表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

勇者、誕生?

 春の柔らかな風が教室の白いカーテンを撫でていた。


「ぼくのお父さん、2年3組村中竜生(りゅうせい)

 教壇の真ん前の席から立ちあがった少年の、小学生らしい声が響く。

「ぼくのお父さんのお仕事は勇者をすることです。今日はどんなてきをたおしたのと聞くと、とっても強いてきと言います」

 クスクスという声が参観する父兄の所々から漏れる。

「お仕事が早く終わると勇者ごっこをしてくれます。とても優しいお父さんです」

 ああやっぱり子供を持つっていいことだなぁとしみじみ感じ入る。


「でも」


 と竜生が言った瞬間、春の柔らかい日差しに包まれた教室に暗闇が侵食してきた。

「本当は知っています。お父さんが全然てきをたおせていないことを」

 狼の顔をした男たちが教室に侵入し、生徒や父兄を襲い始めた。キャーという悲鳴と逃げ惑う生徒たち。

「勇者といっても剣もまほうのいりょくもパーティの中で一番弱いです。いつも回復まほうをかけてもらわないとすぐ死んでしまいます」

 狼男達に竜生は見えていないのか、見向きをするでもなく、彼はただ淡々と小学生らしい声で朗読を続ける。

「この前はまじゅつしの人に『使えねーゴミ』とかげ口をたたかれていました。その前は同じ勇者の人から『もうお前この仕事やめたら?』と言われていました」

 おい、愛する息子よ、なんでそんなこと知っているんだ。


 狼男達は教室から人という人を全て連れ去り、そこには竜生だけがポツンと残った。


「でもぼくはそんなお父さんが嫌いじゃないです。本当はひめられた力がやどっていて、真の勇者になって世界中の人を救ってくれるからです」


 * * *


「じゃあ行ってくる」


 村中は静かにドアノブを回して昼前のアパートを出た。

 2年勤めたチェーンのカフェを辞めたのは、先月のことだった。

 辞めた、のではなく、クビになった、のほうが正確な表現なのだが、正直に言うのはプライドが傷つくからだろうか、妻の理恵には「やりがいがなくなったから」と告げた。


 真夏の太陽が村中の両耳に就職活動の無意味さを悪魔的に囁く。

「そんな無理すんなって、嫁に働いてもらえばいいじゃん」

「そうだぞ、今まであの女に渡した金額計算してみな、1年ぐらいヒモになったって全く問題ないって」


 それを無視しながら辿り着いたオフィスビル。5階、ブレイブホーム。


 インターフォンにマイデータカードをかざすと、女性の音声が流れた。

「村中様、ですね。お待ちしておりました。通路をそのまま真っ直ぐ、突き当り左が社長室になります。社長の黒木がおりますので、どうぞお入りください」


 無音の空間が広がる。左右には部屋が3つずつあるようだった。資料室、給湯室に会議室AとB、それと探査室、とあった。

 村中は意を決し、社長室のドアのノックし、足を踏み入れる。


「今日は遠いところ面接にきてもらってご足労だったね」


 いえ、とんでもないですと答えた村中は、黒木という人物を前にして同時に思った。狸の置物そっくりだなぁと。

「社員は皆パソコンに向かって仕事をしているようなもんで、この通り、もぬけの殻みたいにガランとしててね」


 社長の黒木は煙草に火をつける。その額には脂汗が滲んでいるようだった。


「ところで君の専門は何かね?」

 手渡した履歴書の封も開かずに、村中の顔をじっと見つめてそう言った。

「特に専門というほどでもないですが、大学では経営学を勉強していました」

「それで得るものはあったかね」

「いや、恥ずかしながら......」

 ほう、そうかそうかと黒木は笑みを浮かべて立ち上がり、どこかに内線を繋いだようだった。


「うん、君、十月からウチに来なさい。ただし職種は勇者だ、それでもいいね」


 村中は口を半開きにさせ、ややあって、勇者、ですかと答えた。

「詳しい職務内容や給与待遇なんかは書面で送るから、それを見てくれ。じゃ、あとは木崎、頼むぞー」


 太ももに両手を乗せ、やや肩が窮屈に感じるスーツに身を包んでそのまま冷凍保存されてしまった男、村中。木崎です、と名乗った男が説明を続けたが、彼の脳には『職種は勇者』という文字が刻まれるのみであった。


 後日彼に届いたA4サイズの封筒には、採用通知書と職務内容が写真付きで書かれた書類、それに入社承諾書が同封されているのみで、


 ――俺は何故勇者なのか


 その疑問への回答は、なかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