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森ガール、はじめました  作者: マルコ
1.In The Shadow Of The Valley
3/8

図書館はどこですか

 時が経つのは早いもので、彼方の地シオニアへ放り出されて1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あの後、本郷の抗議も虚しくこの王国の巫女姫にして召喚者であるアウルムは2年C組の面々に残酷な事実を叩きつけた。


 『召喚は一方のみであり、元いた世界に帰還させることは現状不可能である』


 当然パニックは起こり、泣き出す女子生徒にふざけるなと声を上げる男子生徒と蜂の巣を突いたような有様で、酷い奴では王女に殴りかかるものまで居た。

 茅子個人としては、そのまま実の母親すら見分けられないような顔面に整形されてしまえとも思ったが、護衛らしき仏頂面の女騎士に阻まれそれは叶わなかった。

 実に惜しいところだ。


 

 そうして、事実上生殺与奪を握られたに等しい2年C組の面々は、恙無く次のステップへと踏むこととなった。


 何処の世界も、異世界からの客人というやつは異能を持っているのがお約束らしい。

 選定の碑と呼ばれる、ひたすら巨大な瑪瑙を縦にスライスし磨きあげたような石のある部屋に連れてゆかれ、徴兵された兵が健康診断に並ばされるかのように各自持っている『加護』と呼ばれる異能を見定められた。


 碑の検査で、ある者は剣の才を、ある者は治癒魔法への才を、またあるものは錬金術に関する能力を見出される。

 変わり種では、頭のなかで完全なマッピングが出来るだの、あらゆる文字を理解するだのという加護も有った。

 互いに加護についてぺちゃくちゃとお喋りをしながらも、特に困ったこともなく選定の儀は終わる――筈だった。


 此処で何事もなければよかったのだろうが、どうやらこの世界の神は茅子を嫌っていたらしい。


 クラスの全員に碑がなんらかの反応を示す中、茅子にだけは何の反応も示さなかったのだ。

 何かの間違いかとも思い数度試し、仕舞には国一番の錬金術師すら呼ばれたが、やはり何も起こらなかった。 

 

 徐々に霜が降りる様に冷える空気とクラスメイトの視線におちこぼれ、という嫌な五文字が茅子の脳裏に過る。

 三年前に裏山の神社で木に生っていた柿をくすね、うっかり枝を折って逃げたのが原因であろうか。

 いや、あんな所に美味そうな柿を生らせる木が悪い。神なら其処まで管理してなんぼだろと茅子は思う。


 結局、茅子からは何の能力も見定められないまま、選定の儀は終わった。

 後には一人の落ちこぼれと、勇者たちだけが残された。








 そうして月日は流れ、今日に至るまで『鹿喰茅子』と書いて『ゴクツブシ』と読む方程式は覆らない。

 加護も、内政チートできる知恵も、近代兵器TUEEEEできる手先の器用さも持ち合わせていないので茅子の毎日がエブリデイのニートである。いい加減王国の関係者の視線が痛くなる頃合いだ。


 幼少期から文明は滅ぶという妄想にとりつかれた頭のおかしい父親に反吐が出るまで叩きこまれたサバイバル知識はあったが、ここは原始時代ではないし、サバイバル技術は冒険者の専売特許であるためそれ程役には立つまい。

