表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1/4


 俺が彼女を語るにあたり「黄昏時」という言葉は、避けては通れない、いわば枕詞のようなものだろう。



しろたえの────雪


ちはやぶる────神


ひさかたの────光



そして



倉本えりか────黄昏時




 白髪の長い髪、透き通るよう肌、まぶしい笑顔。

 夕焼け小焼けも消えゆく空の中で、彼女は他の全てを置いてもよく映える。



 俺は彼女に何度も助けられた。

 あの時も、あの時も、そしてあの時も。



 俺の青春は彼女なくしては語れない。



 人は言いたいことが言えない。

 身近な人でも何も知らない。

 大切な時間は永遠には続かない。


 そして────



『夢には重さがある』



 それを学んだ青春。



 彼女と出会ったのは小学校6年の頃。

 6月の半ばと言う中途半端な時期に、彼女は突然転入してきた。



      ※   ※   ※   ※



「倉本えりかです、よろしくお願いします」


 最初は変なやつだな、変わったやつだな、ぐらいの印象だった。


 髪の毛真っ白。

 肌も真っ白。


 それでいて、立ち振る舞いは堂々と、他の子ども達よりも大人びていた。


 彼女は転入初日から人気者だった。


「どこから来たの?」

「どこに住んでるの?」

「髪は染めてるの?」


 子どもは聞いてはいけないこと、話してはいけないこと、まぁつまり人の地雷と言われるものを、いとも簡単に踏み抜くやつもいる。

 それでも彼女は一つ一つの質問を丁寧に答えている印象を受けた。


「〇〇県だよ、この街も今度案内してね!」

「〇〇商店街のくらもとさかやてんて所だよ、おじいちゃんがやってるの!」

「染めてないよ、でもパパとおそろいなの!」


 彼女は嬉しそうに話していた。

 嫌なこと聞かれたはずなのに、新しい環境で不安もあるはずなのに、まるでそんなこと気にしていないかのように。

 希望しかないように。


 人気者の彼女は、お昼の時間でも人気者だった。

 気を利かせた先生が、交代で彼女をグループに入れてあげましょうということにした。


 もちろん俺も、彼女が同じグループに来たときには嬉しかった。


 彼女と話せることが嬉しいのではなく、なんというか、違う雰囲気、違う学校の風に触れることが。


 だから、俺は彼女のことは、よく考えていなかったのだ────


 まぁ結局、地雷という物が分かっていなかったのは、俺なのかも知れない。


 給食の途中、俺は彼女の綺麗な髪を見て、ふと、口に出してしまった。




「えりかちゃんて、『カイザー』みたいだな」


「え?」




 『カイザー』、当時流行っていた『ファナビン・バックス』というアニメの、敵役のキャラクター。


 白髪でクールな印象のそのキャラクターは、敵役ながら、俺の求めるかっこよさにマッチしていた。


 だから、それも俺にとっては褒め言葉のつもりだった────が、



「ホントだ!! 『カイザー』みたい!!」

「言われてみれば『カイザー』だ!!」


 周りの奴らが大声で言って、それがクラスにも広がった。


 『カイザー』、『カイザー』、『カイザー』、『カイザー』


 クラス全体がコールする。


 俺は唖然としてしまった。


 褒めたつもりなのに、クラス全体が彼女をからかい、彼女はただ困った愛想笑いを浮かべていた。



 その日からだ、クラスが彼女を取り巻く雰囲気が、変わったと思ったのは。




 そして彼女へのからかいはいじめへとどんどんエスカレートしていった。




 私物は隠され、上靴には画鋲、変なあだ名に、はぶせに嫌がらせ。



 俺のたった一言で、傷付けるつもりのなかった一言で────


 俺はそれらを見て、何をすることも出来なかった────

 何もしなかった────



 もし彼女を庇ったら次は自分が────



 見ているしか出来ない、歯痒い────



 でも違う、一番辛いのはえりかちゃんだ。

 オレが辛いと思うのはエゴだ。


 エゴだ────



 そんなエゴを抱えながら、小学校は卒業した。

 結局卒業まで、彼女の風当たりは変わらなかった。



「何でだよ────」



 何で何も出来なかったんだよ────



 しなかったんだよ────



 そしてえりかちゃんは、少し遠い中学に入学して、もう俺たちの前には現れることがなかった────




 その後の中学時代は楽しかったか?


 正直よく覚えていない。


 ずっと心に重い石を抱えていた気もするし、何もかも忘れて楽しんでいた気もする。



 とりあえず言えたことは、彼女はもう俺の目の前には現れないだろうと言うこと。



 この心のトゲは、多分もう抜けることはないと言うこと。



 だから、だから、だから────


 入学した高校に、同じクラスに、それも隣の席に彼女がいたときは、合格したときより驚いた。


 何かから逃げるように勉強にいそしんで、何とか手に入れた『自称』のつかない進学校に合格した時より驚いた。



 見間違えるはずもない、白髪の倉本えりかと名乗る同級生。


 きっと世界広しといえども、それは彼女だけだろう。


 彼女を見た瞬間、俺の中の後悔が滝のように思い出された。


 俺が原因で、俺が原因で、俺が原因で────



 謝らなければ────



 話しかけなければ、目の前に出て謝らなければ────



 オレはもう後悔したくない────



 エゴ────



「あの、ごめん! 倉本さん!! 俺が悪かった!!」



 怪訝な顔をする彼女。やはりあの時のことを根に持っているのか。

 当然だ、それくらいのことを俺はしたのだ。


 そして彼女が口を開く。



「えっと────だれ?」



 静まりかえる教室。



「ごめん、名前聞いてもいいかな?」


「え……」



 俺は赤面する。

 静まりかえる教室に、徐々に我に返った他の生徒の話し声が響く。



「え、なに人違い? 恥ずかしい」

「いや、倉本さん────だっけ、間違いようがないでしょ」

「でも本人は覚えてないみたいだよ?」

「じゃああいつ────」



 誰?



