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学校内ヒエラルキーの頂点を維持し続けた彼女は、その見た目とスペックから、男にすごくモテた。
なんなら女の子に告白されたという話もまことしやかにささやかれたほど。
「まーた告白されちゃったー」
「あっそ、よかったね」
そうやって俺だけに自慢する彼女は、それでも特定の相手と付き合ったりすることはなかった。
本人曰く、まだそういうの分からないし、面倒くさい、と。
2年生になり別のクラスになっても関係は途切れず俺たちの仲は深まっていったが、もしかしたら俺はそういう告白避けに、一部使われていたのかも知れない────と言うか本人がそう言っていた。
流石にそれだけが目的で俺とつるんでいた訳ではないだろうが────そう信じたいが、彼女は特定の男性と仲良くすることで、他の男性からの好意をすり抜けていたのだ。
残念ながら俺に高校3年間で彼女が出来なかったのはそのせいじゃないか、というのは卒業してから気付いた。
違うか。
「ねー、聞いてるー? 私告白されちゃったんだってー」
「はーそうかいそうかい。よかったね」
「女の子に」
「女の子に!?」
まさか、あの噂は本当だったようだ。
びっくり。
ちょっと興味出て来た。
「OKはするのか?」
「しないよ。申し訳ないけれど」
「ほうほう」
「女の子も嫌いじゃ無いんだけどねぇ、恋ってのが分からないんだよねぇ」
「そんなの高校生じゃ普通じゃないか? 付き合って好きになるかも知れないだろ?」
「そんなことある?」
「さぁ。でもまぁどちらにしろよりどりみどりの緑子さんだな、えりかなら」
「え!? 何で緑子ちゃんからだって分かったの!?」
「え!? マジかよ!! 誰だよ緑子ちゃんて!!」
「ほら、2組の学級委員長の!! あ、言っちゃった……」
「こ、個人情報は丁重に、な……?」
後で調べたら、緑子ちゃんなんて生徒いなかった。
てか、そもそも2組の学級委員はえりかさんだった。
騙された。
そんなことは知らないその時の俺は、まだ見ぬ緑子さんに想像を巡らしていた。
で、えりかの目線に気付く。
「じぃ~」
「なんだよ」
「うらやましいだろ、童貞」
「てめぇもういっぺん言ってみろ!!」
えりかが会長、俺が副会長になってから、生徒会室で二人きりになる時間が増え、話の量も下品さもエスカレートしていった。
男女の友情は有り得ない、俺も中学まではそう考えていたけれど、確かにあの日々の間俺と彼女は友達だった。
まぁ、時には会話がとんでもない方向に行くこともあるが、そう言うときの気の知れすぎた仲というのは、少し案外考え物である。
「えりか! 緑子さんなんていなかったじゃないか! 帰せ! 思春期の膨らんだ妄想力と想像力を!」
「だーまさーれたー! アハハ、やっぱたっくんおもしろい-!」
「この女……」
「やっぱ生徒会誘って正解だったよー」
カラカラと笑う彼女を見ると怒りも失せる。
チョロい。俺チョロい。
「私美人だし優しいし髪綺麗だからモテるんだなぁー」
「あー、そうだな。お前は美人だし優しいし髪も綺麗だよ」
「ちょ、やだぁ! たっくんたらぁ!」
頬に手を当てはにかむえりか。
まぁ嘘ではないし、これくらいの軽口なら、お互いは慣れてしまった。
「あとはそうやって股広げて机に足かけてなきゃ完璧だな」
「はははっ、こんな姿君にしか見せないから大丈夫ですぞ」
「見せないというか、見えてるけどな」
「えっ!? うそ……」
慌てて隠したがもう遅かった。
「嘘じゃない。黒色だった」
「うわ、まじじゃん。まじかぁ~見られたかぁ~」
「まじまじ、見た見た」
「ちょっとたっくん、殴らないからこっち来て。殴らないから」
「ハイハイなんですか、なにか御用ですかお嬢さ────いたっ!? 殴ったな!! 殴らないと言ったのに殴ったな!? 二回も誓って結局殴ったな!!」
「嘘に決まってんだろ! アホ! 変態! 「誰だっけ」!!」
「なっ、それをお前が言うか!!」
一年の最初に俺がクラスからつけられたあだ名「だれ」もしくは「誰だっけ」。
元はと言えば、入学早々えりかに言われたのが原因である。
「はぁ、パンチラを常に狙ってる変態に私の純情が……」
「何が純情だ、がに股女」
「んだとこらてめぇ! その机の中に隠してあるお前の秘蔵本校内にばらまくぞ!」
「あ、ホントすません」
「よし、君はそこで正座してなさい」
「はい」
ちなみに本当に床に座らせるのが倉本流。
そして俺の足がしびれだした頃、校内放送がかかった。
~~~倉本えりかさん、倉本えりかさん、至急職員室まで来なさい。繰り返す────~~~
「うわっ、なんだろ」
「何したんだよ」
「私が何かした前提で話しかけるのが気にくわない。それより行かなきゃ」
「その前にえりかさん?」
「なに、急いでるんだけど」
「どうして俺の机の中のコレクションのことをご存知だったの?」
「シラネ」
「えりかさーーん!?」
えりかが戻ってくるまで机の中身の新たな避難場所を考えていた俺だったが、しかし彼女が戻ってきたらそうもいっていられなくなった。
えりかが荷物をまとめて帰り支度を始めたのである。
「ど、どうしたんだよえりか」
「え? あー、うん。これ……」
えりかが手に持っていた紙をボーッとした様子で渡してきた。なになに?
