出会い(5)
前回のあらすじっぽいもの:助けてくれる男。しかし抱くは不信感。
「っ! 待ってっ!!」
いくら考えようとも、コガの中で答えは出ない。
が、このまま二人をただ行かせてはいけない。敵であれ味方であれ、お人好しであれ騙しているのであれ、姫を連れられてしまっていることに変わりはない。
コガも男の背中を追いかけるために、彼が作った草の階段を昇り始める。
そう。今ナナ姫は男の手の中にある。
このまま逃げられてしまえばそれで仕舞いだ。
考え事をしている間に攫われてしまってはただの間抜け。
あれだけのことが出来る男を相手に追いかけっこをして捕まえられる自信なんてコガには無い。
なら逃げられてはいけない。
だって、相手が姫を連れ去るのが目的じゃない確証なんて、どこにもない。
コガもナナ姫も知らない間に、新しく彼女を狙う“敵”が出来ていて……こういった手段を講じてきたとしても、おかしくはないだろうから。
「っ! 階段を燃やせ! 火へと変化させろっ!」
ようやく我に返ったかのように、遠くからそんな命令が響き聞こえてくる。階段を上るコガ達に直接攻撃が出来ないからと、木属性の茂みを変化させようというのだろう。
しかしその命令を出すには少しばかり遅い。
元々それほどの距離の無い方向への階段だったこともあり、ナナ姫を抱えた男は既に階段の出口。向かいの建物の屋上へと辿り着いている。
コガだって火属性へと変わり炎が届く前にココを抜けることだろう。
……それぐらい相手もわかっている。だからその命令には、こういった内分が含まれていた。
『炎が届くまで、柵で囲った階段に閉じ込められるよう、敵を出口で迎え撃て』
と。
その証拠に、ナナ姫を抱えた男が階段の果てに一歩踏み出すと同時、二対の黒影が現れた。
真横からと、斜め前から。
金の槍で貫こうとする一撃と、金の大剣で薙ぎ払おうとする一撃が。
ナナ姫を抱え、両手が塞がっている男に、ソレを受け止める術は無い。
されど階段へと一歩下がっては、相手の思うツボになる。
だから男は、「両手を空けた」。
もっと詳しく言うと……“ナナ姫を真上へと投げ放った”。
「えぇっ!?」
コガの口からは滅多に聞けない、驚愕に染まりきった声。
対して、突然放られたナナ姫自身からは、悲鳴一つ聞こえない。
ただそれは当人である彼女が、あまりにも予想外な出来事に思考が追いついていないだけだった。まさか急激に動いた自分の視界が、真上に放り投げられた結果映っているものだとは思いもしていない。
あ、なんか急に視界が動いた。風も感じる。妙に心がザワつくな。
程度のものだった。
ただこの行動はその襲ってきた敵にとっても意外だったのだろう。
視線が彼女を追いかけ上へと向いてしまう。
そしてその隙に男は、ずっと握ったままだった二振りの刃を腰へと差し、開いたそれぞれの両手で中剣を抜く。
と同時に、斬撃を放った。
不意打ちを狙ってきた二人の武器目掛けて。
キィィィン……!
軽い音が鳴った。
だがそれは、鉄同士がぶつかり合った軽い音ではなく、耳鳴りにも似た甲高い音。
「っ!」
何が起こったのか。理解するためにそれぞれの武器を遅れて見た黒ローブの男達は、驚愕した。
振るった黄金の剣が、男が武器で触れた箇所だけ、粉々に砕け散っていた。
まるで虫食いにあったかのように、その部分だけが。
鉄製武器による攻撃は、彼らが使った例の力を、一撃で無力化した。
……ちょうどそのタイミングで、男が作った茂みの階段に触れた敵が、ソレを火へと変えて燃やし始めた。
でもそんなものは関係ない。男は焦ることなく、両手に握ったその武器をその一撃で鞘へと収め、真横から襲ってきていた男の肩を力いっぱい横から押し、建物の下へと突き落とす。
さらに正面から大剣を振るってきていた男には、武器の重みが突然消失し“たたら”を踏んでしまっているその背中に回し蹴りを浴びせ、これまた建物の下へと落とす。
そうして出口を塞いだ男を処理した男は振り返り、手元へと落ち戻ってきたナナ姫を見事キャッチ。
「っ……! ……っ!?」
目をまん丸として絶句してしまっているいる彼女を見て、失神していないのを確認。
「や~、ごめんごめん」
「い、! いや! そんなかる……っ! えっ……!?」
反論が上手く口から出ない。
落ちていく中ようやく自分が放り投げられたことに気付いた彼女は、あの時感じた心のザワつきが恐怖心だと本能で悟り、そのせいで身体が言うことを聞かなくなってしまっていた。
「ちょっ、あなたっ!」
代わりに、その様子を草階段を登りながら見ていたコガが怒ろうとした。
けれどもそれは勘弁とばかりに、男は先程まで三人でいた元茂みがある通路とは反対側へと飛び降りた。
男の中の予定では、茂みで作り上げた階段を壊していくつもりだった。追いかけてこられないようにするためだ。
けれども運よく、敵自身が燃やしてくれた。
これで相手はコチラを追いかけるために、回り道をしなければいけないことは明白。
建物自体の高さはそれほどだけれど、広さはそれなりにある。かなりの時間を要することになるだろう。
つまり、このまま逃げ続ければ、相手は追いかけてこられない。
完全に逃げることに成功したと言える。
「…………」
自分から逃げるよう飛び降りた男の背中を追いかけるため、コガも同じく同じ方向へと飛び降りながら、それらの結果を考える。
考えて、こうして逃げられた奇跡を、改めて実感する。
あの、絶体絶命に近い状況で。
最早諦め、ナナ姫だけでもと考えていた状況から、ナナ姫は元より自分すらも傷つつけられることなく、あの死の場から抜け出せた。
その凄まじさ……それはまさに奇跡と称してもおかしくない。
奇跡を与えてくれた男……。
ナナ姫を抱え走る、その背中を見つめながら……コガは心の中で小さく、自分でも無意識に、いつの間にか、ありがとう、と言っていた。




