旅の始まり(2)
前回のあらすじっぽいもの:同行を申し出てくる男。決断はナナ姫に
「…………」
そんな視線を出され、ジッとコガを後ろから見つめ、話を聞きつつ色々と考えていたナナ姫は……一歩横に踏み出して男を見据え、皮製の胸当てを上から装着したワンピースの裾をつまみ、優雅に一礼をしてから初めて、男に向けて声を聞かせた。
「まず、助けていただき、ありがとうございました」
長く伸ばした髪をサラりと垂らしながらの、子供独特のソプラノがかった声でのお礼。無邪気な色があるソレは、聞くものに少しの癒しを与えてくれる。
が、彼女の声にはソレ以上に、嫌味の無い、生まれもっての威厳が含まれていた。
それはおそらく、暮らしてきた環境によって染み込んだもの。言葉から自然と滲み出てしまっているのだろう。
その中に嫌味が無いのは、彼女が本当に感謝していることの何よりの証だった。
「偶然とはいえあなたが来てくれなければ、あたし達は今頃、その刃に討たれ、この旅と人生を絶えさせることになっていたことでしょう。本当、感謝の言葉もありません」
活発な印象を与えてくる元気な瞳。逃げ疲れたのか少し翳りがあるけれど、それでもいつもは太陽のように輝いているのが分かるソレを向けたまま、その雰囲気に似合わない静かな感謝の言葉を述べる。
無理をしている、のとは違い、体裁を保っている、の方が近いか。
心を許していない人に、素と弱さを見せようとしないその態度……どこかの偉い人だから狙われていたのだろうか、と男はその姿を見て思った。
「その上、あたし達と一緒に来てくださるとか……正直に言いますと、あたし達は戦いに不慣れです。そのため、いつも逃げるように旅をしてきました。もちろん、あなたが同行しようとしまいと、それは続けていくことになるでしょう。それでもやはり、先程のように戦いになることがあります。その時……あたし達はあなたの力をアテにしても、本当によろしいのですか?」
真摯でありながら、どこが探るような瞳。
だがそれは、その約束を守ってくれるのなら一緒に来ても良い、ということでもある。
「ま、オレはそんなに強くないけどさ……それでも良かったら、アテにしてちょうだいな」
微笑を浮かべながらの軽い言葉。そこに真摯さなんてものは微塵も無く、本当に守ってくれるのかと少し怪しく思ってしまう。
だがそれでも、守ってもらえるというのが嬉しかったのか、ナナ姫はその言葉に優しく微笑むと、それではよろしくお願いします、と言って、また頭を下げた。
◇ ◇ ◇
男性のように短く切られた髪に鋭い眼光、野良犬のような雰囲気を纏った女性。
長く伸ばした髪に幼い体格、子供の証とも言えるまん丸とした瞳をしているのに、自らを律するような雰囲気と醸し出す威厳を纏った女の子。
それが、自己紹介を終えたコガとナナ姫を見た、男――アキラが抱いた第一印象だった。
とてもじゃないが姉妹には見えない。
髪の長さも質も、瞳の形も雰囲気も、まるで違う。
そう感想を抱いたアキラは正しい。
なんせ二人は、貧困の中生きることだけに必死だった者と、裕福な中から必死に飛び出した者、なのだから。
だからか、二人の間に従者と主といった感じはあまりない。
コガが主に仕えているような雰囲気もあるにはあるが、そればかりのために生きてきた者、そのためだけに生きていこうとする者、のような感じでは決して無い。
姉妹には見えないが、姉妹に似た関係性を築いた二人。
それが正しい認識だろう。
「それで、二人はどこに行くために旅をしてるんだ?」
「特には決めていない」
歩きながらのアキラの世間話に、コガが抑揚の無い声で答える。
「ナナちゃんに色々と見せるための旅だから、これといった目的地はないの。なんならあなたの目的地についていっても……って、それは無いか」
「ご名答」
目的地も分かっていなかったのに同行を申し出たのだ。その男の旅に目的地がないことは明白だった。
「ま、強いて言えばつい最近までは南西に行ってたから、出来れば北東方面に行ってみたいってぐらいかな。二人に合わせるからどうなってもいいケド」
「なら、東へ行きましょうか」
そう提案してきたのは、花が咲きそうなほど柔らかい、ナナ姫の声だった。
「元々あたし達もそちらに向かうつもりでしたし。アキラさんもそちらで良いとおっしゃるのなら」
「良いのか?」
「あたし達にも目的地はありませんから。色々と見れるのなら、場所なんてどうでも良いんです」
「ん~……じゃあお言葉に甘えて、とりあえず東に移動しようかな」
「でも、東がどの方向か分かるの?」
コガの疑問に、大丈夫、とアキラは答えた。
「先に、オレの荷物を預けた店に行こうか。その中に方位磁石とか、旅に必要な小物とか、色々とあるからさ」
不安にさせない軽やかな声でそう言うと、二本の剣が入った鞘紐を手に握りぶら下げながら、そのまま先頭を歩き続ける。
その後を、コガとナナ姫も並んでついてきた。




