『どたどたマイナー魔獣覚書』
ごきげんよう冒険者の諸君。世界にただひとりの魔獣観察者ドッダードである。酒場『ゴルディア』の掲示板の片隅で連載させてもらっている我が魔獣覚書も七回目、つまりは連載開始から早三か月を過ぎた。いまから四か月前酒場の主人に依頼され冒険者諸君に魔獣知識を広める助けになればと始めたこの連載、タイトルには『どたどた』とかついてるしそれだけでだいぶやる気も削がれていたし私が酒場に顔を出すことがほとんどないために人気のほどはまったくもってわからないのだが、主人からもう結構と言われん以上はそこそこの読者を獲得しているのだと勝手に納得している今日この頃である。今後とも読者諸氏の酒のつまみ兼旅を助ける豆知識になってくれれば嬉しいものである。
さて、本題にいく前にだいぶ紙面を消費してしまったが、まあそれを見越していつもよりちょっぴり小さい字で本文を書いているので問題はなかろう。ここから今回の魔獣について述べていこう。
今回扱う魔獣は、その名も『ボルペタット』。名前だけでは姿形を想像できんだろうが、これは植物系の魔獣である。ちょっと旅慣れた冒険者であれば名を知らずとも見れば「ああ、あれか」とわかる者も多いだろう。本紙最下端に描かれた挿絵の魔獣がそれだ。――ちなみに今回も挿絵はアマチュア画家のパライくんに描いてもらっている。第六回まで同様に私の意図するイメージを正確かつ克明に描き上げてくれる彼は、いま現在アマチュアでいるのが不思議なくらいの逸材といえる。飲んだくれで暴れることを第一義としているような芸術とは無縁である冒険者諸氏には期待できないが、もし万が一彼をプロの絵描きとして雇ってくれるような人物にツテを持っている者がいれば是非彼を推薦してほしい。――閑話休題。挿絵を見ればわかると思うが、ボルペタットの特徴はその大きな口である。見た目は基本的にそこいらに生えているものと変わりない単なる植物であるが、その丈はは人間の腰ほどと大きく、葉っぱや花弁とともにつぼみのような形をした球体の部位がひとつついており、そこに大きな大きな口ががばりと開いているのである。しかもその口には鋭く尖った歯が並んでおり、ひと目見ただけで「あっ、これはなんだか危ないぞ」と警戒心を呼び起こされる見た目をしている。この危ないぞという素直な感覚は正しい。なにを隠そうボルペタットのこの口、そして歯は見るものに警戒心を持たせ自分に近づいてこさせないための防衛機関だからである。冒険者諸氏が旅の途中にボルペタットを見つけた場合、不用意に近づくようなことはせず距離を取ったまま通り過ぎるのが正解である。この魔獣に対する対処としてはそれで百点だ。
しかし、多少の危険を顧みずに暴れたがる傾向のある冒険者諸氏の中には、こんな魔獣ごとき自慢の剣でたたっ斬ってやろうという勇敢な考えを持つ者もいるだろう。なにせ相手は植物だ。鋭い牙の生えた大きな口を持っていようが、動けないのならなんてことはない。そんなことを考えるのは当然だな。だが、それはお勧めしない。そんなことを試みた場合、十中八九その冒険者は死ぬことになるからだ。このボルペタットという、大きな口がついただけの植物がなぜそんなにも危険なのか。まず言っておくが、ボルペタットはその鋭い歯で外敵を攻撃することはない。先に述べた通りそれは基本威嚇のための道具であり、どんな状況だろうと敵に向かって噛みついたという事例はない。ボルペタットの口には、噛みつく以外の重要な仕事があるのだ。それこそがボルペタット最大の特徴であり、この魔獣が危険な理由である。
ボルペタットの口は、助けを呼ぶ声を発するためについている。
しかもその助けを呼ぶ相手とは、その地帯を根城にしている肉食魔獣なのである。冒険者諸氏がボルペタットを殺してしまおうと近づいたとしよう。すると、ボルペタットは口を天に向け大音量の奇声を発する(金属をこすり合わせるような嫌な音である)。冒険者諸氏が耳障りなことこの上ないこの音に閉口して顔をしかめた次の瞬間、その首は胴を離れ、聴覚を初めとしたありとあらゆる感覚は遮断されることだろう。もしかしたら痛みすらまともに感じないかもしれない。一瞬にしてその命を散らすことになり、血肉は肉食魔獣の貴重な栄養になるのである。
ボルペタットが呼ぶ肉食魔獣は主に『ヒルドン』、『ウルッドベア』、『レオンバート』などなど、名前だけではどんな魔獣がわからんだろうが、成人男性でもぺろりと平らげられる大型の肉食魔獣だという認識があればそれでいい。その認識があればボルペタットに近づこうなんて考えを起こすこともなかろう。
ボルペタットと肉食魔獣たちはゆるい共生関係にある。ボルペタットは外敵を排除でき、肉食魔獣は食料を得られる。元々は馬鹿な冒険者でなく草食型の魔獣がその餌食になっていたようだが、昨今では他の個体が捕食されている姿を見て学習した魔獣もいるようで、もっぱらボルペタットの呼び声を聞く原因になっているのは冒険者たちらしい。今回の我が覚書によって冒険者諸氏も草食型の魔獣たちに遅ればせながらその危険性を学習してもらえれば幸いである。
ちなみに、ボルペタットはおよそ槍の間合い程度の距離に外敵が近づくと声を上げる。剣でも斧でもなく槍だ。これは意外と広いので、時としてこちらが存在に気づかぬうちにその間合いに入っているという不運な事態が発生することもある。その場合はボルペタットの声を認識した瞬間、声に驚く間もなくとにかくそこから逃げ出すことである。肉食魔獣はボルペタット目掛けてとりあえず突っ込んでくるので視界は狭く、瞬間的な判断力も鈍っている。そこから離れていれば初撃は避けられる可能性が高く、そのままとにかく逃げ続け身を隠せられれば生存率はぐっと上がる。そんな事態に対処するためにも、冒険の際には是非このボルペタットの存在を頭の片隅にでも置いて頂きたい。
なお、今回このコラムを書くにあたり私自身も改めてボルペタットを観察しにいったのだが、その際ちょっとした不注意により彼に呼び声を上げさせてしまった。私は慌ててその場から飛び退き肉食魔獣の爪がこの首を刈ってしまうのを避けることができたが、しかしながら残念なことに右腕の肘から下がスッパリと切断されてしまった。私は痛みをこらえ無我夢中で逃げ出し、まあなんとか喰われることなくいまこうして無事に原稿を書いているのである。熱心な読者の諸君の中には、第六回までと比べてここに書かれている私の字が汚いのではとお思いだったかもしれないが、それは当然。利き腕が使えないのでそこはご容赦願いたい。切断された腕は逃げる際にしっかり拾ってきて腐敗防止の魔法をかけてあるので、次回までにはこれを元通りにくっつけて原稿にあたる予定である。
だいぶ余談の多い第七回目となったが、以上で『ボルペタット』の覚書を終える。次回は治癒や蘇生、魔獣の融合なども行えるという『トゥバルウィッチ』を取り上げる。知能が高くいわゆる魔女と通称される種族の彼女たちは果たしてどれだけ人間に友好的なのか、無償での奉仕も厭わないのかを、私の切断された腕をくっつけてもらう過程を記録することで特に掘り下げたいと思う。
それではまた、ここ酒場ゴルディアの掲示板でお会いしよう。さらばだ。
(文:魔獣観察者ドッダード、絵;テイル・パライ)




