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森ガール、はじめました  作者: マルコ
1.In The Shadow Of The Valley
5/8

北北西に進路を取れ


「まぁ、その怪我は如何されましたの?」


 応接の間で待ちくたびれていたらしいアウルム姫の第一声はそれだった。

 先ほどの呼び出しで叩かれた頬からは、引っかき傷らしいぴりぴりとした不快な痛みが時折顔をのぞかせている。

 

「少しばかり“西風”に遭いまして」

「――そう。災難でしたわね」

「ええ、全く。おまたせして申し訳ありません」


 分かってるくせによく言うよ、と腹の底でまた茅子は毒を吐く。

 どこかざまぁない、といった風を見せるアウルム姫から、湿らせたナプキンを有難く頂戴し頬の傷に当てる。

 数度傷を拭うと、赤く滲んでいる。引っかき傷は治りが遅いのが憂鬱だ。


「それで、どういったご用件でしょうか?」


 なんでこんな奴に、といったオーラがビリビリと滲む年配のメイドから勧められるお茶を断り、茅子は首をかしげた。

 冗談で放逐か、と思ったがそろそろ有りそうな線では無かろうか。

 なにせ、突然現れた素性もわからぬ奴らが我が物顔で王宮を闊歩し、訓練場から書庫から果ては厨房まで荒らしまわっていると聞くから、まあ、面白くないものは多く居よう。

 追放者の一人も出して見せしめとガス抜きが行われても悪くはない。

 お誂え向きに、無駄飯食いも居るわけだから尚更、満更でもない手だろう。


 とりあえず、王宮を放り出されるときは、ナイフの一本もせびり取ってあとはどこかの山奥で暮らそう。

 原始人との謗りは受けたが、やはり自分はそういう生活のほうが性に合っているのではないかと茅子は考えた。


「お呼びした理由は他でもありません、白札の君の加護に関するお話です」


 おや、と茅子は片眉を跳ね上げる。あれ程調べたと言うのに、まだ何がしか手を打つつもりなのだろうか。

 アウルム姫は優雅な所作で、側に控えていた家臣に合図を送る。

 すると、控えていた家臣は脇に抱えていた羊皮紙をテーブルの上に広げてみせる。

 

 どうやら、この国――銀の王国(アルジャント)の地図であるようだ。中央の王都マルモアから東西南北と血管のように街道が走り

 東と南はなだらかに広がる豊かな穀倉地帯を抜けて海へ、北は険しい山々が天然の砦のようにそびえ立っている。

 西は、と言われるとこちらは大渓谷に分断され、はるか向こうは魔の森――魔獣の生息域へと繋がっている。

 アウルム姫は、マルモアから少し西に寄った北の山へと伸びる街道を指さし、言葉を続ける。



「この街道は、隣国――魔術大国である夜光の都(ルーンヌィ・カーミェニ)へと繋がっております。

 我が国でも錬金術や魔法の研究は盛んではありますが……やはり、彼の国には叶いません」

「……本場で、一度調べて来なさい、という解釈で間違いありませんか?」

「ええ。さらに言えば、この国にはない『何か』に関する加護、という可能性もまだまだ捨て切れませんからね」


 異国の技術に触れれば、それだけ加護を発見するきっかけにも繋がろう、と言うことらしい。


 つらつらと、彼の国の魔術アカデミーに関する話をアウルム姫は続ける。

 曰く、世界中の魔術的至宝の集まる研究大国である。

 曰く、この国の王宮魔術師も箔付けのためにアカデミーに通うこともある。

 曰く、歴史は古くこのとある魔術師の一人が研究のために興した魔術工房(アトリエ)中心となり国になった地である。

 思っていたよりも高待遇な追い出し案に、茅子は目を白黒とさせた。

 

「お、落ちこぼれ一人するにしては破格の対応じゃありませんか」


 思わず漏れた声の裏返った本音に、アウルム姫は目を細め慈母の如き微笑みを湛える。まるで、子供の失言を窘めつつも、仕方のない子だと優しく受け止めるかのようなその笑顔に一瞬、ほんの一瞬だけ茅子は錯覚する。本当は彼女は、心優しい姫君なのやもしれない、と。

