三度目の再会(3)
前回のあらすじっぽいもの:自らのことを打ち明けるアキラ。それを否定するトモキ
「確かにあなたはボクと同じ孤児ですし、あなたの言い分の可能性は大いにあります。ですが、あなたが調べたといった『県』に、あなたが住んでいた可能性も無いでしょう? もしかしたら、また別の『県』の影響を受けているのかもしれないじゃないですか」
少しだけ見下せる場所で立ち止まり、指を突きつけるかのように、高らかに言葉を突きつけるトモキ。
「先生だって明確には、あなたがその『県』に住んでいたとは言っていませんでした。つまり、そこにいたという確証がないということではないのですか?」
「……ま、それに関しては否定の材料が無いのも確か、か……」
「情報はしっかりと伝えませんとね、アキラ」
「はっ……お前がそれを言うか、トモキ」
ワザとらしく嘲笑し、小ばかにしたような態度をアキラは取る。
でも、内心ではそんな余裕は少しもなくて……ただ、逃げるための算段を立てていた。
「というか、ご大層に待ち伏せか。ここを通るかどうかも分からないのに」
ゴツゴツとした岩と土を足場とした何も無い場所。
植えられ生えてきていたもの全てを抜き取られ、その結果のヘコみが谷のようになったのかと思わせるところ所。
高さがあり低さがあり、一定の平坦さが無い、起伏の激しいそんな土地。
身を隠すのにもってこいのこの場所なら、一見すれば待ち伏せに適しているように思える。
だがそれはあくまで相手がココを通るのが分かっている場合のみだ。
通らなければ、意味が無い。
……しかし、それはつまるところ――
「まさか。そんな訳無いじゃないですか。あなた方がここに来ることぐらい、分かっていましたよ」
――誰かがここに誘き寄せるのなら、全く関係のないことだということでもある。
「……なに?」
……正直、訊ねはしたものの、アキラの中にも一つの答えは出ている。
出てしまっている。
ただ認めたくないから、自然と訊ねてしまっただけで。
だって彼女が――
「分かっているのでしょう? アキラ。あなた達をここに案内したコガさんは、ボクに協力してくれたのですよ」
――コガが、ナナ姫を裏切るとは、思えなかったから。
「……………………え……?」
呆然とした言葉は、ナナ姫の口から。
何を言われたのか理解できない、理解したくない、そんな瞳でコガを見上げる。
そんなナナ姫の瞳から逃れるかのように、コガは気まずそうに視線を逸らす。
逸らしたまま、コガはナナ姫の手をとって……。
一歩……また一歩と……トモキの方へと歩みを進めていって……。
「えっ? えっ!?」
その行動に驚きながらも、引っ張られていくナナ姫。
一応の抵抗はしているようだが、コガの力が強いのか、それとも実際は動揺のせいで力が出ていないのか……みるみるうちにトモキの元へと連れて行かれ……ついには、トモキの前に辿り着いた。
危ない……とアキラは少しも思わない。
むしろ、ああなるほどな、と思ったほどだ。
「…………」
不安げな瞳でコガを見上げるナナ姫を、相変わらず見もしない。視線の一つも向けやしない。
それは、やましいことの顕れになると、コガ本人が気付いていながらも。
「……どうして……?」
その、疑問の声にも、答えない。
「どうして、アキラさんを裏切ったのですか……?」
「あなた達二人を、ボクが守るからですよ」
ナナ姫からしてみれば、答えて欲しかった人からの答えではなかっただろう。
だがその答えを聞いて、やっぱりか、とアキラは納得した。
「ここから先、ボクともう一人の補充要因との二人で、正式に二人を護衛いたします。それを交換条件に、彼への復讐を果たすための舞台へと、誘き出してもらいました」
二人に手を出せないのなら、二人を守る立場になればいい。
自分達の方がちゃんと守れると示し、引き込むことで、アキラを再び一人にする。
そうすれば彼を攻撃できない理由がなくなる。
傷つけてはいけない人が、敵の傍にいなくなるのだから。
「……コガちゃん。それは本当ですか……?」
「…………うん」
重々しく、コガは頷く。
「だって彼は、幼馴染を殺したって……世界への復讐を考えているって……そんな人を、ナナちゃんの傍には、置いておけない」
「ですが、『最低基準値』は勘違いだと――」
「明確な証拠が無いと、この人は言っている」
心が苦しいのか。
そこで言葉が一度引っ掛かってしまうのか。
コガの言葉に、勢いはない。
「信じるわけではない。けれども、安心できない要素があるのなら……私は、彼と一緒に、旅は出来ない」
「…………そう、ですか……」
コガの言葉を、じっくりと噛み締めるように……ゆっくりと、ナナ姫は声を沁み込ませる。
「だから、新しく守ってくれる、この人の味方になったのですね?」
「……そう」
「一度助けてくれた人を、裏切る形になっても」
「だって……だってそうしないと……! ナナちゃんを、守れない……! 私一人の力じゃあ限界があるっ……! もし彼が来てくれなかったら、あなたと私は……あそこで……!」
抑え込む事の出来ない、自分の中にある罪悪感。
声を荒げ吐き出しても、一行に消えてなくならない。
そんなコガの心境ぐらい、ナナ姫は理解している。
長い時を一緒にいたからこそ、本当の姉妹のように共に歩んできたからこそ、分かっている。
でも……ナナ姫は責めるでもなく、同調するでもなく、相変わらずの静かな言葉で、疑問を投げかける。
「……そうして助けてくれた人を、コガちゃんは裏切るのですか?」
「分かってる! 酷いことをしている自覚ぐらいあるっ! でも……それでも! ここでナナちゃんを守れなかったら……! あの時殺してしまった彼と……変わらなくなる……っ! ただでさえ……無駄な死に、なってしまうかもしれないのに……!!」
心の痛みを曝け出していくような、裂けるような、悲痛に彩られたその徐々に強くなっていく叫びは、無駄な死にしたくないから「『最低基準値』が死んでも大丈夫」というのを受け入れられていないような……そんな重さと響きがあった。
無駄な死が何を指し……“彼”が誰を指すのか……それはナナ姫ですらも分からない。
出会う前の彼女の過去――明かしていない、「古雅早苗」の秘めたる部分。
でも、そんなものは、ナナ姫にとってどうでも良いことで……。
ただ、あの時……『最低基準値』は死への影響を民衆に与えないと話した、あの時の足元から崩れ落ちたような、自分を強く責め落としたような、そんな表情を浮かべたのは……きっとその部分なのだろうと、そう気付いただけのことしかなくて……。
ただ、それだけのことでしかなくて……。
ナナ姫にとって重要なのは、ただ現在のことだけで……。
だから、彼女は答える。
「……なるほど。コガちゃんの答えは、分かりました」
そう前置きをした後――
「でも、あたしはその人と、一緒には行けません」
――その場に留まるような優しい声色でそう言った。
「えっ……?」
そして、コガが呆気に取られている間に、ナナ姫は彼女の手を振り払って……数歩、彼女の元を離れた。




