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一滴の波紋【原文】2巻の1  作者: 藤田ユキト
一滴の波紋【原文】2の2
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ある日の日記10回

十回



 二月十五日


 どうしようもなく縮こまって仕方がない。


どうして同僚達に、愛想の良い挨拶をしないのか?

 チョコッとした愛想すら使わないのか?――


いくら人間的真心を持っているとしても――

それを現さなければ、決して彼等には分からないんだ。


遠慮するな! 考え過ぎるな!


ありのまま、同じ同胞としての兄弟愛を素直に現せ!


・・・・・・・・・・・・


 君達は、皆が和気あいあいとしているとゆうのに、僕がそれに溶け込もうとしない態度をみて、付き合いの悪い奴だとゆう。


皆が同僚と手をつなぎ、助けられ、助け合っているというのに――


僕がまったくそれにかかわり合わないということで、自分本位な人間だとゆう。


 また、家族の中に招待されていながら、遠慮してばっかりで、チッとも面白くない奴だという――


僕の心とは裏腹に、君達は自分本位で陰険で、孤独な人間だと決めつける――

批難し、嘲笑し、のけ者にする――


僕の心がどんな気持ちで、それらを受け止めているかも気に止めないで――


 僕も皆が和気合い合いしている時には、皆と共に騒ぎたいのだ。

皆が手をつなぎ、助けられ助けしているのに加担したいのだ。


よその家族の人達に招待された時には、遠慮しないで親しくしたいのだ。


今はそれが出来ないで辛い。

どうしようもなく辛い。


 僕の心を理解してと言っても、君達には理解も出来ないことでしょうね。

君達のように貧乏の味を知らず、孤独の味を知らず、若き日にある目標に挫折して、自暴自棄になった苦悶を知らない君達には、とてもこの孤独な世界とゆうものが分からないでしょうね。


 皆が和気合い合いしている時には、何の抵抗もなくすぐにはしゃぎ回れる――

一人孤独に閉じこもっている時には、これじゃダメだ。もっと外へ出て新鮮な空気(幸せ)を吸い込まなければダメだと自覚する――

他の人の家族の中に招待された時には、何の気詰りもなく、すぐに馴染めるだろう――


それがどんなに幸せなことか――

その姿を見ていると、僕はいたたまれなくなる程、嫉妬にかられるのだ。


 どうしてお袋は僕をこんなかたくなな性格に育ててしまったのか?


その恨みが、つい僕の幼少の頃の思い出をよみがえらせてくれます。


別にそのような感傷にひたっても、今の苦境を打開出来る知恵が湧いてくるわけでもないというのに――、

ついその思い出を目の前に開いて、君達に愚痴をこぼしたくなるのです。



 あまりの意見の違いに、寂しくなって――

僕は何とか君達に理解してもらおうと、ありのままを隠し立てもなく言い尽くしているのだ。


 どんなにして、僕がこのように意固地な人間になってしまったのか?――

しかし今更話したところで、キリがありませんね。

先の日記で、その事については、一応概略を話していましたが――


 とにかく僕の幼少の頃は、父が事業に失敗して、出稼ぎに出たまま、子供五人をお袋の手一つできりもりしていたのです。

別にお袋には何の職も身に付けていませんでしたし――

本当に、お金を稼ぐということには、とんと要領が悪かったのです。


 その頃は、まだまだ若くて、僕のお袋は小町美人と言われるほど美しい人だったのです。

だから飲み屋のホステスや、水商売でもやったら、けっこう客を集められて、お金を稼げる器量を持ち合わせていたのです。


 しかし、今の僕もそうですが――

そうやって自分の器量を安売りしてまで、お金を稼ぎたくないというほど、性格がかたくなだったのです。


人に愛想の良い挨拶もしませんし、おべっかい(ゴマすり)も使いません。

ただ箱入り娘みたいに、世間の薄汚れた空気に馴染むことが出来なかったのです。


 そのかたくなな性格の為に、僕達の家庭の中に入ってくる収入とゆうものは、ごくわずかなものだったのです。

食うのもろくすぽ(まともに)食えず、学校へもろくすぽ行けず、学校を卒業するとすぐに、職につきました。


 しかし今までの飢えた欲のかわきが、ドンドン、ドンドン――

兄貴達を色欲(物質的)の世界へと引きずりこんで行ったのです。

このことは、先の日記で述べたことですので、ここでは省略いたします。

ただ、そのように収入が乏しく、食うものもろくすぽない、兄弟の心使いというものが、今日こんにちのかたくなな性格を築き上げる根源となったのです。


 ごくわずかな食べ物(ご飯、おかず共)を一家六人で分け合うとなると、そりゃ~、とても微々たるものになるのです。

だから大きい兄貴達は、自分達が食べたいのをグッとこらえて、少しでも幼い僕達(弟)に譲ってやろうとしました。

僕達もそのような兄貴達の好意を見ては、とても兄貴達の分まで、横取りする気にはなれなかったのです。


 そうやって自分達の欲を我慢することを強いられて、遠慮してばかりいる内に、それが全てのことにおいて、融通の利かないような、かたくなな性格になってしまったのです。


    十回





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