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 結局の所、事態は数週間で収集に向かった。

 それはあんなビラを全校に配られた彼女が、それでも毎日気高く学校に来たから周りが心を打たれて彼女を許した────半分正解。



 もう半分は自画自賛ではないが、それでも俺の努力なしに語ることはできないだろう。



 省略すると────


 俺はまず犯人の証拠を集め、情報を集め、それを学校側にあげず、本人に直接突き出した。

 意外────でもないけれど犯人はあっさり自白。


 1枚目の投書、2枚目のビラ、結局書いたのは〇年〇組の〇〇〇〇さんだった。

 1枚目は本人の自作自演のSOS信号、2枚目はそれがバレていじめっ子に書かされた罰ゲームだったわけだ。



 〇〇〇〇さん、かわいそうに。

 何がかわいそうって俺は君をそれだけでは許さなかった。


 まずビラが撒いた後不登校になってた〇〇〇〇を無理矢理引きずり出し、俺は学校側に報告。

 学校側は苦い顔をしていたけれど、××先生のことをちらつかせると、重い腰もすぐに上げてくれた。


 やっぱりえりかはちゃんと釘を刺していたらしい。

 しかし××先生はその忠告をポカして、クラスの前でそれを話してしまったそうだ。


 個人の情報は守れる人でも、生徒会という組織となるとその意識は格段に向きにくくなる。

 それが巡り巡ってえりか個人に向いたのが俺には許せないが。


 で、刺された釘を抜いた××先生は烈火のごとく怒られていた。

 大人の怒られる────減給。

 恐ろしい世界だ。

 いや、俺ももはや人ごとではないか。


 ちなみにその後いじめっ子は退学処分に。



 次に、仲間集め。

 あんなビラが広まった後だから難航すると思われたが、意外にもあっさり人は集まった。

 集めた仲間で行ったのが、署名活動。


「倉本えりかの生徒会長辞退の反対」


 目標は全校生徒過半数、3日で終わった。



 俺は驚いた。今まで彼女が積み重ねてきたものは、あのビラで全て崩れ去ったと思った。


 でも違った。彼女を信じる人はまだここに沢山いて、理由さえあれば多くの人が彼女に賛同してくれることに。

 彼女が学校に来ていなかったら、多分俺は泣いていたと思う。



 こうして俺が〇〇〇〇を署名にまで引きずり回した数週間は、幕を閉じた。


 えりかは見事生徒会長の座に帰り咲く。



 最後に俺は先生に呼び出され、お褒めの言葉を受けた。



「2週間の停学処分ですね」

「はい?」



 引きこもりの子の家に無断で押しかけ、数週間引きずり回した挙げ句、先生を脅してさらに勝手な署名活動をしたのがいけなかったらしい。

 駄々をこねてみたがダメだった。

 むしろ印象が悪くなった。


 しかし〇〇〇〇までビラを撒いたことで停学処分にするというので、それは駄々をこねるのではなく、本気で考え直してもらった。

 せっかくいじめっ子もいなくなりとりあえず学校にはまた来れるようになったのに、それはあんまりじゃないか。


 本気で土下座をする俺の横に、もう一つ本気で土下座をする影────えりか!?


「おい、えりか、何してんだ」

「何って、土下座」

「お前までする必要は────」

「助けてくれたたっくんがそうしたいなら、私はそうするまでだよ」


 シラッとすごいことを言う。

 それが出来るから、彼女は復活できたのか。


 だから彼女は人気者でみんなからの信頼も厚いのか。


 毎日の日常の中で忘れてしまっていたし、ありがたみを感じるつもりもないけれど、人によったら────そう、例えば彼女に告白してきた人にしてみたら────俺がこうやって彼女と一緒に帰るのも、本当はおこがましい事なのかも。


