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三度目の再会(4)

前回のあらすじっぽいもの:アキラの元を離れようと提案するコガの手を、ナナ姫は握らず…

 思ってもみなかった行動なのだろう。

 その行為に言葉を失い、呆然とした表情でナナ姫を見るコガ。


 痛む心を哀しみにし、見ているものの心をも締め付けてくる表情へと変貌していく。

 苦しさを露に、息苦しさを見せ、取ってもらえなかった手を、取ってくれなかったナナ姫を、生気の抜けた表情で……どこを見ているのか分からない目で見ている。



 その様を見て……ナナ姫は優しい表情で、彼女に向けて手を差し伸べる。


「一緒に行きましょう。コガちゃん」



「…………えっ?」

「なっ……!」


 別のベクトルの驚きを口にするコガとトモキに、ナナ姫は陽だまりのような言葉を紡ぐ。


「その人と一緒に行けば、国の正式な形を取ることになります。そんなことをしては、お父様にご迷惑をかけてしまいます。ただでさえ旅をするという我侭を叶えてもらっている以上、そこまで迷惑はかけられません。ですからその方とは、一緒に行けないのです。……ですが、アキラさんとまた旅をするのが、コガちゃんがイヤだというのなら……また、二人だけの旅に、戻りましょう」


「「「……っ!」」」


 それは、その場にいるナナ姫以外の三人が息を呑む言葉だった。


「危ないのは分かっています。今度襲われたら死んでしまうかもしれないのも分かっています。守ってくれたアキラさんへの恩を結局返せないことになるのも分かっています。ですが、コガちゃんがそこまでイヤだというのなら……死んでしまう確率が上がるとしても、二人だけに戻りませんか? それならもう、悩む必要もないじゃないですか」


「で、でも……それでナナちゃんが死ぬのがイヤだから……私は……」

「ですが、このお二人に守ってもらうのが、あたし達二人ではムリだと言うのなら……ほかの人が見つかるまでまた二人で旅をするしか無いと、そう思うのです」


 なんとか紡いだコガの言葉を、ナナ姫はそのままの口調で返事をする。


「まだ戦える力を得ていないあたしで……まだまだ、コガちゃんに迷惑をかけてしまうでしょうが……それでも、良いじゃないですか。二人だけでまた、旅をしましょう」


 そういって、微笑んだ。


「…………」


 その笑みを見て、思う。


 こんな笑み浮かべられるよう自由にした自分が……彼女をまた、不自由な檻の中へと閉じ込めようとしていたな、と。


 また、国の形式に、捕らえてしまうところだったな、と。


 だから、その差し出された手を取って……また、二人だけの旅を――






「っ! 危ないっ!!」






 ――するために、手を伸ばしたその背中が……切り裂かれた。






 強く放ったアキラの言葉は間に合わず……コガは無抵抗のままに、皮と肉を縦に斬り開かれた。


「い、いや……! いやっ……いやっ、いやっ、いやっ!! いやあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 血飛沫を上げながら倒れてくるコガの身体が、悲鳴を上げ、足の力が抜けペタリと座り込んでしまったナナ姫のへと覆い被さる。


「くっ……!」


 頭を抱え下を向き、親しき人の死に瀕した姿を見ないで逃避している彼女の上に落ちたその人を、アキラは荷物を放り出し急いで駆け寄り、抱きかかえるようにして離してやる。


 とんでもない出血量だった。

 背中から流れた血は前のめりに倒れた際前へと流れ、下で受け止めたナナ姫の服にまでベットリと、その赤黒いモノを付着させていた。


 取り急ぎ傷を塞いでやらないと……そう考えた彼の耳元に、風の音が届く。


「っ!」


 傷つけられた背中に触れぬよう注意を払いつつ、膝の後ろにも腕を回し、痛みに呻く彼女を抱き上げて、慌てその場から横へと飛び退く。


 ……数瞬後に、彼らが立っていた地面に、縦への裂け目が生まれた。

 ナナ姫の、すぐ真隣の大地が、風で抉り取られた。


「おいおい……どうしたんだ、トモキ」


 『最低基準値』を巻き込むことも厭わないその行動を諌めるかのように、アキラは彼を睨みつける。


「彼女を傷つける理由はなかったんじゃないか?」

「何を言っているのですか。あるに決まってるではないですか」


 静かな怒り……とでも言うのだろうか。

 怒りの炎をそのまま瞳に宿し睨みつけているアキラとは対称的に、トモキの瞳は炎を宿しながらも内側で燃え広がったままで、表には出てきていない。


「もしこのままそこの二人がボクとの結託をしなければ、最後の恩返しとばかりにあなたを逃がそうとするでしょう? それだけは避けたかった。せっかくここまで追い詰めて、せっかく殺せる機会が巡ってきたというのに、そんな下らない理由で邪魔されたくなかったのです」