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倉本えりかは■■■■で、■■■な■■女。
■月■日■時頃
■■■で■■■■と■■■■や■■■していた。
■■■■と■■■■は■■■■■も■■■■■で、
■■■■■■■の■■■■へ■■■と■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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頭がクラクラした。
そこにはえりかに対する罵詈雑言が、卑猥な言葉が。
これは酷すぎる。
それに、嘘だ、捏造だ。
この日時■月■日■時に、えりかはこの部屋にいた。
俺が証人だ。
「これ、なんだよ……」
「校内にこれと同じものがばらまかれてたみたい。先生が今日は帰るようにって」
「そうじゃなくて」
誰が────
「さぁ、生徒会長だもん。恨まれるような事なんていっぱいあるでしょ」
「嘘つけ! 恨まれるようなことしてないだろ、お前は!!」
そういうことに関しては誰よりも綺麗に立ち回るやつだ。
そんなこと副会長の俺が一番よく分かっている。
そう、副会長の俺が、俺が────?
「おい、えりか」
「なに、たっくん」
「なんで「生徒会長だから」なんだ────?」
「────やめて」
「普通なら振ったヤツやクラス内って考えるのにお前────」
「やめてっ!!」
珍しくえりかが高い声を張り上げる。
これは図星か。
彼女がクラス内でも、友人内でも、振った男女の中でもなく、生徒会長だからといった理由。
結局の所、彼女は犯人が分かっていたのだ。
それを知って、なお、何もしようとしない。
そしてよくよく考えてみればその犯人は俺でも分かった。
ビラの字はパソコンをから打ち出したものでもなければ、チラシを切り取って貼り付けたものでもない。
手書き。
正確には手書きの紙を、コピーしたもの。
それでも筆跡は最大限消してあるが、元生徒会書記の俺の目はごまかせなかった。
「筆跡────そう、このビラとこないだの────あった、この目安箱に届いた相談用紙! ほら、これ────筆跡が!! これを先生に────それに俺と一緒にいたことも────」
「犯人や私どこにいたかが分かったからってどうしようもないでしょ!」
「どうしようもって────お前、この時間俺とこの部屋にいただろ!! 何で言わないんだよ!!」
「どうしようもないんだよ! 先生はこんなビラがばらまかれた時点で生徒会長は解雇だって! 事実なんか関係ないんだよ! うまくやれなかった────うまくやれなかった私が悪い!!」
事実なんかどうでもいい。
私が悪い、うまくやれなかった私が────
そんなのおかしい、理不尽だ。
じゃあ俺が先生の立場だったらどうするか。
多分同じ事をするだろう。
多の中で個性は生きられない。
元々個性が強い彼女だったが、それは模範であり続けることでその個性を揉み消してきた。
いや、昇華させてきた。
それが今回の件で、にっちもさっちもいかない、いわば「昇華不良」を起こしてしまったのだ。
勢いよく扉を閉め、帰ってしまった彼女。
俺は目安箱の、筆跡と合致した相談用紙の内容に目を通した。
「いじめ、かよ」
※
「〇年〇組〇〇番の〇〇〇〇さんが〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇のようないじめを受けています。」
これは俺も投書を空けるときにえりかと確認した紙だ。
普段は下らない冷やかし程度のものや、部活の部費、教員に対する愚痴程度のことが主なので、こういう類の投書は珍しいく、よく覚えていた。
「これは、どうする?」
「私達の手には余るよね」
あの時彼女はシラッと言った。
出来ないことは出来ない、ばっさりといくタイプだ。
「無視するか?」
「いいよ、それでも」
