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何がどうなっているのかわからない。
夢ならとっとと覚めて欲しいんだが…と瀬尾陸弥は切に願った。
事の始まりは2016年2月29日、正午の時報がなる頃の事だった。
家から5分のコンビニからの帰り道。
鳴り出した時報にもう昼かと考えていた陸弥を、違和感が襲った。
辺りが暗い。
思わず空を見上げると、先ほどまで一片の雲も見当たらなかった空は
今にも雨が降り出しそうな色をしている。
空は瞬く間に黒く染まっていき、何も見えなくなった。
この場合無くなったと言うべきだろうか、これまで陸弥の前に映っていた世界は、
一つの痕跡を残すことなく欠落した。
この3秒間の間に陸弥の意識が落ちていったことを知るものはいない。
陸弥の意識が戻ったとき、目に入ったのは普段となんら変わらない町並みだった。
空には太陽がさんさんと照っている。
「なんだったんだ、さっきのは・・・立ちくらみか?」
体調をくずしたのだろうか。
そういえば普段よりも体が重い気がする。
心なしか頭も痛い。
体調を崩したのであれば、安静にしているのが一番だろうな
そう結論づけ帰路を急ぐ陸弥の耳に正午の時報が流れ始めた。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
家に着いた陸弥を迎えたのは、知らないおばさんだった。
驚きに身を硬くした陸弥だったが、直後自らの勘違いに気づく。
(この人は母さんじゃないか、毎日顔を合わせているのにどうして間違えたんだ?
それにしても母さんいつの間にか老けたな・・・俺のせいだろうか)
しばし無言で迎えてくれた人物を見つめていると
そんな彼に訝しげな表情を浮かべていた彼女は、ムっとした顔になって言った。
「陸弥!あんた、働いているのは知っているけどそろそろ定職についたらどうだい?
私はあんたの将来が心配でならないよ」
「えっ・・・なに言ってるんだよ母さん。寝ぼけてるの?
学校があるのに定職になんてつける訳…しかも働いてなんてないって!」
「?寝ぼけているのはあんたじゃないか。学校なんていつの話をしているのさ、まったく」
親には内緒にしていたアルバイトがばれたのかと思い焦った陸弥だったが
想定外の答えが帰ってきて混乱する。
「・・・学校は学校だろ!中学校だよ!」
つい声を荒げてしまった陸弥を見る彼女の目は困惑よりも心配そうなものへ変わった。
「あんた、疲れているんじゃないのかい?体調が悪いときはしっかり休むんだよ?」
納得したという表情をしている彼女とは反対に、陸弥の心中は焦りに焦っていた。
(ちょっと待ってくれ・・・それじゃまるで俺がおかしいみたいな・・・)
「ねぇ母さん。俺って何歳だっけか?」
「19歳だろう?」
どこか悲痛な声で訊ねた彼の質問に、彼女は即答する。
陸弥は自分の中で何かが壊れる音を聞いた気がした。
「・・・そうだったね。ちょっと疲れてるみたいだ。部屋で寝ることにするよ」
「そうかい。昼食は?」
「大丈夫」
そう告げて、陸弥は自分の部屋に向かった。
「どうなってんだ…」
呟いた彼は沈むようにベッドに倒れこんだ。