 きっと此処が石器とマンモスの時代なら茅子は獅子奮迅の活躍ができた。

 いっそこんな国なんぞ滅んで民衆は石器でマンモスと殴り合え、とすら思ってしまう。


「隕石とか落ちてくればいいんだ。

 わたしを幸せにしない世界なんかに価値はない。粛清だ、世界には粛清が必要なんだ」

「鹿喰さん……気持ちはわかるけど、物騒だよ」


 天井まで伸びる本棚の数々、荘厳な書籍の森のなかで茅子は重厚な黒檀の机の上に突っ伏する。 

 そんな様を、三つ編みおさげに眼鏡という典型的な文学少女が苦笑いを浮かべて見つめている。

 文学少女は名を神保栞じんぼうしおりという。名前からしてもう、文学的で清楚な響きを持つ。

 これで活字が嫌いだと言われたら、茅子は名付け親に殴りこみにゆく自信があった。



 茅子のドロップアウトが確定した時、クラスメイトの空気は三様にわかれた。

 まずひとつ、あからさまな見下し。そして次に憐憫。それから、『変わらない』。

 左から順に人口が多いので、人情紙のごとしとは昔の人間も上手く言ったもんだと茅子は思う。

 元々クラスから浮き気味ではあったから、当然の帰結だとも思う。

 こんな極限状態でアウトサイダーの落ちこぼれなんぞ歩く的、ネギ背負った鴨、生贄の羊だ。


 幸いにして、神保女史はあのアバズレ姫とは天と地ほども差のある慈愛で、茅子を包んでくれた。

 平たく言うと一ヶ月前とは態度も変わらず、それどころか少なくない時間を割いて

 自分の加護――象牙の塔ビブリオ・テカールと呼ばれるそれを使って茅子に文字まで教えてくれている。

 お陰で文字も読めるようになってきている。


 女神は此処に居た、と柄にもなく茅子は思う。

 この国の民はあのファッキンブロンドビッチよりこの書を愛づる聖母を尊ぶべきである。



「鹿喰は居るか?」



 静かな図書館に場違いな声が響く。同時に茅子が露骨に嫌そうな顔を目一杯浮かべる。

 声の主は、同級生である狛江のものだ。

 ぐにゃっと柔軟に歪む茅子の表情筋に、また聖女栞は苦笑いを浮かべた。


「閲覧室は静かにしなきゃだめだよ、狛江くん」

「悪い。鹿喰を探しててさ……お、居た」


 蔵書の森に埋もれて隠れた茅子を目ざとく見つけた狛江は、神保女史の隣に腰を下ろす。

 チッ、と内心舌打ちをしつつゆるゆると茅子は顔を上げた。


「ニートが閲覧室に居ちゃ悪いか。穀潰しだって健康で文化的な最低限度の生活を送ってるんですぅー」


 唇を尖らせて、間延びしたウザいことこの上ない口調でそう言ってのける。

 王国関係者やら一部のクラスメイトならば顔を顰めていることだろうが

 狛江はどこ吹く風、神保女史は相変わらず女神のようなほほ笑みを浮かべている。


「で、何の用。用がないならあの胡散臭い姫様だの腹の出たお貴族様だのに見つかる前に帰れ帰れ」


 手元の書籍――よいこのための魔法教本――に視線を落としてしっしっと茅子は猫の子を追い払うように狛江をあしらう。

 そんな様にしみじみと、感心しきった様に狛江はつぶやいた。


「お前、本当に神経太いよな……」


 俺ならあんな針の筵に居られないぞ、と付け加える。


 朝は王族の嫌味フルコースの朝食会から始まり、昼には各貴族方の皮肉のフルコース。そこにフォローに見せかけた王女からの背面射撃が加わり、たまにクラスメイトからの野次が彩りに添えられる。夜はそのフルコースの二重奏という悪夢っぷりである。

 そんな食事会でもケロリとした顔で飲み食いし、あまつさえ「この肉、靴底みたいっスね」と火に油を注ぐ女である。


 まだ女子供の範疇に入るからか目立った暴力は無いものの、中庭を歩けば突然、頭上からバケツをひっくり返したようなというかそのままの水の塊(水魔法)が降り注ぎ、時には同級生が魔法の練習と銘打って火球が目の前すれすれを飛んできたりもした。

 狛江が通りがかってそんな様を目撃した時はすかさず止めるし、出来る限り見守ってはいるのだが、何故かそれに茅子は嫌そうな顔をする。

 聞けば、お前が庇うと更に面倒になるのだという。


 茅子は手元の絵本に毛が生えたような魔術の教則本から視線をあげようとしない。


「神経太くなけりゃこんなところで優雅にニートやってられると思うか?」

「思わないな。ところで、本郷先生には相談してるんだろうな?」

「だろ?普通はとっくに世を儚んで自殺してる

 ――あと、あの末生り眼鏡には黙ってろよ。チクったら事態が悪化すっぞ」

 

 基本的に鹿喰茅子という人間は、教師に泣きつくぐらいならいじめっ子の家に火を放つ様な野卑な娘であった。

 じゃあ、お前は何なんだという問が狛江の喉までせり上がってきたが、それはさらなる登場人物により飲み込み事となった。



「もし――此方に、白札の君ミズ・ブランクは居らっしゃいますか?」



 ころり、と鈴を転がすような可愛らしい声が響いた。

 同時に茅子の脳内で重低音の管弦楽器が鳴り響く。言わずと知れたサメが青い海を赤く染める映画のメインテーマである。

 ほーら来たよ、と心の底で大きく舌打ちをした。


 白札の君ミズ・ブランクとは言わずもがな、茅子への揶揄を含んだ二つ名だ。否、蔑称と言っても良い。

 まだ加護が見定められぬ、まだ何も描かれていない白いキャンバス――と言えば聞こえはいいが

 要はクズ札にすらなってない真っ白のカス札と言う意味であるのは言外から滲み出る侮蔑感から見て取れる。

 

