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森ガール、はじめました  作者: マルコ
1.In The Shadow Of The Valley
6/8

We'll Meet Again“覚えてやがれ”

 翌朝。天候はすこぶる良好。旅立ち日和とも言える晴天であった。

 1ヶ月ほぼ着倒していた制服は役に立たないだろうと言う事で、王都に置いてゆくことにして、茅子は質素なシャツにズボンと外套の旅装束に身を包んでいた。故郷の荷物は、足元のトランクの中だ。


 唯一、律儀に見送りに来た本郷の姿を目にし、何時か体育の授業で教師と組んでバトミントンをした嫌な記憶が蘇り、茅子はなんとも言えない気分がした。


「鹿喰さん、道中体に気を付けてくださいね」

「ありがとうございます。先生もお忙しいのに態々すみません」

「これでも、貴方の先生ですからね」


 そう、本郷先生――本郷昌平ほんごうありひらは笑って言う。

 元々青白い文学青年が亡霊になったような風采なのに、ここ数ヶ月の心労でより幽霊感が増している気がした。

 

「それじゃあ、また」

「ええ、またお会いしましょう」


 こうして、呆気無い程あっさりと、茅子は王都マルモアを後にした。







 場所は離れて、王女の私室。

 豪華絢爛でありながら、ちっとも下品さのない不思議なバランスの一室。

 窓際に置かれたテーブルにつき、遠くに見える馬車を見つめてアウルム姫は一人笑った。


「まずは一つ。忌々しい地母の末子・・・・・は消えた」


 そして、後ろにゆらり、と現れた気配に振り返ることなく、声をかける。


「後は、もう一つ。早いところ目障りなアレも消して頂戴」


 後ろの気配は何の返答もなく、またゆらりと陽炎のように部屋の空気に溶けて消えた。

 またくつり、とアウルム姫は喉の奥でわらう。

 ――その表情は巫女姫とは言い難い、獣のような笑顔であった。








 王都を出てはや2週間。

 夜光の都ルーンヌィ・カーミェニへの旅路は、快適とは言い難いものであったが順調だった。

 思っていたよりは馬車は酷くはないが、長時間乗っていると板張りのため、尻が大変なことになる。

 道中、盗賊がでたという話を聞いてひやりとさせられたりもしたが、同時に収穫も有った。


 同乗者のメリセルタという蜂蜜色の髪に空色の目の娘の存在だ。

 王宮魔導師の末席に父親が居て、父の仕事を助けるために夜光の都ルーンヌィ・カーミェニに行くのだという。

 それほど王宮と関わりがないらしく、茅子にも同年代の娘と接するような気さくさで接してくれる屈託ののない娘だ。

 一人で馬車に揺られるより、世間話でもできる相手が居る方がずっと気が楽になる。

 

 旅路も然程目立ったトラブルに巻き込まれることもなく、山を超えるのだろう。

 その日までは、そう思っていた。

 


 街道を進み人里を離れ、見えるのは木々とはるか遠くに聳える山のみ。

 夕暮れ時も相俟ってあまり使われない街道であるのか、人っ子一人見当たらない有り様で、とどめにとばかりにどんよりとかかる雲は、今にも雨が降り出しそうな有り様だ。

 

 人が居ないはずであるのに、木陰に岩の隅に、至る所に何かが潜んでいるような嫌な空気を茅子は感じた。

 ただの被害妄想であろう。そう、考えはするのだが思わず言葉が漏れ出る。

 


