決着の時、失くすもの色々と(1)
前回のあらすじっぽいもの:コガが傷つけられ、トモキの動きを止めた後、彼女を抱え逃げる二人。
土の中へと埋められる直前、トモキは例の膜を自分の数ミリ先に展開し、二投目に放った鉄の影響を受けないようにした。
だが土の中へと一緒に埋められたため、土を『形態変化』させての脱出は不可能。
そのため、この膜を肥大化させる必要があった。
そしてそのためには、『変化術』を利用する必要があって……鉄が影響して時間はかかるものの、それでも段々と、土をその膜の属性へと変化させていき……剣に触れぬよう注意して――
――ついに、空気を肥大化させ、生き埋め状態から脱出した。
時間にして五分にも満たないその時間。
だが、逃げるには十分な時間。
……しかし、諦めてはいない。
この辺一帯の山道全ての木を土に変化させ、土の所々を岩へと『形態変化』させ、隠れる場所や段差を沢山つくり上げ、戦いやすく逃がし辛い、風の良く通る環境を作り上げたのだ。
彼の墓場となる、この戦場を。
だから……容易には逃がさないための手も、既にある。
「……すぅ~……」
トモキは大きく息を吸い、両手をこれまた大きく広げる。
……その手に風が伝わり、この作り上げた戦場を、文字通り手に取るように伝えてくる。
「…………」
……人肌の違和感はすぐに見つかった。
だから彼は、今度こそ復讐を果たすために、その場所に向けて、ゆっくりと歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「風を操る……?」
「ああ。それがあいつの特殊能力だ」
風への属性変化を行うこと。
風を自由自在に操れるよう『形態変化』を起こすこと。
その能力こそ、彼が『神の遣いの槍』に入れた理由だった。
「ナナ姫の『変化術』を防いでたのは、風の膜で襲いくる土を全て削り払っていたからなんだ」
トモキの姿が見えなくなっても走り続け、入り組んだ場所を選んで距離を置いてからようやく、コガをうつ伏せで地面へと横たえる。
「ま、正確には、空気を手の中で動かすこと、らしいけど。本人曰く」
「それは……どう違うのですか?」
「空気を手の中で動かし、外気と接させ触手のように動かすイメージらしい。ほら、さっきオレが剣を投げた時、術者と間接的に触れてなかったように見えたのに、その膜が消えて土に飲み込まれただろ? アレはあの膜と彼の手の中の空気が間接的に触れていたからだよ。つまり、見えない糸で繋がってるようなもので、その糸が彼の扱える空気ってこと」
土を手の平大に取り、金属性を経由して水に変化。
そしてその水を一度握りこんでから、服ごと抉りとったコガの背中全体に広がっている傷口へとぶっかける。
「ぐ、あああああああああああああああ……!!」
「こ、コガちゃん!?」
痛みに震える声に不安そうにその手を握るナナ姫。
「大丈夫。傷口を瞬時に塞ぐ水をかけただけ。要は治療だ」
水の特性は『生命』。『形態変化』でこうした治療も出来る唯一の属性だ。
「これでもオレの得意属性は水でね。効果はお墨付きよ」
言いながら、アキラは再び手の平大の土を掬い、先程と同じ手順で再び水へと変換。
そうしている間にも、ジワジワと傷口から滲んでいた血は止まり、みるみるうちにコガの傷は塞がっていく。
「ほら、これを飲んで」
今度は身体をひっくり返させ、上体だけを起こし、作り出した水を啜らせる。
「なんですか、それは?」
「血を作る補助をさせるための水。大量に出血させられたからな。このままだと貧血で倒れるし、何より体温の低下が心配になる。まぁ、血を作ることに身体を専心させてその結果身体を暖めさせるものだから、眠くなってしまうのが欠点だけどな」
説明しながらも何とか飲ませ終える。
「さて……これで最低限の応急処置は済んだかな」
ぐったりと横たえ、その様子を見る。
先ほどまでの苦しげな表情は見えない。
痛過ぎて気絶もできないほどの震える堪え声ももう漏れていない。
今はどちらかというと、眠気を堪えているような感じになっている。
「……ありがとうございます。アキラさん」
「よせって。そもそもオレのせいで傷つけられたようなもんだしさ」
座りながら頭を下げようとしたナナ姫を制止しつつ、それよりも、と話を切り替える。
「トモキをどうするか、だ」
「……どうする、とは、どういうことですか?」
「選択肢は二つ。このまま戦うか、逃げるか」
「逃げる……ことは、可能なのですか?」
「まず不可能だと思う」
提案しておきながら、アキラはキッパリと断言する。
「この土地、起伏が激しく入り組んでいて、一見隠れながら逃げやすい地形のように思える。でもこの細い道、風の通り道にもなるだろ? つまり、トモキの『変化術』で見つけられる――いや、とっくに見つけられてる可能性が高い」
風を吹かせ、その吹いた風を手の感覚で伝わらせる感知術。
気配を探るのとは精度が違う。
「こうした風の道がない状態だと精度は下がるけど、こうも複雑だと逆に風は流れやすくて向こうに有利過ぎる。たぶん、この地形もトモキが作った可能性が大きい。徐々に複雑になっていってたから気付かなかったけど……いや、たぶんそれが狙いでそうしてたんだろうけど……ともかくそう考えると、オレのことを教えたのは説得もあったけど、事実確認をさせて集中させることで、こんな有利なフィールドに誘い込まれてることに気付かせないようさせる狙いもあったのかもな」
「……あの人のこと、よくご存知ですね」
「幼馴染だからな。ま、でもそれってつまり、向こうもオレの戦い方を知り尽くしてるってことだけど」
「ということは、戦う方を選んでも……」
「ま、一対一なら負けるな。そもそもオレが苦手だし、前も言ったけどアイツに勝てたこともない」
「では……もうどうすることも……」
「……そこでオレを見捨てて二人で逃げるっていう手が――」
「そんなこと出来ません!」
先ほどコガを傷つけられた時と同じように、力強く、ナナ姫は否定した。
「コガちゃんを助けてもらって……こうして逃がしてもらっておいて……そこまでされて、見捨てることなんて……!」
「――……そっか……ナナ姫は優しいな……」
「優しいとか優しくないとかの問題ではありません。当たり前のことです」
キッパリと、力を込めたままの強い言葉で、彼女は言った。
その姿は……人を惹きつける魅力があって……一つの『県』の姫だけはある威厳と求心力が垣間見えるもので……。
……アキラはその姿に、ひと時の間、見惚れてしまった。
「それに、あたしを攻撃できないという条件は変わりません。コレを利用しない手はないかと思います」
「……いや……」
だからか。
そんな危険な方法は、却下するしかなかった。
「もっといい方法がある」
そのせいで、傷ついたコガに無茶をさせてしまうけれど……それでも……彼女なら、納得してくれるだろう。
「三人全員の力を使えば……上手くいけば、アイツを遠ざけることが出来るかもしれない」
無理をさせることになる。
重症を負ったコガは元より、ナナ姫にも。
いや、そもそもこの作戦をこなせるのかどうか……。
そこが一つの――一つずつの、一人ずつが賭けをすることになる、ポイントだった。




