受けた時には、まったく参ってしまいました。

 よくもまあ~、そこまで奴等は信じ込ませられるもんだなぁ~と、彼女達の力策に敬意を称したのです。

 そして僕も、今後新たに起こる難問に備えて気をしっかりと持ち直すことにしました。


    二十五回





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