二度目の修行と、その間の取り引きと(4)
前回のあらすじっぽいもの:水の中に浮かんだ金。ソレを水へと戻したコガは、いつものナナ姫との違いに気付く。そして、告げられる。『変化術』を教わっているということを。
今日は昨日とは違い、宿泊場で一泊することにした。
別に身の危険はないのだが……歩いている途中で見かけたから、どうせなら、ということで。……まあ、それぞれで考えたいことがあったから、というのもあるのだけれど。
一階には食堂、二階には宿屋と、離れの無い狭い造りの宿泊場。
夫婦と娘息子だけが経営しているのか、そこにはアットホームな空気があった。まあお世辞にも人気の多い立地条件では無いし、そもそも泊まるのが彼ら三人と、旅の途中だと思われるオジサン四人組だけで、とても繁盛しているとは言えない。
本当に素泊まりしか出来ない環境なところも考慮すると「二階が空いているから食堂のついでに宿屋も経営してみるか」といった感じがした。
「ふぅ……」
その一室で、コガはベッドに腰掛けて、ため息を吐いた。
部屋はどこも一人用だったけれど、彼女はナナ姫と一緒の部屋で寝ることにした。
気を遣ってくれた宿の奥さんが布団と毛布を貸し出してくれたので、彼女自身はベッドではなくそこで寝るつもりだ。
別に、お金が無いというわけではない。
ただ一緒の部屋で無いと、不安というだけ。
まぁ、その肝心のナナ姫は、今はこの部屋にいないのだけれど。
……あれからの道中で、昨晩行われた『変化術』の訓練について話をされた。
ナナ姫の覚悟と気持ち、それらも含めた全てを。
告げられた。
何もコガだって、強くなって欲しくないとは思っていない。
『変化術』を教えなかったのだって、それなりの理由があった。
予め言っておくと、コガ自身、この旅の過程で一度も戦いにならない自信があった訳ではない。
いくら逃げる隠れるの技術を教え、自分が警戒していようとも、見つかるときは見つかる。そしてその時は戦闘になる。
それぐらい分かっていた。
ただその狙ってくる相手が、『変化術』メインで戦ってくることを知っていたからこそ、あえてナナ姫には『形態変化』を含めた『変化術』の類全てを教えなかったのだ。
だって『変化術』を防ぐために、ナナ姫に鉄板を仕込んだ防具を装備させておくつもりだったから。
そうなれば常に金属に触れていることになり、『変化術』を防ぎ、『形態変化』が使えなくなる。
となれば、中途半端に教えないほうが、無茶をしないでいてくれる可能性が高くなり、守りやすくなると思ったのだ。
だがその本人は、一昨日出会った男性に、『変化術』を教わった。
いや、今現在進行形で教わっている。
人工物の塊である建物の外に出て。
おそらくは、『形態変化』のコツなどを。
もしこれで戦いになったら、おそらく彼女は積極的に戦いに参加し、コガを含めた二人を助けようとするだろう。
その得た力を使って。
守られてばかりはイヤだからと。
そんな気持ちで、ソレを学んでいるのだから。
それは立派な心がけだとコガも思う。
しかしそれは同時に、危険に身を置くことになるということだ。
だから、そのことを快く思うはずが、ない。
けれどもナナ姫自身が決めたことを否定することも出来ず……ただモヤモヤとした感情が残るだけとなっている。
今は、アキラがいるから大丈夫。
戦闘は彼が全て引き受けてくれるだろう。
でも、彼がいなくなれば?
