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 本当の気持ちなんて、そんなの決まってんだろ────


 多分、俺はあの時嘘を言った。

 正確には、真実に嘘を織り交ぜて言った。


 本当の気持ち、本当にやりたいこと、本当の夢────


 流れに流されず、水に流さず、たった一つ力強く握りしめていたその夢だけれど、どうやら川底に当たって、岩にぶつかって、青春にぶつかって。


 その原石は丸い球体になっていた。


 だから、その球体は当たった光が乱反射して────


 俺の眼には狂った虚像が映し出されて────



 嘘をついてしまった。

 つく気もなかったのに。



 本当の気持ちなんて、そんなの決まってんだろ────


 でもそれを言葉に出そうとすると、やはり間違っているようで、でもそれが俺の本当の気持ちで。


 俺は迷った、言うべきか、言わざるべきか。



 第一志望の合格も、俺の心には響かない。

 食事の味も感じない。

 悩んで悩んで悩んで────決めた。

 迷わない。決めたったら決めた。



 そして、彼女の旅立つ日がやってきた。



 卒業式の後、クラス会にも行かずに彼女は上京してゆく。

 そしてこんな時でも、やっぱり空は黄昏時。

 まぁ、ここではあまり関係ないか。


「見送りさんきゅ」

「おう、気にすんな」


 新幹線のホーム。

 分かれの場所としてはベタ中のベタ。

 でも俺はベタは嫌いじゃ無い。


「もういいのか、その……ご両親のこととか」

「うん、よくない。でも先送りだよ先送り。いつかは仲直りしなきゃね」

「そっか」


 その日の彼女は、この前の河原と比べると一見いつも通りに見えた。

 でも油断してはならない、表面上を整えるだけなら、彼女は超一流なのだ。


「他の友達には誰も言ってないんだ。たっくんだけ」

「そっか」


 旅立ちと言うにはあまりに寂しい見送り1人。


 勘当された両親はともかく、きっと彼女の積み上げてきたものはもっと高いはずだ。

 話せば見送りに来てくれる友人の10人や20人、いや100人だってわけないだろう。


 それでも、俺を選んだのは────


「どうして俺なんだ」

「たっくんに見送りに来て欲しかったからだよ」

「そっか」


 そっか、そっか、そっか。

 だったら俺も、今度は男を見せなければ。


「えりか、この前言ってたあれ、訂正させてくれ」

「あれ────?」


 あれはあれだ、察してくれ。

 それとも分かってるのか?