 クラスからの視線。

 これは予想外だった。



「ご、ごめん!!」



 俺はその場にいられず、走り出した。



「え、ちょ────」



 引き留める彼女を尻目に、俺は入学初日の学校の廊下を走った。



      ※   ※   ※



 あーあ、何やってんだ俺。

 屋上で落ち込んでいると、出入り扉が開いた。


 入ってきたのは、驚いた、倉本さん。


「あ、いた。大変だったんだよ、いろんな人に聞き込みして」


「追いかけてきたのか……?」


「そだよ、みんなビックリしてた」


「ごめ、え、でも、ちょ、来ないで……」


「え、もしかして泣いてる?」


「泣いてねぇけど!」



 泣きかけた、俺はその言葉を飲む。

 彼女はこんな情けない俺を馬鹿にする風でもなく、心底心配しているようだった。



「篠田君、だよね?」


「え?」


「篠田拓史君……そう、たっくんだよね? 小学校で一緒だった!」


「なんだ、覚えてるじゃないか」


「ごめん、教卓の座席表みて思いだした」



 やっぱり忘れていたのか。

 俺のやったことも忘れてくれていたのは好都合なはずなのに、それはそれでショックだった。

 誰でもそんなもんか。



「でもよく考えてみて、3年以上も前だよ。君が私のことを覚えていたからって、私に君のことを覚えていろって言うのは酷なんじゃないかなぁ?」


「うっ」


「それに、入学早々突然クラスみんなが見ているところで謝られたら、君はどう思う?」


「ううっ」



 痛いところを突かれ俺は冷静になって考えてみる。


 逆の立場になって────

 もし俺なら────



「だ、誰?」


「でしょ?」


「そ、そうだよな、倉本さん、本当にごめん!! 自分のことで必死になりすぎてた!」



 まぁ、その謝罪は受け取るとしてもさ、と彼女。

 しばらく考え込んで思い当たる節があったのか問いかけてくる。



「そうじゃなくて、どうして君が私にそんな必死に謝るかが分からないんだよ。もしかして今朝、食パンくわえて走ってたときぶつかったのって君だっけ?」


「違うわ! てかどんなノスタルジックな朝食だよ!?」



 つい突っ込んでしまう。

 ていうか、食パンくわえた女子高生なんているわけないだろう。


 いるわけ────ないよね?



「うそうそごめん。君面白いね!」



 うわ、嘘なのか。なんて残酷な嘘をつくんだ、倉本さんは。



「勝手に倉本さんが面白がってるだけだろ。そうじゃなくて、小学校の頃のこと」


「小学校?」


「当時いじめられてただろ。俺が……その……髪の毛のことを指摘したから始まったわけで……それからも見て見ぬふりしてた……ごめん……」



 数年のエゴをぶちまけた。


 彼女は────口をポカンと開けていた。



「え、なんでそんな表情を」


「いや、確かに覚えてるよ。君に『カイザー』って言われて当時周りからもイジられたし」


「じゃあやっぱり────」


「でもその前から私はそういうからかい、されてたし。あれが直接の原因ではないと思うよ。なんなら君自体は私に結構優しかったと思うんだけど……」


「へ?」



 じゃは俺はこの3年ちょっとの間、罪悪感を勝手に感じてただけってことか?


 あの発言以来、彼女をより意識し始めたことで、周りのいじめもより見えるようになっていたってことか?


 自分の行動にも自信が持てなくて、彼女への優しさも年月と共に忘れていったと?


 いや、でも────


 そんな都合のいい話があるわけない────



「やっぱり、俺のしたことは間違っていた。例え君の言うことが本当だとしても、俺はいじめを止められなかった」


「そうかなぁ、見てるだけっていじめなのかなぁ」


「ま、間違いなくそうだろ?」


「私は子どもに同級生をいじめろとは言えないけど、いじめられてる友達を助けろとも言えないなぁ。自分の子どもが標的にされるかも知れないし。その辺昔っから悩んでるんだよね」


「それは……そうかも知れないけれど!!」



 納得しかけて慌てて自分を遮る。

 ここで自分を正当化したくない。


 というか、明らかに話を逸らされてる気がする!



「やっぱり俺は悪だった。許してくれとは言わないけど、謝罪だけでも受け取って欲しい」


「はははっ、君まじめだねぇ。あの時君に悪気はなかったんでしょ?」


「それでも、だ!」



 彼女はまたクスクス笑う。

 本当は思い出したくもないことを思い出させてるはずなのに、何がそんなに面白いのか。



「いいよ、許したげる」


「本当か!?」


「そ・の・か・わ・り!」



 彼女は言う。呑気に、でも否定を許さないほど力強く。



「私と生徒会に入って! お願い!」


「はい?」


「私生徒会長になりたいの!」




 今思えば、その後彼女が生徒会に入って生徒会長にまで上り詰めたのは、きっと自分を模範生徒だと周りに見せつける証明だったのだろう。

 中学を挟んだ3年間の間に、彼女はそういう立ち回りが誰よりもうまくなっていた。


 美しい彼女の髪は、白一点、とも言うべきか。

 多くの生徒の中でぽつりと目立ってしまう。


 単純に言えば、教師に目をつけられやすい。


 実際成績も優秀だった彼女は、自身を学校内ヒエラルキーの高位に置くことで、周りからの拒絶をはじき飛ばしていたのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