 コツコツと少し高いヒールが名も知らぬつるりとした鉱石を敷き詰めた床を叩く音がする。

 茅子が憂鬱に視線を向けると案の定、アウルム姫殿下が其処にはおわした。

 す、と優しげに下がった目尻が茅子はどうしても好きになれない。


「此処に居らっしゃいましたのね、勉強熱心ですこと」

「何分、無駄飯食いですからね。やれることはやらねば打首ものでしょう」

「まあ。どうぞ、そのような事を気に病まれないでください。

 何にせよ(・・・・貴方様は他ならぬ、私がお呼びしたお客人なのですから」


 困ったように笑っているようにも見えるが、アウルム姫が茅子を見る目は酷く冷たい。逆に、狛江を見つめるときの彼女の表情と言ったら。

 茅子を見る目が万年凍土なら、こっちは常春の楽園といった所であろう。

 大方、狛江に熱を上げているものの、奴の周囲を形成するハーレムのせいで手出しできず

 鬱憤が味噌っ滓である自分に向いているのではないか、と茅子は読んでいる。 

 

 なにせ、奴はモテる。ビビるぐらいモテる。お前はラノベの主人公かってぐらいにはモテる。

 味噌っ滓の茅子に細かく気を使ってくれている辺、実際ラノベの主人公ならアイツだよな、とも思うぐらいにはいい男である。

 序に、クラスの中ではトップクラスの加護である『剣皇の継嗣ジョワイユーズ』の持ち主なのだからもう、放っておくほうがおかしい。

 初っ端から姫様一本釣りときたら、最低でもロリとケモミミとあとなんかエロいお姉さんぐらいは引っ掛けそうだな、と内心で狛江ハーレムの打線を組んでみる。



「ハヤト様も此方にいらしたのですね。仰っていただけましたら、本はお部屋に運ばせますのに」

「気ぃ使わせて悪いな。でも、俺もこの部屋で読むのが好きなんだ。

 あと、だいたいこいつらが居るから、分かんねぇ所とか有ったら聞けるしな」

「ふふ、ハヤト様は本当に誰とでも仲良くできるのですね、羨ましいですわ」


 誰とでも、というところでちらっと茅子を虫けらを見るような目で見たのは言うまでもない。

 その!分かんねぇところを!目の前の金髪ホルスタインに聞けや!!!!

 と、喉元までせり上がってきた言葉を茅子は気合で飲み下す。

 一瞬助けを求めて神保女史の方を見つめると、彼女もちょっと苦笑いを浮かべている。

 どうやら彼女もアウルム姫の温度差には感づいていたようだ。


「狛江くん、分からない所が有ったらアウルム様に聞くのもいいんじゃないかな。

 ほら、この国の人だし。私達だとどうしてもわからないところとか、出てきちゃうから」

「いや、忙しいのに悪いだろ」


 剣皇の継嗣は言葉の切れ味も鋭いらしい。

 一瞬、引きつったアウルム姫の顔をバッチリ目撃した茅子は、これで今夜の飯は美味くなるなと内心でほくそ笑んだ。


「つっても、わたし等も色男に構ってるほど暇じゃねーですよ」

「そう言いつつ教えてくれるじゃねぇですか。冷たい事言うな」

「ひゃにふんじゃい!」

「何言ってるか分かんねぇぞ」


 茅子の煽りも快刀乱麻を断つといった具合に両断した上、片手でうりうりとよく伸びる頬肉をおもいっきり引き伸ばす。

 やめろよ、そういう何気ないクラスメイトの戯れやめろよ。ほら、アウルム姫が般若みたいになってんじゃねーか。

 そう訴えようにも、予想以上に伸びる茅子の面の皮に調子に乗った狛江は両手で思いっきり伸び縮みさせている。

 顔を大きく逸らして狛江の魔の手から逃れた茅子は立ち上がると、思わず声を張る。


「そういう事じゃねーんだよ!察せよ、頼むから!」


 思わず出た魂の叫びが虚しく閲覧室に木霊した。

 数秒置いて我に返ると、返す波のようにじわじわと気まずさが茅子の心を襲いかかる。


「白札の君、大変元気で宜しいのですが、もう少しお声を……」


 アウルム姫の苦笑いに、何をキィキィ喚いとるんじゃ、この山猿が。という副音声が聞こえた気がした。

 これには流石の茅子もすみません、と深々と四方に頭を下げておとなしく席につく他無かった。




主人公はとりあえずミソッカス

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