「……嫌な感じがする」

「私にはそうは見えないけど、カーヤは心配性ねぇ」


 お嬢様らしく、ころころと可愛らしく笑うメリセルタ――メリーに此方も少し肩の力が抜けた。

 カーヤとはメリーが付けた茅子の渾名である。

 馬車の旅7日目にして塩漬け肉と芋と豆にピクルスの食生活に音を上げた所を、たまたま休憩時間に茅子が散歩中に見つけた杏を進呈して以降、カーヤと呼びえらく懐いている。

 以降、茅子が隙を見ては野草を摘んだり果物を見つけてきたりと、食生活の改善に少々役立っているのは蛇足だ。


「今日のお夕飯は何かしら。まあ、また豆と塩漬け肉のシチューと石みたいなパンだと思うけど」

「シチューは諦めるとして、パンは焚き火で炙ってシチューに沈めたらまだマシになる」

「それって、結局シチューにひたすから味は一緒じゃない」


 メリーの鋭い指摘に、茅子は苦笑いを返す。


「我儘言うなら、塩味以外も欲しいところだけどまあ、食えるだけマシさね」

「王族の食事よりよりいいものが出るって噂の彼の地ザイオンから来た勇者様にしては、あなた何でも食べるわよね……きゃっ!?」


 馬車が一際大きく揺れて停車する。

 何事かと思っていれば、血相を変えた御者が車内に飛び込んできた。


「お嬢様方、お逃げください!」


 盗賊です、と言い終える前に、御者は針鼠の様に矢を受けて動かなくなった。

 





 さぁっと顔を青くするメリーの腕を取り、茅子は馬車の窓から死角に身を伏せる。

 儚い音を立てたかと思うと、矢がガラスの様な素材の窓をぶち破って馬車内に飛び込んできた。

 足元のトランクを二つ掴むと、一つをメリーにもたせて茅子は小声で言う。


「頭をトランクで庇って、一気にあの林まで走って」

「カーヤ!?」

「いいから!」


 無理矢理トランクを持たせて、背中を押すとメリーは一気に駆け出す。

 途中、足がもつれて転びそうになったりトランクに矢が刺さり悲鳴を上げたりはしていたが、無事に木の影まで到着する。

 ちらり、と茅子は前方の様子を伺う。盗賊らも松明を持っていたようで、明々と照らされ様子が伺えたのが幸いだ。

 護衛として兵士が付けられていたものの、あからさまに数の上で劣勢だ。そう長くは持ちそうもない。

 血のにおいのする空間に眉をひそめ、茅子もトランクを盾にして一気に街道側の木立まで転がり込む。


「カーヤ!」

「静かに。このまま森に身を隠して、きた道を戻るから」


 トランクから、狛江から貰った狩猟刀の鞘をベルトに通し、いつでも抜ける位置に固定する。

 中身はほぼ捨てるにしろ、異世界から持って来た唯一の財産が入ったバックパックだけは背負う事にした。

 メリーのトランクは、背負い紐で背負えるようにもなっていたので、背から射られるのを防ぐために無理矢理背負わせる。

 そうしている間にも、メリーは向こうの様子が気がかりなようだ。


「でも、護衛の兵たちはどうするの」

「……持ちそうにない。仮にわたしたちが行っても、何の助けにもならない」


 冷酷なまでに冷えきった頭が、茅子にそう伝えた。

 あの場にわたしたちが行っても、目の前で兵士を殺されて、後は山賊の慰み者にでも成るのが精々であろう。

 メリーは金が毟り取れるであろうから、命は取られないかもしれない。

 立ち上がりそうになるメリーを引き止め、顔を大きく顰める。


 「居たぞ、コッチだ!」


 盗賊の一人が茅子らを見つけたようで、大きな声が聞こえた。

 メリーが何かを言う前に、茅子はその腕をとり走りだす。

 空模様は崩れ、雨が振り出していた。








 雨は滝のように降り注いでいる。泥濘んだ街道沿いの森を、半ば転げまわるようにしながら、メリーの腕を取り茅子は走る。

 振り返る勇気はないが、同じく水たまりを踏む音が無数に聞こえるので、恐らく追手はまだ居る。 

 女でしかも子供の足で逃げ切れる気もしないが、諦めてしまえばそこで全て終わってしまう。

 恐怖に突き動かされるがままに、がむしゃらに茅子は走る。



 風を切る、ひゅぅんと言う音が聞こえ、一拍子置いて腕に痛みが走る。

 見れば、深々と矢が二の腕に食い込んでいた。

 思わず転けそうになるのをどうにか堪え、森の一層深い場所へ舵を切った。


 その甲斐あってか盗賊も見失ったようで、遠くで口々に怒鳴りあう声が聞こえた。

 嵐にでもなってきたのか、そんな声も吹き荒ぶ風の音に掻き消えてゆく。

 しかし、奥深くに入り込んだせいで、何処が来た道かもわからない有り様である。

 木にもたれかかり、座り込んだ茅子は息を喘がせる。

 改めてみた傷の様にメリーはぼろぼろと涙をこぼしている。


「血が、血が止まらないわ!ねえ、カーヤ、しっかりして!」

「だ……い、じょう、ぶ。まだ走れ、る、から……」


 息も絶え絶えになりつつ、尚もメリーの手は離さずに言う。

 見捨ててしまえは良い、と頭の奥で誰かが――父親がささやくのが聞こえた。

 痛みと貧血でくらくらする頭を振って、その考えは振り払う。

 それをやってしまえば、わたしはわたしではなくなってしまう。畜生にも劣る、血と肉と、糞の詰まった革袋になってしまう。

 そんな気がした。

 