「それで、彼女を?」

「はい。確かに『最低基準値』の姫を傷つけると後がどうなるか分かったものではありませんが、その従者となればいくらでも『県』の力を利用すれば捩じ伏せられます。その際『神の遣いの槍』を辞めさせられることになっても構いません。ここで、あなたを殺せるのなら」


 その言葉にこもった憎悪の強さ。

 瞳の奥に宿る殺意の炎。

 表には出てきていないそれは――本人ですら制御しきれないほど滲み出てきているソレは、アキラを身震いさせるのには十二分なものだった。


 ……思えば、彼の立場に立ってみれば、よくここまで冷静に行動できるものだと褒めても良いぐらいなのだ。



 よく、殺してはいけないからと自制して、他県の『最低基準値』を殺さずにいれるな、と。



 大好きな幼馴染を殺され、復讐しようと襲って負けて、逃げられて、何年間も姿を見せなくて……憎しみを燻らせたまま、復讐心を燃え滾らせながら、国中を周って、周って、周って探し続けて……偶然にも運命的な再会を果たして、そこでもまた逃げられて……殺してはいけない対象を盾に、また逃げられている。


 導火線についた火がずっとずっと点いたまま生きてきて、それでこんなことをされても、こんな状況になってもまだ、爆発させないでいられている。

 とっくに爆発してもおかしくないところで、堪えて堪えて、堪え続けている。



 好きな人の仇を、目の前にして。


 全てを殺してしまってもいいのに、殺さないようにして。


 それではアキラと変わらぬからと、自分に言い聞かせて。



「…………くもっ……!」


 ふと響いて聞こえたのは、ナナ姫の言葉。


「よくもっ……! よくもコガちゃんをっ!!」


 叫ぶと同時、地面に両手を叩きつける。


 ……昨晩教えた『形態変化』。

 いまだ使いこなせるほどの想像力と集中力は培われていないはずと結論付いたそれを……彼女は目の前の男に対する怒りで凌駕し、彼を飲み込む地面を具現化してみせた。


 土と岩が混じったその津波を……しかし、トモキはチラりと見ただけで視線から外し、アキラへの攻撃タイミングを図る行為に戻った。


 目の前に生み出した津波のせいで、トモキの表情はナナ姫には見えない。


 だが自らのその攻撃が当たっていないことには気付いていた。


「くっ……そんな……!」


 岩盤が削られる際の独特な振動音が、今この場を支配していたから。


 ……彼を飲み込む数センチ先で、次々と、粉々に、塵状になって、風に乗せられどこかへと運ばれていく。


 まるで目に見えない膜が彼を覆い、その膜が土を全て分解してしまっているような……。


「ふっ!」


 そしてその隙を、アキラは逃さない。

 ここでこのチャンスを逃す程度の男なら、集団戦が得意だなんて豪語出来ない。


 彼は腰に帯刀したままの中剣を二本同時に抜き放ち、そのままトモキ目掛けて投げ放つ。


 まずは一本。

 ……そして時間差で二本目。


「ちっ……!」


 削音に消える舌打ちをし、その鉄剣を避ける。

 だが張ってあった膜には命中してしまい、膜が解除され土の津波が彼を飲み込む。


 二本目に投擲された剣もまた同じ。

 彼と共に土の中へと消えていった。


「や、やったの……ですか……?」


 呆気なく飲み込まれ、盛り上がった土の山を見て、信じられないとばかりに呆然と呟く。

 削音が静まり、鎮めてくれたアキラを見ることなく、その山を凝視しながら。


「倒せてない! でもとりあえず時間は稼げるっ! 今の内に離れて彼女の治療をっ!!」

「あっ、はいっ!」


 けれどもまだ殺せていない。

 そのことを幼馴染であるアキラはとうに理解していた。

 だからナナ姫へと声を荒げ、コガを抱き上げたまま放置していた自分の荷物を、足を引っ掛け蹴り上げて、彼女の上に乗せて走って逃げる。


 その後を、ナナ姫も慌てて追いかける。


 ……後に残ったのは、トモキが埋められた土の山だけとなった。

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