決着の時、失くすもの色々と(4)
前回のあらすじっぽいもの:閉じ込められた土の中、アキラを追い詰めたトモキ。…けれども次の瞬間、閉じ込めた土は、炎へと姿を変えた
「っ!!」
足場を失い、落下する二人。
壁も、橋も、その全てが炎へと変貌した結果だ。
熱さよりも先に、自由落下が二人を包む。
その途中、アキラはマントの中に事前に仕込んでいたナイフ付きワイヤーを壁に突き刺す。
だがそんなことになると思っていなかったトモキは、かなりの高さから落下してしまった。
……が、事前に纏っていた空気の層をクッションにし、なんとか骨折はせずに済んだ。
そうして無事に地面へと着地してから、ようやく何が起きたのかの理解に努める。
だが見上げ、分かったことは、今まで自分が足場にしていた岩の橋が、炎へと化けたことぐらい。
それ以外には、アキラが壁にぶら下がっていることと、『最低基準値』の姫が下着姿になって、その傍にいることだけだった。
……どういうことなのか……それは、普通の『変化術』に囚われていては、分からないこと。
なんせこれは、ナナ姫の特殊能力によるものだから。
前兆はあった。
前日、ナナ姫が水辺でこけた際、その手の平に触れた場所に金が浮かんでいた。
コガとナナ姫は気にも留めなかったが、アキラはこれに違和感を覚えた。
それは――
彼が自らの手で危めた幼馴染が、特殊能力を宿していたが故。
生きている幼馴染も、特殊能力を使いこなしているが故。
大切な人を殺して、大切な人に殺されそうになる羽目になったが故。
――特殊能力について人一倍敏感になっていたからこそ、気付けたこと。
そして昨晩、『形態変化』について軽くレクチャーした後、その出来事を話し、実験をし……理解した。
ナナ姫には、『変化術』を一つ後ろの属性に戻す特殊能力があるということを。
しかも『変化術』とは違い、常に掌で発動し続けている。
術者本人の集中は必要ない。
掌で触れたもの全てを、そこを中心に時間をかけて、前の属性へと回帰させていく。
だから転んだ際、水の上に金が浮かんだのだ。
今までは鉄板を仕込んでいたから気付かなかった。
それ以前も、『変化術』を覚えさせたくないからと閉じ込められて鉄製の物を身に付けさせられていたから、発現することがなかった。
……その異能に気付ける環境ではなかったのだ。
そしてこの力は、『変化術』と同じく術者が集中しようものなら、さらに威力を増す。
掌だけでなく、それは範囲で効果を及ぼすようになる。
ただその範囲は『形態変化』と同じ想像力と、『変化術』で必要な集中力の二つが同時に必要となる。
いわば、『変化術』と『形態変化』、二つを同時に行う必要があるのだ。
そのため確実性を増すために、『変化術』の負担を軽減させようと、彼女は服を脱いでいた。
この戦いに勝って、逃げるために。
『県』の『最低基準値』で、姫である立場も捨てて……恥も外聞も、捨てて……。
「終わりだ……トモキ」
今度はアキラが彼に向け、お別れの挨拶を言う。
「さようなら」
その表情に感慨深さを感じている色は少しも無い。
一見すると薄情者のように見える。
が……しかしその表情は、また会えることを悟っているような、信じきっているような……そんな表情で……。
でも……どこか、自分の何かを、一緒に捨てるような、そんな表情で……。
だからトモキには、違和感しかなかった。
昔、共通の幼馴染を殺し、その彼を追い詰めたときに見せた、殺意に満ちた表情ではない。
あの、世界全てに復讐を誓っていた、そんな見るもの全てを恐怖させるものではない。
無機質に死を眺めるものでも、殺されて当たり前とばかりに見下すものでも、なくて……。
……今になってトモキは分かった。
彼を見つけて初めて、彼の表情をジックリと見たな、と。
そしてようやく知った。
彼はもうとっくに、世界への復讐は諦めているのだな、と。
彼女を殺した世界を恨まず、受け入れ、前へと進んでいる。
……思えば、アキラは一度も、トモキを殺そうとはしていない。
彼に殺されたくないから逃げ、彼と争いたくないから彼が襲えない人と共に旅をし、彼を信頼しきっていたから閉じ込め……戦った。
様々な槍の攻撃その全てが、自らの全力を出しても急所には当てられないことをアキラは知っていて・当たらないと信頼して、放っていたのだ。
ただ、どこかに当たり、戦闘不能に持ち込めれば勝った事になると、そう思い込みながら……昔からの負け続けを、清算しようとしていただけなのだ。
全ての本命は、これ。
ただここに至るまでの全て、トモキなら避けて、逆転の布石も打ってくると、そう予測していた……信頼しているからこそ立てられた、策。
「……………………」
一人、空回っていただけなのかもしれない、とトモキは思う。
だがそうは思っても、やっぱりまだ、幼馴染を殺した彼を、許せはしない。
憎いままだ。
ただもしかしたら、彼女が本当にソレを望んでいたのだとしたら……望むほどの何かがあったのかもしれない。
そう思った。
そしてアキラは……こんな憎んでいる自分をいまだ幼馴染の親友として見ている。
それがトモキには驚きだった。
だから――
――上流から流れてきた激流に身を任せ、彼は大人しく、流された。
◇ ◇ ◇
……この場にいなかったコガは、枯れたこの川の上流で待機し、土のドームが崩れたその瞬間に、用意しておいた土を水へと変化させる役割を担っていた。
この激流は、それ故のものだった。
「……倒せましたかね?」
不安げなナナ姫の問いかけに、いや、とアキラは首を振る。
「アイツは、絶対に生きている」
「ですが、落ちた時に鉄の針を服に突き刺したのでしょう? それで『変化術』は使えないはずですし……」
「だとしても、これだけの激流だ。流された瞬間に取れただろう。で、アイツには一度鉄の針を使ったことがあるし、流される直前まで見てた感じ、『変化術』を使おうともしてなかったから、その辺を分かってたんだろう」
「ということは……?」
「刺さっている箇所を見つけるより、ワザと流されて針が取れたのを確認して、そこから『変化術』を使って水を空気にでも変化させて助かるだろうよ」
「では早く逃げないと……!」
「いや……まあ、大丈夫だろう」
「ですが――」
まだまだ心の中の不安を吐き出したかった。
けれども、壁にぶら下がりながら、流れる激流の先を見ているアキラの表情を見て……止めた。
まるで親友を信じきっているような、その表情を見て……自分とコガ以上の信頼関係を見たような、そんな気がしたから。
「さて……それじゃあ、川上に置いてきたコガさんを、回収しに行こうか」
ジッと……ナナ姫がまた服を着なおすまでじっくりと川を見終えたアキラは、そう言ってようやく、壁を登り始めた。




