前編
拙い文章ですが、温かい目で見ていただけると幸いです
「ん~、なんか、改めてビデオレターって恥ずかしいね・・・。」
画面越しの彼女は恥ずかしいのか、顔を赤く染めていた。
「えっと、映像とはいえ、て、手紙だもんね!ここは丁寧に~・・・」
どうやら普段からまじめな彼女は、ビデオレターですら丁寧に書体の手紙と同じように引き締めるつもりらしい。しかし、出だしから転んでいる気もするが、これもまた彼女らしくて、とても・・・愛おしく感じられる。
「―――――拝啓、私の愛した君へ」
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あれは、春の日のことだった。満開の桜で辺りが桃色に支配された世界に突如現れた侵入者。どうやらその侵入者は、困っているらしく、うーんうーんとうなっていた。
「あのー、どうかしたんですか・・・?」
僕は、思い切ってその侵入者に思い切って声をかけてみた。
その時、強い風が吹き抜けた。暖かく、肌をやさしくなでるような風で不快感は自然と湧かなかった。どうやら、僕は、そんな風よりも別のものに意識が支配されたようである。
「鞄をどこかに置き忘れてしまったようで・・・。」
桜がひらひらと舞う中、彼女は振り向いて、はにかみながら僕にこう言った。その言葉に無意識に、手伝うと答えてしまっていた。どうやらこの支配力は絶対的であるみたいだ。でも、それは不快感なんてかけらもない、春の温かさに似た心地よさであった。
「ふむぅ~。ここのかき氷はいつ食べてもおいしいねぇ!!」
目の前には幸せそうにする彼女が一人。
「春初めにかき氷ですか・・・。」
暖かくなったといっても、先日までは冬だったのだ。
「おやおや、君は、かき氷はきらいかね??お礼のつもりと思ったのだけど失敗しちゃったかな・・・」
現在、彼女の鞄を探し、見つけた後である。
その後のことだが、彼女に呼び止められるがままに、じっとしていると、彼女が鞄の中から手帳を取り出し、何かを書き出したのち、手帳をぺらぺらとめくりだしたのである。急に大声でここだ!とつぶやいたかと思うと、僕の手をつかみ走り出した。そして、導かれるがままに、店に入り、かき氷を注文し、現在に至るというわけだ。
しょんぼりと、かき氷はおいしいのになぁ、などとつぶやく彼女につい笑みをこぼしてしまう。
「案外食べてみると、おいしいものだね」
その後はしばらく会話なしで互いにかき氷を食べ続けた。
「・・・かき氷って、はじめはしっかりとした形があるのに、気が付けばいつの間にか溶けてなくなってるの。」
ふと彼女が、そんなことをつぶやいた。
「でも、かき氷はそういうところが魅力なんだと思う。溶けてなくなってしまうからこそ、溶けないうちにたべきるんだよ、きっと。もし、かき氷が解けないものだったら、きっと食べることが優先されてないと思うよ。」
そっかぁと納得した彼女は少しはにかんで、また手帳に何かを書き込んでいた。普段なら、そんな些細なことなど気にしないが、彼女のことだと思うと、どんな些細なことだって知りたくなった。
だから、つい、聞いてしまった。
「その手帳には何を書き込んでるの?」
彼女は少しためらった後、苦笑いをしながら、か細い声で言った。これは、私の記憶だよ、と。
その後何を会話したのかは詳しく覚えていない。ただ、彼女は極端に記憶を忘れる傾向があるらしく、メモをしていないと、数分前のことですら忘れてしまうらしい。記憶が継続される方法は、ただ一つ、休止符を取らないことだそうだ。テレビを見終わり、テレビの電源を消した時には、番組の内容を。ひどいときにはテレビを見たことすら忘れるらしい。しかし、勉強などの「知識」に関することは忘れないそうである。
そう、彼女は忘れてしまうのだ。一緒に鞄を探したこと、見つかってそのあと一緒にかき氷を食べたことを。彼女が奢りだよと言って、お金を支払い別れたあの時に。彼女は、僕を・・・。
ただただ、そのことだけが衝撃だった。まるで、崖から落とされたかのような心地だ。
次の日、また同じ場所で彼女を見つけた。
鞄をなくしたのと聞くと、ううん、そうじゃないよと返ってきた。
「君は、かき氷の男の子・・・?」
僕はドキリとした。少し上ずった声で肯定した。
「そっか、そっか・・・!」
嬉しそうな彼女に思わず頬が緩んでしまう。僕のそんな様子を見て彼女は、例の手帳を取り出し新しく何かを書き込んでいく。何を書いたのかをきくと、秘密だと答えられてしまった。
「あのね、君が良ければでいいんだけど・・・」
彼女は気まずそうに、言葉を紡いだ。
「明日も、同じ時間にここで会いませんか・・・?」
少し恥ずかしそうに、こちらの気持ちを優先するといわんばかりの瞳で懇願してくる彼女がかわいらしくて、喜んでと答えた。
昨日会った彼女とは、厳密にいうと違うのかもしれないが、目の前にいる彼女も、昨日話した彼女も、どちらも変わらないように思った。きっと、明日の彼女も、明後日の彼女も、同じくそうなるのだろう。なぜか、確信を持てた。
それから、毎日彼女と初めてあった時間と場所で、会い続けた。いつの間にかピンクの世界は終わりを迎え、緑色に染まりつつあった。
明日は、あのかき氷でも食べに行こうと提案するのはどうだろうか。そして、初めて会った時のことを、語ってみるのはどうか、と思いを膨らませていった。
当たり前だった明日は、――――――――――――来ることはなかった。
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