 慌ててその考えを頭から追い出したのは言うまでもない。


「これは、私からのお詫びの意もあります。

 此方シオニアに無理矢理呼びつけ、帰る手立ても用意できないことへの、せめてもの償いです」


 こんな小娘一人に対して行うにして行うにしては破格すぎる応対に、鼻白んでしまう。

 あまりにも大きな餌ではあるが、食いつかない手もない。

 逆に断って、これ以上王宮内で針の筵の針を増やすのも、悪手ではある気がしてきた。

 少し考えたのち、茅子は口を開く。


「故郷から持ってきた荷物を持って良いのであれば、お言葉に甘えさせていただきたい」


 手荷物――即ち、シオニアに転移する際に一緒に飛ばされた品々の事である。

 文明も技術も著しく離れている品々であるそれらは、無闇に持ちだされて混乱を招くよりは、と

 狛江や本郷が相談した後に、国庫に預ける運びとなっている。

 王国アルジャントとしては、未知の品々を国外に持ち出すのはリスクがあろうが

 それを承知でも茅子を送り出すというのであれば、まあ悪くはないと茅子は考えた。


「ええ、勿論。故郷の品が手元にあれば、慰めにもなりましょうから」


 頷くアウルム姫に、これ以上言うことはなかった。









 話が決まってからは、事の運びは思った以上に早かった。

 旅支度に、足の手配。道中の食料の確保まで、恙無く進められて行く。

 特に出来る事も、口を挟む余地もなかったので、茅子は準備期間の間もひたすら本を読んでいた。

 神保女史の助力のお陰もあり漸く、たどたどしくではあるが、文章が追えるようになって来たのだ。

 目を通すのは、この国の動植物に関する書籍が主だ。

 続いて、この世界の魔法とやらについての教本だが、此方はいまいち理解が追いつかない。

 