「本当の気持ちを聞かせてくれって」

「あぁ、あれ? ごめんね、あれたっくんを困らせようと思っただけで、私を引き留めるのか試したのでしたー!」


 へぇ、でも俺は言うぞ。困れ。




「本当は行って欲しくない、ずっとこの街にいて欲しい」




 えりかの動きが止まった。


 この数日迷った、これは彼女を引き留めてしまう言葉。

 彼女の夢は応援しても、夢は叶えさせない。



 ズルくてズルくてズルくてズルい。

 彼女もこの本音は、きっと分かってたはず。



「あ、ありがとう。でもたっくん、ごめんね。でも────」

「でも行くんだろ?」


 しばらく迷った後、彼女はコクッと頷く。


「うん」


 そうか、そうだよな。

 こんな一言で君が引き留められてくれたらどんなによかったか。


 それが出来ないから君なのか。


「て、ちょっとえりかを困らせてみた」

「え、今の嘘なの!? そこはフリだけでも引き留めておこうぜブラザー!」

「誰がブラザーじゃ。まぁ、さっきの言葉は嘘じゃないけど、この前の言葉も嘘じゃないよ。ここにはいて欲しいけど、夢も叶えて欲しい」

「────どっち」

「どっちもだよ、それはえりかが選べばいい。でも、俺はお前が選ぶ道を応援するから」

「たっくん……」


 小さく「ありがと」と呟くと、彼女はゆっくりと俺を抱きしめた。

 正直、こんなのははじめてだ。


 女の子のパンツの色は知っていても、髪の毛の匂いは知らないたっくんである。

 テンパる。


「あ、犯罪とかは別だぞ、そのなんて言うか、犯罪は止めるからな! それと────」

「雰囲気」

「はいっ」


 無言の圧力に制止され、しばし2人の時間が流れる。

 愛おしい、永遠に続けばいいのに、そんな時間。


 最後にまた、彼女は短く「ありがと」というと、俺から離れた。


「全くお前は面倒くさい女だな」

「ありがと、最高の褒め言葉」

「お前は『カイザー』かよ」


 お互いに笑い合ったところで新幹線が来た。

 出発まであと5分くらいか。


 駅の時計を見てると、彼女も同じ時計を見ていることに気付く。


「やっぱりクラス会も気になる?」

「違うわ」

「じゃ、そろそろ行くね」

「おう」

「元気でやれよ、バカ拓史! 彼女作れ!」

「お前も、路上で寝るなよ!」

「ばっか!」


 こんなやりとりもしばらく出来ないと思うと、急に愛おしく思えてくる。

 噛みしめるように、あるいは急くように、俺は最後の会話の口火を切った。


「えりか、一つ言い忘れた」

「なに?」

「好きだ」



 好きだ───



 えりかの目が見開かれる。

 この言葉だけは迷わず伝えられた。

 そしてもう一つ。



「結婚してくれ」



 結婚してくれ────



 見開かれた目が、徐々に潤みを帯びる。


「たっくん……」


 なんのひねりもない告白、プロポーズ、そして返事。

 このやりとりをするのに、勇気なんていらなかった。


 人間、追い詰められないとやりたい事なんて、分からない。

 これも彼女から教わったことだ。


 でも俺は、追い詰められるまでやりたいことをずっと、大切に、丸くなるまで握りしめていた。


 今だけは乱反射した光も、俺の眼には実像に見えた。


 だから俺は3年、いや7年言えなかったことも、案外簡単に言えてしまった。



「あのさ、たっくん」


「なに?」



 えりかが、口を開く。


 俺たちの未来は、きっと明るいものになるだろう。





「重い」





「へ?」





 お、思い?




「重いんだよバカ拓史!! おつきあいもデートもすっ飛ばして、まずプロポーズとかあり得ないっしょ!!」


 た、確かにそうだけど────えー、えー!?


 ちょっとまって、えー!?


「お、俺の一世一代のプロポーズどうなるの!?」

「だめだよ!! やり直しに決まってんじゃん!! 何考えてるの!?」

「そ、そんなぁ……」


 本気でうなだれる。

 人生で一世一代の大勝負を、こんないとも簡単に不意にされるとは思ってもいなかった。


 しかし、心底落ち込む俺を見て、えりかは救いの手をさしのべてくれた。


「し、しょうがないなぁ、いきなりの結婚は無理だけど、彼女ポジなら、私がキープしといてあげる」

「ホントか!?」


 その言葉で、俺は飛び上がるほど喜んだ。


「マジか!? ううう、嘘じゃないよな!?」

「嘘じゃないよ、その代わり、覚悟しときなよ」

「覚悟?」


 悪戯っぽく、彼女は笑った。


 それが本気なのか冗談なのか分からないけど、それでも俺は────



「私の大好き、たっくんじゃ抱えきれないかも」



 この場にいて、本当によかったと思った。




 そうして駅の発車のベルが鳴る。

 小さく手を振る俺にえりかは最後の最後で爆弾をぶち込んできた。


「そうだ、私も一つ言い忘れてたね」

「え、もう新幹線行っちゃうぞ。俺のプロポーズより衝撃的な何かが────」

「あの日のパンツ、黒で正解だよ」


 新幹線のドアが閉まる。

 とても悪そうな顔でニヤけるえりか、唖然とする俺。


 案外別れはあっけないものだった。



 取り残された俺は、駅のホームで立ち尽くす。



 ちくしょう!!バレてた!

 実はあの時スカートの中身を俺が見てないことが!!

 だから適当に言って当たったとときには心の中でガッツポーズしてたのに!!


 もしかしてあの角度なら本当に下着が見えていたことも、それであえて俺が見ないようにしたこともバレてるんじゃ────


 いや、絶対バレてる!

 でなきゃこんなこと最後の最後で言わねぇもん!!

 こんなこと!!


 くっそー俺が今世紀最大の紳士チキンだって、えりかのやつにバレちまったかー!

 シャイボーイ(どうてい)だってバレちまったかー!