 そう考えたら案外俺がなにもしなくても、第二第三の篠田拓史が事の収集をしてくれていたかも知れないとも思う。

 なんだか得した気分だ。


「得って、なにが」

「だって、何もしなくてもよかったところを、お前に恩を売れたんだ。得だろ?」

「ばっか!」


 どつかれた。イタい。


「あ、でもその────君って本当に面白いよね」

「面白いって何が」

「だってほら、一年の最初に謝ってきたときのこと。「いじめを見過ごしてごめん」だっけ? 今回は見過ごさないでいてくれたんじゃない?」

「あっ────」

「それに〇〇〇〇君も助けてあげてたし」

「そ、そうだな」


 そういえばそうだ、しかも俺はそれを意識せずに、自分からやっていた。


「人の成長は見ていて楽しいものじゃのぉ。ふぉっふぉっふぉ!」

「何老師だよ、お前」

「えり、過労死」

「不吉だな!!」


 こんな会話が出来るのも、実に一ヶ月ぶりくらいか。

 ずっと俺が忙しくて、それどころじゃなかった。


「ねぇ」

「なんだよ」

「もうこんな無茶はしないでね」

「お、おう」


 嘘ついた。彼女を救えるなら、俺は何度だって同じ事をする。

 無茶もすれば自分も削るし、退学処分だっていとわない。


 ただ、次はもっと上手くやろうと思う。

 俺だって出来るんならそうしたいもんだ。


「えりかならもっとうまくやれたのかなぁ」

「さぁ、でも少なくともいじめっ子も退学処分にさせないな」

「なんで?」

「恨まれるでしょ、1人で帰れなくなるよ」


 それを聞いて俺は反射的に後ろを振り返った。

 後ろには────誰もいなかったが、それでも恐怖は残る。


「怖いこと言うなよ……」

「だからもっと上手くやって欲しかったの。気をつけてね」

「りょ、了解です」

「あと自分も大切に。この2週間、凄く寂しかったんだから」

「気をつけます……」


 久しぶりに2人で通る帰り道。

 夕暮れ間近の黄昏時。

 この日の彼女の笑った顔、そして寂しげな顔、心配した顔────全ての表情は、今でも俺の目に焼き付いている。

 今までも黄昏時の彼女に目を奪われることはあったけど。



 倉本えりか────黄昏時



 案外この2つは、この日の風景があったから結びついているのかも知れない。

 それくらい、強烈で、穏やかで、鮮明で、清純な風景。


「なぁ、前に言ったときのこと。いじめを見過ごすかどうかって話」

「あぁ、まだ分かんない」

「そっか」


 ぶれないなぁと、俺は伸びをしながら言う。


「じゃあ、今度は私が頑張る番かなっ!」


 伸びをしながら彼女も言う。


「頑張るって何を」

「辞任した副会長を取り戻す署名活動」


 バレていた。

 停学処分やらなんやら散々やった身だ、俺は流石に生徒会にはいられず、えりかに内緒で今日の昼辞任届けを出したのだ。


 正確にはあと数日俺は生徒会副会長なのだが────


 もう耳が回っているとは驚きだ。


「でも、お前と違って自分から辞めたんだし、俺はもう戻れないよ」

「だから署名活動するんでしょ。納得させるよ、先生達も、たっくんも」

「俺はそこまで副会長にこだわってないんだけどな」


 ちっちっち、と彼女は指を振る。


「私がこだわってるの、副会長が君であることに」

「そ、そうか」

「うん、覚えておいてね」



 まぁ、心に留めておくよ、と俺。



 そして次の日には、俺は副会長に返り咲いていた。

 はやっ。


 まさかそんな短時間で過半数の署名が集まるとは。

 まぁ、そこで自分は人気者だ、とつけあがる俺でもない。


 むしろ、それは署名活動を行った彼女の人気だろう。


 知らない人から見ればお互いを助け合った美談だが、俺から言わせればえりかの署名も俺の署名も、えりかの人気に依存しっぱなし。カッコ悪。


 まぁ、それでもぶっちゃけ、また副会長の席に座ったときには嬉しかった。


 幸せだった────


 彼女の隣にいれることが。

 本当に。


 こんな毎日が、これからも────ともすれば卒業後にも続くんじゃないかと思ってしまった。


 俺は何にも彼女のことを知らなかったのに────



 そして月日はまた流れ、卒業間近に迫ったある日、職員室から出てくる彼女を見かけた。


 俺は大学の入試を終え結果を待つばかり、えりかも推薦で公立の大学に合格していた。


「おっ、えりか、合格おめでとさん。今日一緒に帰ろうぜ」

「えっ、たっくん? あっ────ごめん!」


 彼女は俺の顔を見ると走って行ってしまった。


「なんだよお前、えりかちゃんになんかしたんじゃないのか?」


 そんな友人の茶化す声も、俺の耳には聞こえていなかった。


 彼女に拒絶されたからではない。


 呆然としてしまったのだ。



 すれ違うときに確かに見えた彼女は────泣いていた。


「おい、拓史!!」


 気付いたら俺も走り出していた。



 あの時とは逆か。


「こんな所にいたのか」

「あ、たっくん────追いかけてきちゃったの?」

「いや、随分探した」


 なぜ彼女をここで見つけられたのかは正直覚えていない。


 バカな話、彼女が一番綺麗に素敵に見える場所はどこか────そう考えてたどり着いた先がそこだった気がする。

 しかし夕焼け残るその土手で泣く彼女は、失礼な話イメージとは全く違った。


「たっくんだけには見られたくなかったのにな……」

「どうしたんだよ、お前が泣くなんて珍しいな」


 珍しい────違うか。


 彼女が泣くなんて、まず、ないと思っていた。


 俺が知っている限り、生徒会を辞めることになったって泣かなかったあのえりかが。


「笑わずに聞いてくれる?」

「内容によるな」

「ばっか!」


 俺の肩を強めにどついた彼女は、少しだけ元気を取り戻したようだった。

 彼女は短く息を吸うと話しだす。


「先生に怒られたの」

「そうか」

「大学の推薦蹴るって言って怒られたの」

「そうか」

「ギタリストになるって言って────」

「そっ────は!?」


 は!?

