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どこかで狂った歯車

 


「……一緒に……寝よう?」


 ()()の体にドキドキした入浴後の事だった。妹の体は女の子の体。中途半端じゃない本物の女の子。その体は女性としての成長を見せている。1ヶ月おきに気付かされる事実。


 私は男だと刷り込まれて生きてきたから、その反動で鼓動が早くなるんだと思う。



 そんな僕の中途半端な体の中の妹が……亜美が枕を持って私の部屋を訪ねてきた。


「……え?」


 そんな事は小学生の頃以来だった。


「急に……なんで……?」


 私のツレナイ返事に僕は唇を尖らせる。亜美の癖だ。僕にはない妹だけの癖。お母さんの前だけでは絶対にやめて欲しい。お母さんは妹のその癖を知っているはずだから。


「……ダメ? お願い……。聞きたいこと……あるんだ……」



 ―――お願い。



 その言葉に抗うことは出来なかった。それは何年ぶりか分からなかったから……。


 亜美はお願いをしなくなった。正確には出来なくなった。弱い()に対するお願いは屈辱なんだと最初は思った。


 それは今は違うと言い切れる。


 それは妹の見せるいつもの(・・・・)優しさ。性の確立していない僕に対する哀れみや同情から発現する、いつものソレ。



「うん……。わかった……。いいよ……」


 それでも……解っていても……僕は亜美の久しぶりの『お願い』を聞き入れた。


「ありがとっ! 亜津、大好き!」


 妹に似た亜津の顔で素敵な笑顔を見せてくれた。可愛いと思えた()は嬉しくて……、素の笑顔でお返し出来た……と思う。



 それから亜津(・・)は甲斐甲斐しく亜美(・・)の世話を焼いてくれた。私の髪を優しく乾かし、優しくブラッシング。


 女の子らしく扱われるその時間は僕にとっての至福の時間だった。





「もっと詰めてー!」


「う……うん……」


 亜美のベッドのあふれる香りは僕のベッドの香りとさほど変わらない。それは僕が女の子に近い男の子……だから……。


 何年かぶりに1つのベッドに収まった2人。その片方は「ちょっと恥ずかしいね」……と、はにかみ微笑む。


「……だったら1人で寝ればいいのに」と意地悪を言ったらモロに反応して唇を突き出した。僕の姿でも亜美はどこまでも可愛らしく、どこまでも女の子だった。



「言いたいこと……あるんじゃない……?」


 ……突然だった。「へ?」……なんて情けない声が零れ落ちた。


「あ。今の可愛い。貰っていい?」


「……ダメ」


 可愛かったのなら、それは僕の物だ……。元から可愛い妹には譲れない。そんなどこか暗い感情で発した言葉に亜津の顔は綻んだ。


「やっぱり亜津は可愛いね。私なんかより、よっぽどその体に似合ってる」


「そんなことない!」


 嬉しい気持ちをひた隠して僕は否定する。それは意味の無い行為だと知っていたはずなのに。


「本当に? 本当にそう思ってる?」


 この日、この時、いつもの優しさは陰をひそめた。


 亜美は久しぶりに……何年かぶりに本音をぶつけてきた。


「……………………」


 返事の出来ない僕に妹は畳み掛けてきた。どこかで狂った歯車はその歯を欠いてしまった事に気付かなかった。


「亜津は女の子。そうなんだよね? お願い。本当の事を教えて?」



 あぁ……。



 いつからだろう。



 亜津と亜美は半身だった。2人で1人だった……。


 お互いを心から信用していたはずなのに。


 僕は僕の中の女の子を隠し、亜美は僕の心の中を知っていながらそれを隠した。


 僕は亜美のこの日、2度目のお願いを聞き遂げる事は叶わなかった。


「……知ってるんでしょ?」


 こう言うのが精一杯だった。これは通常なら肯定したと同じ事なのかも知れない。

 でも、2人の間でこの言葉は隠し事と同様。幼かった頃は全部……。本当に全部を打ち明けていたから。


「……そう。もう聞かない……。次の時に聞き出すね」


 亜津の姿をした亜美は、そう口にすると亜美の姿の僕に背中を向けた。


 近くて果てしなく遠い……。


 そんな距離だった。





「亜津! 亜津! おはよ!」


 僕はいつものように目覚めた。傍には可愛い笑顔の亜美が居た。


「昨日はごめんね。亜津は亜津だよね。私、どうかしてた。反省してます」


「……うん。おはよ。気にしないで? 大丈夫だから」


 そんないつもの僕に亜美は微笑む。


「うん。降りよ? お母さん、仕事行っちゃうよ?」


「……うん」


 亜美は僕の手を引く。


 いつもと同じで昨日と逆。不思議な現象。神様の意地悪ないたずら。



 ―――いつか


   ―――こう言ったのは


     ―――亜美だった



「お母さん、おはよ!」


「おはよ! 仲良しさん! 我が子どもたちながら見ててほっこりするよ」


「……おはよう」


「お母さん、変な事言わないの! 亜津? ジャムにする? マーガリン?」


「……今日はジャム。コーヒー入れるね」


 いつも通りに亜美は食パンを焼き、僕はコーヒーを入れる。食事が終われば違和感しかない男子制服に身を包む。嘘だらけの世界。それが変わらない日常生活。


「よろしくね。それじゃ行ってくるよ?」


「行ってらっしゃーい!」


「行ってらっしゃい」




 ……そこにあるのは変わらない日常。


 中途半端な亜津とそれを気に病む亜美の姿。


 つまらない日常がまた始まった。


 1ヶ月後を楽しみに……。


 僕は今日もつまらない日常を生きていく。



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