「本気で言ってるのか?」
「まさか」
彼女は紙を何度も読み返す。
その文章を暗記しているかのように────いや、実際暗記しているのかも。
「でも、これはお前にしたら盲点だったんじゃないか?」
「なにが?」
「言ってたじゃないか。「自分の子どもにいじめをしろとは言えないけれど、助けろとも言えない」って」
「あぁ、うん。いった」
「これなら匿名で助けを求められるし、自分も安全だろ?」
「う~ん」
紙に目を通しながら彼女はうなる。
俺の話には上の空かと思ったけれど、こちらにも耳を傾けていたらしい。
「まぁ、方法としては悪くないんだけどねぇ」
「他にいい方法があるのか?」
「そうじゃなくて。だったら直接先生に言った方がいいんじゃないかって事。どうせ先生なら匿名を護ってくれるし」
「役に立たなかったのかも知れないぞ?」
「もう相談したって事? 先生でもどうしようもなかったのに生徒の私達に相談て変じゃない?」
「そうか……なぁ?」
曖昧な返事になってしまったのは、それでも俺にはこの方法が正しいように思えたから。
しかし彼女には、何か引っかかる点があるのだろう。
「まぁ、どうせこんな投書一枚じゃ、いじめはなくなんないけどね」
「そんな身も蓋もない……」
「なくなんなかったもん」
「あっ」
当時の彼女も同じ事をしたのか。
先生に相談して、こういう風に投書もして、それでもいじめはなくならなかったのか。
だったらなおさら、俺が助けてやれなかったことは────
自分を犠牲にしてでも彼女を護ってやることは────
「な、なぁえりか……その────」
「あ、ごめんごめん。そんなつもりじゃないから気にしないで」
そんなつもりじゃなかったって言ったって、お前────
「それより今回の件だよ。やっぱりどう考えても私達の手には余るよね、どうしよう?」
「ま、まぁ役に立たなかったのかも知れないが、ここは普通にいって先生に相談だろう。この生徒の担任か学年主任に」
まぁねー、と彼女は言いつつ生徒会長の座椅子から身体を反らした。
「どっちに相談がいいかなー」
「そんなルーレットみたいな……」
「ぐるぐるぐる~」
「少しは真面目に考えてやれよ」
「ジャン! よし、決めた! 学年主任の△△先生!」
「どして」
「〇年〇組担任の××先生は教師1年生。今年が始めての担任だからでーす」
「なるほど」
えりかはふざけているようで、思いの外真面目にルーレットを回していた。脳みそルーレットを回転させていた。
「××先生を信用してないわけじゃないし、どうせそっちにも話は行くんだろうけどね。私達と一緒、1人じゃ手に余るよ。経験豊富な△△先生通した方が対応が確実でしょ」
そういうと、彼女はその足で職員室に向かった。
この一連の流れになんの問題もないはずだ。
対応が遅れたわけでもない。
じゃあ彼女の何が間違っていたんだ────
いや、そういえばえりかが帰ってきた後、確か言っていた。
「△△先生出張だったから、××先生に報告してきたよ」
「そう、お疲れさん」
おいおい、まてよ────
いや、まさか!!
まさかこの程度のことで!!
この程度のことで彼女の全てが崩れるなんて!!
この事件の、彼女を傷付けた犯人はたったこれだけのことで!!
いや絶対におかしい────しかしこの件に関して彼女が犯したミスがあるとすればこれくらいだろう。
でも、まさか、こんなことで!!
それに少なくとも、あのえりかなら××先生に伝えたはずだ。
「このことはどうか生徒会からの情報ということにはしないで欲しい」
それは自分たち生徒会を護る意味でも、先生達の名誉を守るためにも必要な暗黙のルール。
しかしいくら暗黙とはいえ、それをわざわざ新任と学年主任の二択で学年主任を選ぶ彼女が忘れるはずないだろう。
もしえりかがそれを伝えて、それでもえりかが恨まれているのなら。
これは────
あいつのミスなんかじゃない────
あいつは巻き込まれたんだ────