 動揺が止まらない。笑うつもりもないが予想の斜め上過ぎだ。

 俺の反応を見た彼女は頬を膨らませる。


「やっぱ笑うんだ……」

「笑ってない笑ってない!! そうじゃなくて────は!?」


 どうして、なぜ、なんで、そんな言葉も出ないほど動揺した俺を察したのか、彼女は自身の夢を語り出した。


「ずっと趣味で弾いてたの。幼稚園の頃、先生が弾いているのが素敵で、憧れて」

「はぁ」


 確か、幼稚園教諭の中には、ピアノの代わりにギターを弾くケースもあるらしい。

 彼女の担任がたまたまそうだったのか。


「女の人なのにギターを弾く姿がかっこよくてね。昔パパが使ってたギターを引っ張り出して、弾いてみたの」

「────」

「最初は全然だったけど、パパやママに頼んで教室にも通わせてもらって、引っ越した後もずっと、ずっと、ずっと────」

「────」

「でね、ギター弾いているうちに、これで食べていきたい、あの先生を飛び越して遥か先まで行きたい、そう思ったの」

「────」

「まぁ、ぶっちゃけ才能はないんだけどね」

「────」


 正直頭が回らなかったので、なんと返答したか覚えていない。

 思っていたことはただ一つ。

 あぁ、そんなに好きなものがあるからずっと、彼女は自分を見失わずに来れたのか。


 いじめられても罵られても悩んでも挫けそうでも。

 ずっとずっとずっと────


 彼女の支えを知れた幸福感と共に、俺の心は結構傷ついた。


 知らなかった。それがショックだった。

 そんな趣味があることも、彼女が何を考えているのかも。


「え、でもお前、前に俺がロックにはまってたときには無関心みたいだったじゃないか」

「今でも興味ないよ。バラードとかが好きなの。ほら、よく街中で静かに演奏してるみたいな。ああいうのがしたい」


 知らなかった、彼女がバラードが好きなことも。


「で、でもそれならご両親は反対しないんじゃないか? ほら、元々自分の趣味だったんだから理解もあるだろうし────」

「言った。勘当だって。追い出された。今はホテルで暮らしてる」

「そ、そんな……」


 知らなかった、彼女が勘当されていることも。


 確かに、よく見ると彼女の髪はいつもより張りがない気がするし、制服もしわが多い気がする。

 いや、言われるまで気付かなかったほど、彼女は表面上は(・・・・)上手くやっていたのだ。


 ギター、習い事、進路、勘当、ホテル暮らし。

 どれだけえりかのことを今まで知らなかったのかが思い知らされる。


「そうか……なるほどなぁ、もう大学も合格しちゃったもんなぁ」

「私も思う、なんで誰にも相談しなかったんだろ」


 いや、相談しなかったのではなく「出来なかった」んだろう。

 親の期待、自分の夢、将来とのギャップ。


 その他諸々に押しつぶされながら、結果やりたいことが今になって見えてきた、やらなければいけないとが見つかってしまった。

 でも、そんなの彼女に限った話ではないはず。


 後手後手、遅いのだ。

 何もかもが、誰も彼もが。


「先生にも、最初は諭された。で、話し合いで、口論で、出て来ちゃった。まるで親と話してるのを再現してるみたいだった」

「そっか」


 先生だってそりゃ必死だ。

 優秀な生徒を進学させられないのは、うちみたいな進学校ではやはり自身の名誉に傷が付く。