 あー、くそ。こうなりゃ大学生活で彼女の1人や2人作ってあいつを見返し────



 いや、違う、そうじゃない、そうじゃなくて。


 俺はこの数日、迷わずに決めていたことがあった。


 えりかにプロポーズする事。


 そして彼女と作る未来のこと。


 もちろん未来は「未だ来ず」と書いて未来。不安だらけだ。

 でも俺は、彼女を全力で応援すると決めてしまった。

 俺が彼女に出来る最大限のことを俺はしたい。


「よっしゃ」


 小さく呟くと俺は駅のホームを歩き出した。



 その後の彼女のいない生活は、まさに激動の日々だった。

 俺は大学に通いながら、バイトを始めた。

 バイト先は「倉本酒屋」。


 そう、えりかの実家である。


 えりかにはバイト先のことは明かさず、倉本家にもえりかとの関係は明かすことはなかった。

 俺の合格した大学は実家やバイト先とはかなり離れていたが、それでもバイトを続けた。


 店主にはまじめだと評価を受けたし、実際自分でも最大限誠意を持って働いた。


 勉学にも力は抜かず、俺は大学4年で教員免許を取り市内で内定を受けると、親にも学校にも報告をせずまずバイト先に向かった。


 そして全てのカミングアウト。



 自分はえりかさんと婚約をしています────


 自分は先程内定を受け、来年から教員として働きます────


 もしえりかさんが夢を叶えられなくても、自分がきっとえりかさんを幸せにします────


 だから────


 だからえりかさんが夢を追いかけることを、許してやってください────



 お願いです────



 多分この瞬間ほど人生で緊張したことは、後にも先にもこれっきりだろう。

 土下座をしながら叫ぶ僕を、えりかのご両親は呆然と見ていた。


 そして泣き崩れる二人────


 どうやらご両親も当時は売り言葉に買い言葉で、まさかこんなことにはなるとは思っていなかったそうだ。

 娘が頭を冷やせばと言った言葉を彼女も覚悟を持って反発してしまった。

 今では2人とも後悔していたらしい。


 しかし失意に飲まれた彼らが、それでも酒屋を続けられたのは自分のおかげだと言ってくれた。

 同い年である自分がここで働いていることが、自分の娘と重ね合わせて心のよりどころにしていたとか。


 正直この辺の話は恥ずかしさしかないため、省略。


 で、結果から言うと2人は、俺が相手なら、そして一人娘がいつかこの家に戻ってきてくれるなら、と全てを許してくれた。


 ここで4年間バイトを続けたのも、この人なら娘を任せられると信じてもらうため。

 作戦成功。



 しかし地元ではうまく話がおさまっていた彼女だったが、東京ではそうもしかなかったらしい。



 結局えりかの夢はうまく行かなかった。



 バイトとギターの仕事だけでは生活が立ちゆかなくなって、彼女は地元に戻ってきた。


 きっと世間からしたら親不孝でも、18で家を飛び出した娘がそれでも6年間1人でやって行けたことは、彼女の優秀さの表れだろう。


 親不孝でごめんなさい────


 うまく行かなくてごめんなさい────


 迷惑かけてごめんなさい────


 俺や両親に、彼女は泣いて謝った。



 でも、この街を出たときとは違い、彼女の両親は温かく彼女を迎えた。



 そうだよな、えりか。

 帰る場所って大切だよな。



 その帰る場所を取り戻せたことに。

 そして誰でもない、俺が彼女の帰る場所になれたことに。



 誇らしかった────



 そして夢のために2度も泣ける彼女を、それでも敗れてしまった彼女を、慰める誰かがいて本当によかった。


「お帰り、えりか」


 帰ってきた彼女は、夢に破れたはずなのに、少しだけ安心したような顔をしていた。

 肩の荷が降りたような、そんな顔を────



「そっか、夢って重いもんなんだな」

「どしたの急に、気持ち悪い」


 それで、彼女と、そして俺の物語は今に至る。


 夕焼けで赤く染まる道に、俺たちの長い影が伸びていた。


 そして俺の背中には、小さな影法師がもう一つ。


「いや、結婚前のこと思い出してさ」

「あー、その節はお世話になりました」

「いえいえこちらこそ。俺はこんな可愛い娘を産んでくれただけで満足ですよ」

「ばっか!」

「その台詞も聞き飽きました」


 笑う彼女の横顔、いつまでも眺めていたい。

 しかし彼女はすぐに笑うのを止め、少し言いにくそうに口を開いた。


「ところで、さ────」

「ん?」



「もう一度ギター、始めていいかな?」



 その言葉は、今の俺に幸せを実感させるには充分だった。



 黄昏時の夕闇に、一番星が光り輝く。



 でも俺の目には彼女しか映らない。


 今度は乱反射しないように。


 しっかりと目に焼き付けて。



 そして、ふと思う。



 夢が重いものならば、幸せも重いものなのかも知れない。

 それが証拠に、俺は今、背中に重いものを背負っている。

 ぐずって泣いて、結局は歩き疲れて眠ってしまったこの重みの主。


 重くて、温かくて、わがままで。

 それでも俺はこの重みを彼女と────えりかと支えてゆきたい。


 俺の護るべきその2つは、同時に俺にとっての宝だから。



 目の前の女性によく似た「幸せ」を背負い直し、俺は彼女の方を横目で見る。




 気付く彼女。




 重なる目線。




 笑う横顔。




 やっぱり黄昏時は彼女の時間だ。

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