 驚いた事に、此方シオニアにも元居た世界あちらに生息する動植物がちらほらとではあるが、存在した。

 これは、異世界なのだから動物植物も完全に未知だと思い込んでいただけに、少しばかりほっとするものがあった。

 ただ、北国の植物が南国に、南国の植物が北国に生育したりは序の口で、生える季節が間逆だったり

 果てには樫の実が拳ほどあったり、人の頭ほどあるベリーなんかが有ったのには、流石に茅子も自分の目を疑った。


「いよいよ、明日なんだね」


 やはり閲覧室でひたすら書物を読み漁る神保女史が声をかけてきた。

 彼女は彼女で、噂を掻い摘むと今まで誰も解読できなかった古書を読み解いたり

 王立研究機関アカデミー直々のご指名で、遺跡から持ち帰った石版の解読をしたりと

 地味ながら大変な功績を挙げているらしい。


「――ああ、そういやそうだったわ。早いもんだ」

「相変わらず鹿喰さんってマイペースだよね。……寂しくなるなぁ」

「へっ?」


 間抜けな声が漏れ出て、ぽかんと阿呆面を晒す茅子に、神保女史はすこしばかり照れくさそうに笑ってみせた。


「ほら、一年から同じクラスだったけどあんまり話したこと無かったし。

 こんな事があって、大変だったけど、鹿喰さんとは仲良くなれてよかったな、って思ってたからちょっとね……」


 天使か。

 もう一回言う、天使か。そうじゃなければ、妖精か、女神なのか。

 はにかんでみせる神保女史に、茅子は柄になくキュンと胸が甘く締め付けられる感覚を覚える。

 男だったらこの場で即告白一直線であるが、性別の壁は如何とも越えがたい。

 百合は小説か漫画までが茅子の許容ラインであった。


「……手紙で良ければ、書く」


 いささか面映いものを感じつつ、もごもごと口ごもりながら、途切れ途切れにそう答える。

 悪意ならばどの角度からぶつけられてもどこ吹く風で流せるが、こうも純粋で打算のない好意を見せられると

 どう反応して良いのかいまいち分からないのが、茅子である。


 ぶっきら棒な茅子の返答でも彼女は十二分に満足したらしく、うん。と返事が帰ってきた。

 何とも甘酸っぱくさわやかな青春の風が吹いた気がした、一瞬だけ。


「お、やっぱりここに居たか。仲良いよな、お前ら」


 呑気な声にデジャヴを感じ、茅子が目を向けると案の定狛江がそこに居た。

 後ろに見知らぬちびっ子を侍らせ何とも優雅なご登場である。

 くりくりとした利発そうな桃色の目に桜色の髪と、この世界の色素について色々と問いかけたく成る配色をした

 何とも可愛らしい風貌の子供である。背丈は辛うじて茅子のほうが高い。

 小声で、茅子は神保女史に問いかけた。


「後ろのちんちくりん、誰」

「あの子ね、アカデミーの主任研究官よ。稀代の天才だって」

「何で狛江ハーレムに入ってんの?」

「こま?ハー?……えっと、それはね」


 ゴニョゴニョと事情を聞くと、どうやら功を焦って王都近くの遺跡に単騎突撃して魔物に襲われてピンチになったところを

 偶然、修練のために遺跡に居た狛江に救われてからというもの、実の兄のように懐いているとの事らしい。

 おお、王道展開じゃんか。と茅子は目を丸くした。


 狛江を無視してヒソヒソと話を続ける二人組に、噂の主は思わず苦笑いが漏れる。


「仲良いのはいいけど、無視はやめてくれよ」

「おう、悪かったな。で、どうした。後ろの可愛いちんちくりんの紹介なのケ?」

「誰がちんちくりんですか!ボクと身長変わらないじゃないですか!!!」


 心外だ、と言わんばかりに後ろの桃色美少女が抗議をする。

 おお、ボクっ娘か。とラーメンの感想のような詮無き事を考える茅子であった。

 ぷんすか、という擬音が似合いそうな怒りっぷりのちんちくりんを、狛江がどうどうと宥めている様は

 中の良い兄妹のように見えて少し微笑ましい。


「ハヤト兄さんはアナタの見送りに来たんですよ!」


 人差し指をそのちびっ子につきつけられぱちくり、と数度茅子は目を瞬かせる。

 その後、ちびっ子と狛江の顔を交互に見た後、数秒悩んでから話を混ぜっ返すことにした。


「――狛江、お前の父ちゃんこんなトコで浮気してたのか?」

「話を混ぜっ返すんじゃない。あと、アルセはその呼び方は他所でやめろ」


 アルセと呼ばれたちびっ子は、ぷーと頬をふくらませて不満を露骨にアピールする。

 その顔は、美少女の特権だなと茅子は思う。

 あれを10代以上のがやったらいくら美人でも思わず手が出る自信がある。 

 逆に子供でも残念な面相な奴がやったらこれもやっぱり手が出る自信もある。


「見送りったって、別に見送るようなもんでも無いと思うけど」 

「普通は友達が離れて遠くに行くなら、話しの一つもしてぇだろ」

「何時、あんたとわたしが友達になったのさ」

「いつも思うけど、お前失礼を通り越した何かだよな。まあ、鹿喰らしいけど」


 何とも表現しがたい味わい深い顔を浮かべた狛江は、諦めたように両手を組んで頷いた。

 それから、思い出したようにずっと手に握っていた布の塊を茅子に押し付ける。

 塊を開くと、片刃の短剣が姿を表す。ダガーと言うよりは狩猟刀にちかい風情だ。

 奇妙なことに、刃は澄んだ透明な薄い青色で、氷で出来ているかのようだった。


「なにこれ」

「餞別。こないだ潜った遺跡で手に入れた」

「拾得物横領罪って知ってるか?」

「此処は日本じゃねぇぞ。

 それに、迷宮化した場所で発見されたブツは発見者のもんになるんだぜ」


 ふふん、と自信ありげに狛江は言う。

 どうやら、迷宮とやらはセオリーにもれず宝と冒険の開拓地であるようだ。

 何とも渋い表情でその狩猟刀を見下ろし、茅子は言う。


「それにしたって、同級生に刃物送る奴が居るか?」

「つっても、首飾りだのはお前受け取らねーだろ」

「あたりめぇだ。何でお前にンなもん贈られなきゃならん」

「まぁ、聞けよ。狩猟刀コイツがお前に会いたがってたから持って来たんだ」


 ん?と聞き返してみる。

 ああ、そういえばお前は知らなかったのか、と改めて狛江は納得したように呟く。


「俺の加護だよ。剣技の腕と、剣の意志を感じ取れるんだ」

「包丁で脂の多い鶏肉捌いたりしたら五月蝿そう」

「さすがに量産品は喋るまで育っちゃいないから聞こえないだろうな……」


 狛江曰く、悪性の付呪は無いのが分かってどうしたものかと思ったところ

 狩猟刀の方から、自分をこき使ってくれるような奴の元に置いてくれと言われ

 茅子の顔が浮かび提案したら二つ返事で連れてゆけと言われたらしい。


 本人?本刃?の、希望もあり、さして断る理由も無かったので

 茅子は有難く、この狛江からの餞別を頂戴することにした。


「ありがとう……つくづく良い奴だよな、お前。ちょっと女たらしすぎるけど」

「女たらしは余計だ」


 心なしか得意そうだった狛江は一転、茅子の額をスパンと平手で叩く。

 乾いたいい音が、閲覧室には響いた。

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