二度目の修行と、その間の取り引きと(2)
前回のあらすじっぽいもの:アキラとナナ姫のイチャイチャを、後ろから眺めさせられるコガ
整えられた、少し上り坂になっている道。
左手側には小さな崖が出来てしまっているその道は、木の『形態変化』で作られた柵しか、その先への落下を阻むようにされていない。
その柵に手を触れ、『変化術』を使ってしまったら、そのまま落下してしまうことは誰にでも分かる。
右手側は木々が生い茂っているので、彼等三人もまた、右側に寄るようにして、山道の一角を切り取ったようなその道を進んでいた。
そんな、彼女達三人以外が見受けられない人気の無い道を、アキラとナナ姫が少し前を並んで歩き、コガがその後ろを追従している。
だからか――
「わぁ~……」
――ナナ姫が感動の声を上げ、突然立ち止まったとき、コガはその背中にぶつかりそうになってつんのめった。
不穏な気配も無いのに一体何が……と思いつつ、彼女を歩き抜いて視界を広げる。
直角に曲がると表現してもいいほどの右曲がり急カーブ。
その先の道は、今までの上り坂を一気に取り戻すかのような、急な下り坂。
だがナナ姫が見惚れたのはそんなものではない。
その道の左手側……今まで崖となっていて、木々の葉で隠れていて見えなかった場所へと伸びるように、大きな水溜りがあった。
湖……と呼称してもいいほどの広さ。
崖方面へと水は伸び、その果ては森林の中へと消えている。
対岸も見えないほどに広く、水の上には小さな島のような土の盛り上がりと、数本の木が見える。
とはいえ、これからの進行方向の果てでしっかりと合流しているのが見えるところから、そこまで広くは無いことが分かる。もしかしたら、池と称すのが正しいのかもしれない。
本当に中途半端な大きさだ。
「……始めて見ました……こんなに広い水溜りを……」
「水溜りって……」
その言い方に、コガも思わず苦笑。
「たぶん、これぐらいの広さだと湖。水溜りはちょっと違う」
「これだけ広くて湖なんですか? あたしはてっきり海かと」
「今はもう海は枯れてるからね」
それは少し先を歩いているアキラからだった。
「今は凹んだり所々に穴が開いてるだけの深い陸地があるだけで、これだけの景色を期待しても裏切られるだけだよ」
「そうなんですか?」
「そう。っていうかたぶん、あの池も『変化術』で作った人工的なもので、自然に出来たものじゃないよ。ま、あの水の量に必要なだけの土を運んできたか、木を『形態変化』で成長させてから変化させたってことでは、だいぶ手間はかかってるけど」
「なるほど……ということはこの景色を見たいがために、この辺りの皆さんは頑張られたという事ですね」
太陽の光を反射する水面。
映し出す葉の影は小人の子島に見え、まるで別世界が広がっているかのように、ナナ姫には見えていた。
「海でなくても構いません。これだけ素晴らしい景色のために、尽力したのでしょうから」
だからか、どこか尊敬するかのような眼差しで、この湖を眺めている。
それはたぶん、この湖を作り出すために、『変化術』を頑張った人たちへ向けたもの。
ただの道楽でしかなく、おそらくは無意味でしかないだろうに、それでもここまでやりきった。
この景色を――地球がこうなる前の思い出を、作り出すために。
「少し、下に降りても構いませんか?」
「うん。オレは構わないぞ」
「私も。元々ナナちゃんが色々見て回るための旅だし」
アキラとコガの答えに嬉しそうにお礼を言って、駆け足でアキラを追い抜いて、その下り坂を駆け下りる。
降りきってからは道の左側にあった崖と木の柵がなくなり、代わりに石で固められ堤防のような下り坂が池に向けて伸びていた。
足場にもなるよう作り出されたそれは間違いなく『形態変化』だろう。
その足場と池との間には砂浜のようなものが人二人分ほどの幅だけ取られており、これも間違いなく『形態変化』。
本当に。周りの人に見てもらうためだけにこの池が作り出されたであろうことが分かる。
「……ともすれば、泳ぎに行きそうな勢い」
「泳ぎねぇ……コガさんがあの子の分の水着も持ってるんなら泳げるんじゃない? 不安なら一度火に変化させて水に戻すけど?」
「そこまではしなくていい」
コガとアキラは二人でゆっくりと会話をしながら、並び坂道を下っていく。
当然、駆け足で降りたナナ姫が先に石の傾斜へと辿り着き、滑らないよう注意しながらゆっくりと砂浜へと降りていく。
「……っていうか、あの子は泳げるのか?」
「泳げるよう訓練はされてるはず。そうしておけば、ナナちゃんの年齢に追いつく住民全員が泳げることになるから、かなづちで溺れるってことはなくなるから」
「確かに」
砂浜へと降りたナナ姫は、少しだけ沈む足に楽しそうに興奮しながらも、水際まで近付く。
そして、こけないよう注意するため向けていた足元から顔を上げ、遠くを見つめる。
それから一つ、深呼吸。
目を瞑り、両手を広げ風を受け止め、羽ばたきそうなほど胸を張って、思いっきり空気を吸って……ゆっくりと吐き出している。
……ふと、アキラの脳裏にナナ姫の水着姿が過ぎった。
もちろん見たことなんて一度も無い。ただの妄想でしかない。
さっきまで泳ぐ泳げないの話をしていて、大きく張られながらも薄い、胸当てに守られた胸を見たせいで、パッと想像してしまっただけだ。
昨晩、胸当てを外していた彼女と会話をしていたせいもあるのだろう。
割りと正確なプロポーションが頭の中にあった。
フリルのついた白いワンピース型の水着を着たナナ姫。
白を基調としたドレスばかりを見てきたせいでの白のイメージなのだろう。
決して昨晩、チラッと見えた下着から連想された訳ではない。
だがアキラは、この一瞬浮かんだ妄想がバッチリ似合っていると、我ながら内心で褒め称えた。
もしかしたら自分は水着を選ぶセンスがあるのでは、と。
その調子に乗ってか、隣を歩くコガにもピッタリな水着は何かと今度は考え始める。
動きやすくするためか。
元々身体のラインが出る服装ばかりなおかげで、プロポーションを改める必要も無かった。
手の平より少し小さく、手の中で揉むのにちょうど良さそうな胸。
細いくびれと腰からお尻にかけての美しいライン。
黒が多いのは気配遮断をした上で、視界でも闇に紛れやすくするためだろう。
肌色が少ないのもそういった理由かもしれない。
ならば……水着は露出が多い方が興奮するな、と考えたアキラは、スポーツブラタイプの黒に紫のラインが入ったビキニを頭の中で着替えさせる。
……が、イマイチピンとこないなぁ、と思いながら、横目でチラっと彼女を見る。
「なにか?」
「っ! いや、別に……?」
見ていることを気付かれ内心で焦るアキラ。
だがそれすらも見破ってか、コガは睨みつけるような鋭い眼光を向けてきた。
「なにか、やらしいこと考えてた?」
「いやいや、そんなそんな」
「本当?」
「本当、本当」
裸にして無いだけやらしくない、という理論を自分の中で展開する。
「…………」
「……………………ま、いいけど」
マイナス思考なコガが見逃してくれた。
それだけで一安心。
アキラはこっそりと、詰まっていた息を吐き出した。