「見つけたぜぇ、ガキ共」


 背後から聞こえた低い男の声に身を竦ませ、二人は振り返る。 

 垢染みた粗末な服に、手にはショートソードを握った男がにたりにたりと嫌な笑顔を浮かべていた。

 片手のランプに灯る魔術の火が、一瞬だけ茅子の視界を眩ませる。


 次の瞬間ガツン、と茅子の視界に白い星が散り、泥濘んだ地面に吹き飛ばされる。

 額がかっかと燃えるように熱い。どうやら、頭を殴られたようで世界が揺れるような気持ち悪さがあった。

 雨垂れとは違うぬるりとした水が、顔を伝う。遠くで、メリーが自分の名前を呼んでいる。


「カーヤ!ねえ、寝ちゃだめよ!カーヤ!!」

「大人しくしてろ!金蔓のガキ一匹に貧乏貴族の娘か、言う程大した得物じゃなかったな」


 男は、値踏みするかのような視線を茅子とメリーに向けた後、酷く下卑た笑い声を上げた。


「嬢ちゃんは気の毒になぁ。コイツとつるんで旅下ばっかりに貧乏くじ引いてよう。

 こんな子供まで巻き込むたぁ、げに恐ろしきはお貴族様か。

 ひひ、まあ、おれたちゃ金が貰えて、少々つまみ食いができりゃ何の問題もねぇがな」


 グラグラと揺れる頭のなかで精一杯、その男の言葉を噛み砕く。

 お貴族様、巻き込んだ。金蔓。

 さぁ、と全身の血の気が引き、静かに怒りが染み出してきた。


 まさか。


「嵌め、られた」


 絞りだすように、茅子は呟く。ご名答、とばかりに男の笑い声が大きくなる。

 げらげらげらげら、とまだ揺れる頭に破鐘がなるように不愉快に響く。

 

「中々頭が回るじゃねぇか。楽しい旅行もここまでってこったな!」


 げらげら、と男の笑い声に重なって、誰かの笑い声が響いた。

 ――そらみたことか。

 男の笑い顔が、酷く見知った顔と重なって、怒りはいよいよ底冷えのするものとなる。

 身を焼くような怒りではなく、骨の髄まで凍らすような憤怒だ。

 貧血で青い茅子の顔が、いっとう青褪めてゆく。どこかで、雷鳴が鳴り響いた。


 おさらいだ。頭の奥で、父が囁く。

 無意識に、吊っていた狩猟刀に手が伸びていた。

 やらなければやられる・・・・・・・・・・当然のことだろう?