 それもギタリストなんて夢を夢で食べていくような仕事、バカバカしいと思うに決まっている。


 いや、そうじゃない。先生も真剣に取り合ってくれたのかも知れない。

 それで、この少女の今後のことを考えて、親心、先生心で反対して口論になったのかも。

 彼女の言う「親との話し合いの再現」とは、そういうことだろう。


「私ね、卒業式終わったらすぐに東京に行くの」

「東京?」


 遠い土地の名前に、俺はつい聞き返してしまう。


「いや、まてよ。早まるなって。東京じゃなくても、ギターはできるだろ。駅に出れば同じように弾いてる人だっているじゃないか」

「んーん、やっぱり人の多いところじゃないと、チャンスも少ないし確率も低い。それに、ここにいたら────」


 甘えちゃうもん。


「それでも今じゃなくてもいいんじゃないのか? 大学卒業してからでも」

「遅いって。その後成り行きで就職して成り行きで結婚して成り行きで子ども産んで成り行きで死んでくんだって」

「それが悪いことなのか?」

「悪くないよ、ただ────」


 嫌なだけ。


「そうか……」

「うん、そう」


 そうかぁ、嫌なのかぁ。

 俺はそれが普通だと思ってたけどなぁ。


 でももしかしたら、俺もそれは嫌なのだけれど、それを心の中で自然と受け入れてしまっただけなのかも知れない。


 周りに流され、常識に流され、人に流され、社会に流され、自分に流され────


 俺も昔はやりたいことがあった気がする。

 それも今ではどこかへ流れていってしまった。

 自分の中で水に流してしまった。


 節水はどこへやら。もったいない。


「たっくんはどう思う? 本当の気持ちで聞かせて。」

「どうって、なにが」

「私が東京に行くこと」

「あー」


 そうだなぁ、東京かぁ。

 多分オレは1人で行っても迷子になるからなぁ。


 お前も迷子にならないといいんだけどなぁ。

 人生。


「聞かせて聞かせて」

「寄るな、暑苦しい」

「聞かせて聞かせて」


 うん、でも、まぁ。

 一つだけ水にも流さず、流れに逆らっている自分の思いの原石がたった一つ。


 やりたいこととは違う、将来の夢でも何でもない気がするけど、そうだな。


 えりかがギターを心の支えにしていたように、俺が心の支えにしていた物がある。


 本当の気持ちなんて、そんなの決まってんだろ────


「自分が進みたい道を進めばいいんじゃないか? 俺はえりかが夢を叶えて欲しいと思ってる」

「え?」


 意外そうな顔をする彼女。


「どうしたんだよ」


 まるで、彼女はその言葉を予想していなかったようだった。

 俺は、自分の気持ちを正直に伝えただけだ。


 まさか、俺まで反対すると思ってたのか?


「そうじゃなくて、そうじゃなくてさ────」

「なんだよ、お前が聞いたんだろ」

「そういう正解みたいな答えじゃなくて────本音を────」

「だから本音を言ったって」

「う、うん。そう。まぁいいや、ありがとう」

「なにが言いたいんだよ」

「自分でも分かんないや」


 彼女はそう言い残すと、トボトボと帰って行った。

 多分、誰もいない一人きりのホテルに。


 その日だけは、彼女に黄昏時の光が似合わなかった。

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