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本当の亜美

 


「はぁ……はぁ……。興奮した……」


「……え? ……なに?」


「亜津は……ね。1つ……。1つだけ、大きな勘違いをしてるんだ」


 朦朧としていた意識が急速に覚醒していった。それを感じ取る事が出来た。そして黒い感情が鎌首をもたげるのを感じた。


 女の子として扱われて高揚したせっかくの気分は一気に萎んで消えていった。そんな私に構わず、亜美は……亜津は続けた。


「私が正常な女の子だと思ってる事……」


「え?」


 すぐには理解出来なかった。ゆっくりと……その言葉は私の脳に浸透していった。


「私はね……。逆なんだよ。亜津が自分の中を女の子だと思っているように、亜美は自分の中を男の子だと思っているんだ」


「嘘だ……」


 それは嘘。絶対に嘘。そんな訳ない!


 嘘じゃないとあんな笑顔で過ごせるものか!


「亜津……。私はこんなに興奮してるのに亜津の体はそれを表してくれない。衝動に反応を示してくれない! 私はこんなにも女の子の亜津を愛しているのに……」


 声が尻すぼみに消えていった。きっとお母さんが居るから。お母さんは下のリビングでたぶんイライラしながら過ごしているから。


「……それでも私は男の子の亜津の体が羨ましい。私はね……。この体が大っ嫌い」


(いた)っ!」


 痛みを訴えても容赦してくれなかった。ギリギリと抓りあげられた。


「痛い! 痛いよ! やめて! お願い!!」


「……やっとお願いしてくれたね」


 少しだけ違う亜津の顔で亜美はふんわりと笑った。


「気付いてた? 『お願い』しなくなったのは亜津も同じ……なんだよ?」


 ……ごめんね……と、ジンジンと痛むところにソッと舌を寄せた。


 それから自由を奪われた私を亜津(・・)は甲斐甲斐しくお世話してくれた。亜美は朝を待ち望んで……。








 朝、体が自由に動かせる開放感と共に目を覚ました。亜美より早い目覚めは久しぶり……。亜美の体は僕の体よりもよっぽど疲労を抱えていたから……。


 僕は僕の部屋に戻り、引き出しを開けた。そこには亜美の言葉通りに小さな鍵が2つしまってあった。


 亜美の部屋に戻ると亜美は目を覚ましていた。


 僕の動きで目が醒めてしまったのかも知れない。


「痛い……。あちこち痛い……。こんな痛かったんだ……。ごめんなさい。もうしません」


 バンザイのまま、涙目でそう訴える亜美が可愛かった。愛おしい……。そう思った。



 ―――守ってあげたい。



 男性的な思考に僕自身が驚いた。


 僕は鍵を亜美に見せてみた。


「……外してくれるの? やり返さないの? それでいいの?」


 亜美の声を無視して、丸一日の付き合いとなったその手錠を外してあげた。


「あぅ……。手首痛い……。ここもあそこも痛い……」


 ブツブツと呟きながらも亜美は行動を開始した。大きめのパジャマに着替え、赤く血の滲む手首に「いたぁ……」と情けない声を上げながらリストバンドをはめた。


「……行くよ?」


「うん……」



 亜美は僕の手を引き、僕は大人しく亜美に付いていく。また、長くて、つまらない日常が戻ってきた。


「亜美! 心配かけて! この子は!!」


 お母さんは亜美を抱き締めた。亜美の女の子の体。大嫌いだと言い放った体。あの言葉は僕を惑わす。黒い感情が吹き出しそうになる。


「大丈夫なのね? 元気なんだね?」


 お母さんは亜美の顔を覗き込む。亜美はハグを解かない。手首を見られる訳には行かないから……だと思う。


「おはよ。大丈夫だよ。亜津が看病してくれたから……」


「亜津……。ありがとね。亜津が居れば心配ないね。学校で何かあったの?」


「……そんなとこ。もう大丈夫だよ……」


 亜美はハグを解き、僕にお母さんの目線が向かっている内にいつものようにパンを焼き始めた。


「亜津。亜美の事、お願いね。それじゃあ、行ってくるよ」


「うん! 行ってらっしゃい!」


 亜美が首だけで振り返り、笑顔を見せるとお母さんは微笑み、もう1度だけ後ろから亜美を抱き締めて玄関に向かった。


「……いってらっしゃい」


 そうして、また1つ嘘を付いた。




 亜美がジャムを塗ったトーストとお母さんが用意してくれているスクランブルエッグとサラダ。僕の入れたインスタントコーヒー。昨日とはまるで違う、いつもの風景。


 亜美は「痛ったい……」と呟く。「……自業自得」と亜美の非を指摘すると唇を突き出した。


「あー。手首の傷どうしよ? 絶対、ツッコミ入れられるよー」


「……だから……自業自得……」


「……何も考えて無かった訳じゃないんだよ? もう1つ、最後の賭けを実行する可能性もあったから……」


「最後の……賭け……?」


 不穏な言葉に顔をしかめると逆に笑顔を見せられた。


「今晩、亜津の部屋に行くね。その時、その内容を教えてあげる! それよりさー。手首、どうしたらいいと思うー?」


「誤魔化すしかないんじゃない……?」


「ま、いっか。バレたら亜津に陵辱された事にするから」


「なんで……!?」


 陵辱されたのは僕……私……なんだけど……。



 ……納得行かない。


 だから、ごまかしに全力で協力しないと……ね?



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