 今更、何を悩む必要がある。殺されかけているのだ、身を守る過程で殺して何が悪いのだ。

 絶望的なまでに冷えきった頭で、男の腹を掻っ捌く算段を立てている自分が居た。



其は(eldr)小さき(steinn)灯火なれど(fljúga)山をも(Teine))焼く礫なり(dèideag)――カーヤ、逃げて!」


 ぼん、という破裂音で一瞬、茅子は現実に引き戻される。

 低級の火球呪文が、男の顔を焼いたのがスローモーションで見えた。

 メリーを掴んでいた腕が剥がれ、ゆらりと姿勢を崩す。


 ――そうら、やるんだ。


 抜き出した狩猟刀を刃を上にして構え、茅子は弾かれたように男の懐目掛けて一直線に飛び込む。

 顔を焼かれた痛みと、まさかの反撃で隙の出来た男には、十二分に効果のある一撃だった。


 狩猟刀は真っ直ぐ、勢いと茅子の体重を載せて男の腹に吸い込まれる。

 ぐぐ、と尚も刃を食い込ませる。ぐご、と男の口から蛙が潰されたような呻き声が上がった。

 茅子を引き剥がそうと伸ばされる手をちらりと視界の端で一瞥すると、そのまま上向きの刃を、上へ上へと押し上げる。

 今度は、ぎりぎりと歯が折れんばかりの歯ぎしりが聞こえた。


 少しの間藻掻くような痙攣をした後、そのまま男は動かなくなった。


 ずるずると茅子に崩れかかる男を、地べたに振り捨て首で脈を取る。

 弱々しい脈を数度刻んだ後、その脈すらも止まった。

 それを確認し、漸く茅子は狩猟刀を男から抜き、血糊を払う。

 不思議なことに雨水に濡れたかのような刀身は、血脂など無かったかのようにきらめいていた。

 得物を収め、漸く茅子は我に返る。


 手は愚か、全身が自分の血だか返り血だか分からない程に真っ赤に染まっている。


 振り返れば、メリーが真っ青な顔をして立ち尽くしていた。

 何と声をかけるべきなのか。珍しく、茅子は困り果てていた。


 無事でよかった?怪我はない?


 目の前で人を殺した人間にそんな言葉をかけられて、果たして何に役に立とうか。

 このまま、姿を消したほうが良いのかもしれない。


 踵を返しかけた茅子の手を、そっとメリーが両手で握る。

 

「顔が真っ青よ、大丈夫なの?」


 呆けた表情で、茅子はメリーの顔を見る。

 まだ真っ青な顔で、カタカタと震えているのに彼女は、茅子の手をいっそう強く握ってぎこちなく笑った。


「助けてくれたのよね……?ありがとう」


 そうじゃない。そんな、上等な理由じゃない。

 そう吐き出そうとした声は、遠くから聞こえた男たちの声に流され消えた。

 雨音に混ざって聞こえる足音は多く、もう逃げ切れないと悟るには十二分の材料だった。


 メリーはカーディガンのポケットからハンカチを取り出して、茅子の額の傷に当てる。

 真っ白なリネンのハンカチが、見る間に真っ赤に染まって行く。

 そうしているうちにも、ちらちらと木々の隙間から見えるランプの明かりが近づいてきていた。

 メリーは、茅子の顔を両手で持ち、額同士をくっつける。


「大丈夫、大丈夫よ。カーヤは私を助けてくれたんだもの、今度は私の番だわ」

「何を……メリー……そっちに行っちゃだめだ、危ないよ」


 そう言うとカーヤは、くるりと踵を返して明かりの方を向き直る。

 よく見ると、メリーの手の震えはとうに止まっていた。なにを、と言いかけた茅子に彼女はもう一度振り返る。顔は青褪め、カタカタと震える歯をどうにか精一杯食いしばって押しとどめていたのが、よくわかった。


「私だって貴族で、誇り高い王宮魔術師の娘だもの。

 勇者様をお守りしないと、お父様に合わせる顔が無いわ――だからね、カーヤ」


 一緒に行ってあげられないけど、ちゃんと逃げてね。

 そう言って、メリーはふわりと綺麗に笑ってみせた。

 

 

「さぁ、こっちよ!ひよっ子だからといって、魔術師なのよ。あなた達ぐらい片付けて、武勇伝にしてあげる!」


 

 明かりの方へと数発の火球呪文を射出すると、メリーはそのまま走りだしてしまった。



「メリー!メリー!!!行っちゃ嫌だ!行かないで!!」


 茅子は手を伸ばすが、届くはずもない。

 悲痛な叫びは、いよいよ激しくなる嵐に飲まれついぞ誰かの耳に届く事もなかった。

 ゆらゆらとメリーが放つ火球呪文や盗賊等のランプの明かりが遠くに見える。

 声も出ないまま、茅子は初めて後悔と嫉妬を覚えた。


 わたしではなく、加護を受けたクラスメイトの誰か――狛江颯人だったならば、きっとこんな事にはならなかった。


 雨だか涙だかわからないものが頬を濡らし、地面の土を握りしめ折れんばかりに奥歯を食いしめる。

 やがて、為す術も無い茅子は身体を引き摺るようにし、惨めにその場から逃げ去った。



 皮肉な幸運にも、激しい雨と風は茅子の痕跡を総て流し去り、追手の魔の手を阻むこととなる。






ひとまずへし折ってゆくスタイル

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