彼だってずっと一緒にいてくれることを約束したのではない。
となれば、いなくなって、一度退けたあの『県』の暗殺部隊がまたやってきて、また逃げて、隠れて……いつか失敗して、戦いになったら……彼女は、進んで戦うだろう。
仕込んである鉄板を抜いて。
自分で学び、自分で鍛えたその能力を、存分に振るうだろう。
戦闘を学んできた敵にしてみれば、正に子供騙しでしかない、『最低基準値』の影響を受けていない、苦戦なんて言葉すら浮かばない、その力を。
その結果、彼女が死んでしまったら……。
考えるだけでも怖気が走った。
ヘタに戦う力を身に付けてしまったせいで、そういった結果を導く可能性も大いに増えてしまった。
無謀なことはしないと思う。
だから進んで戦いは挑まないだろう。
だが、仕方無しに、となれば、戦うことになるかもしれない。
心配をかけたくない。
迷惑をかけたくない。
自分の身ぐらい自分で守りたい。
そのための、力。
故に、イザとなったら振るうだろう。
躊躇うことなく。
危ない状況を打破するために。
さらに危ない状況へと身を置いていくことになるとしても。
死にたく無いが故に、死に近づく行為へと走る。
その圧倒的矛盾。
そんなものを抱えることになる状況にはなって欲しくなくて……戦わないための術を教え、身を守ってくれるものを与えていた。
それなのに、当の本人は……戦うための術を教わり、身を守ってくれるものを剥ぎ取った。
心配をかけたくないと思ってのその行為そのものが、心配の種になっている。
それを告げたところで、心配をかけないための力を振るう、とか言って、結局は学ぶことも知っている。
その言葉自体が、彼女への負担になるとも分かっている。
だから言えない。
何も言えない。
「…………」
……そんな感じで、さっきからずっと、考えが堂々巡りしている。
なまじ彼女の覚悟を聞いた上に、その気持ちも理解できてしまっているせいで、一向に答えらしき心の落ち着け所が見つからないでいた。
究極の理想は、ナナ姫が戦うための術を身に付けず、彼女を守れるほどの力をコガが擁していることなのだが……生憎と、コガは真っ向からの戦いに向くような戦闘術を身に付けてはいなかった。
まして誰かを守りながらとなると……後手に回ってしまうそんなものは、尚のことだった。
だがもし、それだけの力があれば……強く「キミを守るからそんなものは必要ない」と言い切れて、説得力を持たせて、ただただ守ることが出来たのに。
……そう、結局のところは、そこなのだ。
危ない目に遭って欲しくない。
だから、自分が守ってやりたい。
そんな、独り善がりな願望にしがみついている。
……そのことにコガは、気付いていなかった。
「っ!」
と、思考に耽り、おそらくは見つかりようの無い心の落ち着け処を探していた彼女の気配感知に引っ掛かるものがあった。
それは、一度対峙しただけで、まともな会話は一度たりとてしたことのない相手のもの。
その気配が、隠そうとすることも消そうとすることもなく、階段を上り、戸惑う様子を見せることもなく、真っ直ぐに自分がいる部屋へとやってくる。
その気配と宿屋の主人とが会話した様子はなかった。
だからおそらくは、建物の外から気配を読み取ったのだろう。
この部屋にいる自分の気配を。
確かに、宿屋内にいる人数が少ない。その上、コガ自身が油断していた。
とはいえ、気配の質を正確に読み取れる程度の能力が、敵にはあるということ。
アキラが戦いを避けることから強いとはコガも思っている。
そして、コレだ。
ならば……対峙しても無駄なこと。
不意を衝いても負ける確率の方が高い。
となれば、逃げるしかない。
そう結論付けてからの行動は早かった。
手早くナナ姫の荷物をまとめ、窓を開け放ち、飛び出すと同時に地面に土のクッションを作れるよう、常に忍び込ませている土が詰まったビンを、蓋を開けた状態で手に取った。
あとは飛び降りるだけ……となったところで、ふとした疑問。
(……この相手は、本当に自分の命を狙いに来たのだろうか……?)
と。
そもそも始めて対峙した時から、相手の狙いはアキラただ一人のような印象を受けた。
それにコガ自身が純粋な戦力にはならないだろうことも、おそらくは分かっている。
なんせこの相手は、アキラと十三人の暗殺者の戦いを、隠れてジッと見ていたのだから。
一般人が隠れて見ているのだろうと思っていたから、あの気配に無警戒だっただけで、存在自体には気付いていたのだ。コガは。
だから、自分が戦闘においてなんら警戒するに値する存在でないことぐらい、分かっているはずだった。
それなのにわざわざ、一人になったからと狙いにくるだろうか?
もし狙いに来るのなら、こうも気配を露にしたまま歩いてくるだろうか?
……相手は、コガの気配察知能力の高さは知らないはず。
だから、気配を消すのが無駄とは思わないはず。
もし暗殺を仕掛けに来たのなら、気配を隠そうとしているはずで……。
「…………」
窓枠へとかけていた手を、離す。
……そう判断するだろうと裏を掻いて、気配を消さずに来ているのかもしれない。
だが直感で、相手は本当に命は狙いにきていないだろうと、そう読んだ。
だからいつでも飛び出せる状態は維持したまま、部屋の前で立ち止まったその気配を凝視し、待つことにした。
……コンコン、とノックの音。
「どうぞ」
返事を聞いて、ガチャリ、とドアノブが下へと降りて、部屋の出入口が開く。
「ありがとうございます」
ドアを開けたソイツは……開口一番、お礼を言ってきた。
「逃げないでいてくれて、助かりました」
「……殺しに来た、って様子じゃなかったから」
「はい。今回は、あなたに用事があってきました」
怪訝な表情を浮かべて、目線だけでなんの用事なのかを訊ねるコガに、男――トモキは、ここにやってきた目的を告げた。
「よければ、ボクに協力してくれませんか?」




